浅尾拓也

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浅尾 拓也
中日ドラゴンズ #41
基本情報
国籍 日本
出身地 愛知県知多市
生年月日 1984年10月22日(24歳)
身長
体重
182cm
74kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 投手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2007年4月10日
年俸 3,500万円(2009年)
経歴(括弧内は在籍年)

浅尾 拓也(あさお たくや、1984年10月22日 - )は、愛知県知多市出身の中日ドラゴンズに所属しているプロ野球選手投手)。 

目次

[編集] 経歴

[編集] プロ入り前

愛知県立常滑北高等学校(現・愛知県立常滑高等学校)時代は捕手を務めていたが、2年生の時に投手に転向。卒業後日本福祉大学に進学し、名古屋産業大学との対戦でノーヒットノーランを達成した。愛知大学野球リーグ1部2部入れ替え戦で、同期入団の清水昭信名城大学)に投げ勝ち、チームを1部昇格に導いた。

2006年のドラフト会議で中日の3位指名を受け入団。日本福祉大学第1号のプロ野球選手となった。指名前は中日以外に指名されたら社会人野球に進むと宣言していた。

[編集] プロ入り後

2007年4月10日の対阪神タイガース戦(甲子園球場)でリリーフとしてプロ入り初登板。これは同年入団の中日選手の中で最初の一軍出場になる。4月24日広島東洋カープ戦(ナゴヤドーム)でプロ初勝利を挙げる(1回3奪三振)。5月9日の対広島戦(広島市民球場)で初先発。本塁打を2本打たれるものの、6回3安打2失点の成績でプロ2勝目を挙げた。さらにフレッシュオールスターに出場しセーブを挙げる。このとき自己最速タイの153km/hを2球連続記録した。ちなみに157km/hと報道されたが浅尾は「絶対ない。あれは打球(のスピード)」と笑いながら否定していた。後半戦は肩を痛めたため、ほとんど登板機会はなかった。

2008年の開幕は故障の影響から2軍で迎える。その後故障から復帰し、調子を落とした吉見一起と入れ替わり1軍に昇格し、中継ぎとして登板する。オールスターゲーム終了後から北京オリンピック開催中は、五輪日本代表に招集された岩瀬仁紀に代わり抑えを任され、8月7日の東京ヤクルトスワローズ戦で公式戦プロ初セーブを挙げた。その後は岩瀬へと繋ぐ勝ちパターンでのセットアッパーとして起用された。

2009年、オープン戦で先発として5試合に登板し3勝を挙げ、初の開幕1軍入りを果たす。開幕投手を務め勝利投手となった。それ以後は不安定な投球が続き、チーム事情もあって交流戦直前から中継ぎにまわっている。

[編集] 人物

細身の体から繰り出される、MAX156km/hストレートが武器。変化球はスライダーフォークパーム、を持ち球として打者のタイミングを狂わすピッチングを持ち味としている。しかしストレートに関しては、スピードガンに計測される数値ほどの威力が感じられないことがあり、150キロ以上を計測しても打者から空振りを奪うことは少なく、このため勝負球はたいがい変化球である。前述のように、高校時代捕手をしていたこともあってバッティングも上手く、2007年5月9日広島東洋カープ戦(広島市民球場)では3塁打も放っている。

一方で、体の開きがやや早いために、抜け球が多い傾向にある。2008年は暴投0、死球3と数字こそごく普通のものだったが、3死球全てが打者の頭部に当たって危険球退場になっている。通算3回の危険球退場は、桑田真澄と並ぶプロ野球タイ記録であるが、21年間のプロ生活で3回だった桑田に対し、浅尾はわずか1年で並んでしまった。

岩瀬と同じく、幼い頃から大学、プロでの所属チームに至るまで全て愛知県内という、地元中の地元の選手である。また山崎武司と同じ知多市立八幡中学校の出身。2007年交流戦で対戦した際は山崎がセンターオーバーの2塁打を放った。

1年目のキャンプで何もわからないときに「こっちへこいよ」と声をかけられて以来、朝倉健太を慕っている(中日新聞の日本一特集に掲載)。

愛車はランドクルーザー200、愛用しているタバコの銘柄はマールボロ

整った眉をしているが、産毛しか手入れをしていないという。また、多くの人に細い細いと言われるため、自分の眉を嫌っている。左耳にピアスの穴が3つ空いているが、高校時代に「若気の至り」で空けたもので、大学入学後はしていない。

美男選手として知られ、サインや写真撮影の後は頼まれた側でありながらお礼を言うという姿勢から女性からの人気が非常に高く、女性ファン拡大のため2008年シーズン後の契約更改では異例の「遅婚指令」が球団幹部から出た。また、CMのオファーもきたがこちらは一人前ではないということで断っている。[1]また日本テレビのワイドショー「スッキリ!!」内で行なった「新宿2丁目ゲイ50人に聞いたプロ野球ルーキー&新戦力イケメンランキング」でも1位を獲得している(2位はヤクルト武内晋一)。愛称は「たっくん」または「浅尾きゅん」。

プロ野球aiのアンケートでは、「影の薄い野球選手」1位に選ばれた。 中日スポーツにて2009年新春対談と称し、浅尾美和と「東海地方が産んだW浅尾」として登場した。

[編集] 速球に関する記録


[編集] 詳細情報

[編集] 年度別投手成績








































W
H
I
P
2007 中日 19 5 0 0 0 4 1 0 1 .800 224 51.0 51 5 20 1 0 40 2 0 21 20 3.53 1.39
2008 44 0 0 0 0 3 1 1 12 .750 199 50.1 43 0 9 2 3 35 0 0 11 10 1.79 1.03
通算:2年 63 5 0 0 0 7 2 1 13 .778 423 101.1 94 5 29 3 3 75 2 0 32 30 2.66 1.21
  • 2008年度シーズン終了時

[編集] 背番号

  • 41(2007年 - )

[編集] 脚注

  1. ^ [1]デイリースポーツ2009年2月17日「結婚するな!イケメン浅尾に“遅婚令”」より。

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

先代:
川上憲伸
中日ドラゴンズ開幕投手
2009年
次代:
-

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