四国アイランドリーグplus

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四国アイランドリーグplus
分類 プロ野球
開始年 2005年
理事長 鍵山誠
参加チーム 4
日本の旗 日本
前回優勝チーム 徳島インディゴソックス(2014年)
公式サイト 四国アイランドリーグplus
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四国アイランドリーグplus(しこくアイランドリーグプラス)は、四国4県を活動地域とするプロ野球独立リーグ。株式会社IBLJが運営を行っている。

将来のNPB選手を目指そうとする選手たちによる、地域文化に根ざした従前のプロ・アマに属さないリーグ創設を目指す目的で設立された。

目次

概要[編集]

主流のプロ野球と一線を画す日本の野球プロリーグ戦としては、国内のみのものとしては国民野球連盟以来58年ぶり、海外チームを入れたものを含めてもグローバルリーグ以来36年ぶりである。2007年11月30日までのリーグ名は「四国アイランドリーグ」。四国の愛媛県香川県高知県徳島県の4県にそれぞれ1チームずつ本拠を置いてリーグ戦を行っていた。発足当時、リーグ戦の愛称は四国4県、球団名については各球団の本拠県の、それぞれの在住・在勤・在学者のみを対象として一般公募された。九州福岡県長崎県に本拠を置く球団が2008年シーズンから加入するのに伴い、2007年12月1日に「四国・九州アイランドリーグ」に名称が変更された。

2010年のシーズンをもって九州からリーグ戦に参加するチームがなくなる一方、2011年度から初の本州の球団として三重スリーアローズが新たに参加し、四国4チーム本州1チームとなった。そのため、2011年度のリーグ名について検討・審議を経て2011年1月27日、同年2月1日よりリーグ名称を「四国アイランドリーグplus(しこくアイランドリーグプラス)」に改称することが決定、発表された。鍵山誠CEOは新名称について「6年間一緒にやってきた四国4球団と地域に敬意を示した。その上で日本や世界を舞台に進化していきたい、という願いを『plus』という言葉に込めた」と説明した。しかし、2011年の公式戦終了後の9月24日、2012年度は四国4県のチームで公式戦を実施し、三重は不参加・脱退することになったと発表された[1]。2012年以降は、四国4チームで公式戦をおこなう形に戻っている。

四国アイランドリーグ時代は四国旅客鉄道(JR四国)、四国コカ・コーラボトリングなどの地元企業がスポンサーとして支援していた。リーグが拡張した2008年はソフトバンクモバイルがメインのオフィシャルスポンサーとなった。この関係で同社と競合関係にあるNTTドコモ四国が離脱するなど、支援企業の顔ぶれには変化が生じた。2009年以降はソフトバンクモバイルに代わり、従来より支援を行ってきた四国コカ・コーラボトリングがメインスポンサーとなっている。

リーグ運営事務局[編集]

香川県高松市香西東町267番地1

2008年のシーズンは九州オフィスが福岡県福岡市中央区天神三丁目4番10号(天神西茂ビル302号)に開設されたが、2009年1月30日で閉鎖された。

沿革[編集]

2005年まで[編集]

2006年[編集]

2007年[編集]

2008年[編集]

2009年[編集]

  • 2009年1月30日 福岡市のリーグ九州オフィスを閉鎖し、高松市の四国オフィスに一本化。
  • 2009年3月20日 四国4球団総当たりによるプレシーズンマッチを3月22日まで、徳島県営蔵本球場吉野川運動公園野球場で開催。香川・愛媛・高知の3チームが2勝1敗で優勝となる。前年実施された6球団のトーナメント戦「阿南市長杯」は本年は開催されなかった。
  • 2009年4月4日 2009年シーズン開幕。
  • 2009年4月27日 愛媛の韓国人選手1名が強姦致傷で逮捕される不祥事が発覚し、該当選手は同日付で解雇。リーグは翌日不祥事に対する「再発防止策緊急検討委員会」の設置を発表。
  • 2009年5月7日 最初の再発防止検討会議を開き、愛媛球団への厳重注意と不祥事顛末書の提出や監督の13試合出場停止(すでに球団内の処分等で出場しなかった試合を含む)の処分と再発防止策の概要を発表。
  • 2009年6月21日 長崎が初の前期優勝。九州勢はこれが初のステージ優勝となる。
  • 2009年9月20日 高知が後期優勝。半期優勝は3年ぶり。
  • 2009年10月3日 高知が長崎とのチャンピオンシップを制し、4年ぶりのリーグ年間総合優勝を達成。前後期制となってからは初めて。
  • 2009年10月29日 NPBドラフト会議で福田岳洋荒張裕司が指名され、引き続き行われた2次(育成枠)ドラフトで松井宏次が指名される。
  • 2009年10月30日 福岡が来シーズンのリーグ戦に参加せず、2010年は5球団でリーグ戦を開催すると発表。2カテゴリーの新設も合わせて発表され、福岡と宮崎が「準加盟球団」カテゴリーに、岡山と熊本が「準備室開設段階球団」カテゴリーにそれぞれ参加すると発表[3]。また、福岡所属の選手のうち希望者に対する救済ドラフトを非公開で実施。
  • 2009年11月3日 高知とBCリーグ優勝の群馬ダイヤモンドペガサスとの間でおこなわれたグランドチャンピオンシップに、高知が3勝2敗で初優勝。アイランドリーグとしては3連覇を達成。
  • 2009年12月1日 2010年のシーズンは、新たに発足するジャパン・フューチャーベースボールリーグ(JFBL)との間で合計60試合の交流戦を実施することが発表される。
  • 2009年12月10日 2010年度からの福岡・宮崎各球団の準加盟を正式に承認したと発表。

2010年[編集]

  • 2010年2月26日 IBLJ本社ならびにリーグ事務局を高松市常磐町に移転。
  • 2010年3月10日 徳島の主な出資者であるユーセイホールディングスが3月末で球団の運営・経営から撤退することを発表。4月以降はリーグが直接運営・経営をおこないながら新たな出資者を募ることとなった。
  • 2010年4月1日 他の独立リーグ3団体と共同で、独立リーグ連絡協議会(JIBLA)を設立。
  • 2010年4月3日 2010年シーズンが開幕。
  • 2010年7月2日 リーグ史上初の「最終戦での優勝決戦」となった香川対高知戦が引き分けとなり、香川が4期ぶりとなる前期優勝。
  • 2010年9月25日 香川が後期優勝。3年ぶりの前後期連覇。
  • 2010年9月29日 リーグの理事会で、長崎のリーグからの撤退が正式に決定。リーグ発足後、完全に撤退する初の球団となった。
  • 2010年10月10日 香川が高知とのチャンピオンシップを制し、2年ぶりのリーグ年間総合優勝を達成。前後期制覇と合わせた完全優勝は3年ぶり。
  • 2010年10月13日 解散の決まった長崎の選手に対する救済ドラフトを非公開で実施。希望者16人中8人が他のチームの指名を受けた。うち7人は10月28日までに指名先への入団が内定したが、1人は合意に至らず任意引退となった。
  • 2010年10月28日 NPBドラフト会議で大原淳也弦本悠希靍岡賢二郎が指名され、引き続き行われた2次(育成枠)ドラフトで岸敬祐安田圭佑上野啓輔が指名される。
  • 2010年10月31日 香川とBCリーグ優勝の石川との間でおこなわれたグランドチャンピオンシップに、香川が3勝1敗で2年ぶり3度目の優勝。アイランドリーグ勢4連覇。
  • 2010年11月4日 リーグの理事会で三重スリーアローズの加盟が正式に決定。

2011年[編集]

  • 2011年1月27日 リーグの名称を2月1日より「四国アイランドリーグplus」に変更すると発表。
  • 2011年2月1日 「四国アイランドリーグplus」に名称変更。
  • 2011年4月2日 2011年シーズンが開幕。
  • 2011年6月29日 徳島が初の前期優勝。
  • 2011年9月2日 福岡ソフトバンクホークス3軍との定期交流戦(ソフトバンク杯)で香川が優勝。
  • 2011年9月23日 香川が2年連続4度目の後期優勝。
  • 2011年9月24日 来シーズンの公式戦を四国4チームで実施することと三重の不参加・リーグ脱退を発表。
  • 2011年10月2日 徳島が香川とのチャンピオンシップを制し、初のリーグ年間総合優勝を達成。
  • 2011年10月19日 リーグを脱退する三重の選手に対する救済ドラフトを非公開で実施し、4人の選手が指名を受けた(11月2日に全員の入団が内定)。
  • 2011年10月22日 徳島と、BCリーグ優勝の石川との間でグランドチャンピオンシップを開催(10月29日まで。石川の3勝0敗で石川が優勝。アイランドリーグ勢の連覇は4で途切れる)。
  • 2011年10月27日 NPBドラフト会議の2次(育成枠)ドラフトで富永一冨田康祐亀澤恭平中村真崇西森将司土田瑞起飯田一弥が指名を受ける。支配下枠での指名がなかったのは2005年以来。

2012年[編集]

  • 2012年3月1日 NPBの実行委員会で、当リーグとベースボール・チャレンジ・リーグへの育成選手派遣を可能とすることが決定される。
  • 2012年4月1日 2012年シーズンが開幕。
  • 2012年6月20日 香川が2期連続となる前期優勝。
  • 2012年9月16日 福岡ソフトバンクホークス3軍との定期交流戦(ソフトバンク杯)で前年に続き香川が優勝。
  • 2012年9月26日 愛媛が4年ぶりとなる後期優勝。
  • 2012年10月6日 香川が愛媛とのチャンピオンシップを制し、2年ぶり5度目の年間総合優勝。
  • 2012年10月20日 香川とBCリーグ優勝の新潟アルビレックス・ベースボール・クラブとの間でグランドチャンピオンシップを開催(10月27日まで。新潟の3勝0敗で新潟が優勝)。
  • 2012年10月25日 NPBドラフト会議で星野雄大が指名され、引き続き行われた2次(育成枠)ドラフトで水口大地が指名される。支配下登録枠での指名者は2年ぶり。

2013年[編集]

