チェイス・アトリー
| フィラデルフィア・フィリーズ #26 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | カリフォルニア州パサデナ |
| 生年月日 | 1978年12月17日(34歳) |
| 身長 体重 |
6' 1" =約185.4 cm 190 lb =約86.2 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 二塁手 |
| プロ入り | 2000年 MLBドラフト1巡目(全体15位) |
| 初出場 | 2003年4月4日 |
| 年俸 | $15,285,714(2011年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
|
|
| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2006年 |
|
この表について
|
|
チェイス・キャメロン・アトリー(Chase Cameron Utley, 1978年12月17日 - )は、アメリカ合衆国のカリフォルニア州パサデナ出身のプロ野球選手(二塁手)。右投げ左打ち。メジャーリーグベースボールのフィラデルフィア・フィリーズに所属している。
走攻守に秀でた、メジャーを代表する二塁手のひとり[2]。フィリーズの主軸を担うスター選手で、そのルックスから女性人気が高い[3]。名前は、日本語メディアではチェース・アットリーなどの表記も見られる。代理人はアーン・テレム。
目次 |
経歴 [編集]
アマチュア、マイナー時代 [編集]
カリフォルニア州パサデナ生まれ。幼少期は同州ロサンゼルスに本拠地を置くロサンゼルス・ドジャースのファンで、そのドジャースが出場した1988年のワールドシリーズ第2戦を会場のドジャー・スタジアムで観戦している[4]。当時から研究熱心で、12歳から15歳の頃には憧れのジム・トーミなど一流選手の打撃フォームを研究しながらバッティングセンターで毎日打撃練習していた[5]。同州ロングビーチのLong Beach Polytechnic High School に進学後、1997年にドジャースからドラフト2巡目(全体76位)指名を受けたが、契約せずカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)に進学する。本人によれば「確かにプロ野球は夢だったけど、人間的に成長するためには大学へ行くことが必要だと思った」という[4]。
UCLAでは1年目は遊撃手として、2年目からは二塁手として、通算で179試合に出場して打率.342・53本塁打・174打点を記録[6]。ルームメイトのギャレット・アトキンスとともに[7]、チームの主軸として活躍する。大学で3年間を過ごしたアトリーは、2000年のドラフトでフィラデルフィア・フィリーズから1巡目(全体15位)で指名を受けると、契約を締結し念願のプロ入りを果たす。同年にマイナーリーグSS-A級バタヴィアでプロデビューし40試合に出場、打率.307・出塁率.383という成績を残し、翌2001年にはAdv-A級クリアウォーターに昇格。一時は外角の速球がなかなか打てずに苦しんだが[8]、最終的には16本塁打(チームトップタイ)・120安打(同2位)を記録し、マイナーリーグのオールスター "フューチャーズゲーム" アメリカ合衆国選抜の一員に選ばれている。
2002年、アトリーはAA級レディングを飛び越してAAA級スクラントン・ウィルクスバリに昇格。そこではスコット・ローレンの後釜としての期待から、これまでの二塁手から三塁手へとコンバートされ1シーズンを過ごす[9]。しかし慣れないポジションなだけに動きは不自然でぎこちなく[10]、28失策・守備率.918と不安定さを露呈する。結局、ローレンはこの年の夏にセントルイス・カージナルスへトレードされるが、アトリーは翌2003年のスプリングトレーニングで二塁手へ戻される[11]。
フィラデルフィア・フィリーズ [編集]
同年のシーズン開幕をメジャーで迎えたアトリーは、4月4日のパイレーツ戦に代打として初出場。ジェフ・スーパンの前に空振り三振に倒れる[12]。初の先発は同月24日のコロラド・ロッキーズ戦で、8番・二塁として出場したアトリーは、3回裏にアーロン・クックからメジャー初本塁打となる満塁本塁打を放っている[13]。この年はメジャー定着とはならなかったが、AAA級スクラントン・ウィルクスバリで113試合に出場して打率.323・OPS.907の好成績を残し、同級のオールスターゲームに選出された。2004年は開幕をAAA級スクラントン・ウィルクスバリで迎え、フィリーズの正二塁手プラシド・ポランコの故障に伴い5月上旬にメジャーへ昇格、その後6月中旬にまたもマイナーへ戻されるも、同月下旬にメジャー再昇格を果たす[14]。そこからはシーズン最後までメジャーに定着し94試合に出場、打率.266・13本塁打・57打点を記録した。
2005年はシーズン開幕から、相手の先発投手が右腕だったときの先発二塁手として起用される[5]。そこで実績を残すとチームは6月、救援投手陣強化のためデトロイト・タイガースからウーゲット・ウービナをトレードで獲得し、見返りとしてアトリーと併用していたポランコを放出。これにより、アトリーが正二塁手となった。当初は主に5番から7番を担っていたアトリーだが、7月中旬ごろからは打線の中軸として3番打者を任されることも多くなる。最終的にこの年は147試合に出場し、打率.291・28本塁打・105打点という成績を収める。28本塁打のうち26本は二塁手として出場したときに放ったもので、これは球団タイ記録である[15]。
