近藤一樹

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近藤 一樹
オリックス・バファローズ #50
OB-Kazuki-Kondo20130514.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県相模原市
生年月日 1983年7月8日(31歳)
身長
体重
183 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 ドラフト7巡目
初出場 2003年10月7日
年俸 1,500万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

近藤 一樹(こんどう かずき、1983年7月8日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

神奈川県相模原市出身。小学3年の時、大野台アニマルズに入団。中学時代はボーイズリーグ「相模原ホワイトイーグルス」に所属。2年夏と3年春に全国大会出場。日大三高では3年時にエースとして内田和也千葉英貴都築克幸らと共に第73回選抜高等学校野球大会第83回全国高等学校野球選手権大会に春夏連続出場。夏は同校の初優勝に貢献した。

2001年ドラフト会議において大阪近鉄バファローズから7巡目指名を受け入団。なお、前述の内田、千葉、都築らも同年のドラフトで指名された。これは同じ高校の選手が同じ年のドラフトで指名を受けた史上最多タイ記録である[1]

近鉄時代[編集]

2002年ウエスタン・リーグリリーフとして6試合12回1/3に登板2003年に二軍で11試合26回に登板。チーム最終戦のオリックス戦で一軍初登板を果たした。

2004年9月20日の対オリックス戦でプロ初先発・初勝利を記録。前年の1試合から11試合に登板数を増やし防御率1.08を記録した一方で、16回2/3を投げて10四球、2暴投と入団時からの課題である制球難を克服できていないことも露呈した。シーズン終了後に、球団合併による選手分配ドラフトでオリックス・バファローズ入り。

オリックス時代[編集]

2005年は一軍での投球回数が半減。二軍では共にリーグ4位の投球回数と奪三振を記録し、フレッシュオールスターゲームに出場。四死球は82回2/3を投げて30個。一方で被安打、被本塁打、自責点はリーグワーストを記録した。

2006年は一軍登板無し、二軍でも10試合32回の登板に終わった。

2007年は2年ぶりに一軍登板を果たした。二軍では21試合に登板、共にリーグ2位の104回1/3、75奪三振を記録。防御率2.76の9勝3敗でリーグ最多勝と最高勝率を獲得するなど好投した。5月2日の二軍の対広島戦では9回2死まで完全試合としたものの、27人目の打者の會澤翼に2ストライクとしながら、頭部への危険球で退場処分で達成ならず。なお試合は、近藤の後を継いた加藤大輔中東直己を二ゴロに抑えて、近藤と加藤による継投での無安打無得点試合となった[2]

2008年3月23日の対埼玉西武ライオンズ戦で先発し、6回1失点で初勝利以来1280日ぶりとなる移籍後初の勝利投手となった。4月5日の対北海道日本ハムファイターズ戦では、9回2失点でプロ初完投勝利。その後6月に二軍に降格したが、7月一軍復帰。対福岡ソフトバンクホークス戦で3連勝するなど、最終戦の10月1日の同カードで1失点完投勝利を挙げた。プロ7年目で初めて規定投球回に達し初の10勝を挙げ、防御率もリーグ10位を記録。

2009年、開幕2戦目のソフトバンク戦では7回2失点で勝利投手。6月3日の中日戦で3回7失点で降板し二軍降格。6月下旬に復帰するが、9勝12敗、防御率4.78は規定投球回到達者でワーストだった。9勝のうち6勝(2敗)は対ソフトバンク戦で挙げている。一方で東北楽天ゴールデンイーグルスには0勝4敗と相性が悪く、交流戦では未勝利に終わった。

2010年3月、一般女性との結婚を発表した。5勝10敗で2年連続の2桁敗戦を記録。、過去2年得意にしていたソフトバンク戦も防御率3.20ながら、7試合で2勝4敗に終わった。秋季キャンプではフォームを元のオーバースローに修正[3]し、オフには背番号が65から「11」へ変更となった。

2011年、開幕二軍スタートとなった。その後、5月中旬に二軍で実戦復帰を果たし、6月3日に一軍登録。その日の対広島東洋カープ戦で7回裏に3年ぶりの救援登板。交流戦では4試合の救援登板を経て、6月25日にの対ロッテ戦でシーズン初先発を務め、5回1/3を2失点に抑えてシーズン初勝利。この年は3勝7敗、防御率は6.36、WHIPも1.62に終わった。

