勝利投手
勝利投手(しょうりとうしゅ)とは、野球の試合において勝利チームの責任投手を指す。勝ち投手(かちとうしゅ)ともいう。基本的には、自チームのある時点での得点が決勝点となるように、守備面で貢献した投手が勝利投手となる。メジャーリーグでは、近年投手分業制とセイバーメトリクスの発達により、投手の勝敗数は、投球内容と最も因果関係が薄い指標のひとつ[1]として、重要性がなくなりつつある[2]。
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勝利投手の権利 [編集]
公認野球規則10.19により勝利投手は定められている。
- 先発投手が5回以上を投げ、降板した時点で味方のチームがリードしている場合、先発投手が勝利投手となる。天災等により5回終了のコールドゲームである場合は、先発投手が4回以上投げた上でコールド適用時までに同点・逆転を許さなかった場合(リードを保った場合)に勝利投手の権利がある。ただし、投球回が3回までと制限があるオールスターゲームにおいては投球回の規定は考慮されない。
- 救援投手が同点あるいは負けている場面で登板し、降板する前(※)にチームが勝ち越した場合、原則としてその救援投手が勝利投手となる。また、先発投手が5回未満で降板し、その時点で味方のチームがリードしている場合、チームの勝利に最も効果的な投球をしたと公式記録員が判断した救援投手が勝利投手となる。
1のケースで投手に記録される勝利を特に先発勝利(せんぱつしょうり)、2のケースで投手に記録される勝利を特に救援勝利(きゅうえんしょうり)と言う。一般的に投手の勝利数は先発・救援勝利数を合計したものを指す。
いずれの場合も、そのままリードを保ってチームが勝利すると勝利投手となるが、一度同点あるいは逆転されると、勝利投手の権利は消える。ただし、同点または負けている状況で、投げ終えた直後のイニングで投手に代打(または代走)が送られ、そのイニングでチームが勝ち越した場合は、代打(代走)を出された投手(=直前の回を投げ終えた投手)に勝利投手の権利が認められる。
サヨナラゲームとなった場合には、最後に投げていた投手が無条件で勝利投手となる。また、先攻のチームでも最終回や延長で勝ち越した回の裏をリードを保ったまま終えれば、その直前まで投げていた投手が勝利投手になる。特にこうしたケースについてはアウト1つ取っただけで勝利投手となることもあり、その球数の少なさが話題となることもある(「1球で勝利投手」など)。
- 更に稀なケースとして、登板時点で既に出塁していた走者を牽制死や盗塁死に仕留めただけでスリーアウトチェンジとし、直後の攻撃で勝ち越すと、打者とは対戦することなく勝利投手の権利を得る。日本プロ野球では、2000年に小林雅英(千葉ロッテ)が達成したのが唯一の例である。その極端な場合として、例えば2死一塁の場面で登板し、打者に1球目を投げる前に一塁走者を牽制球でアウトにし、直後の攻撃で決勝点が入った場合0球勝利となる。メジャーリーグベースボール (MLB) では2003年5月1日にB.J.ライアン(当時ボルチモア・オリオールズ)が対デトロイト・タイガース戦で記録している。日本プロ野球ではまだ0球勝利は記録されていない。
- また理論上では、投球も牽制球も投げずに勝利投手となることもある。例えば2死一塁の場面で登板した投手が投手板に触れ、捕手と1球目のサインの交換を始め、その直後に打者が打席を移る反則行為[3]で3アウトとなり、直後の攻撃で決勝点が入った場合、投球も牽制球も投じることなく勝利投手となる。
日本プロ野球では2005年より、2の前者のケースに該当する投手のうち、当該試合での投球回数が1未満かつ登板中に失点した者については勝利投手の権利を与えず、後続の投手のうち最も勝利に貢献したと判断された投手を勝利投手としている[4]。
勝利投手になることは基本的にプラスとなる要素であるが、救援勝利の場合にはそれが必ずしも当てはまらない。特に勝ちパターンで登板する投手(セットアッパーやクローザーなど)に勝利が記録されている場合、それは先発投手の勝利を消す(=追いつかれるか逆転される)ことでもたらされたものであることも多いので、ある種救援失敗の指標ともなりうる(無論、全てが救援失敗の結果というわけではない)。
