スコット・マシソン
| 読売ジャイアンツ #20 | |
|---|---|
2012年5月13日、こまちスタジアムにて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | ブリティッシュコロンビア州バンクーバー |
| 生年月日 | 1984年2月27日(29歳) |
| 身長 体重 |
191 cm 104 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2002年 MLBドラフト17巡目 |
| 初出場 | MLB / 2006年6月17日 NPB / 2012年4月18日 |
| 年俸 | 8,100万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2006年、2013年 |
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この表について
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スコット・ウィリアム・マシソン(Scott William Mathieson , 1984年2月27日 - )は、読売ジャイアンツに所属するプロ野球選手(投手)。右投右打。カナダ・ブリティッシュコロンビア州バンクーバー出身。
目次 |
経歴 [編集]
フィラデルフィア・フィリーズ時代 [編集]
高校時代はカナダの学生野球リーグブリティッシュコロンビア・プレミア・ベースボール・リーグでプレー。2002年のMLBドラフトで、フィラデルフィア・フィリーズから17巡目指名(全体509位)を受け入団。ガルフ・コーストリーグを皮切りにマイナーリーグで経験を積む。
2005年にはオールスター・フューチャーズゲームに世界選抜の一員として出場。
2006年シーズン開幕前には、第1回WBCのカナダ代表に選出。1次リーグ第2戦のアメリカ代表戦でリリーフとして1イニングを投げ無失点に抑えた[1]。
2006年6月17日のタンパベイ・デビルレイズ戦でメジャーデビュー。8月1日のセントルイス・カージナルス戦では5回3安打3失点でメジャー初勝利を上げる。しかし9月2日のアトランタ・ブレーブス戦で右ひじの痛みを訴え降板。同月29日にトミー・ジョン手術を受けた。
2007年8月にAA級レディングで実戦復帰したが、右ひじの違和感を訴え、再び戦線離脱。翌2008年に二度目のトミー・ジョン手術を受けた。長期のリハビリの後、2009年6月下旬に実戦復帰し、ガルフ・コーストリーグで22試合に登板した。
2010年は、AAA級リーハイバレーで開幕を迎え、6月18日のミネソタ・ツインズ戦で4年ぶりにメジャー復帰。しかし、シーズンの大半はマイナーで過ごし、54試合の登板で3勝6敗26セーブ、防御率2.94、WHIP1.13だった。
2011年もリーハイバレーで開幕を迎え、5月8日のアトランタ・ブレーブス戦でメジャー昇格。同月22日にマイナー落ちし、翌6月30日に再昇格するも7月5日に再降格。その後は昇格することなくシーズン終了。この年は復帰後初めて先発でも起用され、リーハイバレーでは12先発を含む30試合の登板で2勝2敗5セーブ、防御率3.28、WHIP1.47の成績を残す。11月29日に契約を解除した。
巨人時代 [編集]
2011年12月2日に読売ジャイアンツと1年契約を結ぶ[2]。守護神候補として期待されたが、春季キャンプで加治前竜一の頭部に死球を当てるなど制球難を露呈し[3]、開幕一軍入りは逃した。ファームで調整中に豊田清二軍投手コーチから、投げ急ぐ癖とフォークボールの握りを修正されたことで復調すると[4]、4月15日に中継ぎの人材補充のため一軍昇格した[5]。
昇格後はリリーフで11試合連続無失点を記録[6]。5月3日には来日初勝利を挙げ、「きょうは球団の方が妻にボックス席を用意してくれたので、感謝している。この1勝は妻にささげたい」と語った[7]。同月9日には初セーブも挙げるなど、セットアッパーとして好投を続け、6月29日の中日ドラゴンズ戦から西村健太朗に代わって抑えを任された[8][9]。7月5日にはプロ野球史上4人目となる球速160km/hを記録[10]。オールスターまでに10セーブを挙げたが、7月27日に右ひじの違和感で登録を抹消し[11]、専門医の治療を受けるため一時帰国する[12]。10月5日の横浜戦で戦線復帰[13]。CSでは5イニングを投げ失点0被安打1と活躍。日本シリーズ第2戦では9回表に2アウト一塁三塁というピンチの場面で登板、一球で二岡智宏を打ち取り、日本シリーズでは初となる「一球でセーブ投手」を達成[14]。優勝のかかった第6戦でも1点差の8回表に登板して無失点に抑え、チームの日本一に貢献した[15]。
オフに第3回WBCカナダ代表に選ばれ、本戦では二試合に登板した。
プレースタイル・人物 [編集]
長身からオーバースローで投げ下ろす、平均球速93mph(約150km/h)、最速101mph(約163km/h。日本での最速は160km/h[16])のストレートを中心に、スライダー、スプリッター、カーブ、チェンジアップを混ぜる投球スタイル[17][18][19]。故障から復帰した2009年からはマイナーでの通算奪三振率10.05と高い数値を残している一方で、同通算与四球率4.32と制球に課題を抱えていた。
同僚のジョン・ボウカーと共に休日返上で練習に励むなど、チームメイトやコーチからは「非常にマジメ」、「何かを吸収しようとする貪欲さは日本人以上」と評されている。また、「肩は消耗品」と投げ込みを嫌う外国人投手も多いなかで、「日本人はやっているし、ピッチングが良くなるなら」と100球以上の投げ込みにもトライした[20]。
詳細情報 [編集]