2006年3月、国際大会・第1回ワールド・ベースボール・クラシックが開催される。アトリーはこの大会にアメリカ合衆国代表の一員として4試合に出場し、打率.385を記録した。大会終了後のMLBレギュラーシーズンでは、6月23日から8月3日にかけてメジャー史上10位タイとなる35試合連続安打を達成し注目を集める[16]。この間、7月には全試合で安打を放ち月間MVPを受賞、オールスターゲームにも初めて選出された。シーズン通算では3割・30本塁打・100打点のほか、200安打やリーグ最多得点を記録するなど軒並み成績を伸ばし、シーズン終了後にシルバースラッガー賞を初受賞。チームを代表するスター選手となった[3]。また、日米野球にもチームメイトのライアン・ハワードらとともに参加している。
年俸調停権を得たアトリーに対し球団は2007年1月、7年総額8,500万ドルという大型契約を与えた。GMのパット・ギリックは「我々は長期契約を好んでいるわけではないけど、チェイスの場合は例外だ。彼のような選手がこのチームにいるのはラッキーだよ」とアトリーを高く評価した[17]。この年は開幕から前年を上回るペースで打っていたが、7月26日のワシントン・ナショナルズ戦でジョン・ラナンから死球を受け右手を骨折[18]、1か月間の欠場に追い込まれる。それでも復帰後はすぐにレギュラーとして出場し、最終的には打率.332(リーグ3位)・OPS.976(同7位)・103打点の好成績を残した。故障離脱がなければ、この年のリーグMVPはチームメイトのジミー・ロリンズではなくアトリーが受賞した可能性もあるほどの活躍で[19]、チームの14年ぶり地区優勝に貢献。しかしポストシーズンでは、大学時代の同僚アトキンスが在籍するロッキーズに地区シリーズで敗れた。
2008年は、4月17日から4月21日にかけて5試合連続本塁打を放ち同月の月間MVPを受賞する上々の滑り出し。前半戦94試合で25本塁打・69打点・OPS.955を記録し、オールスターゲームには、ファン投票でナ・リーグ最多の3,889,602票を集めて選出される[20]。後半戦は65試合で8本塁打・35打点・OPS.855と調子を落としたが、前年を上回る数の死球を浴びても怪我なく1年を乗り切った。チームは2年連続地区優勝。ポストシーズンでフィリーズは、1勝もできずに敗退した前年と異なり、ブルワーズとの地区シリーズを3勝1敗、ドジャースとのリーグ優勝決定戦を4勝1敗、レイズとのワールドシリーズを4勝1敗と快勝し、28年ぶりの世界一に到達した。アトリーはポストシーズンを通して打率.220と低迷したが、全試合で出塁したほか、ワールドシリーズでは2本塁打を放つなど一定の役割を果たした。
初のワールドシリーズ優勝を経験したアトリーはシーズン終了後、5月中旬以降ずっと臀部の痛みを我慢しながらプレイしていたことを明かし、11月下旬に手術を受ける[21]。翌2009年のシーズン開幕に間に合わなくなる可能性もあったが[22]、リハビリをこなし4月5日の開幕戦で先発出場して復帰。この年も5年連続となるOPS.900超えのほか、自己最高の23盗塁を記録するなど元気な姿を見せた。9月8日の試合では2年連続の30号本塁打を放ち、同僚のハワードやジェイソン・ワース、ラウル・イバニェスとともに史上12組目の "30発カルテット" を形成している[23]。フィリーズはリーグ2連覇を達成し、ヤンキースとのワールドシリーズに進出。そこでアトリーは、初戦でCC・サバシアに2本塁打を浴びせるなど6試合で計5本塁打を放ち、レジー・ジャクソン(1977年)が保持するシリーズ最多本塁打記録に並ぶ強打を発揮[24]。しかしフィリーズは2勝4敗で敗れ2年連続の世界一を逃した。
2010年は、6月28日のシンシナティ・レッズ戦で二塁ベースへ滑り込んだ際に右手親指を痛め、翌日に故障者リスト入り[25]。8月中旬まで1か月半欠場し、この間に開催されたオールスターゲームでもファン投票選出ながら出場を辞退した。それでも9月1日からシーズン最終戦までは29試合で打率.306・OPS.911と活躍し、チームの4年連続地区優勝を支えた。
選手としての特徴 [編集]
走攻守に全力プレイが持ち味の選手で、球団公式サイトはアトリーを "hard-nosed player who treats every play as if it's his last"(あらゆるプレイを、まるでそれが野球人生で最後のプレイであるかのように行う、固い決心を持った選手)と形容している[21]。何事にも一生懸命な姿勢は試合前の入念な準備にも現れており、チャーリー・マニエルはアトリーを「これまでの野球人生の中で最も準備に余念がない選手」だと評した[8]。
打席に立つとまず下半身を揺らし、上半身をリラックスさせる動作をとる[2]。そしてバットを構え、投球が来ると、それを短く(コンタクト後のフォロースルーが小さな)速いスウィングで弾き返す。このスウィングについて、2008年のワールドシリーズで対戦したスコット・カズミアーは「彼は他の左打者と比べても異質だね。大抵の左打者はスウィングの軌道がもっと長いんだけど、彼の場合は短くて速くて、バットがヒッティングゾーンを通過していくのが本当に速い」と話した[26]。そのほか、クリス・ヤングやペドロ・フェリシアーノも「速いこと」と「短い(コンパクトな)こと」に言及している[27][28]。このスウィングでアトリーは、毎年打率.300・30本塁打前後の成績を収めている。三振が毎年100近いのが短所である[2]。
守備は、UCLAで二塁を守っていたのを観たフィリーズGM補佐(当時)のマイク・アーバックルが「彼は将来は左翼手にコンバートされるかもしれない」という印象を抱いたほど動きが悪く[27]、メジャーに初めて昇格してきたときも守備には不安があった[2]。しかし次第に上達しており、プラス・マイナス・システムという指標では、アトリーは2004年から2006年の3年間で+52(メジャー2位)[29]、2006年から2008年の3年間では+85(同1位)と[30]、優秀な数字を残している。走塁では、2010年までの通算XBT%(単打で2つ以上進塁するか、あるいは二塁打で一塁から生還した割合)が57%と高い数値を残している[31]。盗塁は毎年15-20個ほど決めており、通算成功率は88.1%。2009年には23度盗塁を試みているが失敗は1度もなかった。