なお、勝利投手が記録されても、没収試合により勝敗が逆転した場合、その試合での勝利投手の記録は取り消しとなる。
戦前は勝利投手の認定に曖昧な部分があり、公式記録員の判断(裁量)によって記録が付けられることもあった。ヴィクトル・スタルヒンは1939年にシーズン42勝を挙げたものの、戦後になりスタルヒンが勝利投手とならないケースが2試合[5]あり、一旦40勝と訂正された。しかし1961年に稲尾和久がシーズン42勝を記録した際に論議が起こり、翌年に「後から見たときにおかしな部分が存在しても、当時の公式記録員の判断は尊重されるべき」というコミッショナー裁定が出され、元の42勝に再訂正された。MLBでもチャールズ・ラドボーンが1884年に達成したシーズン60勝について、同年7月28日の試合では6回から9回の4イニングを無失点に抑えたが、6回以降に味方がリードした状況での登板であったことから先発投手に勝ち星がつくものとされたことで(このケースも勝利投手の記録がスコアラーの判断でつけられていた)、59勝とする文献も存在する。
勝利投手に関する記録 [編集]
メジャーリーグベースボール [編集]
日本プロ野球 [編集]
通算記録 [編集]
| 順位 | 選手名 | 勝利数 | 順位 | 選手名 | 勝利数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 金田正一 | 400 | 11 | 若林忠志 | 237 |
| 2 | 米田哲也 | 350 | 野口二郎 | ||
| 3 | 小山正明 | 320 | 13 | 工藤公康 | 224 |
| 4 | 鈴木啓示 | 317 | 14 | 村山実 | 222 |
| 5 | 別所毅彦 | 310 | 15 | 皆川睦雄 | 221 |
| 6 | V.スタルヒン | 303 | 16 | 杉下茂 | 215 |
| 7 | 山田久志 | 284 | 村田兆治 | ||
| 8 | 稲尾和久 | 276 | 18 | 北別府学 | 213 |
| 9 | 梶本隆夫 | 254 | 山本昌 | ||
| 10 | 東尾修 | 251 | 20 | 中尾碩志 | 209 |
- 記録は2012年シーズン終了時。
シーズン記録 [編集]
| 順位 | 選手名 | 所属球団 | 勝利数 | 記録年 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | V.スタルヒン | 東京巨人軍 | 42 | 1939年 | |
| 稲尾和久 | 西鉄ライオンズ | 1961年 | パ・リーグ記録 | ||
| 3 | 野口二郎 | 大洋軍 | 40 | 1942年 | |
| 4 | 真田重男 | 松竹ロビンス | 39 | 1950年 | セ・リーグ記録 |
| 5 | 須田博 | 東京巨人軍 | 38 | 1940年 | |
| 杉浦忠 | 南海ホークス | 1959年 | |||
| 7 | 稲尾和久 | 西鉄ライオンズ | 35 | 1957年 | |
| 権藤博 | 中日ドラゴンズ | 1961年 | |||
| 9 | 藤本英雄 | 東京巨人軍 | 34 | 1943年 | |
| 10 | 野口二郎 | 東京セネタース | 33 | 1939年 | |
| 野口二郎 | 翼軍 | 1940年 | |||
| 別所毅彦 | 読売ジャイアンツ | 1952年 | |||
| 稲尾和久 | 西鉄ライオンズ | 1958年 | |||
| 小野正一 | 毎日大映オリオンズ | 1960年 |
先発勝利記録 [編集]
詳細は「先発投手」を参照
通算救援勝利記録 [編集]
通算勝利数のうち、救援勝利の数。
| 順位 | 選手名 | 勝利数 |
|---|---|---|
| 1 | 金田正一 | 132 |
| 2 | 稲尾和久 | 108 |
| 3 | 荒巻淳 | 98 |
| 4 | 米田哲也 | 90 |
| 5 | 秋山登 | 89 |
| 6 | 皆川睦雄 | 88 |
| 7 | 鹿取義隆 | 85 |
| 8 | 梶本隆夫 | 83 |
| 9 | 杉下茂 | 82 |
| 10 | 杉浦忠 | 75 |
シーズン救援勝利記録 [編集]
シーズン勝利数のうち、救援勝利の数。