  • 2013年1月21日 IBLJ本社ならびにリーグ事務局を高松市香西東町に移転。
  • 2013年4月7日 2013年シーズンが開幕。
  • 2013年6月23日 香川が2年連続となる前期優勝。
  • 2013年8月7日 福岡ソフトバンクホークス3軍との定期交流戦(ソフトバンク杯)に徳島が優勝。無敗での優勝決定は初めて(最終的に7勝1敗)。
  • 2013年9月14日 徳島が後期優勝。半期優勝は5期ぶりで後期は初。
  • 2013年10月5日 徳島が香川とのチャンピオンシップを制し、2年ぶり2度目の年間総合優勝。
  • 2013年10月19日 徳島と、BCリーグ優勝の石川との間でグランドチャンピオンシップを開催(10月27日まで。石川の3勝1敗で石川が優勝)。
  • 2013年10月24日 NPBドラフト会議で又吉克樹が指名され、引き続き行われた2次(育成枠)ドラフトで東弘明が指名される。

2014年[編集]

  • 2014年3月29日 高知県越知町で4球団による「越知町杯スプリングトーナメント」を開催。初日の試合に勝利した高知と、引き分け後の抽選で勝ち進んだ愛媛により30日に決勝戦(および香川と徳島による3位決定戦)をおこなう予定だったが、雨天中止となる。
  • 2014年4月5日 2014年シーズンが開幕。
  • 2014年6月28日 徳島が2期連続となる前期優勝。優勝マジックを1としていた香川が最終の愛媛戦に敗退し徳島と同率となったが、直接対戦成績が優位なチームが優勝するという規定により、徳島の優勝が決まった。首位チームが複数発生してリーグ規定により優勝が決まったのは初めて。
  • 2014年9月1日 ベースボール・チャレンジ・リーグとの合同組織として一般社団法人日本独立リーグ野球機構が発足し、リーグの鍵山誠CEOが会長に就任した[4]
  • 2014年9月14日 徳島が3期連続となる後期優勝で、前後期優勝を達成。リーグで前後期優勝を達成したのは香川に次ぎ2チーム目。
  • 2014年9月28日 徳島が愛媛とのリーグチャンピオンシップを制し、2年連続の年間総合優勝。香川に次いで、前後期制覇と合わせた完全優勝を達成したチームとなる。
  • 2014年10月13日 徳島とBCリーグ優勝の群馬との間でおこなわれたグランドチャンピオンシップに、徳島が3勝1敗1分で初優勝。アイランドリーグ勢として4年ぶりに独立リーグ日本一となる。
  • 2014年10月24日 NPBドラフト会議で寺田哲也入野貴大山本雅士が指名され、引き続き行われた2次(育成枠)ドラフトで篠原慎平が指名される[5]。支配下枠での3人指名は4年ぶりで、同一球団から複数の支配下枠指名者が出たのは初めて。

リーグ構成球団[編集]

加盟球団[編集]

チーム名 参加年度 本拠地 スタジアム チームカラー
愛媛マンダリンパイレーツ 2005 愛媛県松山市 坊っちゃんスタジアム
香川オリーブガイナーズ 2005 香川県高松市 レクザムスタジアム
高知ファイティングドッグス 2005 高知県高知市 高知市野球場
徳島インディゴソックス 2005 徳島県徳島市 JAバンク徳島スタジアム

その他の参加予定球団[編集]

以下のチームは一度リーグ戦に参加したのち、リーグ戦への活動を休止しているか、将来的に同リーグへの参加を予定して、主催者が事実上「準会員(オブザーバー)」として参加を認める球団の一覧である。2009年に公表されたが、2011年以後はリーグ参加の動向が伝えられておらず、2014年現在はリーグウェブサイトに「準加盟球団」の名称・所在地・連絡先・担当者のみが掲載されている。詳細は下述

準加盟球団[編集]

2010年から「準加盟球団」のカテゴリーが新設され、「加盟球団」カテゴリーから移行した福岡レッドワーブラーズと、宮崎の球団が参加している。宮崎球団については準備室を設置してスポンサーを募っている段階である[6]。 リーグによると、「近い将来アイランドリーグ加盟へのステップアップを行う意思があり、その目標に向かって積極的に活動を行う状態である場合、加盟球団に準じて、リーグ情報の共有化や、加盟に向けての支援を受けることが出来るカテゴリー」である。

チーム名 参加年度 本拠地 活動状況
福岡レッドワーブラーズ 2008 ※1 福岡県 2010年シーズン以降は準加盟としてリーグ戦参戦の準備期間中
宮崎球団 2010 宮崎県 準備室設置、スポンサー募集中。準備室は宮崎市に所在。
  • ※1:2008年リーグに加盟、2010年より準加盟球団に変更。

準備室開設段階球団[編集]

2009年10月の発表では「2010年から『準備室開設段階球団』のカテゴリーが新設され、岡山熊本の球団が参加する予定」とされていた。2012年現在、リーグのウェブサイトには準備室開設段階球団の紹介はない。

チーム名 参加年度 本拠地 活動状況
岡山球団 2010 岡山県 本州2番目のIL加盟を目標としIBLJ社と加盟へ向けての業務提携契約中
熊本球団 2010 熊本県

過去に存在した加盟球団[編集]

チーム名 参加年度 最終年度 本拠地
長崎セインツ 2008 2010 長崎県佐世保市
三重スリーアローズ 2011 2011 三重県津市

ホームゲーム開催地[編集]

2014年度

  • 球団と本拠地球場の省略名は、通称・公式略称・雅称。
愛媛
香川
高知
徳島

年度別順位[編集]

年度 優勝 2位 3位 4位 5位 6位 リーグチャンピオンシップ
2005 高知 徳島 香川 愛媛      
2006 前期 高知 香川 愛媛 徳島      
後期 香川 高知 愛媛 徳島      
総合 香川 高知 愛媛 徳島     香川(5戦制・3勝1敗)高知
2007 前期 香川 愛媛 高知 徳島      
後期 香川 愛媛 高知 徳島      
総合 香川 愛媛 高知 徳島     香川(5戦制・2勝0敗)愛媛
2008 前期 香川 高知 福岡 愛媛 徳島 長崎  
後期 愛媛 高知 香川 福岡 長崎 徳島  
総合 香川 高知 愛媛 福岡 長崎 徳島 香川(5戦制・3勝0敗)愛媛
2009 前期 長崎 香川 愛媛 福岡 高知 徳島  
後期 高知 香川 福岡 長崎 愛媛 徳島  
総合 高知 長崎 香川 福岡 愛媛 徳島 高知(5戦制・3勝0敗)長崎
2010 前期 香川 高知 徳島 愛媛 長崎  
後期 香川 愛媛 徳島 高知 長崎  
総合 香川 高知 徳島 愛媛 長崎 香川(5戦制・2勝0敗)高知
2011 前期 徳島 愛媛 香川 高知 三重  
後期 香川 徳島 愛媛 高知 三重  
総合 徳島 愛媛 香川 高知 三重 徳島(5戦制・3勝1敗)香川
2012 前期 香川 愛媛 徳島 高知      
後期 愛媛 香川 徳島 高知      
総合 香川 愛媛 徳島 高知     香川(5戦制・3勝0敗)愛媛
2013 前期 香川 徳島 愛媛 高知      
後期 徳島 愛媛 香川 高知      
総合 徳島 愛媛 香川 高知     徳島(5戦制・3勝0敗)香川
2014 前期 徳島 香川 高知 愛媛      
後期 徳島 愛媛 高知 香川      
総合 徳島 愛媛 香川 高知     徳島(5戦制・2勝2敗)愛媛
  • 2006年度以降は前・後期の総合順位で総合優勝はリーグチャンピオンシップを制しての結果。
  • 2007年度および2010年度の香川と2014年度の徳島は、レギュラーリーグ前・後期完全優勝し1勝分のアドバンテージがあったため、2勝で総合優勝となった。
  • 2014年前期の徳島・香川は同勝率。直接対戦成績が優位(徳島の6勝5敗1分)なチームが優勝という規定により徳島が優勝となった。

編成[編集]

四国アイランドリーグ時代は、1チームに監督1人、コーチ2人、トレーナー2人、選手25人までで、登録枠外に練習生として選手を保有できた。2008年より、選手登録枠を30人まで拡大した。ただし出場登録可能なのは25人までだった。実際に26人以上の選手を登録して出場登録外の選手が発生したのは、2010年の香川が最初である。この当時、リーグ発表の登録選手名簿では、出場登録外の選手には色が塗られて区別されていた[7]。2014年、選手登録枠は出場登録と同じ25人に再度変更され、登録を外れた選手はすべて練習生として扱うことになった。同時に、従来はリーグ発表の選手名簿には非掲載だった練習生が、登録実績のない選手も含めてすべて(色を塗って区別する形で)掲載されるようになった[8]

リーグ発足当時の構想では選手の在籍は3年以内という条件があったが、その後の規約の改正により現在は制限はない。2012年シーズン以降は、発足当時から続けてリーグに所属するのは高知の梶田宙のみ[9][10]となっていたが、2014年シーズンで引退した[11]。なお、いったんリーグから出て復帰した選手では愛媛の小林憲幸も初年度経験者である。

監督・コーチについては原則としてNPB出身者としているが、コーチ1名はリーグで1年以上の在籍経験のある元選手でも可としている。2012年に香川の元選手である近藤智勝がコーチに就任し、NPB在籍経験のない初のコーチとなった[12]。指導者としてのキャリアを当リーグでスタートさせ、NPBのコーチに転身した人物として、高山郁夫森博幸加藤博人岡本克道前田忠節がいる。

審判[編集]

リーグ発足当時に、元セ・リーグ審判副部長の福井宏、NPO法人UDC(Umpire Development Corporation、本部東京/平林岳理事長)、四国地区全日本軟式野球連盟の三者の協力により運営が開始された。発足時のリーグの審判責任者は福井宏で、自ら当時の石毛代表にリーグの審判になることを志願して採用されたという逸話がある。福井は2006年のシーズンまでリーグの審判を務めた。

その後、プロアマ規定などの問題により四国地区全日本軟式野球連盟が審判運営より撤退したことや、新規参入チームの九州地区への拡張等の理由により、リーグ独自の審判員を育成することになり、2008年のシーズンより審判部が発足した。初代の審判部長は元パ・リーグ審判部長の村田康一。副部長は2005年のリーグ発足時から実質の現場責任者として最多試合出場している神谷佳秀。2010年のシーズンは、部長・副部長のほかに審判員約30名が在籍している(ただし、部長は実際の試合に出場することはない)。他にレギュラー出場している審判員には、高校野球選手として甲子園に出場経験のある山本哲也らがいる。2008年からはシーズン終了後に最優秀審判の表彰も行われるようになり、田村光弘が最初の表彰者となった。2009年は神谷佳秀、2010年から2012年までは山本哲也が3年連続で表彰された。2013年は伊藤寿記が3年ぶりの新たな表彰者となっている。

