シェーン・ビクトリーノ

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シェーン・ビクトリーノ
Shane Victorino
フィラデルフィア・フィリーズ #8
Shane Victorino World Series Parade.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ハワイ州マウイ島ワイルク
生年月日 1980年11月30日(31歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3cm
180 lb =約81.6kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 外野手
プロ入り 1999年 MLBドラフト6巡目(全体194位)でサンディエゴ・パドレスから指名
初出場 2003年4月2日
年俸 $7,500,000(2011年)[1]
経歴(括弧内は在籍年)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
WBC 2009年

シェーン・パトリック・ビクトリーノ(Shane Patrick Victorino, 1980年11月30日 - )は、MLBフィラデルフィア・フィリーズに所属する野球選手ハワイ州マウイ島ワイルク出身。右投げ両打ち。祖父は日本人、祖母は中国人、父はポルトガル人。母の旧姓はナカハシ[2]

目次

[編集] 経歴

1999年のMLBドラフトロサンゼルス・ドジャースから6巡目(全体194位)で指名され、入団。2002年にドジャース傘下最多の45盗塁を記録[3]2002年のシーズンオフに、ルール5ドラフトサンディエゴ・パドレスからの指名を受け、移籍した。

2003年4月2日のジャイアンツ戦でメジャーデビューを果たしたが、5月23日にパドレスはゲイリー・マシューズ・ジュニアウェーバーで獲得したため、ビクトリーノは25人ロースターから外れた[3]。打率は.151だったが、7盗塁は5月22日時点でチーム最多だった[3]。ルール5ドラフトによる移籍であった為、5月28日に再びドジャースへと移る事になった。2004年はドジャース傘下のAA級のジャクソンビルとAAA級のラスベガスでプレイし、シーズン終了後にルール5ドラフトで、フィラデルフィア・フィリーズへ移籍。

[編集] フィラデルフィア・フィリーズ

2005年はAAA級のリーハイバレーで打率.310・18本塁打・70打点を記録し、インターナショナルリーグの最優秀選手に選出された。セプテンバーコールアップでメジャー昇格を果たし[4]マウイ島出身者では80年ぶり2人目のメジャーリーガーとなる。[2]同年はメジャーで21試合に出場。2006年は5番目の外野手として開幕を迎えた[5]アーロン・ローワンド故障者リスト入りした5月は中堅手として先発出場し[6]ボビー・アブレイユが7月31日にニューヨーク・ヤンキースへトレード移籍以降、ビクトリーノはその後釜として先発出場した[5][7]

2007年は、右翼手のレギュラーに定着して131試合に出場し、自身初となる規定打席到達を達成。打撃面では打率.281・12本塁打・46打点・37盗塁という成績を残した。5月3日から5日にかけて1997年オマー・ビスケル以来となる3試合連続複数盗塁を記録している[8]

アーロン・ローワンドのFA移籍とジェフ・ジェンキンスの加入に伴い、2008年中堅手として出場[9]。同年は146に出場して、打率.293・14本塁打・58打点・36盗塁を記録。守備面では自身初のゴールドグラブ賞を獲得した。ミルウォーキー・ブルワーズとのNLDSでは.357という打率を記録。ドジャースとのリーグチャンピオンシップシリーズ(NLCS)では打率.222に終わったものの、4安打のうち本塁打と三塁打をそれぞれ1本ずつ放ち、6打点を記録した。タンパベイ・レイズとのワールドシリーズ(WS)では、打率.250、2打点を記録した。プレイオフ通算では14試合に出場して打率.269、2本塁打、13打点、3盗塁という数字を残した。

2009年は、打率.292、10本塁打、62打点、25盗塁を記録。自身初のオールスター出場を果たし、MVP投票でも18位にランクインしたほか、2年連続でゴールドグラブ賞に選出された。WSでは、ニューヨーク・ヤンキースに敗れはしたものの、ビクトリーノ自身はプレイオフを通じて、前年を上回る打率.293、3本塁打という数字を残した。シーズン終了後、ビクトリーノは、2010年の年俸として580万ドルを要求。これに対して球団側は475万ドルを提示したが、年俸調停を避け、3年総額2,200万ドルで契約延長した[10]

2010年もフィリーズで引き続きプレイ。2年連続での2ケタ三塁打、自己ベストの18本塁打・69打点を記録したが、一方で打率はメジャーデビュー年の2003年に記録した数値(.151)に次ぐ低さ(.259)となった。これは、長打志向が強まった事に加え、胸の斜筋を痛めていた事が原因である[11]

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
2003 SD 36 83 73 8 11 2 0 0 13 4 7 2 1 1 7 0 1 17 5 .151 .232 .178 .410
2005 PHI 21 19 17 5 5 0 0 2 11 8 0 0 0 2 0 0 0 3 0 .294 .263 .647 .910
2006 153 462 415 70 119 19 8 6 172 46 4 3 8 1 24 0 14 54 5 .287 .346 .414 760
2007 131 510 456 78 128 23 3 12 193 46 37 4 5 2 37 1 10 62 10 .281 .347 .423 .770
2008 146 627 570 102 167 30 8 14 255 58 36 11 5 0 45 2 7 69 8 .293 .352 .447 .799
2009 156 694 620 102 181 39 13 10 276 62 25 8 4 4 60 1 6 71 5 .292 .358 .445 .803
2010 147 648 587 84 152 26 10 18 252 69 34 6 0 1 53 5 7 79 6 .259 .327 .429 .756
2011 132 586 519 95 145 27 16 17 255 61 19 3 6 0 55 1 6 63 4 .279 .355 .491 .847
通算:8年 922 3629 3257 544 908 166 58 79 1427 354 162 37 29 11 281 10 51 418 43 .279 .344 .438 .783
  • 2011年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

[編集] 獲得タイトル

[編集] 脚注

  1. ^ Shane Victorino Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2011年12月1日閲覧。
  2. ^ a b 打球に飛びつく姿に栄冠 シェーン・ビクトリノ(フィリーズ)” (日本語). asahi.com (2011年5月12日). 2011年5月25日閲覧。
  3. ^ a b c Padres claim Matthews off waivers” (英語). MLB.com (2003年5月23日). 2010年2月9日閲覧。
  4. ^ Mandel, Ken (2005年9月1日). “Notes: Victorino arrives in Majors” (英語). MLB.com. 2010年2月9日閲覧。
  5. ^ a b 友成那智村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、269頁。ISBN 978-4-331-51213-5
  6. ^ MLB injury report - May 12” (英語). COVERS.com (2006年5月12日). 2010年2月9日閲覧。
  7. ^ Levinel, Zachary (2006年8月16日). “Notes: Victorino, you're in” (英語). MLB.com. 2010年2月9日閲覧。
  8. ^ Associated Press (2007年5月5日). “Bonds hits No. 744 to get Giants started in win vs. Phillies” (英語). ESPN.com. 2009年2月9日閲覧。
  9. ^ Livingstone, Seth (2008年1月23日). “Solid fielding, power in place as Phils defend division title” (英語). USA Today. 2010年2月9日閲覧。
  10. ^ Zolecki, Todd (2010年1月22日). “Victorino, Phillies agree to three-year deal” (英語). MLB.com. 2010年2月9日閲覧。
  11. ^ 友成那智村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、261頁。ISBN 978-4-331-51518-1

[編集] 外部リンク

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