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | PHI | 43 | 152 | 134 | 13 | 32 | 10 | 1 | 2 | 50 | 21 | 2 | 0 | 0 | 1 | 11 | 0 | 6 | 22 | 3 | .239 | .322 | .373 | .695 |
| 2004 | 94 | 287 | 267 | 36 | 71 | 11 | 2 | 13 | 125 | 57 | 4 | 1 | 1 | 2 | 15 | 1 | 2 | 40 | 6 | .266 | .308 | .468 | .776 | |
| 2005 | 147 | 628 | 543 | 93 | 158 | 39 | 6 | 28 | 293 | 105 | 16 | 3 | 0 | 7 | 69 | 5 | 9 | 109 | 10 | .291 | .376 | .540 | .916 | |
| 2006 | 160 | 739 | 658 | 131 | 203 | 40 | 4 | 32 | 347 | 102 | 15 | 4 | 0 | 4 | 63 | 1 | 14 | 132 | 9 | .309 | .379 | .527 | .906 | |
| 2007 | 132 | 613 | 530 | 104 | 176 | 48 | 5 | 22 | 300 | 103 | 9 | 1 | 1 | 7 | 50 | 1 | 25 | 89 | 7 | .332 | .410 | .566 | .976 | |
| 2008 | 159 | 707 | 607 | 113 | 177 | 41 | 4 | 33 | 325 | 104 | 14 | 2 | 1 | 8 | 64 | 14 | 27 | 104 | 9 | .292 | .380 | .535 | .915 | |
| 2009 | 156 | 687 | 571 | 112 | 161 | 28 | 4 | 31 | 290 | 93 | 23 | 0 | 0 | 4 | 88 | 3 | 24 | 110 | 5 | .282 | .397 | .508 | .905 | |
| 2010 | 115 | 511 | 425 | 75 | 117 | 20 | 2 | 16 | 189 | 65 | 13 | 2 | 0 | 5 | 63 | 3 | 18 | 63 | 4 | .275 | .387 | .445 | .832 | |
| 2011 | 103 | 454 | 398 | 54 | 103 | 21 | 6 | 11 | 169 | 44 | 14 | 0 | 1 | 2 | 39 | 4 | 14 | 47 | 3 | .259 | .344 | .425 | .769 | |
| 2012 | 83 | 362 | 301 | 48 | 77 | 15 | 2 | 11 | 129 | 45 | 11 | 1 | 0 | 6 | 43 | 7 | 12 | 43 | 4 | .256 | .365 | .429 | .793 | |
| 通算:10年 | 1192 | 5140 | 4434 | 779 | 1275 | 273 | 36 | 199 | 2217 | 734 | 121 | 14 | 4 | 46 | 505 | 39 | 151 | 759 | 60 | .288 | .376 | .500 | .876 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
獲得タイトル・表彰 [編集]
- シルバースラッガー賞 4回:2006年 - 2009年
- フィールディング・バイブル・アワード 1回:2010年
- オールスターゲーム選出 5回:2006年 - 2010年
脚注 [編集]
- ^ “Chase Utley Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2011年11月30日閲覧。
- ^ a b c d "Scouting Report: Chase Utley," SI.com, July 1, 2008. 2009年10月17日閲覧。
- ^ a b The Associated Press, "Utley could have been a Dodger," USATODAY.com, October 9, 2008. 2009年10月17日閲覧。
- ^ a b 田尻賢誉 「30チーム最新レポート&全選手成績・移籍&故障者リスト フィラデルフィア・フィリーズ/PHI 憧れの人と今はチームメイト」 『月刊スラッガー』2005年10月号、日本スポーツ企画出版社、2005年、雑誌15509-10、80頁。
- ^ "Player Bio: Chase Utley," UCLA OFFICIAL ATHLETIC SITE. 2009年10月17日閲覧。
- ^ Jim Salisbury, "Phils, Rockies have many personal ties," Philadelphia Inquirer, October 6, 2009. 2009年10月17日閲覧。(2009年10月10日時点のアーカイブ)
- ^ a b Lee Jenkins, "Ordinary Utley turns things around with extraordinary power display," SI.com, October 29, 2009. 2009年12月3日閲覧。
- ^ John Sickels, "Do Phillies have a replacement for Rolen?," ESPN.com, June 3, 2002. 2009年10月17日閲覧。