在籍者の中には将来NPB(日本プロ野球機構)やMLB(メジャーリーグ)の審判を目指す者もおり、過去には市川貴之水落朋大大和貴弘NPBの審判に進んでいる。このうち市川は、2010年8月1日のヤクルト対横浜戦で一軍初球審を務めた。独立リーグ経験者としては初である。またセ・リーグ入局4年目にしての球審は16年ぶりである。2011年1月には20歳の柳内遼平がNPB審判に新規採用された。

2014年よりリーグはNPBが新設した「研修審判制度」で提携している。2014年3月7日、リーグよりNPBの第1回アンパイアスクールに派遣された青木昴が、ファームの試合に出場できる育成審判員に、また同じくアンパイアスクール派遣の水口拓弥が独立リーグ派遣となる研修審判員に採用された[13]。水口はNPB研修審判員として2014年はアイランドリーグに派遣された。

トライアウトで募集した10~20代の審判員を既存のベテラン審判員がフォローする形で、バランスよく運営されるシステムを作り上げている。また試合開催日でない平日にはチーム練習に参加することにより、短期間に育成する効果を上げている。特に2、3月のキャンプ、オープン戦ではハードなトレーニングをしている様子が各球場で繰り広げられシーズンへの準備が行われる。

発足以来数年間、公式戦は審判4人制で運営していたが、2008シーズン開幕戦より3人制、4人制を併用している。チャンピオンシップ、グランドチャンピオンシップは6人制で行っている。また宮崎で行われる秋季フェニックスリーグにも審判員を派遣している。

2010年は時間短縮ルールの制定により、審判員がストップウォッチを用いて交代時間などを計測している姿が見受けられ、3時間以内の試合が増加している。

審判部では2012年より独自のfacebookページを開設し、外部の審判志望者に向けた勉強会なども開催している[14]

巡回コーチ(初年度のみ)[編集]

各球団のスタッフは監督+コーチの計3名に限定されている。リーグ発足当初はこれを補うために、IBLJが契約したコーチが数人で球団を越えて巡回指導していた。当時のメンバーは下記の通り。

2年目以降は巡回コーチは実施されていない(チームが独自に外部の臨時コーチを招聘したケースはある[15])。

試合[編集]

ホーム・アンド・ビジターによるリーグ戦。四国アイランドリーグ時代はホーム45試合、ビジター45試合の計90試合だった。2008年と2009年はリーグの拡張に伴う移動距離の増加を考慮し、従来より10試合少ない80試合で運営された。5球団となった2010年については76試合(前後期各38試合)となり、新たに発足したジャパン・フューチャーベースボールリーグとの交流戦を1チームあたり12試合(前後期各6試合)含める形で順位を決定した。2011年は64試合(前後期各32試合)となり、このほかに福岡ソフトバンクホークス3軍と各チームが前後期各4試合ずつの定期交流戦(ソフトバンク杯)をおこなった。2012年からはリーグ戦72試合(前後期各36試合)に加えて定期交流戦を前後期各4試合実施し、交流戦の勝敗を公式戦の順位決定に含める形に変更されている。

指名打者制を採用している。また発足時より予告先発を実施しており、通常は試合前日に発表される(前日に試合がある場合は7回終了時点に発表)。ソフトバンク杯では予告先発はおこなわない。

原則として毎週金曜~日曜の週3試合ペース(2005年は毎週木曜~日曜の週4試合ペース)で開催する。発足当時は、遠征の際は宿泊せずにいったん地元に戻る方式で連戦は少なかったが、リーグを拡張した2008年より移動が長距離になることから、連戦を中心としたスケジュールに変更された。四国4チームに戻った2012年度以降は連戦が減少し、再びホームアンドアウェーに近い開催形式に戻っている。

基本的には金曜日はナイトゲ-ムまたは試合の途中からナイター照明を入れる薄暮開催とし、土・日・祝日は4月から6月まではデーゲームを中心に、7月から10月まではナイトゲ-ムを中心とした編成で日程が組まれている。2011年以前の高知はナイター設備がなかったため、主催試合はデーゲームのみだった。

2012年度の日程では、月曜を除くウィークデーでのナイター開催が増加した。レギュラーシーズンでは9回を終了して同点の場合は引き分けとし、延長戦は実施しない。2012年より開始された高知市野球場でのナイトゲームについては、9回以前であっても21時30分を過ぎて新しいイニングに入らず、同点の場合は引き分けとなる特別ルールが適用されている[16]

雨天による中止試合の代替として、例年数回ダブルヘッダーが実施されている(2013年はなし)。

2005年度は1シーズン制だったが、2006年度より前期、後期の2シーズン制とし、それぞれの優勝チームが年間優勝を賭けて5試合制・3勝先勝でリーグチャンピオンシップを争う。前期、後期とも同じチームが優勝の場合は、年間勝率2位のチームとのリーグチャンピオンシップとなる。この場合前期、後期の両ステージとも完全優勝したチームに1勝のアドバンテージが与えられるため、年間1位チームは2勝すれば年間総合チャンピオンとなる。これまでのところ、前後期制覇したチームを年間勝率2位のチームが破って年間優勝したケースはない。また、2シーズン制の制約で、前後期の優勝チームが異なる場合でも年間優勝チームが年間勝率1位ではないケースが発生しうる。アイランドリーグでは2009年がそれに該当し、年間勝率トップは前期優勝の長崎で、年間優勝の高知は年間勝率では長崎・香川に次ぐ3位だった。

リーグチャンピオンシップでの延長戦の扱いは年度によって以下のように変わっている。なお、実際に初めて延長戦が行われたのは2009年(第2戦)である。

  • 2006年と2009年以降 - 原則として実施するが、使用球場の条件によってある時間以降は新たなイニングに入らない。
  • 2007年・2008年 - 初戦からどちらかが王手をかけるまではレギュラーシーズン同様延長戦を行わない。王手をかけてからは延長戦を実施(ただし、使用球場の条件によって制限あり)。

また、2009年のリーグチャンピオンシップからは優勝の条件が細かく定められ、

  • 5試合終了時に引き分け等によっていずれかが3勝していなくてもその時点の勝敗で優勝を決定
  • 5試合終了時に対戦成績五分の場合は、予備日に1試合を実施してその勝敗で優勝を決定
  • 雨天等で予備日を含めて日程を終了できなかった場合はその時点の勝敗で優勝を決定
  • 予備日を含めて対戦成績が五分の場合は下記の順に優位なチームが優勝
    1. チャンピオンシップの失点率(総失点÷総イニング数)
    2. 当期公式戦年間通算勝率
    3. 当期公式戦の該当カードの対戦成績

とされた。

2008年には初の試みとして、シーズン開始前の3月下旬にリーグ6チームによるトーナメント戦(「阿南市長杯」)が実施された。2009年は四国4チームだけの「プレシーズンマッチ」で、各カード1試合ずつの総当たり制。

2010年以降4年間はシーズン開始前にチームを集める形でのゲームは実施されなかった。2014年3月29 - 30日に「越知町長杯」と銘打ったスプリングトーナメントを実施することが告知された[17]が、雨天により初日のみの開催となった[18]

2008年のシーズンから、公式戦のスコアブックをリーグ公式ホームページ上にPDFファイル形式で掲載している。

2009年のシーズンより、従来よりも反発力を強めたボールを使用している。これは本塁打を増やして試合をよりスリリングにすることが目的とされている。

選手[編集]

プロ野球選手を目指す野球経験者をトライアウトで獲得する。4球団で約100人。リーグ発足時はトライアウト参加資格が17歳から24歳とされ、1チームの保有枠は25人だった。2008年度のトライアウトからは年齢制限が29歳に引き上げられ、各チームの保有選手枠が30人まで拡大された。これはリーグの拡張に伴う措置である。2009年度のトライアウトでは「満15歳以上の義務教育を終了した男性」と年齢の制限が大幅に緩和された。2010年度からは「満15歳以上の野球経験者(義務教育終了)」となり、野球経験者に限定する一方で性別の制限を撤廃している。ただし、女性選手の保有実績はまだない。

リーグ発足当時は、四国4県の出身者は原則として「自分の出身県のチーム」に所属していた。リーグ初年度は選手紹介の際にその旨が紹介され、スターティングメンバーでなくても、指名打者・代打・中継投手など、何らかの形で試合に出ることが多かった。「地元密着」というリーグ方針によるものだった。2007年のシーズンからは他県所属者が所属し、現在では自県選手優遇の傾向は見られなくなっている。また、初年度には各チームの指導者が選手のNPBに向けた潜在能力を評価・序列化した「プロスペクト」を公表した[19]が、2年目以降は行われていない。

2006年5月から元NPB所属選手も受け付けることになった。NPB経験者については、当初よりトライアウト時の年齢制限がない。NPB経験選手第1号は広島東洋カープから香川に入った天野浩一。2009年8月には元阪神タイガース伊良部秀輝が高知に入団し、NPBで個人タイトルを獲得した選手としては初の加入者となった。同年福岡に入団した元福岡ソフトバンクホークスの山田秋親は、シーズン終了後にトライアウトを経て千葉ロッテマリーンズに入団し、アイランドリーグに所属した元NPB選手でNPBに復帰した最初のケースとなった。2013年、愛媛に在籍した金森敬之が2例目となる。

選手契約[編集]

契約の締結・解除はシーズンオフの契約満了時やトライアウト時だけでなく、シーズン途中での契約やシーズン中を含む契約期間途中での契約解除となるケースもある。シーズン途中の入団の場合には2008年度以前より年齢制限に拘らないとしていた。

リーグ内での選手の移籍は2年目より随時・適宜実施されていたが、2008年8月より「リーグチャンピオンシップ終了翌日から翌年シーズン後期開幕日前日まで(2008年度のみ特例として8月末まで)」と明確化された。この段階では、いったん戦力外通告によりあるチームとの契約を解除された選手が他のチームと契約することについては期間の制限はなかった。同年11月になって、退団した選手がリーグの他球団でのプレーを希望する場合は旧所属球団の申請に基づいてリーグがウェーバー公示を行い、一週間以内に獲得希望球団が出た場合はその球団が交渉権を獲得(複数の場合は希望球団間で調整)、出なかった場合は他の球団も含めて交渉を可能とするルールが定められた。

トライアウト要項[編集]

2007年度生のトライアウト要項では「報酬支払い対象期間は契約期間内2~11月の10か月間、その間契約選手の最低保障は『月額10万円と住居提供』、さらに試合でのパフォーマンス等に応じて実績給を支払う予定」となっていた。

