プラシド・ポランコ

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プラシド・ポランコ
Plácido Polanco
フリーエージェント(FA)
Plácido Polanco on June 1, 2011.jpg
フィラデルフィア・フィリーズ時代(2011年)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
二重国籍[1]
出身地 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
サントドミンゴ
生年月日 1975年10月10日(39歳)
身長
体重
5' 9" =約175.3 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手二塁手
プロ入り 1994年 MLBドラフト19巡目(全体530位)でセントルイス・カージナルスから指名
初出場 1998年7月3日 レッズ
年俸 $2,750,000(2013年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
WBC 2006年

プラシド・エンリケ・ポランコ(Plácido Enrique Polanco, 1975年10月10日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身の野球選手三塁手、右投右打。

経歴[編集]

1991年にサントドミンゴのサンタ・クララ高校を16歳で卒業。所属していたリトルリーグのチームで監督をしていたマニー・モタがポランコのために奨学金の手配を行い、ポランコはアメリカ合衆国フロリダ州のマイアミ・デード・ウルフソン短大に進学、同州マイアミにあるモタの家で生活する[3]1994年ドラフト19巡目(全体530位)でセントルイス・カージナルスから指名され入団する。

1998年7月3日にメジャーデビュー。三振の少ない堅実なバッティングと内外野をこなすユーティリティーさでレギュラーを掴む。2002年7月29日スコット・ローレンとのトレードでフィラデルフィア・フィリーズに移籍。移籍後2004年までの3シーズンで打率.294を記録する活躍を見せ、2004年には自己最多の17本塁打を記録。チェイス・アトリーの台頭もあって2005年シーズン途中の6月8日にウーゲット・ウービナラモン・マルティネスとのトレードでデトロイト・タイガースに移籍する。

タイガースで居心地のよさや近いうちに強いチームになる確信を得たポランコは8月2日、翌2006年からの4年総額1,840万ドルで契約を延長[4][5]。9月10日と11日には球団史上レイ・ブーン以来48年ぶりの2試合連続4安打を記録[6]。シーズンを通してヒザ裏の腱を痛めていたが、フィリーズ・タイガース通算打率.331は両リーグでデレク・リーの.338に次ぐ高打率を記録[6]

2006年のシーズン前に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシックには、ドミニカ共和国代表として出場。その後のシーズンでは正二塁手としてタイガース地区首位に貢献したが、8月15日に左肩を脱臼してからはチームは失速[7]。9月23日に復帰を果たし、チームはワイルドカードでポストシーズン進出。ア・リーグ優勝決定戦では打率.529の活躍でシリーズMVPに選ばれた。ワールドシリーズでは17打数0安打で、チームもカージナルスに1勝4敗で敗退。

2007年には個人成績を伸ばし、自己最高となる200安打・打率.341・失策0を記録、初めてMLBオールスターゲームに選出されたうえ、シーズン終了後にはシルバースラッガー賞ゴールドグラブ賞を受賞した。2008年は、打撃3部門で前年を下回ったが、それでも打率.307・8本塁打・58打点を記録。

カージナルス時代にチームメイトだったアルバート・プホルスとは非常に仲が良く、プホルスがポランコの息子の名付け親になった。

2009年12月3日、古巣フィラデルフィア・フィリーズと3年1,800万ドルで契約。フィリーズでは三塁手として起用された。移籍初年度の2010年は打率.298を記録。2011年は2度目のオールスター出場と3度目のゴールドグラブ賞受賞を果たした。

フィリーズとの契約最終年の2012年は自己最低の打撃成績に終わった。10月29日にFAとなった。12月20日にマイアミ・マーリンズと契約。

2013年10月31日にFAとなった。

選手としての特徴[編集]

バットコントロールのよさは2番打者としては理想的」[8]で、滅多に三振をしない。三振率(1三振に要した打数)では2006年から2008年まで3年連続でリーグ1位となっており、通算でも14.2打数に1回の割合でしか三振していない。また流し打ち(右打ち)も巧みで、.300を超える打率を残せる技術を持ち合わせている。