- ^ John Sickels, "Do Phils have two gems in Utley and Machado?," ESPN.com, November 22, 2002. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "2003 Career Highlights," MLB.com. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "Apr 4, 2003, Pirates at Phillies Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "Apr 24, 2003, Rockies at Phillies Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "2004 Career Highlights," MLB.com. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "2005 Career Highlights," MLB.com. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "2006 Career Highlights," MLB.com. 2009年10月17日閲覧。
- ^ Ken Mandel / MLB.com, "Utley gets seven-year, $85M extension / All-Star second baseman to remain with Phillies through 2013," phillies.com, January 21, 2007. 2009年10月17日閲覧。
- ^ Ken Mandel / MLB.com, "Utley breaks hand, lands on DL / Second baseman expected to miss four-to-six weeks," phillies.com, July 26, 2007. 2009年10月17日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、258頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ ESPN.com, "Final fan voting for All-Star Game," ESPN.com, July 6, 2008. 2009年10月17日閲覧。
- ^ a b Ken Mandel / MLB.com, "Utley undergoes hip surgery / Phillies hoping for quick recovery for All-Star," phillies.com, November 24, 2008. 2009年10月17日閲覧。
- ^ Ken Mandel / MLB.com, "Utley to undergo hip surgery next week / Phillies star could miss Opening Day; Feliz should be ready," phillies.com, November 2, 2008. 2009年10月17日閲覧。
- ^ Todd Zolecki / MLB.com, "Phils 12th club with four 30-homer hitters / Ibanez hits pair, Utley swats one to join Howard, Werth," phillies.com, September 8, 2009. 2009年10月17日閲覧。
- ^ Associated Press, "Utley ties Jackson with 5th HR," ESPN.com, November 3, 2009. 2009年12月3日閲覧。
- ^ Todd Zolecki / MLB.com, "Utley, Polanco placed on 15-day DL / Phillies not yet certain how long players will be out of action," phillies.com, June 29, 2010. 2010年10月19日閲覧。
- ^ Jerry Crasnick, "Win or lose, Maddon's Rays remain even-keeled," ESPN.com, October 23, 2008. 2009年10月17日閲覧。
- ^ a b Jerry Crasnick, "Bad Company / Chase Utley's rise from the ruins of the 2000 first round proves that surprises can be found even in the worst drafts," ESPN The Magazine. 2009年10月18日閲覧。
- ^ Jack Curry, "Utley Is Mr. Everything, but Egotistical He’s Not," NYTimes.com, June 8, 2008. 2009年10月18日閲覧。
- ^ "2004-2006 Plus/Minus Leaders," Fielding Bible. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "2006-2008 Plus/Minus Leaders," Fielding Bible. 2009年10月17日閲覧。
- ^ "Chase Utley Batting Statistics and History," Baseball-Reference.com. 2009年10月17日閲覧。
外部リンク [編集]
|
||||||||||||||||||||
|
||||||||||||||||||||
|
|||||
|
|||||||||||||||||