2009年度生のトライアウト要項では「報酬支払い対象期間は契約期間内3~10月の8か月間、契約選手の報酬は『月額10万円~40万円(個別決定、シーズン中も変動あり)』と改められた。これはベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ)と連携して標準報酬額をほぼ同水準にまとめたもの。 選手は個人事業主として、国民健康保険ならびに国民年金に各自加入するよう明記されている。

また、選手の身分、および退団後に社会人野球に入団する場合は、NPB選手と同じ扱いとなる。リーグの発足当初はアマチュア選手と同様の扱いだったが、2009年より日本野球連盟の規則が改正された。

外国人選手[編集]

同リーグではいわゆる「助っ人」としての外国人選手としてではなく一選手として外国籍の選手にも門戸が開かれている。リーグでは積極的な外国人選手の受け入れを進めている。2008年12月には、チーム数が減少する台湾プロ野球選手の受け皿という目的で、台湾で初の海外トライアウトを実施した。2013年11月にはアメリカ合衆国フレズノでトライアウトを実施した[20]

外部組織との連携での受け入れもあり、カープアカデミードミニカ共和国)からは2007年から毎年、オーストラリア野球連盟からは2007 - 2008年に選手を受け入れている。また、野球が普及途上にあるジンバブエミャンマーの選手の在籍実績もある。

2009年にカープアカデミー出身のディオーニ・ソリアーノが育成選手として広島東洋カープに入団し、リーグに在籍経験のある外国人選手としては初のNPB入団者となった。なお、2008年のドラフトでNPBに入団した金無英は日本の学校を卒業したため日本人選手扱いである。在籍経験のある外国人選手のうち、2010年までに3人がNPBに入団している。なお、うち1人はベースボール・チャレンジ・リーグ経由である。

リーグの鍵山CEOは、2011年12月にウェブに寄稿した文章の中で、NPBにアピールする機会を設けるため、2012年シーズンより米国の独立リーグ出身の選手を各球団で雇う方針であると表明し[21]、同シーズンに入団が実現している。その一人である香川のアレッサンドロ・マエストリは2012年7月にオリックス・バファローズに入団した。シーズン中にリーグに在籍する外国人選手がNPBに入団するのはマエストリが初めてである。しかし、リーグが直接外国人選手を一括採用する方針は、リーグと選手の指向にギャップが大きいとしてこのシーズンだけで取りやめられた[22]

表彰[編集]

主な投打の部門成績最上位者、ベストナインおよびMVPには表彰制度がある。MVPについては前後期と年間の3種類。

また、ノーヒットノーランサイクル安打の達成者はリーグのニュースリリースで告知されている。

ノーヒットノーラン達成者
ノーヒットノーラン#四国アイランドリーグplusを参照
サイクル安打達成者

NPBドラフト指名選手[編集]

2005年
リーグ初年度である2005年度のドラフトでは所属選手が指名されることはなかったが、この年より創設された育成選手制度のための育成ドラフトで愛媛・西山、同じく愛媛・中谷が指名を受けた。2人とも後に支配下登録されている。
2006年
大学・社会人ドラフトで香川・深沢、高知・角中が指名され、初の支配下登録枠でのドラフト指名選手を出した。また育成ドラフトでは香川・伊藤が指名された。伊藤は2007年のシーズン中に支配下登録されている。深沢は2009年に香川に復帰、アイランドリーグからNPB球団入りした選手として初の“出戻り”となった。
2007年
大学・社会人ドラフトで香川・三輪が指名され、2年連続の支配下登録枠でのドラフト指名となった。また育成ドラフトでは5人の選手が指名された。徳島・小林はチーム初の指名者で、育成枠を含めると4チームすべてから指名者を出した。梶本は2008年のシーズン中に支配下登録されている。宮本は2009年のシーズン開始前に支配下登録された。
2008年
ドラフトで愛媛・西川と福岡・金が指名され、両チームとも初の支配下登録枠でのドラフト指名となった。また育成ドラフトでは香川から4人の選手が指名された。一度に一球団から4人の指名はリーグ史上最多である。堂上は2009年のシーズン開幕前に、森田はシーズン中に支配下登録された。
2009年
ドラフトでは香川・福田と徳島・荒張が指名された。また育成ドラフトでは長崎・松井が指名され、チーム初の指名者となった。これにより育成枠を含めると九州拡張後の6球団すべてから指名者が誕生したことになる。
2010年
  • 大原淳也(香川) - 横浜ベイスターズ7位(2012年退団)
  • 弦本悠希(徳島) - 広島東洋カープ7位(2013年退団)
  • 靍岡賢二郎(愛媛) - 横浜ベイスターズ8位
  • 岸敬祐(愛媛) - 読売ジャイアンツ育成1位(2013年退団後、2014年はロッテ育成選手、同年退団)
  • 安田圭佑(高知) - 福岡ソフトバンクホークス育成1位
  • 上野啓輔(香川) - 東京ヤクルトスワローズ育成2位(2012年退団)
ドラフトと育成ドラフトで各3人ずつが指名された。高知からの指名は3年ぶりで、長崎を除く四国4球団から指名者が出た。香川・愛媛は支配下枠と育成枠各1人ずつで、複数のチームから複数の指名者が出るのは初めてである。岸は2012年のシーズン中に支配下登録された。
2011年
  • 冨田康祐(香川) - 横浜ベイスターズ育成1位(2014年退団)
  • 富永一(徳島) - 広島東洋カープ育成1位(2013年退団)
  • 亀澤恭平(香川) - 福岡ソフトバンクホークス育成2位
  • 中村真崇(香川) - 広島東洋カープ育成2位(2013年退団)
  • 西森将司(香川)- 横浜ベイスターズ育成2位
  • 土田瑞起(愛媛) - 読売ジャイアンツ育成3位
  • 飯田一弥(高知) - 福岡ソフトバンクホークス育成7位(2013年退団)
育成ドラフトで四国4チームから7人が指名された。人数は過去最多であるが、リーグが発足した2005年以来6年ぶりに支配下登録枠での指名がなかった。西森と冨田は2013年のシーズン中に、また土田は2014年のシーズン開幕前に支配下登録された。
2012年
支配下登録枠の指名者が2年ぶりに出る。指名者の出身が1球団のみとなるのは初年度以来。
2013年
支配下登録・育成枠各1人は前年と同じ。又吉の2位指名はリーグのドラフト指名者として過去最高順位である。
2014年
  • 寺田哲也(香川)- 東京ヤクルトスワローズ4位
  • 入野貴大(徳島)- 東北楽天ゴールデンイーグルス5位
  • 山本雅士(徳島)- 中日ドラゴンズ8位
  • 篠原慎平(香川)- 読売ジャイアンツ育成1位
支配下枠3人は4年ぶり。また徳島はリーグで初めて、一度に複数の支配下枠指名者を輩出した。

NPBドラフトでの扱い[編集]

アイランドリーグに所属する選手はアマチュアではなく独立リーグとしてのプロ選手となり、ドラフト会議では独立リーグ所属選手特有の扱いを受ける。その一番の特徴としては、高校・大学卒業時点でNPBによるドラフト指名を受けずにアイランドリーグに加入した場合、初年度から指名を受けることが可能となることである。ただし、かつて希望入団枠制度が存在した当時はその対象外とされていた。

NPBのドラフト指名を拒否して加入した高卒選手及び大卒選手や、プロ志望届を出さなかった高卒選手に関してはこの限りではなく、他の社会人選手同様の指名制限を受けることとなる。これは、一度入団を拒否した選手がアイランドリーグを迂回して、結果的に社会人・学生経由よりも早くNPBに入団できてしまう事を防ぐための措置である。現時点ではプロ入りを拒否してアイランドリーグに入団した選手はいない。[要出典]

当初は全選手に対して学生・社会人と同等の指名制限期間を設けることも検討されたが、リーグ側や四国各県からの要望もあって、上記のように指名されなかった選手に関しては条件が緩和された。

なお、2005年度は特例としてアイランドリーグ所属選手全員がプロ野球ドラフト会議指名の対象となった。

指名時の契約[編集]

アイランドリーグ所属の選手がNPB球団に入団した場合、選手がプロ野球球団から受け取る契約金と初年度年俸の一部をアイランドリーグの所属球団に支払う契約となっている。アイランドリーグに支払う金額や割合、アイランドリーグとの契約解除後にプロ入りした場合の扱い、NPB以外のプロ球団と契約した場合の扱い等、詳細については明らかにされていない。2006年のドラフトで香川からNPB入りした2人の選手の場合、契約金と初年度年俸の2割が香川の収入になったと報じられている[24]

メジャーリーグ機構への移籍者[編集]

2008年になり、アメリカのメジャーリーグの一部の球団が、選手の供給源としてアイランドリーグを視野に入れていると報じられるようになった。その中で、同年3月に香川の松尾晃雅ボストン・レッドソックスとマイナー契約を結び、リーグからメジャーリーグ機構に所属する球団に進む第一号となった。松尾は2008年のシーズン、レッドソックス傘下の1A球団であるグリーンビル・ドライブでプレーした(同年限りで引退)。同じ香川の堂上隼人についても2008年2月にレッドソックスがマイナー契約での獲得を求めて交渉中と報じられたが、そのシーズンは香川に残留し、シーズン終了後に福岡ソフトバンクホークスから育成選手枠で指名されたため、メジャーリーグ入りは実現しなかった。

経営[編集]

発足当時の当リーグは、理念先行による運営見通しの甘さが指摘されていた[25]。リーグ初年度となる2005年度はシーズン開幕前に収入約7億5000万円、支出約6億7000万円で8000万円の黒字を見込んでいると発表されたが、シーズン中から有料入場者の少なさやスポンサー収入の伸び悩みが報道されるなど資金繰りの悪化が懸念されていた。2006年3月6日に開いた会見では、2005年度の収支は当初計画では8167万円の黒字を予定していた事、2005年度の決算見込みが3億1497万円の赤字である事、2006年度は赤字額を約1/10の3161万円に圧縮し2007年度に黒字転換を目指す方針である事などが発表された。しかし2006年シーズン閉幕後の10月24日、香川県庁で行われた記者会見でも2006年度の収支が約1億5000万の赤字となる見通しである事が発表された。

