デーブ・パーカー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
デーブ・パーカー
Dave Parker
Dave Parker Oakland A's.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシシッピ州カルフーン郡
生年月日 1951年6月9日(63歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
230 lb =約104.3 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 右翼手
プロ入り 1970年 ドラフト14巡目でピッツバーグ・パイレーツから指名
初出場 1973年7月12日
最終出場 1991年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

デービッド・ジーン・パーカーDavid Gene Parker , 1951年6月9日 - )は、アメリカ合衆国ミシシッピ州カルフーン郡出身の野球選手外野手)。

ニックネームは「The Cobra」。強肩の右翼手としても知られた。

経歴[編集]

Nuvola apps kaboodle.svg 映像外部リンク
Nuvola apps kaboodle.svg 1979年オールスターゲームで本塁を狙ったダウニングを刺した場面(MLB.comによる動画)

1970年MLBドラフト14巡目でピッツバーグ・パイレーツに指名され契約。1973年7月12日の対シカゴ・カブス戦で、7回表にルーク・ウォーカーの代打として出場しメジャーデビュー。結果はセンター方向に二塁打を放った。3年目の1975年にはレギュラーとなり、148試合に出場して打率.308、25本塁打、101打点と活躍。

1977年には打率.338でナ・リーグ首位打者を獲得。初のMLBオールスターゲーム出場も果たした。そして1978年には打率.334、30本塁打、117打点の活躍で2年連続首位打者、そしてMVPに選出された。チームもこの年ワールドシリーズボルチモア・オリオールズを破りワールドチャンピオンに輝き、最高の一年となった。守備面でも、チームの先輩ロベルト・クレメンテばりの強肩で1975年から1979年の5年間で合計72の補殺を記録。特に1977年には補殺26を記録し、この年から3年連続でゴールドグラブ賞を獲得。2度目の出場となった1979年のMLBオールスターゲームでは、三塁打を狙ったジム・ライスレッドソックス)と、グレイグ・ネトルズのライトフライでホームを狙ったブライアン・ダウニングエンゼルス)をいずれも「バズーカ砲」と形容される強肩で刺し、この試合のMVPに選ばれた。シーズン終了後には日米野球で日本を訪れた。

しかし、1981年から1982年にかけて故障で欠場が増え、ピッツバーグ薬物裁判に関連してこの頃にパイレーツの本拠地スリー・リバース・スタジアムで多くのメジャーリーガーが関与した麻薬の密売に関与していた事が判明。自身のコカイン使用も後に明らかになった。1983年限りでフリーエージェントシンシナティ・レッズに移籍。1985年には、先述の麻薬事件で1年の出場停止処分(執行猶予付き)を科された(年俸の一部の寄付や、義務付けられた奉仕活動への参加、抜き打ちの麻薬検査を受けるといった条件をクリアしたため、出場停止処分とはならなかった)。この年、打率.312、34本塁打、125打点(打点王)とMVPになった1978年以来の活躍を見せ、MVP投票でもウィリー・マギーカージナルス)に次ぐ2位となる。翌1986年も全162試合に出場して31本塁打、116打点を記録。

1987年オフにホセ・リーホティム・バートサスとの交換トレードオークランド・アスレチックスに移籍。この年は101試合の出場にとどまったが、自身9年ぶりのワールドシリーズ出場を果たす。翌1989年は、ほぼ指名打者としての起用で22本塁打、97打点を記録し、チームのワールドシリーズ制覇に貢献。その年限りでミルウォーキー・ブルワーズ(当時はア・リーグ所属)に移籍。1990年もほぼ指名打者での起用で21本塁打、92打点を記録し、シルバースラッガー賞を受賞したが、若返りを図るチーム事情でダンテ・ビシェットとの交換トレードで1991年カリフォルニア・エンゼルスに移籍。しかし、(解雇時点で).232の低打率でシーズン終盤に解雇される。優勝争いを繰り広げていたトロント・ブルージェイズと契約。13試合の出場で打率.333を残すが、チームは地区優勝したものの、アメリカンリーグチャンピオンシップシリーズに出場できず、その年限りで現役を引退した。

引退後は一時エンゼルスの一塁ベースコーチやカージナルスの打撃コーチ、さらにパイレーツの臨時コーチを務めた。球界を離れてからはシンシナティで「ポパイズチキン」のフランチャイズを営む。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1973 PIT 54 144 139 17 40 9 1 4 63 14 1 1 1 0 2 1 2 27 2 .288 .308 .453 .761
1974 73 233 220 27 62 10 3 4 90 29 3 3 0 0 10 1 3 53 3 .282 .322 .409 .731
1975 148 602 558 75 172 35 10 25 302 101 8 6 0 1 38 4 5 89 18 .308 .357 .541 .898
1976 138 573 537 82 168 28 10 13 255 90 19 7 0 4 30 6 2 80 16 .313 .349 .475 .824
1977 159 706 637 107 215 44 8 21 338 88 17 19 0 4 58 13 7 107 7 .338 .397 .531 .927
1978 148 642 581 102 194 32 12 30 340 117 20 7 0 2 57 23 2 92 8 .334 .394 .585 .979
1979 158 707 622 109 193 45 7 25 327 94 20 4 0 9 67 14 9 101 7 .310 .380 .526 .906
1980 139 550 518 71 153 31 1 17 237 79 10 7 0 5 25 5 2 69 8 .295 .327 .458 .785
1981 67 254 240 29 62 14 3 9 109 48 6 2 0 3 9 3 2 25 5 .258 .287 .454 .742
1982 73 270 244 41 66 19 3 6 109 29 7 5 0 3 22 2 1 45 7 .270 .330 .447 .776
1983 144 586 552 68 154 29 4 12 227 69 12 9 0 6 28 6 0 89 11 .279 .311 .411 .722
1984 CIN 156 655 607 73 173 28 0 16 249 94 11 10 0 6 41 10 1 89 8 .285 .328 .410 .738
1985 160 694 635 88 198 42 4 34 350 125 5 13 0 4 52 24 3 80 26 .312 .365 .551 .916
1986 162 700 637 89 174 31 3 31 304 116 1 6 0 6 56 16 1 126 18 .273 .330 .477 .807
1987 153 647 589 77 149 28 0 26 255 97 7 3 0 6 44 13 8 104 14 .253 .311 .433 .744
1988 OAK 101 411 377 43 97 18 1 12 153 55 0 1 0 2 32 2 0 70 3 .257 .314 .406 .720
1989 144 600 553 56 146 27 0 22 239 97 0 0 0 8 38 13 1 91 21 .264 .308 .432 .741
1990 MIL 157 669 610 71 176 30 3 21 275 92 4 7 0 14 41 11 4 102 18 .289 .330 .451 .781
1991 CAL 119 501 466 45 108 22 2 11 167 56 3 2 0 3 29 3 3 91 9 .232 .279 .358 .638
TOR 13 40 36 2 12 4 0 0 16 3 0 1 0 0 4 0 0 7 0 .333 .400 .444 .844
'91計 132 541 502 47 120 26 2 11 183 59 3 3 0 3 33 3 3 98 9 .239 .288 .365 .653
通算:19年 2466 10184 9358 1272 2712 526 75 339 4405 1493 154 113 1 86 683 170 56 1537 209 .290 .339 .471 .810
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

背番号[編集]

  • 39 (1973年 - 1991年、1997年)
  • 40 (1998年)

外部リンク[編集]