守備は堅実。2006年7月1日のパイレーツ戦で2失策してから2008年4月8日のレッドソックス戦で悪送球を犯すまで、186試合・911守備機会連続無失策という記録を打ち立てた[9]。これはともにルイス・カスティーヨが保持していた143試合・647守備機会連続無失策という二塁手としてのメジャー記録を更新している[10]。またプラス・マイナス・システムという指標でも、この3シーズン通算でポランコが残した数字はメジャー4位タイの+29、つまりこの期間の平均的二塁手より29個多くアウトを稼いだという結果が出ている[11]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1998 STL 45 122 114 10 29 3 2 1 39 11 2 0 2 0 5 0 1 9 1 .254 .292 .342 .634
1999 88 240 220 24 61 9 3 1 79 19 1 3 3 2 15 1 0 24 7 .277 .321 .359 .680
2000 118 350 323 50 102 12 3 5 135 39 4 4 7 3 16 0 1 26 8 .316 .347 .418 .765
2001 144 610 564 87 173 26 4 3 216 38 12 3 14 1 25 0 6 43 22 .307 .342 .383 .725
2002 94 367 342 47 97 19 1 5 133 27 3 1 9 0 12 1 4 27 12 .284 .316 .389 .705
PHI 53 228 206 28 61 13 1 4 88 22 2 2 4 0 14 0 4 14 3 .296 .353 .427 .780
'02計 147 595 548 75 158 32 2 9 221 49 5 3 13 0 26 1 8 41 15 .288 .330 .403 .733
2003 122 554 492 87 142 30 3 14 220 63 14 2 8 4 42 1 8 38 16 .289 .352 .447 .799
2004 126 555 503 74 150 21 0 17 222 55 7 4 7 6 27 0 12 39 13 .298 .345 .441 .786
2005 43 173 158 26 50 7 0 3 66 20 0 0 0 0 12 0 3 9 3 .316 .376 .418 .793
DET 86 378 343 58 116 20 2 6 158 36 4 3 2 4 21 0 8 16 9 .338 .386 .461 .846
'05計 129 551 501 84 166 27 2 9 224 56 4 3 2 4 33 0 11 25 12 .331 .383 .447 .830
2006 110 495 461 58 136 18 1 4 168 52 1 2 8 2 17 0 7 27 18 .295 .329 .364 .693
2007 142 641 587 105 200 36 3 9 269 67 7 3 2 4 37 3 11 30 9 .341 .388 .458 .846
2008 141 629 580 90 178 34 3 8 242 58 7 1 4 4 35 2 6 43 14 .307 .350 .417 .768
2009 153 676 618 82 176 31 4 10 245 72 7 2 7 5 36 2 9 46 15 .285 .331 .396 .727
2010 PHI 132 602 554 76 165 27 2 6 214 52 5 0 1 8 32 1 7 47 14 .298 .339 .386 .726
2011 122 523 469 46 130 14 0 5 159 50 3 0 1 8 42 0 3 44 15 .277 .335 .339 .674
2012 90 328 303 28 78 15 0 2 99 19 0 0 4 1 18 1 2 25 7 .257 .302 .327 .629
2013 MIA 118 416 377 33 98 13 0 1 114 23 2 0 3 4 23 1 9 31 15 .260 .315 .302 .617
通算:16年 1927 7887 7214 1009 2142 348 32 104 2866 723 81 30 86 56 429 13 101 538 201 .297 .343 .397 .740
  • 2013年度シーズン終了時

獲得タイトル・表彰[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Scott McNeish / MLB.com, "Citizenship wait ends for Polanco / Tigers second baseman sworn in with group before game," tigers.com, July 9, 2008. 2008年11月20日閲覧。
  2. ^ Placido Polanco Contract, Salaries, and Transactions” (英語). Spotrac.com. 2013年11月23日閲覧。
  3. ^ 阿部寛子 「連載企画 MLB TALK SHOW プラシド・ポランコ[タイガース]」 『月刊スラッガー』2007年3月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-3、67-69頁。
  4. ^ 「各球団マンスリー・リポート デトロイト・タイガース」『月刊メジャー・リーグ』2005年10・11月合併号、ベースボールマガジン社、2005年、雑誌 08625-11、49項。
  5. ^ Associated Press, "Polanco signs four-year, $18.4M extension," ESPN.com, August 2, 2005. 2008年11月20日閲覧。
  6. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、151項。ISBN 978-4-331-51146-6
  7. ^ 谷口輝世子 「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 デトロイト・タイガース/DET ポランコの穴は埋まらず」『スラッガー』2006年11月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌 15509-11、75項。
  8. ^ 出野哲也 「デトロイト・タイガース 新・殺人打線の死角を探る」 『月刊スラッガー』2008年5月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-5、42-45頁。
  9. ^ Jason Beck / MLB.com, "Polanco's errorless streak ends / Second baseman hadn't committed a miscue in 186 games," The Official Site of The Detroit Tigers, April 8, 2008. 2008年4月29日閲覧。
  10. ^ Jason Beck / MLB.com, "Notes: Polanco sets errorless mark / Rodney makes final rehab outing; Pudge serves suspension," The Official Site of The Detroit Tigers, July 31, 2007. 2008年4月29日閲覧。
  11. ^ "2006-2008 Plus/Minus Leaders," Fielding Bible. 2008年11月20日閲覧。

外部リンク[編集]