こうした赤字状況を改善するため、2年目からは抜本的な改革が断続的に行われた。2006年3月には、各球団がより地域に密着した独自経営を可能とするためにIBLJの事業部門だった各球団をIBLJの100%出資により資本金1000万円の子会社として法人化し、各球団に興行権を委譲した(高知を除く3球団は2006年中に新たな出資者を確保)。また人件費削減も頻繁に行われており、選手給与も大きく変遷している。1年目の2005年度は一律月額12万円だった選手給与を2年目の2006年度は基本給12万円・10万円・8万円と三段階のランク制に変更、これに住居提供と試合出場等の実績に応じたインセンティブ(出来高払い)が加えられる。2007年度以降の選手給与に関しては#トライアウト要項を参照のこと。2007年6月、前年から各球団の分社化・興行権委譲に伴い2007年からサラリーキャップ(総年俸抑制)制度を敷いたと発表された。当時は上限が非公開だったが、前記の通り2009年度トライアウトより選手一名あたり月額40万円と明示されている(*チーム総年俸上限は非公開)。

これら運営方法の改善に伴って、リーグ運営の実権は当初リーグ設立の中心人物だった石毛宏典から、鍵山誠を始めとしたスポンサー等から集まった経営陣へと移行し、石毛は2006年12月に株主への説明がないまま辞表を提出、2007年3月に「現経営陣に僕の意見が通らなくなった」として社長を退任し、コミッショナーとなった[26]。さらに、同年12月末のコミッショナー契約満了をもってコミッショナーも退任、自らが創設したリーグの運営から完全に離れることとなった。ただし現在もIBLJの株主である。また、2008年1月には愛媛マンダリンパイレーツのシニア・チームアドバイザーに就任した。

2007年度の収支について、IBLJの鍵山社長は10月24日の記者会見で赤字額が約1億円の見込みであることを明らかにした。経営改善策により2年連続で赤字額は減少したが、7千万円といわれる高知への経営補填金が大きな負担となっており、後述の経営者募集の要因となった。また、鍵山社長は四国内での運営による黒字転換は「不可能ではないが時間がかかりすぎる」と述べ、2008年度からのリーグ拡大の理由の一つが経営基盤の確保であることも示している。2007年度の最終的な収支は1億2300万円の赤字となる見通しであることが2008年6月に報じられた[4]

2008年度については同年10月31日の記者会見で鍵山社長は「1~2億円の赤字の見込み」とした上で、「年々持続可能な経営に近づいている」と述べた。またリーグの拡張については「スムーズに運営でき、大成功」としていた[27]

2009年度について、鍵山社長は同年10月30日の記者会見で「2億2000万円の赤字の見込み」と述べた[28]。リーグ全体での売上見込は4億9000万円で、球団別の赤字は最も少ない高知が1600万円のほかは各球団とも4000万円台となる見込みとされた[29]

2010年度について、鍵山CEOは2010年12月にウェブに寄稿した文章で、香川・愛媛・高知は赤字ながら過去最高決算となる見込みであることを挙げ、軌道に乗り始めた球団とそれ以外に二極化したと述べた[30]。同じ文章では、リーグの資本金を5億円まで増資を図ってきたこと、黒字化は長期的な目標だが当面は地域密着と人材育成を重視し、最初の10年間は長期にわたって持続可能な体制を作る「助走期間」と考えていることを記している。

2011年2月24日の記者会見では、2010年度のリーグ全体の赤字額が初めて1億円を下回る7100万円となる見通しであることが明らかにされた[31]。 2012年2月29日に行われた球団関係者の記者会見で、2011年度のリーグ全体(三重を除く)の収支が7350万円の赤字であることが発表された[32]。球団別では高知が初の黒字を計上した。

2012年度については、2013年2月25日の球団関係者の記者会見で、リーグ全体では3360万円の赤字であることが発表された[33]。愛媛が2011年度の高知に続いて単年度黒字となった。高知は若干ながら赤字となり、香川もグランドチャンピオンシップ出場の経費増で赤字額が微増、徳島は大きく収支を改善した[33]

2013年4月1日、リーグ事務局は四国に限らず全国から広く共同オーナーを募集すると発表した[34]

2014年2月28日に発表された2013年度の収支は、リーグ全体で5400万円の赤字となり、前年より悪化した[35]。球団ベースでは、愛媛が310万円の黒字となった[36]

発足当時の課題とその後[編集]

リーグ発足当時、運営上で抱える主要な課題として挙げられていた項目を記述する。

入場者数について[編集]

2005年度の公式戦180試合の総観客動員数は19万1194人・1試合平均1068人で、開幕前に目標とした14万4000人を上回ったが、無料券を40万枚配布しており、その券での入場者が全体の約6割を占め、売り上げが伸びなかった。

そのため2006年度は無料券を大幅に減らし、有料の入場者数を増やす事で売り上げを増やす方針を採った。またその他にも前年の反省を踏まえて、集客の多い金土日の三連戦を基本に日程を組み、香川の主催試合でシャトルバスを運行するなど利便性の向上に努めた。しかし、新たな需要を掘り起こすには至らず、最終的に2006年度のリーグ戦180試合の平均入場者数は806人、リーグチャンピオンシップ4試合の平均観客数は1835人だった。前年の1試合あたりの入場者数1068人を下回ったが無料券の配布を前年より抑えたため全体の入場料収入は改善された。ただし採算ラインと予想されていた1試合あたりの入場者数1500人からは大きく下回る結果となった。

2007年度のリーグ戦180試合の平均入場者数は1100人となり、リーグ記録を更新した(リーグチャンピオンシップ2試合の平均は2000人)。10月31日のリーグ首脳の記者会見によると観客の約4割が無料券によるものである。採算ラインには届かないものの、2006年の分社化により各チームが取り組んできた集客策が功を奏した面がうかがえた。2012年度終了の時点で、このシーズンの平均入場者数がリーグ最多記録となっている。球団別では香川が1500人台、愛媛・徳島が1000人台を記録したのに対し、高知は前年に続いて500人台に留まった。

2008年度はリーグ拡張による集客が期待されたが、新加入の九州2球団はいずれも1試合平均が500人前後にとどまった。また新たな経営者を迎えた高知も前年よりもさらに少ない1試合平均338人となった。なお、高知球団は本年度よりそれまでリーグの慣行だった「入場者数に選手・スタッフ・ボランティアを含める」ことを取りやめ、完全な実数のみに変更している[37]。このほか、無料券の配布を前年より抑えた影響もあり、リーグ戦240試合の平均入場者数は886人と前年の水準を下回った。四国4チームに限ると1076人で、前年より微減となった。リーグチャンピオンシップ3試合の平均入場者数は3009人で過去最多だった。

2009年度はリーグ全体での入場者数は前年より12%減の18万7649人(1試合平均782人)で、1試合平均の数値はリーグ発足以来最低となった[28]。優勝した高知・長崎は前年比で増加となったが、従来安定した動員の香川・愛媛・徳島の落ち込みが大きかった。リーグチャンピオンシップ3試合の平均入場者数は897人だった。

2010年度はリーグ主催試合190試合(交流戦のうちJFBL主催分を除く)の入場者数は12万0195人(1試合平均633人)と1試合平均で前年より20%減となった。1試合平均では高知を除く4球団が前年度より20%以上低下し、特にスポンサーが撤退した徳島と経営危機が表面化した長崎は落ち込みが大きかった。リーグチャンピオンシップ2試合の平均入場者数は1244人だった。当年度の落ち込みについて鍵山CEOは、夏の酷暑でデーゲームの集客に影響があったことを挙げている[30]。また、無料券で客を増やすことと有料入場者を増やすこととのバランスについてはまだ各球団とも試行錯誤しているとも述べている。

2011年度は1試合平均の観客は532人(ソフトバンクホークス3軍との交流戦を含む)となり、もっとも多かった2007年度の半分以下となった[32]。これについて鍵山CEOは、無料券の配布を抑制して有料観客を増やす努力により動員減でも収支は改善しているが、経営が安定してくれば試合を見てもらう機会を増やしていくことも必要であると2011年12月の文章で述べている[21]

2013年度の1試合平均の観客(リーグ球団主催の定期交流戦やポストシーズン戦を含む)は558人である[35]

NPBへの移籍選手人数[編集]

発足当時、NPBへの人材供給をリーグの目的としたことから、この点には大きな関心が寄せられたが、初年度のドラフト指名は育成選手2人だった。以後、2014年までの10年間で、育成選手を含めて41人がNPBのドラフトで指名を受けており、年平均では4.1人となる。ポジション別内訳は、投手が20人(うち支配下枠9人)、捕手が8人(同3人)、それ以外の野手が13人(同3人)である。また、2013年までの支配下枠指名者12人のうち一軍公式戦出場者は9人、同じく育成指名25人のうち支配下登録を受けたのは11人(うち一軍公式戦出場者9人)となっている。

リーグ初年度終了の頃には、指名が少ない理由の1つとして「アイランドリーグ選手の実力がどの程度か分からない」といった声があげられていた。そのため、2005年11月に行ったサーパス神戸(オリックス・バファローズ (ファーム))との練習試合を皮切りに、2006年以降もNPB2軍チームとの交流戦を頻繁に行い、NPB関係者へのアピールの場としている。2007年からは、10月に開催される教育リーグのフェニックスリーグにアイランドリーグ選抜チームが参加している。過去最高順位は2008年の7勝4敗1分、14チーム中3位。

最初の4年間に支配下登録された選手からは一軍に定着した選手が現れず、後発のBCリーグ(内村賢介が2008年に一軍に定着)の後塵を拝した。リーグ創設以来1年を除いて2球団で監督を務めている西田真二は、2008年5月23日に放映された日本BS放送の番組「大人の自由時間」の中で、「チームでは社会人野球のトップクラスの方がまだ(レベルが)高いところもあるし、個人的な能力でも各チームによって差がある。だがトップクラスになれば、社会人の一流どころ(と互角の選手)もいるのではないか。プロ(NPB)でもやれる力はある。ただ一軍で本当の実績を上げた選手がまだいないので、その辺が今からだと思う」と述べていた。その後、2010年8月に登録された福田岳洋が初めて抹消を経験せずにシーズンを終了した。2011年は三輪正義が開幕から主に代走として終盤まで54試合に出場、角中勝也が8月から閉幕までに主に右投手の試合でスタメン起用され(シーズン通算では51試合に出場)、ようやく野手でも一軍である程度の試合数をこなせる選手が出た。投手では金無英が8月以降に中継ぎとして9試合に登板した。2012年には角中が、国内の独立リーグ出身者として初のオールスターゲーム出場とタイトル(首位打者)獲得を実現した(規定打席到達も独立リーグ出身者として初)。翌2013年には、角中は第3回ワールド・ベースボール・クラシックの日本代表に選出された。リーグ在籍者で過去最高となるドラフト2位指名を受けて2014年にNPB入りした又吉克樹は、初年度に9勝1敗2セーブ24ホールドの成績をあげた。