| 順位 | 選手名 | 所属球団 | 勝利数 | 記録年 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 小野正一 | 毎日大映オリオンズ | 21 | 1960年 |
| 2 | 久保征弘 | 近鉄バファローズ | 19 | 1962年 |
| 宮田征典 | 読売ジャイアンツ | 1965年 | ||
| 石本貴昭 | 近鉄バファローズ | 1985年 | ||
| 5 | 河村久文 | 西鉄ライオンズ | 18 | 1954年 |
| 稲尾和久 | 西鉄ライオンズ | 1961年 | ||
| 伊東昭光 | ヤクルトスワローズ | 1988年 | ||
| 8 | 荒巻淳 | 毎日オリオンズ | 17 | 1959年 |
| 秋山登 | 大洋ホエールズ | 1962年 | ||
| 龍憲一 | 広島カープ | 1965年 |
1球勝利 [編集]
| 選手名 | 所属球団 | 記録日 | 対戦相手 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| G.ミケンズ | 近鉄 | 1963年8月21日 | 南海 | プロ野球史上初 |
| 板東英二 | 中日 | 1966年8月26日 | 巨人 | セントラル・リーグ初 |
| 菅原勝矢 | 巨人 | 1967年8月15日 | 阪神 | |
| 安仁屋宗八 | 広島 | 1968年6月30日 | 阪神 | |
| 宮本洋二郎 | 広島 | 1971年5月13日 | ヤクルト | |
| 高橋里志 | 近鉄 | 1985年4月25日 | 南海 | |
| 土屋正勝 | ロッテ | 1986年5月10日 | 西武 | |
| 弓長起浩 | 阪神 | 1993年10月21日 | 広島 | |
| 落合英二 | 中日 | 1999年7月11日 | 阪神 | 1球敗戦、1球ホールド、1球セーブも記録 |
| 森中聖雄 | 横浜 | 2000年5月25日 | 巨人 | |
| 吉田修司 | ダイエー | 2000年6月2日 | ロッテ | |
| 葛西稔 | 阪神 | 2000年8月3日 | 中日 | |
| 山崎貴弘 | ロッテ | 2001年5月29日 | ダイエー | プロ初勝利及びプロ唯一の勝利 |
| 後藤光貴 | 西武 | 2001年7月27日 | 日本ハム | プロ初勝利 |
| 愛敬尚史 | 近鉄 | 2001年9月24日 | 西武 | |
| 林昌樹 | 広島 | 2003年10月12日 | ヤクルト | プロ初勝利 |
| 小野晋吾 | ロッテ | 2004年4月28日 | ダイエー | |
| 土肥義弘 | 横浜 | 2004年7月7日 | 巨人 | |
| 岡島秀樹 | 巨人 | 2004年7月27日 | 広島 | |
| 山崎健 | ロッテ | 2005年6月11日 | 中日 | セ・パ交流戦初 |
| 五十嵐亮太 | ヤクルト | 2006年5月2日 | 広島 | |
| 石井貴 | 西武 | 2006年8月1日 | ロッテ | |
| 平井正史 | 中日 | 2007年7月31日 | 広島 | |
| 江尻慎太郎 | 日本ハム | 2007年8月12日 | 西武 | |
| C.ニコースキー | ソフトバンク | 2007年9月7日 | オリックス | 来日初勝利 史上初めて日米両国で記録 |
| 佐竹健太 | 楽天 | 2008年10月7日 | ソフトバンク | シーズン最終戦での記録 |
| 小林正人 | 中日 | 2009年4月24日 | 巨人 | |
| 清水章夫 | オリックス | 2009年8月25日 | 日本ハム | |
| 真田裕貴 | 横浜 | 2010年8月1日 | ヤクルト | |
| 渡辺恒樹 | ヤクルト | 2010年8月10日 | 巨人 | |
| 石井裕也 | 日本ハム | 2011年8月8日 | 楽天 | |
| 山村宏樹 | 楽天 | 2011年8月25日 | 日本ハム | |
| 谷元圭介 | 日本ハム | 2012年5月20日 | 広島 |
全球団勝利 [編集]
詳細は「全球団勝利」を参照
メジャーリーグベースボール [編集]
通算記録 [編集]