年度別投球成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2006 | PHI | 9 | 8 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | .200 | 177 | 37.1 | 48 | 8 | 16 | 1 | 1 | 28 | 2 | 1 | 36 | 31 | 7.47 | 1.71 |
| 2010 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 12 | 1.2 | 5 | 0 | 2 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 3 | 2 | 10.80 | 4.20 | |
| 2011 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 28 | 5.0 | 9 | 0 | 3 | 0 | 2 | 5 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 2.40 | |
| 2012 | 巨人 | 40 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 10 | 8 | 1.000 | 165 | 42.0 | 30 | 1 | 11 | 0 | 1 | 48 | 2 | 0 | 9 | 8 | 1.71 | 0.98 |
| MLB:3年 | 15 | 8 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | .200 | 217 | 44.0 | 62 | 8 | 21 | 1 | 3 | 34 | 3 | 1 | 39 | 33 | 6.75 | 1.89 | |
| NPB:1年 | 40 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 10 | 8 | 1.000 | 165 | 42.0 | 30 | 1 | 11 | 0 | 1 | 48 | 2 | 0 | 9 | 8 | 1.71 | 0.98 | |
- 2012年度シーズン終了時
記録 [編集]
- NPB
- 初登板:2012年4月18日、対中日ドラゴンズ2回戦(ナゴヤドーム)、7回裏に4番手で救援登板・完了、2回無失点
- 初奪三振:同上、7回裏に大島洋平から見逃し三振
- 初勝利:2012年5月3日、対広島東洋カープ6回戦(東京ドーム)、7回表に3番手で救援登板、2回無失点4奪三振
- 初セーブ:2012年5月9日、対横浜DeNAベイスターズ5回戦(東京ドーム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点
- 初ホールド:2012年5月10日、対横浜DeNAベイスターズ6回戦(東京ドーム)、8回表2死に2番手で救援登板、1回無失点
背番号 [編集]
- 47 (2006年、2010年 - 2011年)
- 20 (2012年 - )
脚注 [編集]
- ^ http://web.worldbaseballclassic.com/stats/boxscore.jsp?gid=2006_03_08_canint_usaint_1
- ^ “守護神候補・マシソン獲得発表 背番「20」”. スポーツ報知 (2011年12月3日). 2011年12月5日閲覧。
- ^ 【巨人】大荒れマシソン、加治前を病院送りデイリースポーツオンライン、2012年2月17日
- ^ マシソン、来日1勝!山口、健太朗と新勝利の方程式だスポーツ報知、2012年5月4日
- ^ 【巨人】マシソン1軍合流、14日にも昇格日刊スポーツ、2012年4月13日
- ^ マシソン11戦連続0封、2回を無安打3連続5K!スポーツ報知、2012年5月13日
- ^ 【巨人】マシソン好リリーフで来日初勝利日刊スポーツ、2012年5月3日
- ^ マシソン、新守護神だ!来日後最速156キロで2S スポーツ報知 2012年6月30日
- ^ 配置転換で進化した「新方程式」山口、健太朗、新守護神マシソン! スポーツ報知 2012年7月1日
- ^ [1] スポニチ 2012年7月5日
- ^ マシソンが登録外れる スポーツ報知 7月27日
- ^ 【巨人】マシソン再来日「治療は順調」 nikkansports.com 2012年8月13日
- ^ 【巨人】マシソン復帰「痛みなかった」 nikkansports.com 2012年10月5日
- ^ 【巨人】マシソンがシリーズ初の1球S nikkansports.com 2012年10月28日
- ^ 【巨人】マシソン感謝「素晴らしい1年」 nikkansports.com [2012年11月4日
- ^ 【巨人】マシソン出た160キロ! 日刊スポーツ 2012年7月5日
- ^ 『月刊スラッガー』2005年10月号、日本スポーツ企画出版社、2005年、雑誌15509-10、52頁。
- ^ 『月刊スラッガー』2007年2月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-2、77頁。
- ^ Scott Mthieson Pitch FxFanGraphs
- ^ “巨人 マシソン こうして「ダメ助っ人」から「陰のMVP」へ”. ゲンダイネット (2012年6月2日). 2012年7月9日閲覧。
- ^ “巨人・マシソン 日本行き決断のきっかけはイチロー”. スポニチ Sponichi Annex (2012年1月28日). 2012年1月31日閲覧。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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