J.C.ロメロ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
J.C.ロメロ
J.C.Romero
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区リオ・ピエドラス
生年月日 1976年6月4日(38歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 左投両打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 ドラフト21巡目
初出場 1999年9月15日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム プエルトリコの旗 プエルトリコ
WBC 2006年2009年2013年

フアン・カルロス・ロメロ(Juan Carlos Romero, 1976年6月4日 - )は、プエルトリコ出身のプロ野球選手投手)。左投両打。

来歴・人物[編集]

1997年に、ドラフト21巡目でミネソタ・ツインズから指名を受け、プロ入り。1999年9月15日テキサス・レンジャーズ戦でメジャーデビュー(結果は1.1回を投げて被安打1、無失点)。

2年目の2000年と翌2001年は先発もしたが、2年とも負け越し、防御率6点台オーバーなどと、結果は思わしくなかった。そのため2002年からはリリーフに転向。するとどうしたことか投球が冴えに冴え、アメリカンリーグ2位、ナショナルリーグを合わせても4位となる81試合に登板した。それでいて防御率1.89の好成績。一躍球界トップレベルの投手となった。この年のオフ、日米野球MLB選抜で来日した。2003年は、ロメロの本来の役割である左打者封じはしっかりとやっていたが、コントロールが定まらず、防御率は5.00まで跳ね上がってしまった。それでも73試合登板はアメリカンリーグ6位の好記録。

2004年は、6月12日にマイナー落ちの屈辱を味わうが、6月26日にメジャー復帰を果たすと、その後は2002年の再現のようなピッチングを見せ、マイナー落ちの時点で5.70だった防御率が、9月22日の時点では2.69という素晴らしい数字に戻ってきていた。あと僅かでシーズン終了という場面だったが、最後の最後で連打を浴び、防御率3.51でシーズンを終えた。74試合登板はリーグ7位の好成績。

2005年はツインズで68試合に登板。

2006年ワールド・ベースボール・クラシックプエルトリコ代表として出場。レギュラーシーズンではロサンゼルス・エンゼルスで65試合に登板。

2007年ボストン・レッドソックス、6月22日からはフィラデルフィア・フィリーズで合計74試合に登板し、防御率1.92の好成績を残した。四球がやや多く、2006年のように冴えない結果に終わることもあるが、それでも2002年からの2007年6年間で年平均72.5試合に投げている。

2008年は自己最多タイの81試合に登板、自身初体験のワールドシリーズで2勝を挙げ、チームの世界一に貢献。しかし、薬物検査で陽性反応が出たため、翌年の開幕から50試合の出場停止処分が科され、年俸が125万ドル削減された。

2009年第2回ワールド・ベースボール・クラシックプエルトリコ代表として出場。レギュラーシーズンでは出場停止明け後も故障に苦しみ、例年得意としていた左打者にも被打率.308と打ち込まれた。

2010年は与四球率7.12と制球難に苦しんだが、主に対左のワンポイントとして対左を被打率.214に抑え、60試合に登板した。

2011年も24試合で与四球率6.61と制球難に陥り、6月24日に解雇され、29日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだが7月14日に再び解雇され、ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結ぶ。8月9日に解雇され、13日にコロラド・ロッキーズと契約した。

2013年第3回WBCプエルトリコ代表に選ばれた。3月22日にワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。[1][2]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1999 MIN 5 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 39 9.2 13 0 0 0 0 4 0 0 4 4 3.72 1.34
2000 12 11 0 0 0 2 7 0 0 .222 268 57.2 72 8 30 0 1 50 2 1 51 45 7.02 1.77
2001 14 11 0 0 0 1 4 0 0 .200 286 65.0 71 10 24 1 1 39 1 0 48 45 6.23 1.46
2002 81 0 0 0 0 9 2 1 33 .818 332 81.0 62 3 36 4 4 76 9 0 17 17 1.89 1.21
2003 73 0 0 0 0 2 0 0 22 1.000 295 63.0 66 7 42 7 6 50 9 2 37 35 5.00 1.71
2004 74 0 0 0 0 7 4 1 16 .636 319 74.1 61 4 38 6 5 69 5 0 32 29 3.51 1.33
2005 68 0 0 0 0 4 3 0 11 .571 264 57.0 50 6 39 8 6 48 1 1 26 22 3.47 1.56
2006 LAA 65 0 0 0 0 1 2 0 7 .333 226 48.1 57 3 28 2 1 31 1 0 40 36 6.70 1.76
2007 BOS 23 0 0 0 0 1 0 1 2 1.000 94 20.0 24 2 15 3 0 11 0 0 7 7 3.15 1.95
PHI 51 0 0 0 0 1 2 0 22 .333 143 36.1 15 1 25 2 2 31 4 0 5 5 1.24 1.10
'07計 74 0 0 0 0 2 2 1 24 .500 237 56.1 39 3 40 5 2 42 4 0 12 12 1.92 1.40
2008 81 0 0 0 0 4 4 1 24 .500 255 59.0 41 5 38 5 5 52 2 1 18 18 2.75 1.34
2009 21 0 0 0 0 0 0 0 6 ---- 73 16.2 13 2 13 0 2 12 0 0 6 5 2.70 1.56
2010 60 0 0 0 0 1 0 3 9 1.000 171 36.2 30 3 29 7 5 28 0 1 17 15 3.68 1.61
2011 24 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 75 16.1 16 0 12 2 1 10 0 0 7 7 3.86 1.71
COL 12 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 41 8.1 12 1 3 0 0 9 0 0 7 4 4.32 1.80
'11計 36 0 0 0 0 1 0 0 3 1.000 116 24.2 28 1 15 2 1 19 0 0 14 11 4.01 1.74
通算:13年 664 22 0 0 0 34 28 7 155 .548 2881 649.1 603 55 372 47 39 520 34 6 322 294 4.07 1.50
  • 2011年度シーズン終了時

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]