| 順位 | 選手名 | 勝利数 | 順位 | 選手名 | 勝利数 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | サイ・ヤング | 511 | 11 | スティーブ・カールトン | 329 |
| 2 | ウォルター・ジョンソン | 417 | 12 | ジョン・クラークソン | 328 |
| 3 | ピート・アレクサンダー | 373 | 13 | エディ・プランク | 326 |
| クリスティー・マシューソン | 14 | ノーラン・ライアン | 324 | ||
| 5 | パッド・ガルヴィン | 364 | ドン・サットン | ||
| 6 | ウォーレン・スパーン | 363 | 16 | フィル・ニークロ | 318 |
| 7 | キッド・ニコルズ | 361 | 17 | ゲイロード・ペリー | 314 |
| 8 | グレッグ・マダックス | 355 | 18 | トム・シーバー | 311 |
| 9 | ロジャー・クレメンス | 354 | 19 | チャールズ・ラドボーン | 309 |
| 10 | ティム・キーフ | 342 | 20 | ミッキー・ウェルチ | 307 |
- 記録は2012年シーズン終了時。
シーズン記録 [編集]
※1901年以降を対象
| 順位 | 選手名 | 所属球団 | 勝利数 | 記録年 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | ジャック・チェスブロ | ニューヨーク・ヤンキース | 41 | 1904年 |
| 2 | エド・ウォルシュ | シカゴ・ホワイトソックス | 40 | 1909年 |
| 3 | クリスティー・マシューソン | ニューヨーク・ジャイアンツ | 37 | 1908年 |
| 4 | ウォルター・ジョンソン | ワシントン・セネタース | 36 | 1913年 |
| 5 | ジョー・マッギニティ | ニューヨーク・ジャイアンツ | 35 | 1904年 |
| 6 | スモーキー・ジョー・ウッド | ボストン・レッドソックス | 34 | 1912年 |
| 7 | サイ・ヤング | ボストン・アメリカンズ | 33 | 1901年 |
| クリスティー・マシューソン | ニューヨーク・ジャイアンツ | 1904年 | ||
| ウォルター・ジョンソン | ワシントン・セネタース | 1912年 | ||
| ピート・アレクサンダー | フィラデルフィア・フィリーズ | 1916年 |
(19世紀の記録)
- ジョン・クラークソン:53勝(1885年)
- チャールズ・ラドボーン:60勝(1884年)※59勝との説もある
- ガイ・ヘッカー:52勝(1884年)
- エイサ・ブレイナード:65勝(1869年)※勝利数には諸説あり
その他の記録 [編集]
0球勝利
- ニック・アルトロック(シカゴ・ホワイトソックス)1906年[6]
- B.J.ライアン(当時、ボルチモア・オリオールズに所属)2003年5月1日・対デトロイト・タイガース
脚注 [編集]
- ^ SPA2012年5月8日配信。[1]
- ^ 2006年、最多勝利であるアーロン・ハラングがサイ・ヤング賞で3位票まで含めても1票も入らず、2009年には、ティム・リンスカムが15勝という先発としては最小勝利(ストによる短縮シーズンを除く)でサイ・ヤング賞に輝き、2010年はフェリックス・ヘルナンデスがそれを下回る13勝でサイ・ヤング賞に輝いている。
- ^ 公認野球規則6.06(b)
- ^ もっとも、「先発が0-0の9回表1アウト1塁で降板→リリーフがホームランを打たれ0-2→9回裏に味方が3点入れて逆転サヨナラ勝利」のようなケースだと、先発投手は降板した時点で味方のチームがリードしていないので権利がなく、2番手投手も「投球回数が1未満かつ登板中に失点した者」に該当するためこれも権利がないため、このようなケースでの扱いは定かではない。
- ^ 何れも先発の中尾輝三が5イニング以上投げ、且つ中尾の登板中に巨人がリードして、そのままリードを保って巨人が勝利したにもかかわらず、先発の中尾ではなくリリーフのスタルヒンが勝利投手とされた。
- ^ 日付・対戦相手不明。9回表二死満塁で登板し、牽制球でチェンジ後、味方がサヨナラ打を打ち勝利投手になったとされている。