谷哲也
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| 中日ドラゴンズ #36 | |
|---|---|
2008年7月4日(阪神甲子園球場)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 徳島県美馬郡半田町(現:つるぎ町) |
| 生年月日 | 1985年7月9日(26歳) |
| 身長 体重 |
180cm 78kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 二塁手、遊撃手 |
| プロ入り | 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目 |
| 初出場 | 2009年4月11日 |
| 年俸 | 800万円(2012年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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谷 哲也(たに てつや、1985年7月9日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(内野手)。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
鳴門市立鳴門工業高等学校では投手であり、3年春の甲子園大会では勝ち投手になった経験もある。2年夏の準優勝時は遊撃手でのスタメンだった。
卒業後は社会人野球の日立製作所に進み、遊撃手として活躍する。
2007年の大学・社会人ドラフトで中日ドラゴンズに3巡目で指名され入団。
[編集] プロ入り後
ルーキーイヤーの2008年はルーキーのなかで唯一一軍昇格は果たせなかった。しかし、2軍で打率.305、4本塁打と安定した打棒を見せ、また12犠打を記録するなど技術的にもプロの投手のボールへと柔軟に対応出来る適応力の高さを示した。
2009年の春季キャンプは二軍スタートで結局一軍に呼ばれることなく終わったが、3月14日に一軍に合流し、そのまま初の開幕一軍入りを果たす。ちなみに谷にとっては初の一軍登録であり2007年ドラフト入団選手で一番早く開幕一軍を果たしたことになる。
2010年はシーズンの多くを2軍で過ごしたが、秋には第17回IBAFインターコンチネンタルカップの日本代表に選出された。
[編集] 人物
中学時代は陸上部出身で、砲丸投げ・走り幅跳びの三種競技で四国一の実績を持っている。
俊足・強肩である。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 中日 | 4 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2010 | 3 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | .000 | .000 | .000 | .000 | |
| 2011 | 2 | 6 | 6 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | .333 | .333 | .500 | .833 | |
| 通算:3年 | 9 | 12 | 12 | 0 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | .167 | .167 | .250 | .417 | |
- 2011年度シーズン終了時
[編集] 記録
- 初出場:2009年4月11日、対広島東洋カープ2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、8回表に立浪和義の代走として出場
- 初先発出場:2010年6月12日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(札幌ドーム)、9番・二塁手として先発出場
- 初安打:2011年10月20日、対広島東洋カープ24回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、1回表に前田健太から左中間二塁打
[編集] 背番号
- 36 (2008年 - )
[編集] 関連項目
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