リック・サトクリフ

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リック・サトクリフ
Rick Sutcliffe
Rick Sutcliffe.jpg
(1985年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ミズーリ州インディペンデンス
生年月日 1956年6月21日(58歳)
身長
体重
6' 7" =約200.7 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 1974年 ドラフト1巡目
初出場 1976年9月29日
最終出場 1994年7月22日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

リチャード・リー・サトクリフRichard Lee Sutcliffe, 1956年6月21日 - )は、MLBの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ミズーリ州インディペンデンス出身。ニックネームは「Red Baron」。

来歴・人物[編集]

1974年MLBドラフトロサンゼルス・ドジャースから1巡目(全体21位)に指名を受け入団。1976年9月29日にメジャーデビューし、1年目は1試合だけ登板。翌1977年はメジャー登板なし、1978年は2試合の登板に終わる。

1979年に先発ローテーション入りし、17勝10敗、防御率3.46で新人王に輝く(この年から1982年まで4年連続でドジャースから新人王が誕生した)。1981年にドジャースはポストシーズンに進出するが、この年2勝に終わった彼はロースターから外されてしまう。これに激怒してトミー・ラソーダ監督のオフィスに乱入し、机をひっくり返したという。これが原因で12月9日にクリーブランド・インディアンスにトレードされる。

1982年は14勝、防御率2.96で最優秀防御率のタイトルを獲得。翌1983年には17勝を挙げ、オールスターにも初出場した。1984年は開幕から4勝5敗、防御率5.15と不調でシーズン途中の6月13日にシカゴ・カブスにトレードされるが、移籍後は16勝1敗という驚異的な成績でカブスの地区優勝に貢献し、サイ・ヤング賞を受賞した。翌年カブスと126万ドルで再契約した際、メジャー最高年俸投手となった。

余談だがこの際のカブスとの契約の中に、「遠征の際のホテルはキングサイズのベッドがあるシングルルーム」という条項があり、200cm高身長・サトクリフならではの契約内容と話題になった。[1]

1987年にはリーグ最多の18勝を挙げ、2度目のオールスター出場。1989年には16勝を挙げ、3度目のオールスター出場を果たした(この年のナショナルリーグ監督はラソーダだった)。腕のケガで1990年は0勝2敗、翌1991年は6勝5敗に終わり、シーズン後ボルチモア・オリオールズに移籍する。

1992年4月6日、新しく完成したオリオールズのホームスタジアム「オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ」の最初の試合で先発。インディアンスを完封し新球場のオープンに花を添えた。その年は16勝、翌年は10勝を挙げる。

1994年セントルイス・カージナルスに移籍するが、ケガに悩まされ6勝4敗、防御率6.52と不調で、7月22日の試合を最後に引退。

現在はESPNの解説者をしている。2006年のワールド・ベースボール・クラシックでも現地の解説をしていた。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1976 LAD 1 1 0 0 0 0 0 0 -- ---- 17 5.0 2 0 1 0 0 3 0 0 0 0 0.00 0.60
1978 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 9 1.2 2 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0.00 1.80
1979 39 30 5 1 0 17 10 0 -- .630 1016 242.0 217 16 97 6 2 117 8 6 104 93 3.46 1.30
1980 42 10 1 1 0 3 9 5 -- .250 491 110.0 122 10 55 2 1 59 4 5 73 68 5.56 1.61
1981 14 6 0 0 0 2 2 0 -- .500 197 47.0 41 5 20 2 2 16 0 0 24 21 4.02 1.30
1982 CLE 34 27 6 1 0 14 8 1 -- .636 887 216.0 174 16 98 2 4 142 6 1 81 71 2.96 1.26
1983 36 35 10 2 0 17 11 0 -- .607 1061 243.1 251 23 102 5 6 160 7 3 131 116 4.29 1.45
1984 15 15 2 0 0 4 5 0 -- .444 428 94.1 111 7 46 3 2 58 3 1 60 54 5.15 1.66
CHC 20 20 7 3 4 16 1 0 -- .941 602 150.1 123 9 39 0 1 155 3 2 53 45 2.69 1.08
'84計 35 35 9 3 4 20 6 0 -- .769 1030 244.2 234 16 85 3 3 213 6 3 113 99 3.64 1.30
1985 20 20 6 3 0 8 8 0 -- .500 549 130.0 119 12 44 3 3 102 6 0 51 46 3.18 1.25
1986 28 27 4 1 0 5 14 0 -- .263 764 176.2 166 18 96 8 1 122 13 1 92 91 4.64 1.48
1987 34 34 6 1 1 18 10 0 -- .643 1012 237.1 223 24 106 14 4 174 9 4 106 97 3.68 1.39
1988 32 32 12 2 2 13 14 0 -- .481 958 226.0 232 18 70 9 2 144 11 4 97 97 3.86 1.34
1989 35 34 5 1 1 16 11 0 -- .593 938 229.0 202 18 69 8 2 153 12 6 98 93 3.66 1.18
1990 5 5 0 0 0 0 2 0 -- .000 97 21.1 25 2 12 0 0 7 4 0 14 14 5.91 1.73
1991 19 18 0 0 0 6 5 0 -- .545 422 96.2 96 4 45 2 0 52 2 2 52 44 4.10 1.46
1992 BAL 36 36 5 2 0 16 15 0 -- .516 1018 237.1 251 20 74 4 7 109 7 2 123 118 4.47 1.37
1993 29 28 3 0 0 10 10 0 -- .500 763 166.0 212 23 74 5 6 80 1 0 112 106 5.75 1.72
1994 STL 16 14 0 0 0 6 4 0 -- .600 319 67.2 93 11 32 2 2 26 4 1 53 49 6.52 1.85
通算:18年 457 392 72 18 8 171 139 6 -- .552 11548 2697.2 2662 236 1081 75 46 1679 100 38 1324 1223 4.08 1.39
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注[編集]

  1. ^ 当時のメジャーリーガーの遠征のホテルは相部屋が原則で、シングルルームを希望する選手は、ツインとの差額分を年俸から負担する契約を結ぶ必要があり、「シングルルーム」の契約は、高給取りのひとつの象徴でもあった。

外部リンク[編集]