2012年は開幕二軍スタートとなるも、二軍戦で4試合に先発登板して20回を3失点、防御率1.35と上々の成績を残す、4月21日の対日本ハム戦で先発するが6回4失点で敗戦投手となったが、右肩の違和感を訴えて同月24日に登録抹消。その後は二軍戦でもほとんど登板が無く、一軍での登板は1試合のみに終わった。同年オフ、背番号11をドラフト1位ルーキーの松葉貴大に明け渡し、「50」へ降格となった。

2013年、開幕を二軍でむかえた。7月5日に一軍登録され、7月7日にリリーフとしてシーズン初登板を果たす。8月1日の対ソフトバンク戦で2回6失点で降板し、登録抹消。この年は5試合の登板に終わり、2年連続のシーズン未勝利となった。またオリックス移籍1年目である2005年以来の先発登板がなかった。

2014年には、ウェスタン・リーグの試合で8月3日において阪神タイガース横田慎太郎にプロ初本塁打をライトに打たれ、満塁アーチを献上する形となった。

シーズン終了後の10月28日、オリックス・バファローズ公式ホームページにて戦力外通告が発表された。

プレースタイル[編集]

平均球速約141km/h[4]、最速150km/hの速球チェンジアップを決め球に、カーブスライダーなどを投げる。球威はあるが、力任せではなくキレや緩急で勝負する投球スタイル。通算の与四球率は3.59と前節の通り制球力はあまり高い方ではない。

エピソード[編集]

  • 2009年12月14日、岡山県内でウォーキング中に警察官に呼び止められ職務質問。1ヶ月前に知人の風水師から「1年間の疲れを取るために良い方向で10時間歩くといい」という旨のアドバイスを受け10時間の徘徊をしていたが、その警察官が柔道経験者で野球に詳しくなかったことと当時は家出が多かったことが災いしプロ野球選手と信じてもらえず、結局本部に連絡。名前と職業を言って解放された。2010年オフにも車の運転中に職務質問を受けている。[5][6]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2003 近鉄 1 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 13 3.0 3 0 1 0 0 2 2 0 0 0 0.00 1.33
2004 11 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 75 16.2 17 0 10 0 0 13 2 0 2 2 1.08 1.62
2005 オリックス 7 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 38 8.2 9 3 3 0 1 8 0 0 4 4 4.15 1.38
2007 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 38 7.2 13 0 2 0 2 7 1 0 7 7 8.22 1.96
2008 25 23 2 0 0 10 7 0 0 .588 616 149.0 140 9 45 0 4 89 4 0 62 57 3.44 1.24
2009 24 24 2 0 0 9 12 0 0 .429 678 152.2 155 20 80 1 3 91 6 0 87 81 4.78 1.54
2010 24 24 1 0 0 5 10 0 0 .333 620 142.2 151 16 49 1 7 133 4 1 79 69 4.35 1.40
2011 15 11 0 0 0 3 7 0 1 .300 289 63.2 76 6 27 0 4 53 3 0 48 45 6.36 1.62
2012 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 27 6.0 8 0 1 0 0 3 0 0 4 3 4.50 1.50
2013 5 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 36 8.0 13 2 1 0 0 6 2 0 8 8 9.00 1.75
通算:10年 115 86 5 0 0 28 38 0 1 .424 2430 558.0 585 56 219 2 22 405 24 1 301 276 4.45 1.48
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 65 (2002年 - 2010年)
  • 11 (2011年 - 2012年)
  • 50 (2013年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ スポーツナビ | 野球|プロ野球|コラム
  2. ^ 日刊スポーツ出版社プロ野球B級ニュース事件簿【平成版】-エーッ、ウソッ、アリャリャ……170連発- 53ページ
  3. ^ http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20101109067.html
  4. ^ 『2011プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2011年、183頁。ISBN 978-4-930942-98-2
  5. ^ Bs近藤“家出青年”に間違われ、職務質問受ける
  6. ^ 職質免除でね!近藤、今オフも徘徊トレ

関連項目[編集]