土肥義弘
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| 埼玉西武ライオンズ #38 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 埼玉県鳩ヶ谷市 |
| 生年月日 | 1976年9月1日(32歳) |
| 身長 体重 |
177cm 86kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| 守備位置 | 投手 |
| プロ入り | 1997年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 1998年5月19日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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土肥 義弘(どい よしひろ、1976年9月1日 - )は、埼玉西武ライオンズに所属するプロ野球選手(投手)。
目次 |
[編集] 人物
横浜ベイスターズ時代は読売ジャイアンツに滅法強く、長らく不在だった巨人キラーの名をほしいままにしていた。2005年8月11日、巨人から勝ち星をあげ2004年7月から続く巨人戦での連勝を8に伸ばし、巨人戦連勝記録を1979年の小林繁(当時阪神タイガース)と並ぶ歴代2位タイという記録を残した。無類の格闘技ファンとして知られ、登板時の登場曲はPRIDEのテーマ。鳩ヶ谷市の名誉市民である。
鳩ヶ谷市初のプロ野球選手であり、鳩ヶ谷市民からの応援する声は多い。
[編集] 概説
- 1993年 - 第75回全国高校野球選手権大会に出場、準優勝を果たす。
- 1997年 - ドラフト4位でプリンスホテルから西武ライオンズに入団。
- 1998年 - プロ初登板を果たす。
- 1999年~2003年 - 主に対左打者のワンポイントで一軍で活躍、当時大阪近鉄バファローズに所属していたタフィ・ローズ(現オリックス・バファローズ)キラーとして名を挙げる。
- 2004年 - 先発転向を望んだが西武ではあくまでも中継ぎ要員としての評価しかされず、シーズン途中に田崎昌弘・東和政両投手との交換トレードで横浜ベイスターズに移籍。この移籍は結果的にその年から読売ジャイアンツへ移籍したローズを追いかけるような形となった。そして、先発左腕不足に悩んでいた横浜で先発ローテーション入りし5勝(うち巨人戦では先発で2勝、中継ぎで1勝)を挙げる。
- 2005年 - ほぼ年間を通じて先発ローテション入りし、チーム4年ぶりのAクラス入りに貢献した。また、巨人戦では連戦の中で必ず先発するよう登板機会が調整され、8戦中7勝(初完投、初完封も含む)を挙げるなど活躍し、プロ入り初の二桁勝利(10勝)を挙げる。
- 2006年 - シーズン序盤はまずまずの投球をしていたかに見えたが、その後故障などで思うように成績を伸ばせず、3勝に終わる。肝心の巨人戦も1勝2敗と振るわず、10月5日の対巨人戦シーズン勝ち越し及び負け越しが懸かった試合に至っては、5回を9失点と完全に打ち込まれて巨人キラーの名に大きく傷が付く結果となってしまった。
- 2007年 - 開幕から絶好調で前半戦だけで7勝を上げるも、後半戦は首、背中痛などで1軍定着できず勝利を上げることができなかった。巨人キラーの名をほしいままにする一方で、阪神戦や広島戦に弱く、横浜に移籍してから打ち込まれていた。しかし、広島戦では2007年5月12日に初勝利を挙げた。
- 2008年 - 開幕から勝ち星なしの5連敗と絶不調で、交流戦後は登板機会無しに終わった。10月1日に横浜ベイスターズから戦力外通告を受けた。その後、12月7日に埼玉西武ライオンズが獲得を発表。5シーズンぶりの古巣復帰を果たすことになった。
年俸も大幅ダウンでの契約となり、奮起が期待される。
2009年 キャンプは一軍スタートとなるが、開幕は2軍スタートとなる。 一軍中継人の不調もあり、4月下旬一軍昇格。主にワンポイントリリーフなどの中継ぎで活躍中。
[編集] 年度別投手成績
| 年度 | 球団 | 背 番 号 |
登 板 |
完 投 |
完 封 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
H P |
勝 率 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
奪 三 振 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1998年 | 西武 | 35 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | 1.1 | 4 | 1 | 2 | 0 | 1 | 0 | 0 | 4 | 4 | 27.00 | 8.18 | 6.00 |
