カーティス・グランダーソン

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カーティス・グランダーソン
Curtis Granderson
ニューヨーク・メッツ #3
Curtis Granderson on March 7, 2014.jpg
2014年5月7日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 イリノイ州ブルーアイランド
生年月日 1981年3月16日(33歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2002年 ドラフト3巡目(全体80位)でデトロイト・タイガースから指名
初出場 2004年9月13日 ツインズ
年俸 $15,000,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
WBC 2009年

カーティス・グランダーソン・ジュニアCurtis Granderson, Jr. , 1981年3月16日 - )は、アメリカ合衆国イリノイ州ブルーアイランド出身のプロ野球選手外野手)。MLBニューヨーク・メッツ所属。右投左打。

経歴[編集]

アマチュア、マイナー時代[編集]

1981年にイリノイ州シカゴの郊外で誕生。両親はともに教師だったためしつけに厳しく、グランダーソンは学業面である程度の成績を収めないとスポーツをさせてもらえなかった[2]イリノイ大学シカゴ校へ進学したグランダーソンは野球部に入部、2002年打率.483を記録してスカウトの注目の的となる。同年のMLBドラフトではデトロイト・タイガースから指名を受けた。ただ「パワーに難あり」と見られていたため指名順位は3巡目(全体80位)まで落ちることとなった[3]

ドラフト指名から1か月ほどで入団契約を交わし、SS-A級オネオンタでプロデビュー。52試合に出場し、打率.344を記録するなどの活躍でリーグMVPを受賞した[4][5]。続く2003年はAdv-A級のレイクランドへ、2004年はAA級エリーへと昇格。AA級では123試合で打率.303・21本塁打・93打点・14盗塁という数字を記録し、タイガースのマイナー最優秀選手に選出された[4][6]

デトロイト・タイガース[編集]

AA級での活躍後、9月にメジャーへ昇格し、13日のツインズ戦でメジャーデビュー、9試合に出場してシーズンを終える。

2005年はシーズン開幕をAAA級トレドで迎え、7月中旬までマイナーリーグで過ごす。そこで15本塁打を放って7月22日にメジャーへ昇格し、6試合で打率.318を記録したが、チーム事情で再びマイナーへ降格となった。8月に再昇格してからは、9月15日にランニング本塁打、18日に5打数5安打、26日にはサヨナラ本塁打など、周囲に強い印象を残した[4]

タイガース時代

2006年は開幕から1番・中堅でレギュラーに定着。159試合に出場し、19本塁打・31二塁打を放つ。この年からタイガースのコーチに就任したアンディ・バンスライクドン・スロートの2人から指導を受けたことがよかったという[7]。しかしアメリカンリーグ最多の174三振を喫し、打率も.260に留まったうえ盗塁も8個しか決めておらず、1番打者としての仕事をしたとは言いにくい[8]。またこの年、チームは12年連続の負け越しを脱してリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズへ進出。しかしカージナルスとの対戦となった同シリーズでグランダーソンは打率.095とほぼ完璧に封じ込まれただけでなく、第4戦では足を滑らせて飛球を捕り損ね失点のきっかけを作るなど、苦い経験をしてシーズンを終えた。

2007年も引き続き2人から指導を受けたグランダーソンは走攻守で進歩した[8]。打撃では打率で自身初の.300を記録したほか、二塁打・三塁打・本塁打の全てで2桁に達する「トリプル・ダブル」をオールスターゲーム前に達成。9月9日には盗塁も20に達し、「20盗塁・20二塁打・20三塁打・20本塁打(20-20-20-20クラブ」を達成した。この記録を達成したのはフランク・シュルト1911年)とウィリー・メイズ1957年)に次いで、グランダーソンがメジャー史上3人目である[9](同年9月30日にはジミー・ロリンズも達成している)。またこの年のシーズン三塁打数23本は、1949年デール・ミッチェルが記録して以来、58年ぶりの記録となった[10]。走塁でも積極性が増し、守備でも無駄な動きが減った。

2008年2月4日、5年総額3,025万ドル(6年目の2013年は1,500万ドルのオプション)でタイガースと契約を延長[11]。しかしシーズン開幕前のオープン戦で死球を受けて右手中指を骨折し[12]故障者リスト入りしたため開幕から21試合の欠場を余儀なくされた。シーズン初出場は4月23日で、これ以降は全141試合に出場。8月に6三塁打を放つなど、シーズン通算で13三塁打は2年連続でリーグ1位となった。また打率は.280と前年を下回ったが、自己最多の71四球を記録し、出塁率も.365と前年を上回った。ただ、チームの打線は長距離打者が並んでいたものの、その打線が不発だったときに機動力を使う攻撃ができず、その点ではグランダーソンの12盗塁は期待外れな成績となった[13]。この年のオフには、グランダーソンの人柄と野球に対する情熱を見込んだバド・セリグコミッショナーからMLBの国際親善大使に任命され、中国イタリア南アフリカを訪問している[14]

