ピート・アレクサンダー

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ピート・アレクサンダー
Pete Alexander
GC Alexander retouched.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ネブラスカ州エルバ
生年月日 1887年2月26日
没年月日 1950年11月4日(満63歳没)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
初出場 1911年4月15日
最終出場 1930年5月28日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1938年
得票率 80.92%
選出方法 BBWAAによる選出

グロバー・クリーブランド・アレクサンダーGrover Cleveland Alexander , 1887年2月26日 - 1950年11月4日)は、1910~1920年代のアメリカ合衆国ネブラスカ州エルバ出身のプロ野球選手投手)。右投げ右打ち。愛称"オールド・ピート(Old Pete)"

様々な苦境の中でMLB歴代3位の373勝を挙げた。

略歴[編集]

1887年生まれ。兄弟は13人いた。

1907年に初めてのプロ契約をしたが、癲癇(てんかん)発作がもとで契約を破棄されてしまう。1910年フィラデルフィア・フィリーズからMLBにデビューし、28勝を挙げてルーキーでの最多勝投手となる。フィリーズでの最初の7年間で、1915年の投手三冠を含め、最多勝を5回、最多奪三振5回、最優秀防御率2回など、主要なリーグタイトルをほぼ毎年のように獲得する活躍を見せた。またこの7年のうち6年の投球回はリーグ最多であった。アレクサンダーの活躍で、1915年にフィリーズは創設以来初めてのリーグ優勝を遂げた。翌年には、シーズン16完封というMLB記録を打ち立てている。

しかし、1917年に徴兵を恐れたフィリーズはアレクサンダーをカブスに放出。フィリーズの予想通り彼は1918年に徴兵され、第一次世界大戦フランスに派兵される。この年は3試合に登板しただけであった。戦地から復帰した1920年に再び投手三冠を獲得したが、一方でアレクサンダー自身は砲弾ショックや部分的な難聴等の戦時後遺症を患っており、それに伴って持病の癲癇(てんかん)もひどくなっていたそうである。

その後飲酒が常態化し、1921年以降の成績は徐々に下がっていた。カブスは飲酒と発作がひどくなるばかりだったアレクサンダーを1926年にカージナルスに放出。その年のワールドシリーズで、39歳になっていたアレクサンダーは後年「殺人打線」と呼ばれる強力なヤンキース打線を相手に2勝する好投を見せ、ワールドシリーズ制覇に貢献する。3勝3敗で迎えたシリーズ最終戦の7回裏二死満塁、3-2と1点リードしている場面で登板し、最初の打者のトニー・ラゼリはいきなり振っていき、左へファウル。最後は三振に切って取ったが、この場面はワールドシリーズ史上に残る語り草になっている。8回も切り抜けた。9回二死からベーブ・ルース四球を与え、迎える打者ルー・ゲーリッグ本塁打が出れば逆転の場面でルースが二塁への盗塁を試みてアウト[1]。最後は呆気無い幕切れに終わってしまった。

1927年にはキャリア最後の20勝を上げ、1930年に古巣フィリーズに復帰して現役を引退。引退後の1931年以降は、宗教団体"House of David"の野球チームで投げていた。

1938年全米野球記者協会の投票により、アメリカ野球殿堂入り選手に選出された。

1950年、ネブラスカ州セントポールで死去。死後の1952年に彼の自伝映画「The Winning Team」が撮影されたが、この時アレクサンダーを演じたのは後のアメリカ大統領となるロナルド・レーガンである。

2001年にフィリーズはチャック・クラインジム・バニングとともにアレクサンダーを永久欠番選手に指定したが、アレクサンダーの現役時代は背番号がなかった(フィリーズが背番号を導入したのは引退後の1932年から)ため、最初に投手三冠を達成した1915年当時のチームロゴだった「P」を欠番代わりとしている。

通算成績[編集]

年度別成績[編集]



















































W
H
I
P
1911 PHI 28 13 48 37 31 7 11 3 367.0 285 133 105 5 129 227 5.57 8 4 1475 - 1 2.57 1.13
1912 19 17 46 34 25 3 10 3 310.1 289 133 97 11 105 195 5.66 6 5 1290 - 0 2.81 1.27
1913 22 8 47 36 23 9 9 2 306.1 288 106 95 9 75 159 4.67 3 3 1234 - 0 2.79 1.19
1914 27 15 46 39 32 6 7 1 355.0 327 133 94 8 76 214 5.43 11 1 1459 - 0 2.38 1.14
1915 31 10 49 42 36 12 7 3 376.1 253 86 51 3 64 241 5.76 10 2 1435 - 0 1.22 0.84
1916 33 12 48 45 38 16 3 3 389.0 323 90 67 6 50 167 3.86 10 3 1500 - 0 1.55 0.96
1917 30 13 45 44 34 8 0 0 388.0 336 107 79 4 56 200 4.64 6 2 1529 - 0 1.83 1.01
1918 CHC 2 1 3 3 3 0 0 0 26.0 19 7 5 0 3 15 5.19 1 0 98 - 0 1.73 0.85
1919 16 11 30 27 20 9 3 1 235.0 180 51 45 3 38 121 4.63 0 1 906 - 0 1.72 0.93
1920 27 14 46 40 33 7 6 5 363.1 335 96 77 8 69 173 4.29 1 3 1447 - 0 1.91 1.11
1921 15 13 31 29 21 3 1 1 252.0 286 110 95 10 33 77 2.75 1 1 1033 - 0 3.39 1.27
1922 16 13 33 31 20 1 2 1 245.2 283 111 99 8 34 48 1.76 3 4 1014 - 0 3.63 1.29
1923 22 12 39 36 26 3 2 2 305.0 308 128 108 17 30 72 2.12 0 2 1246 - 0 3.19 1.11
1924 12 5 21 20 12 0 0 0 169.1 183 82 57 9 25 33 1.75 1 1 708 - 0 3.03 1.23
1925 15 11 32 30 20 1 1 0 236.0 270 106 89 14 29 63 2.40 3 1 977 - 0 3.39 1.27
1926 ※1 12 10 30 23 15 2 7 2 200.1 191 83 68 8 31 47 2.11 2 0 815 - 0 3.05 1.11
1927 STL 21 10 37 30 22 2 4 3 268.0 261 94 75 11 38 48 1.61 1 1 1082 - 0 2.52 1.12
1928 16 9 34 31 18 1 2 2 243.2 262 106 91 15 37 59 2.18 2 3 1009 - 0 3.36 1.23
1929 9 8 22 19 8 0 3 0 132.0 149 65 57 10 23 33 2.25 1 2 562 - 0 3.89 1.30
1930 PHI 0 3 9 3 0 0 2 0 21.2 40 24 22 5 6 6 2.49 0 0 109 - 0 9.14 2.12
通算成績 373 208 696 599 437 90 80 32 5190.0 4868 1851 1476 164 951 2198 3.81 70 39 20928 0 1 2.56 1.12
  • 太字はリーグ1位。赤太字はメジャー歴代1位。
  • ※1=シカゴ・カブス→セントルイス・カーディナルス

獲得タイトル・記録[編集]

※メジャーリーグ記録はウォルター・ジョンソンの110
  • シーズン完封数:16(1916年、メジャーリーグ記録)[2]

脚注[編集]

  1. ^ 伊東一雄. メジャー・リーグ紳士録. ベースボール・マガジン社. p. 10-11. 
  2. ^ 1901年以降では最多。19世紀では1876年にジョージ・ブラッドリーがシーズン16完封を記録している。

出典・外部リンク[編集]