| 1999年 | 29 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | .500 | 34.1 | 24 | 0 | 15 | 2 | 27 | 2 | 0 | 10 | 9 | 2.36 | 7.12 | 1.19 | ||
| 2000年 | 55 | 0 | 0 | 3 | 1 | 0 | 0 | 0 | .750 | 49.2 | 44 | 4 | 19 | 0 | 30 | 1 | 1 | 18 | 16 | 2.90 | 5.49 | 1.27 | ||
| 2001年 | 39 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | .000 | 25.0 | 18 | 1 | 7 | 2 | 23 | 2 | 1 | 11 | 10 | 3.60 | 8.28 | 1.08 | ||
| 2002年 | 50 | 0 | 0 | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | .200 | 43.2 | 30 | 3 | 14 | 3 | 41 | 1 | 0 | 14 | 13 | 2.68 | 8.54 | 1.08 | ||
| 2003年 | 40 | 0 | 0 | 1 | 2 | 1 | 0 | 0 | .333 | 34.1 | 39 | 7 | 7 | 1 | 27 | 0 | 0 | 16 | 16 | 4.19 | 7.12 | 1.37 | ||
| 2004年 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | .000 | 0.0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | ||
| 2004年 | 横浜 | 30 | 18 | 0 | 0 | 5 | 5 | 0 | 0 | 0 | .500 | 80.1 | 89 | 14 | 11 | 4 | 67 | 0 | 0 | 41 | 37 | 4.15 | 7.53 | 1.29 |
| 2005年 | 26 | 4 | 1 | 10 | 11 | 0 | 0 | 0 | .524 | 164.2 | 160 | 30 | 30 | 7 | 106 | 4 | 0 | 80 | 70 | 3.83 | 5.80 | 1.20 | ||
| 2006年 | 14 | 0 | 0 | 3 | 7 | 0 | 0 | 0 | .300 | 80.2 | 106 | 14 | 21 | 4 | 39 | 0 | 0 | 54 | 54 | 6.02 | 4.38 | 1.62 | ||
| 2007年 | 18 | 0 | 0 | 7 | 8 | 0 | 0 | 0 | .467 | 92.2 | 104 | 15 | 23 | 7 | 43 | 0 | 1 | 51 | 46 | 4.47 | 6.30 | 1.45 | ||
| 2008年 | 8 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 27.2 | 41 | 6 | 6 | 1 | 16 | 0 | 0 | 23 | 23 | 7.48 | 5.20 | 1.73 | ||
| 通算 | 11年 | 298 | 4 | 1 | 31 | 44 | 1 | 0 | 0 | .437 | 634.1 | 659 | 95 | 155 | 31 | 420 | 10 | 3 | 322 | 298 | 4.23 | 5.96 | 1.33 | |
表中の太字はリーグ最多記録。
[編集] 記録
[編集] 投手記録
- 初登板:1998年5月19日、対日本ハムファイターズ6回戦(東京ドーム)、3回裏に救援登板
- 初奪三振:同上、4回裏に野口寿浩から
- 初勝利:1999年9月30日、対千葉ロッテマリーンズ27回戦(千葉マリンスタジアム)、4回裏から救援登板
- 初セーブ:2003年9月15日、対オリックスブルーウェーブ24回戦(スカイマークスタジアム)
- 初先発:2004年7月21日、対阪神タイガース15回戦(横浜スタジアム)、6回途中2失点
- 初先発勝利:2004年8月6日、対ヤクルトスワローズ18回戦(平塚球場)
- 初完投勝利:2005年4月7日、対読売ジャイアンツ3回戦(横浜スタジアム)
- 初完封勝利:2005年6月22日、対読売ジャイアンツ8回戦(横浜スタジアム)
[編集] 打撃記録
[編集] 関連項目
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