一方、2008年からは戦力外通告を受けた選手が発生し、2013年シーズン終了時点で、2012年までにドラフト指名を受けた35人のうち18人がNPBを去っている。

選手育成と地域密着との両立[編集]

当リーグは「地元ファン拡大」を目指しつつ人気・集客を第一にする「興行としてのプロリーグ」の側面と、日本野球機構 (NPB) 入りできる選手の育成にあたる教育リーグの側面とを合わせ持っている。

リーグ発足当時、リーグの紹介では「プロ野球選手を目指している若者に、夢を追いかける場所を提供する」ことが「最大の目的」として掲げられていた。入団年齢の上限や「選手の在籍制限は三年」という当初の条件もその一環だった。しかし、その後は地域密着の傾向を強め、現在は「リーグの役割」として「野球界の底辺拡大と選手の育成」と「地域の活性化と地域貢献、地域における人材育成」が二本立てでうたわれている。「チャレンジの場の提供」という言葉は残っているものの「最大の目的」という表現は見られなくなった。在籍制限は見送られ、年齢制限は緩和された。2013年現在でリーグ最長キャリア選手となる高知の梶田宙は、「NPBに行くことが難しくなっても高知の人たちのために残ってやっている」と、リーグに対する意識が在籍を通じて変化したことをコメントしている[10]。梶田は「本当にプロ(NPB)に行けるのは一握りで、あきらめをつけられるリーグ」ではあるが、その過程で地域に根ざすことができた選手がその地域で次のステップを踏み出せるのは独立リーグのよい点だと思うとも述べている。

また、2010年代に入ってからは、長くプレーしたり顕著な成績を残した選手がリーグ在籍のまま引退した場合に、特にリーグや球団が引退を告知するケースも出ている。高尾健太[38]国本和俊[39]・梶田宙[11]が該当する。梶田については、球団が背番号をリーグ初となる永久欠番に指定した[40][41]

球場の照明設備(解消済み)[編集]

リーグ発足前のIBLJの構想では各県庁所在地にフランチャイズを置き、リーグ戦は主にナイトゲームで開催する予定だったが、四国内の球場の実状が明らかになると、この構想は見直しを余儀なくされた[25]。リーグ発足当時、四国内でプロ野球公式戦のナイトゲームを開催できる球場は、愛媛県の松山中央公園野球場(坊っちゃんスタジアム)と香川県の香川県営野球場(現・レクザムスタジアム)の2か所しかなかった。当時の徳島県内の硬式野球場のナイター設備は軟式野球用の照度で、硬式野球に適した明るさではなかった。高知県内にいたってはナイター設備のある硬式野球場は1か所もなかった。また、これらの球場はアマチュア野球が頻繁に使用しており、球場の確保にあたってはアマチュア野球の関連団体との交渉が必要となった。

そこでIBLJは各県の事情を考慮して、リーグ戦開催球場の確保に務めた。1年目の2005年度リーグ戦では、高知県内での開催球場は8か所に分散してデーゲームを、徳島県内では主に夕方に開始し試合途中から照明を入れるトワイライトゲームを、愛媛県と香川県では主にナイトゲームを開催した。2006年度リーグ戦は徳島県内の開催球場のうち、鳴門球場では主にナイトゲームを行った。

しかし、地元ファンからは「夏場のデーゲームは観戦に不向き」「仕事の関係でナイトゲームしか観戦できない」といった声があった。また照度が暗い球場で試合を行う場合、選手のプレーに影響が出るほか、打球の行方がわかりにくいためファウルボールが観客に当たる恐れがある。そのため、2005年のシーズン中に地元ファンが中心となって、高知ではナイター設備の新設、徳島ではナイター設備の照度改善の、それぞれの署名活動が行われた。

その後、徳島県では阿南市に硬式野球用のナイター設備を完備した徳島県南部健康運動公園野球場(アグリあなんスタジアム)が2007年5月に完成し、徳島インディゴソックスが主催試合を行っている。2007年度は5試合(うちナイトゲーム1試合)が開催され、2008年度はホームゲーム40試合の半数以上に当たる23試合が開催された。これにより徳島の照明設備については解決をみた。ただし、その後観客動員等の理由で2012年以降は蔵本球場をメインのホーム球場に変えている。蔵本球場では照明設備の理由から2013年のシーズンまで試合開始時刻を17時としていたが、2014年シーズンの日程からは18時に変更された[42]。。

一方、高知については地元自治体の財政事情などからナイター設備の設置が長らく具体せず、ナイターが開催できないことが観客動員、ひいては運営に大きな影響を与えているという見方も強かった。高知球団では2007年11月より、10万人を目標に照明設備設置を求める再度の署名活動を行った。2009年3月30日、高知県の尾崎正直知事は記者会見で高知市内の野球場への照明設備設置を求める県議会超党派の「スポーツ振興議員連盟」の要請に対し、「前向きに進むということで考え始めなければならない。迷っている段階ではなくなったのではないか」と述べて、設置に向けて高知市などと協議する考えを明らかにした[43]。これを受けて高知市は同年4月22日に「野球場照明設備建設検討委員会」を発足させた。委員会は同年11月に、高知県立春野運動公園野球場を照明設置の第一候補とすることを決定した[44]。その後、2010年8月の県と市の連携会議で、高知市野球場にナイター設備を2012年春に設置することで合意した[45]。設置工事は2011年におこなわれ、2012年より高知でもナイターの開催が可能となった。これによって、発足から8年目にして全球団でナイター運営可能な環境が整った。

なお、香川県営野球場は漁業関係者への配慮から、ライト側の照明1基につき現在のところ点灯しない状態で試合を行っている。これについては特に改善を求めるような動きは公には出ていない。

2008年から2010年までリーグ戦をおこなった九州のチームについては、長崎はメイン球場である佐世保野球場、福岡は小郡市野球場北九州市民球場、2011年のみ加入した三重は津球場公園内野球場など、いずれもナイトゲーム可能な球場を確保した上での参加だった。

選手を取り巻く環境[編集]

リーグ各球団は自前の練習施設をもっておらず、発足当初は練習場所の確保に苦労していた。また、徳島のように公共の練習場所が少ない地域もあり(主に河川敷グラウンドを使用)、選手達がいつでも自由に練習ができる環境とは言えなかった。その後、高知では2010年から越知町が練習場所を無償提供、愛媛も愛媛銀行が自社グラウンドを提供するなど、少しずつではあるが改善がみられるようになっている。

住環境については民間住宅の借り上げや自治体を通じた施設の提供により、2010年現在、香川・愛媛・高知の3球団に専用の合宿所が存在する。

各球団の経営問題[編集]

上記のような状況の中で2007年以降、リーグ内の球団では香川を除いて経営問題が起きている。高知・愛媛・徳島は一応の解決を見ているが、九州2球団と三重は休止および撤退に至った(詳細は各球団の項目を参照)。

高知
IBLJの直接出資で運営されていた2007年9月、財政負担を理由に経営者を一般公募。これを受けて大阪の不動産会社タップの北古味鈴太郎社長が新たなオーナーとなり、大阪の整水器メーカー日本トリムがチームスポンサーにつく形で、チーム休止の危機はひとまず回避された。
長崎
観客動員の低迷と支援企業の不足により、2008年9月には翌シーズンのリーグ脱退の可能性が報じられた。このため、リーグより2000万円の支援を受けた上で2009年もリーグに参加。しかし、スポンサーからの支援とリーグからの分配金が大幅に減少したことで再び経営難が浮上し、2009年8月には再度リーグ脱退の可能性が報じられる状況となった。2010年も参加が決まったものの、開幕を控えた3月には通年参加が「きわめて厳しい」と球団よりリーグに申し入れがあったと報じられた[46]。2010年のシーズンは全試合をこなしたが、最終的に9月29日にリーグの理事会で撤退が正式に決定し、希望する選手を対象とした救済ドラフトが10月13日に実施された[47]。球団自体も解散することが10月1日に明らかにされた。
福岡
2009年10月30日に、来シーズンのリーグ戦参加を取りやめ、事務所のみの「準加盟球団」に移行することが発表された。所属選手のうち希望者は救済ドラフトにより他チームに移籍し、新たなスポンサーを探して2011年の復帰を目指すとしていた[28]。しかし、2010年10月に来季の復帰を見送る方針を固めたと報じられた[48]。2010年11月4日のリーグ理事会で2011年度の復帰見送りが事実上決まった。
愛媛
発足以来観客動員は2007年を除いてリーグトップだが、球団の赤字をスポンサーの星企画が負担することが困難となったことから、2010年より愛媛県および県下の自治体・企業が出資する「県民球団」に変更となった。
徳島
2010年3月限りでスポンサーのユーセイホールディングスが球団運営から撤退。4月以降はリーグが直接経営・運営しながら新たなスポンサー獲得に努めることとなった。球団がリーグ直営となるのは上記の高知以来となる。2011年もリーグの直営が続いたが、2012年2月10日にリーグのスポンサーでもあるセイアのほか、明和クリーン、エヌティコーポレーションの3社で新たな運営会社「パブリック・ベースボールクラブ徳島」を設立して2012年度より運営に当たることが発表された[49]。3社は300万円ずつを3年間出資し、3年目での黒字転換をめざすとしている[49]
三重
2011年9月24日に、来年度の公式戦への不参加・リーグ脱退が発表されたが、その要因は三重だけに支払を求められている加盟料等の負担であると報じられている[50]。脱退決定後の同年11月10日に解散が発表された[51]

メディアへの露出[編集]

メディアでの露出は地元マスコミが中心である。

メディア別概括[編集]

新聞[編集]

初年度は四国4県の地元紙でも取り扱いに大きな差があり、高知新聞では自社サイト上で試合結果、試合への記者独自の解説、特集・連載を掲載した一方で、愛媛新聞四国新聞のサイトではほとんど扱われなかった(四国新聞はプロバスケットボールリーグ・bjリーグ高松ファイブアローズの方に紙面を大きく割いている)。しかし、2年目は地元4社すべてのほか、読売新聞大阪本社でも記事にしており、新聞での露出はかなり多くなった。2008年に加入した九州2球団については西日本新聞西日本スポーツ長崎新聞といった地元メディアのほか、読売新聞西部本社も記事にしており、四国4球団の発足時と比較すると露出度の格差は少なかった。

試合記事ではないが、デイリースポーツの四国・瀬戸版には2012年より、スポーツライターの高田博史が所属選手を取り上げたコラム「アイランドリーガー伝」が毎週一回掲載されている[52]