2009年は、シーズン開幕前の3月に開催された国際大会・第2回ワールド・ベースボール・クラシックアメリカ合衆国代表の一員として参加し、オールスターゲームにも初選出される。シーズンでは終始低打率に苦しみ、最終的にレギュラー定着後では最低の打率.249に終わった。一方で本塁打は自己最多の30本を放ち、2年ぶりの20盗塁も達成した。

ニューヨーク・ヤンキース[編集]

2009年12月9日、アリゾナ・ダイヤモンドバックスを交えた三角トレードによる、フィル・コークオースティン・ジャクソンとのトレードでニューヨーク・ヤンキースへ移籍した。

ヤンキース時代(2011年8月26日)

ヤンキースで迎えた2010年のシーズンでは、4年連続となる20本塁打以上・盗塁成功率86%などの数字をマークした一方、打率.247は規定打席に到達した年度の数字としては最低、それ以外の年度を含めても自身の中で2番目に低い数字だった。

2011年8月25日には、オークランド・アスレチックス戦で記録されたメジャーリーグ史上初の1球団による1試合3満塁本塁打の一員となった[15]。5回裏にロビンソン・カノ、6回裏にラッセル・マーティンが満塁本塁打を放ったのに続いて、8回裏にグランダーソンが満塁本塁打を放ち、記録が樹立された。シーズンでは主に2番打者としての出場ながら119打点を挙げ、自身初の打点王に輝いた。ホームランもア・リーグ2位の41本を記録するなど好成績を収め、自身2度目となるオールスターゲーム出場を果たした。シーズン終了後にはシルバースラッガー賞を受賞している。40本塁打、10三塁打、25盗塁を同時に達成したのはメジャー史上初である[16]

2012年はア・リーグ2位、さらにはキャリアハイとなる43本塁打を記録し、2年連続3度目となるオールスターゲーム出場を果たす。ヤンキースの選手として2年連続で40本塁打以上を達成した5人目の選手となった(過去にはベーブ・ルースルー・ゲーリックミッキー・マントルジェイソン・ジアンビ)。その一方で、キャリアワーストの打率.232、ア・リーグワースト2位の195三振を喫し、確実性に課題を残した。オフに1500万ドルの球団オプションが行使され、残留が決まった[17]。12月にはMLBの国際親善大使として、日本韓国を訪れた[18]。日本では相撲部屋荒汐部屋)を見学したり[19]東日本大震災被災地である宮城県石巻市や同名取市立閖上中学校で野球教室を開催したりした[20]

2013年は、故障の影響で試合にほとんど出場出来ず、2005年以来8年ぶりに規定打席到達を逃したシーズンとなった。打率.229・7本塁打・15打点という成績に終わり、打率は規定打席に到達していないシーズンを含めても自己最低の数値となった。本塁打及び打点も、それぞれを1以上記録したシーズンの数値としては最低値だった。10月31日にFAとなった。

ニューヨーク・メッツ[編集]

2013年12月6日、ニューヨーク・メッツと4年総額6000万ドルで合意し[21][22]、12月9日に球団が正式発表した[23]

選手としての特徴[編集]

打撃面では三振の多さが目に付くが、その一方で細身ながらパワーを秘めており、広いコメリカ・パークを本拠地としながらも2007年から3年連続で20本塁打以上を記録。2009年は30本塁打を達成した。タイガース首脳陣の指導で2ストライクからのアプローチに取り組み、相手投手が状況により何を仕掛けてくるかを学んだ結果、三振の数も徐々に減らしつつあったが[2]、2009年は141三振と2007年の水準に逆戻りしてしまった。

左投手を極端に苦手としており、2009年終了時点での通算成績は対右投手が打率.292、OPS.894なのに対し、対左投手は打率.210、OPS.614である[24]。特に2009年は対左で打率.183、OPS.484と全く打てなかった[25]

2007年には盗塁を27回試みて26回成功させた足もあるが、本人によると「打席から一塁ベースまでは3.9秒。メジャーの平均が確か4.1秒のはずだから、脚力は多少あるというぐらい」とのこと[26]

人物[編集]

父は小中併設校の校長、母は高校の化学教師、姉の一人が英語学の大学教授という教師一家に育ち、自身もイリノイ大を卒業してからMLB入りするなど(通常は3年修了時に中退して入るケースが多い)教育に対する志向が強い。「教育に勝る資源はないと思う」という信念を持ち、2009年には「All You Can Be:Dream It, Draw It, Become It!」、2011年には「やれることをやり切れ!-スポーツを通して学び、成長しよう-」という子供向けの啓発本を出版している[27]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2004 DET 9 28 25 2 6 1 1 0 9 0 0 0 0 0 3 0 0 8 1 .240 .321 .360 .681
2005 47 174 162 18 44 6 3 8 80 20 1 1 2 0 10 0 0 43 2 .272 .314 .494 .808
2006 159 679 596 90 155 31 9 19 261 68 8 5 7 6 66 0 4 174 4 .260 .335 .438 .773
2007 158 676 612 122 185 38 23 23 338 74 26 1 5 2 52 3 5 141 3 .302 .361 .552 .913
2008 141 629 553 112 155 26 13 22 273 66 12 4 1 1 71 1 3 111 7 .280 .365 .493 .859
2009 160 710 631 91 157 23 8 30 286 71 20 6 3 2 72 4 2 141 1 .249 .327 .453 .780
2010 NYY 136 528 466 76 115 17 7 24 218 67 12 2 4 3 53 3 2 116 3 .247 .324 .468 .792
2011 156 691 583 136 153 26 10 41 322 119 25 10 4 7 85 0 12 169 12 .262 .364 .552 .916
2012 160 684 596 102 138 18 4 43 293 106 10 3 1 7 75 4 5 195 5 .232 .319 .492 .811
2013 61 245 214 31 49 13 2 7 87 15 8 2 2 1 27 1 1 69 1 .229 .317 .407 .723
2014 NYM 155 654 564 73 128 27 2 20 219 66 8 2 0 5 79 1 6 141 1 .227 .326 .388 .714
通算:11年 1342 5698 5002 853 1285 226 82 237 2386 672 130 36 29 34 593 17 40 1308 40 .257 .338 .477 .815
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