ラジオ[編集]

地上波AMラジオは、初年度の2005年は愛媛開幕戦をNHK松山放送局南海放送が中継した[53]ほか、高知放送で1試合が中継されただけである[54]

2006年はNHK高松放送局にてAMローカル放送で、オリーブスタジアムで開催の金曜日のナイター試合に限って「ガイナーズフライデーナイター」と銘打ったオリーブガイナーズ贔屓で放送する中継を始めたが、これは広い意味での定期放送にあたり、アイランドリーグ初の定期ラジオ中継となった。2007年以降は曜日には関係なく年間5試合程度が放送されている。2007年と2008年には西日本放送(RNCラジオ)でも、不定期の日曜にデーゲームを、月曜にナイターをそれぞれ中継した。2007年9月には初めて日曜日のナイター中継を実施し、全国ネットのプロ野球中継(TBSラジオ制作の横浜- 巨人戦)のネットを行なわなかった。その後NHKでは高松に加え、NHK松山放送局NHK高知放送局NHK徳島放送局でもAM第1放送で数試合の中継をおこなうようになった。徳島では2010年から四国放送が年に5 - 9試合の中継放送をおこなっている。四国放送はそれ以前、2007年に2試合と2008年のホーム開幕戦をそれぞれ単発で放送したことがある。

NHKラジオは原則として開催県のみの放送であるが、2008年の年間チャンピオンシップ2試合が初めて対戦相手の県でもネット中継され[55][56]、レギュラーシーズンでも2010年から相手県でネット放送をおこなうケースが出ている(2013年度は年間チャンピオンシップ1試合のみ)。民間放送の複数県での放送は、2007年に高知放送制作の高知での試合を、対戦相手県の南海放送でネット中継した実績(1試合)がある[57]が、それ以降の実施例はない。

2013年度はリーグ全体で17試合が放送された[58]。開催県別の内訳は、香川5(NHK。うち年間チャンピオンシップ1試合は徳島にもネット)、徳島9(四国放送7、NHK2)、愛媛1(NHK)、高知2(NHK)である。

2014年度においては、リーグのニュースリリースで告知されないラジオ中継も四国放送やNHK高松放送局で実施されている[59][60]。また、グランドチャンピオンシップの試合が初めてラジオ中継された[61]

インターネット[編集]

2006年よりインターネット中継による試合配信が開始されている[62]。2014年のリーグチャンピオンシップは、初めて全試合がリアルタイム・無料で動画配信された[63]

テレビ[編集]

地上波テレビでの中継は、初年度開幕の愛媛対高知の試合がテレビ愛媛の制作で高知さんさんテレビにネットされた。2年目は、各チームの開幕試合がテレビ高知四国放送(以上生中継)・岡山放送南海放送(以上録画)で放送された[64]。2007年には香川のホーム開幕戦を岡山放送が録画放送した[65]。しかし、以後長い間地上波テレビの試合放送は途絶え、2013年4月にテレビ高知が1試合を生中継する[66]まで6年間実施例がなかった。テレビ高知の中継は2014年4月にも1試合が実施されている[67]

ケーブルテレビでは十数試合放送されており、四国内のケーブルテレビネットワークにて配信・放送されている。2014年のシーズンは、愛媛が主催する全40試合を愛媛CATVおよび県内の各ケーブルテレビで中継する[68]。チーム単位で全主催試合を中継するのはリーグ発足以来初めてである。

一方、CSについては、2008年にスカイパーフェクTV!で徳島の試合の録画を含めた応援番組が、週1回1時間枠のペースで放送された[69]。実況中継ではないが、CS局でアイランドリーグの番組を放送するのは初の試みである。

2008年5月、デジタルBS放送をおこなう日本BS放送(BS11)が、アイランドリーグの一部の試合やグランドチャンピオンシップを地元ケーブルテレビ局などと共同で放映すると発表した。同年7月31日に、9月12日に開催される香川対愛媛戦を9月14日に録画で放送することが正式に発表され、実際に放映された。

2008 - 2010年に参加した九州2チームでは、長崎について2010年のホーム開幕戦を長崎県内のケーブルテレビで放送した実績[70]のみである。

2011年に参加した三重はケーブルテレビを含むテレビ放送の実績はなかった。

地域別放送媒体[編集]

なお、福岡・三重については実績なし。

香川[編集]

地上波テレビ・ラジオ
  • 岡山放送(IBLJ株主企業のひとつ。テレビの録画放送が2006年と2007年に各1試合あり。2006年から2008年までは香川オリーブガイナーズの応援番組「GO!GO!ガイナーズ」がレギュラー放送されていた)
  • 西日本放送(2007年 - 2008年にRNCラジオで日曜日のデーゲーム中継や月曜日のナイター中継を不定期で実施(GO!GO!オリーブガイナーズ))
  • NHK高松放送局(2006年 - 。当初の3年は「ガイナーズナイター」という名称が付けられていた)
  • 山陽放送(2008年7月から2012年9月まで、香川オリーブガイナーズの応援番組[71]がレギュラー放送されていた)
CATV

徳島[編集]

地上波テレビ・ラジオ
  • 四国放送(ラジオ。2007 - 2008年、2010年 - 。JRTゴールデンナイターも参照。テレビは2006年の開幕戦を中継放送[64]。2008年にはテレビでの応援番組放送実績あり。)
  • NHK徳島放送局(ラジオ。2012年に愛媛県での試合をネットで初放送[72]。ホームゲームの中継は2013年から[73]
CATV
CS

高知[編集]

地上波テレビ・ラジオ
CATV

愛媛[編集]

地上波テレビ・ラジオ
  • 南海放送(テレビは2006年ホーム開幕戦をビデオ録画で放送実績あり[64]。ラジオは2005年、2008年[74]、2012年[75]に放送実績あり)
  • NHK松山放送局(ラジオ、2005年(開幕戦のみ)、2008年 - )
CATV

長崎[編集]

CATV
2010年の開幕戦を上記各局で放送(中継はテレビ佐世保が担当)

提携・拡張(構想を含む)[編集]

2007年以降、NPBや新たに誕生した他の独立リーグとの提携や拡張の構想が報じられるようになっている。

NPB[編集]

2007年6月に千葉ロッテマリーンズボビー・バレンタイン監督が、アイランドリーグの1チームを買収して2軍選手を育成する構想を表明した。このときは球団側がこれを否定したが、ロッテ球団は同年10月1日のプロ野球実行委員会で、徳島に育成選手5~8名を派遣する構想を明らかにした。実行委員会では結論を保留し、決定は次回以降に持ち越しとなった。

この構想に対しては、社会人野球側から「育成選手制度の本来の趣旨と異なる」との指摘が出て、NPB内のほかアマチュア野球側とも調整が必要な状況となった。また、他の一部の球団からは「(イースタン・リーグの混成チームである)フューチャーズの活用が先ではないか」といった意見が出たため、2007年11月6日のプロ野球実行委員会でも継続審議となった。ロッテの瀬戸山隆三球団社長は育成選手を獲得した上で実現に向けて努力を続けるとコメントした。ロッテはこの構想に沿って11月11日に公開のトライアウトを実施し、アイランドリーグからも複数の選手が参加した。そして、11月19日のドラフト会議でリーグ出身者3名(高知2名、徳島1名)を含む5名を育成選手枠で指名した。

その後この構想について進展は見られず、2007年に指名された育成選手のうち支配下登録されていなかった4名(うち2名がアイランドリーグ出身)が2009年のシーズン終了後に戦力外通告を受けた。

2011年シーズンを前に、福岡ソフトバンクホークスが新たに創設する三軍との公式戦を日程に組み込む方向で調整が進められていると一部で報じられたが、1月20日のプロ野球実行委員会で承認を得ることができず、2011年の公式戦実施は見送られることになった[76]。ただし、定期交流戦として各チームが前後期各4試合ずつを実施することになった。この定期交流戦には「ソフトバンク杯」の冠称がつけられている。交流戦は2012年以降も実施され、前記の通り勝敗がレギュラーシーズンの成績に反映する形に変更された。

2012年3月1日のプロ野球実行委員会にて、各球団の育成選手を当リーグとベースボール・チャレンジ・リーグに、派遣選手の給与をNPB球団側が負担する形で認めることが承認された[77]。独立リーグ側は1球団あたり最大5人まで受け入れが可能で、シーズン途中からの派遣受け入れや派遣選手の交代も可能な条件となっている。これに基づき、2012年のシーズンは広島東洋カープから徳島に2名、香川に1名の育成選手が派遣された。広島からの派遣はその後も継続し、2013年はリーグ各チームに1名ずつが派遣されたが、2014年は愛媛のみが2名を受け入れている。2013年までに派遣された6名(永川光浩が2年連続で派遣されたため、各年度の合計より1名少ない)の中で広島復帰後に支配下登録されたのは池ノ内亮介だけで、4名が復帰年または翌年に戦力外通告を受けている。

ベースボール・チャレンジ・リーグ[編集]

2007年に発足したベースボール・チャレンジ・リーグ(旧北信越BCリーグ)との間では、同年のシーズン中に交流戦が実施されたが、その後はおこなわれていない。

また、同年よりシーズン終了後、両リーグの優勝チーム同士の間で「グランドチャンピオンシップ」(5試合制)が実施されている。戦績は2014年までアイランドリーグ勢の5勝3敗(優勝は香川3、高知1、徳島1)である。

関西独立リーグ[編集]

2009年に発足した関西独立リーグとの間では開幕前にオープン戦が個別のチームの間でおこなわれた。2009年にはグランドチャンピオンシップにも参加する方向で検討が進められたが最終的に不参加となり、2013年のリーグ消滅に至るまで参加しなかった。

ジャパン・フューチャーベースボールリーグおよび三重球団[編集]

2010年発足のジャパン・フューチャーベースボールリーグ(JFBL)とは、2010年のシーズンに各チームが、大阪と当時JFBLの三重と各6試合の12試合ずつ交流戦を行うことが2009年12月1日に双方から発表された。両リーグとも交流戦の成績は公式戦の順位に反映させることになった[78]。2010年前期途中にJFBLの大阪でNPBを対象とした野球賭博に関与していたとして選手8名が解雇になる不祥事が発生し、後期の交流戦については「協議の上で決定」という姿勢を示していたが、7月1日にリーグの定例理事会で後期も引き続き交流戦を実施することが決定された[79]。大阪の試合が不可能となった場合には残る1球団である三重が代替で試合を実施することも想定されたが、最終戦まで予定通り2球団で交流戦が実施された。