獲得タイトル・表彰など[編集]

記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Curtis Granderson Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2013年8月30日閲覧。
  2. ^ a b 谷口輝世子 「カーティス・グランダーソン[タイガース]フルスピードでいこう」 『月刊スラッガー』2008年6月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-11、34-37頁。
  3. ^ John Sickels, "Tigers prospect Curtis Granderson," ESPN.com, August 30, 2004. 2009年9月26日閲覧。
  4. ^ a b c "JockBio: Curtis Granderson Biography," JockBio.com. 2008年12月27日閲覧。
  5. ^ "2002 Career Highlights," tigers.com. 2009年9月26日閲覧。
  6. ^ "2004 Career Highlights," tigers.com. 2009年9月26日閲覧。
  7. ^ 月刊メジャー・リーグ11月号増刊 イオン日米野球2006公式プログラム』、ベースボール・マガジン社、2006年、雑誌08626-11、51頁。
  8. ^ a b 上田龍タイガース至宝、超一流への挑戦 三塁打次第で歴史に残る大記録も」 『スポーツナビ』、2007年7月17日。2007年8月25日閲覧。
  9. ^ Associated Press, "Granderson's 20th steal puts Tigers center fielder in select company," ESPN.com, September 9, 2007. 2007年9月11日閲覧。
  10. ^ “Single-Season Leaders & Records for Triples”. Baseball-Reference. http://www.baseball-reference.com/leaders/3B_season.shtml 
  11. ^ Jason Beck / MLB.com, "Tigers, Granderson set extension / Center fielder will stay in Detroit through 2012 season," MLB.com, February 4, 2008. 2008年5月18日閲覧。
  12. ^ Jason Beck / MLB.com, "Granderson shelved by broken finger / Outfielder headed to 15-day DL, will miss at least two weeks," MLB.com, March 23, 2008. 2008年12月27日閲覧。
  13. ^ 「デトロイト・タイガース[開幕前の世界一候補が、ふたを開けて見ればまさかの最下位]」 『メジャー・リーグ記録集計号 ザ・スタッツブック 2008』、ベースボール・マガジン社、2008年、雑誌20449-11/20、30頁。
  14. ^ Bryan Hoch / MLB.com,MLB, Granderson join anti-obesity effort,yankees.com(英語,2010/02/09),2010/04/05閲覧
  15. ^ ヤンキース 1試合3満塁弾のメジャー記録樹立 Sponichi Annex 野球 2011年8月26日閲覧。
  16. ^ Hoch, Bryan (2011年11月21日). “Grandy, Cano place behind MVP Verlander: With big production, Yankees stars earn respect on AL ballot”. MLB.com. http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20111121&content_id=26017316&vkey=news_mlb&c_id=mlb 2011年12月13日閲覧。 
  17. ^ Yankees Will Exercise Granderson's Option For 2013
  18. ^ ヤ軍・グランダーソン、石巻で野球教室開催
  19. ^ カーティス・グランダーソン選手来訪 荒汐部屋 大相撲 2013年1月6日閲覧。
  20. ^ ヤ軍・グランダーソン、被災地の小学生と交流 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ) 2013年1月6日閲覧。
  21. ^ 【MLB】前ヤンキースのC.グランダーソン、メッツと4年契約で合意 2013年12月7日閲覧。
  22. ^ Crosstown traffic: Curtis Granderson joining Mets USA TODAY
  23. ^ http://newyork.mets.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20131209&content_id=64515946&vkey=pr_nym&c_id=nym Mets sign Curtis Granderson to four-year contract] MLB.com
  24. ^ Curtis Granderson Career Batting Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2012年10月18日閲覧。
  25. ^ Curtis Granderson 2009 Batting Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2012年10月18日閲覧。
  26. ^ 出村義和26歳の若虎が駆け上がる三塁打王への道のり。」 『Number Web』、2007年9月6日。2007年10月16日閲覧。
  27. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2012』 廣済堂出版、2012年、41頁。ISBN 978-4-331-51612-6
  28. ^ ヤンキース 1試合3満塁弾のメジャー記録樹立 Sponichi Annex 野球 2011年8月26日閲覧。

外部リンク[編集]