2010年9月17日、三重の壁矢代表がJFBLの維持が困難になったとして来シーズンから三重を当リーグに参入させたいと表明した[80]。9月22日に正式に加盟の申し入れをおこなったと発表、9月29日のアイランドリーグ理事会で経緯を説明するとした[81]。申し入れについて10月13日の臨時理事会で審議がおこなわれたが「確認すべき必要な事項に不備があった」としてこの時は加盟の合意には至らなかった。その後不備の部分が解消されたことから、11月4日の定例理事会で加盟が正式に決定した。

しかし、上記の通り2011年のシーズン限りで三重はリーグを脱退することとなった。三重を退団する選手に対して非公開の救済ドラフトを2011年10月19日におこない、11月2日に全員の入団が内定した[82]

九州リーグおよび拡張構想[編集]

2008年の発足を計画していた九州リーグとは、2007年に業務提携を目的としたパートナーシップ契約を結んでいた[83][84]。クラブチームだった長崎セインツとはアイランドリーグと練習試合・交流試合を複数回実施した。しかし、予定されていた九州リーグの発足が困難になったことから、同年10月24日には長崎セインツと福岡の新球団を加えた6球団で2008年のシーズンを開催することが発表され、2007年12月1日よりリーグ名称が「四国・九州アイランドリーグ」に変更された。九州の2球団はIBLJとは別の運営会社が統括し、両社が業務提携を結ぶ予定と報じられていたが、2008年のシーズン終了時点では九州側の運営会社は具体化しておらず、リーグ事務局の「九州オフィス」という形で存在していた。2009年1月30日をもって「所期の目的は果たした」ことを理由に九州オフィスは閉鎖された。

新加入の球団に対しては、戦力均衡を図る必要から2007年11月に既存の4チームの選手を対象とした分配ドラフトエクスパンション・ドラフト)が実施された。

また、九州への拡張の発表に合わせて、2009年度に岡山・宮崎の2球団を加えた8球団とし、将来は西日本16球団でリーグ戦を行う構想も明らかにされた。このうち、岡山については2008年1月に地元の企業経営者ら有志による準備組織「チーム岡山球団設立推進委員会」が発足した[85]。また、宮崎についても専門学校を運営する川越宏樹が「スポンサー企業が見つかればチームを発足させたい」という意向を表明した[86]

その後、岡山については2008年9月の設立推進委員会の会合で「2010年の加入を目指す」と加入時期が以前の構想より1年後に変更された[87]。2008年10月31日のリーグ首脳の記者会見では、岡山・宮崎は2010年の加入を目指して準備中との見解が示された。

2009年10月30日のリーグ首脳の記者会見では、宮崎は福岡と同じ「準加盟球団」に2010年シーズンから参加し、2011年からのリーグ戦参加を目指すとされた。また、岡山と熊本が「準備室開設段階球団」に2010年シーズンから参加し、2010年以降の準加盟球団入りを希望しているとされた[28]。このように、経営環境の悪化から拡張計画は従来の予定よりも遅れる形になっている。鍵山CEOは2010年12月にウェブサイトに寄稿した文章で、岡山からは来季試合を開催してもう一度新球団創設への気運を高めたいという打診を受けていると述べた[30]。これを受ける形で、2011年8月14日に香川とソフトバンク3軍の試合が岡山県野球場で開催されている。また同じ文中で、2010年春にMLBの球団からアジアでスカウトした選手を派遣して育成したいという申し出があったことも記している。鍵山CEOは2011年12月の文章でも依然この申し出が存在することを明らかにし、「これまでは日本球界の発展を考慮してこれを断ってきたが、NPBとの協力体制を今後も築けなければ、リーグ存続のためMLBや海外のリーグと連携せざるを得ない」と記している[21]

2014年現在も準加盟球団の参加は持ち越された状態で、「準備室開設球団」も含めて具体的な動きは報じられていない。2013年度には2年ぶりに岡山で香川の主催ゲームが2試合開催され、2014年度も1試合(2試合の予定だったが、1試合は雨天中止)が開催された。

三重脱退をめぐる報道の中で、新たにリーグ戦に参加するチームは規約で1000万円の加盟料・3000万円の参加保証金・1000万円の年会費(3年目まで)の支払を求められることが明らかになっている[50]

ウィンターリーグ[編集]

2013年8月30日、リーグ関係者が記者会見を開いて、同年11月に高知県内で「Winter League 2013」を開催することを発表した[88]。各国の選手80名とプロリーグのスカウトを集め、選手が4チームに分かれて試合形式でトライアウトを実施する[89]。11月4日から13日まで開催され、終了後の11月15日に8人の合格者(うち5人が外国人)が発表された[90]

2014年2月28日に、2015年から人材発掘のために米国でのサマーリーグ運営を予定しており、その準備としてカリフォルニア州の2つのクラブチームと業務提携を結んだことを発表した[91]

スポンサー[編集]

オフィシャルスポンサー[編集]

オフィシャルパートナー[編集]

オフィシャルサプライヤー[編集]

IBLJ株主[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 2012年度シーズン アイランドリーグ参加球団について 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2011年9月24日)
  2. ^ 日本プロ野球、2005年の2次ドラフトを開く - ウィキニュース
  3. ^ 2010年四国・九州IL準加盟球団カテゴリー新設と新設に伴う福岡球団所属選手救済ドラフトについて ‎2009年10月30日‎
  4. ^ 一般社団法人 日本独立リーグ野球機構(IPBL Japan) 設立及び記者会見開催について - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2014年9月1日)
  5. ^ ILから4人の選手がドラフト指名を受けました! - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2014年10月23日)
  6. ^ 読売新聞2009年12月11日
  7. ^ 10月1日登録・抹消公示 - 2013年10月1日付登録選手名簿のサンプル(PDFファイル)
  8. ^ 4月1日選手登録・練習生公示 - 2014年4月1日付選手名簿のサンプル(PDFファイル)
  9. ^ 唯一のリーグ生え抜き梶田主将7年分の恩返しを 高知新聞2012年4月7日
  10. ^ a b 高知ファイティングドッグス 梶田宙 選手 インタビュー - 独立リーグドットコム(2013年3月6日)
  11. ^ a b 梶田選手引退のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2014年9月6日)
  12. ^ 香川OG 野手コーチ就任のお知らせ四国アイランドリーグplusニュースリリース(2012年1月16日)
  13. ^ IL所属審判NPB審判員採用決定のお知らせ - 四国アイランドリーグPlusニュースリリース(2014年3月7日)
  14. ^ 四国アイランドリーグplus審判部 - facebook
  15. ^ 香川OGが苫篠賢治氏を臨時コーチとして招聘 - 四国アイランドリーグニュースリリース(2007年3月9日、PDF文書)
  16. ^ [1]
  17. ^ 越知町長杯スプリングトーナメント開催のおしらせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2014年3月10日)
  18. ^ 3月30日スプリングトーナメント雨天中止のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2014年3月30日)
  19. ^ プロスペクト(2回目)の発表 - 四国アイランドリーグニュースリリース(2005年8月9日、PDF文書)
  20. ^ 四国ILが米でトライアウト/四国ILplus- 四国新聞(2013年9月13日)
  21. ^ a b c 鍵山誠CEO「来季は”うどん”オリーブガイナーズ?」”. SPORTS COMMUNICATIONS「野球西国巡り」 (2011年12月20日). 2012年1月3日閲覧。
  22. ^ 国際化志向のBCリーグ - 独立リーグドットコム(「独立リーグの未来」第2回、2013年9月30日)
  23. ^ FDアンヴィ選手がリーグ初サイクルヒット達成 - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2014年6月15日)
  24. ^ 毎日新聞:「野球独立リーグ/中 香川、リピーター増」(2007年11月10日)
  25. ^ a b 四国新聞:カギ握る地元支援-野球独立リーグ(2004年10月1日)
  26. ^ (株)IBLJ代表取締役社長退任に際し 石毛宏典コミッショナーのコメント(2007年3月12日付のプレスリリース)
  27. ^ [2]
  28. ^ a b c d 日刊スポーツ:福岡が資金難で来季四国・九州IL不参加(2009年10月30日)
  29. ^ 四国新聞:福岡 参戦見送り(2009年10月31日)
  30. ^ a b c 野球西国巡り第116回 - SPORTS COMMUNICATIONS(2010年12月21日)
  31. ^ 四国新聞:赤字額は過去最少/四国ILplus・10年経営報告(2011年2月25日)
  32. ^ a b 高知、リーグ初の黒字/香川1870万円赤字四国新聞2012年3月1日
  33. ^ a b 香川は1960万円赤字/四国ILplus - 四国新聞2013年2月26日
  34. ^ アイランドリーグ共同オーナー募集 - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2013年4月1日)
  35. ^ a b 収支報告はこちら - 四国アイランドリーグplus(2014年2月28日、リンク先のPDF文書を参照)
  36. ^ 地域とともに 10年目のIL <1>収入増地道な努力 ◇経営野球のすそ野広がれ - 読売新聞2014年3月31日
  37. ^ 高知新聞2008年11月9日
  38. ^ ニュース 2012年11月アーカイブ - 香川オリーブガイナーズ公式サイト(11月6日の項を参照)
  39. ^ 国本和俊選手 現役引退のお知らせ - 香川オリーブガイナーズ公式サイト(2013年10月22日)
  40. ^ 梶田主将「幸せな10年間」 - 読売新聞高知版2014年9月14日
  41. ^ FD・梶田宙選手の引退式にファン続々 - 高知新聞2014年9月14日
  42. ^ 徳島IS JAバンク徳島スタジアム 公式戦開催時の試合開始時間変更について - 徳島インディゴソックス公式ウェブサイト(2014年2月10日)
  43. ^ 高知新聞:球場照明設備「前向きに」知事(2009年3月31日)
  44. ^ 県立春野球場:延長戦もゆっくり観戦 ナイター設備、来年度中にも着工へ 毎日新聞 2009年11月21日
  45. ^ 高知球場にナイター整備高知新聞2010年8月25日
  46. ^ 長崎新聞:資金難で「通年参戦厳しい」 リーグなどに報告(2010年3月12日)
  47. ^ 四国・九州IL加盟球団について四国・九州アイランドリーグニュースリリース2010年9月29日
  48. ^ 読売新聞:福岡、復帰見送り(2010年10月16日)
  49. ^ a b 徳島IS、新会社設立 2年ぶり独立経営徳島新聞2012年2月11日
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]