ダニエル・カブレラ
| 中日ドラゴンズ #70 | |
|---|---|
ナショナルズ時代(2009年)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス |
| 生年月日 | 1981年5月28日(31歳) |
| 身長 体重 |
203 cm 118 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1999年 アマチュアFA |
| 初出場 | MLB / 2004年5月13日 NPB / 2013年4月4日 |
| 最終出場 | MLB / 2009年 |
| 年俸 | $450,000(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2006年 |
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この表について
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ダニエル・アルベルト・カブレラ(Daniel Alberto Cabrera , 1981年5月28日 - )は、中日ドラゴンズに所属するプロ野球選手(投手)。ドミニカ共和国サンペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身。
目次 |
経歴 [編集]
1999年、アマチュア・フリーエージェントでボルチモア・オリオールズと契約し、入団。
2004年5月13日、対シカゴ・ホワイトソックス戦(ダブルヘッダー第1試合)においてメジャーデビューを果たす。エリック・デュボーズら先発ローテーションの若手4投手が不調に陥っていた当時のオリオールズにおいて、デビュー戦から2連勝を記録したカブレラは「救世主的な存在になる」と期待された[1]。結局この年はチーム2位の12勝を挙げたが、防御率は5.00、与四球89はリーグワースト3位だった。
翌2005年は、2年連続となる2桁勝利を挙げ防御率を4点台に向上させるなどの活躍を見せたが、1年目と同じように四球の多さが目立った。
2006年、オリオールズは名投手コーチとして知られるレオ・マゾーニーを招聘。マゾーニーの下でカブレラは投球フォームを変え「凄く投げやすくなった」という[2]。MLBレギュラーシーズン開幕前に開催されたワールド・ベースボール・クラシックにドミニカ共和国代表として出場したカブレラは、ベネズエラ戦で好投。今年はブレイクするとオリオールズから期待されてシーズンに臨んだ[3]。しかし制球難を克服することはできず、3年目で初めて2桁勝利を逃したうえ、規定投球回に満たないにもかかわらず与四球・暴投の2部門でリーグ最多の数字を残した。ただ、この年の9月12日からは「眼鏡をかける」という、まるで映画『メジャーリーグ』のような解決法を試み[4]、実際に数字が向上している。オフには視力矯正手術を受ける。
2007年のシーズン中も、前年に引き続きマゾーニーコーチとともに投球フォームを改善し、さらに精神面の強化にも取り組んだ[5]。こうしたトレーニングの結果、この年も与四球はリーグワーストだったが、与四球率は前年の6.32から4.76に向上した。しかし、制球を重視したことで今度は球威がなくなってしまい[6]、被本塁打が前年の倍以上に増加、防御率も自己最低の5.55となり、リーグ最多敗の18敗を記録してしまった。
2008年12月29日、ワシントン・ナショナルズと1年契約を結ぶ。
2009年は8試合に先発登板したが、勝ち星を挙げられずにシーズン途中で放出された。その後、8月3日にアリゾナ・ダイヤモンドバックスとマイナー契約を結んだ。
2010年1月14日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結ぶが、スプリングトレーニング中の3月17日に解雇。6月10日にロサンゼルス・エンゼルスとマイナー契約を結ぶが8月にトミー・ジョン手術を受けた。
翌2011年は登板がなかった。
2012年1月にピッツバーグ・パイレーツとマイナー契約。8月16日にトレードでアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍。マイナーでは24試合の先発で7勝8敗、防御率4.23、WHIP1.33の成績を残す。12月14日に1年総額65万ドルで中日ドラゴンズとの契約合意が発表された[7]。4月4日の対阪神戦で来日初登板・初先発し、7回無失点の好投を見せた。
選手としての特徴 [編集]
平均球速93mph(約150km/h)、最速100mph(約161km/h)の速球と、アーサー・ローズが比較対象に挙げられた[8]落差の大きいパワーカーブ(スラーブとも呼ばれる[9])を中心とし[10]、チェンジアップも混ぜる[11]。
速球は100mph(約161km/h)以上をシーズン40個近く計測し[12]、2005年にはベースボールアメリカ誌が集めたアメリカンリーグの全監督へのアンケートの「ベスト・ファストボール」部門で1位にランクインした[8]。しかし、メジャーのスカウトから「制球さえ安定すればサイ・ヤング賞級の素材」と評されたように[5]メジャー通算与四球率5.24と制球力に非常に難があり、本人も「俺の人生はずっと四球さ」と自虐するほど[13]。球種ごとに投球フォームが違い[5]、フォームが定まらないため登板ごとに制球力にばらつきがあり[10]、特に変化球の制球に苦しんでいた[9]。
トミー・ジョン手術から復帰した2012年からは球速が最速90mph(約145km/h)前後に落ち、2012年にはマイナーでの与四球率2.86を記録するなど制球がやや安定している。
メジャーリーグ3A共に安打を記録しておらず、打撃は非常に苦手な投手である。
人物 [編集]
好きな投手はペドロ・マルティネス[5]。
逆上しやすい性格と投球頭脳に欠けていることで有名で[14]、2007年9月7日のボストン・レッドソックス戦の4回二死三塁の場面で、投手コーチのレオ・マゾーニーからセットポジションでの投球を指示されていたがワインドアップモーションで投球を始める。また、三塁走者のココ・クリスプのフェイントモーションに引っ掛かりボークを喫し、それに逆上して打席のダスティン・ペドロイアの頭付近へ危険球を投げ退場処分を受ける。さらにその処分に抗議して暴れたため両チームが入り乱れるもみ合いに発展し、6試合の出場処分を受けた。この事件からファンからは『100万ドルの速球と10セントのおつむ』と揶揄されるようになった[15]。
詳細情報 [編集]
年度別投手成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2004 | BAL | 28 | 27 | 1 | 1 | 0 | 12 | 8 | 1 | 0 | .600 | 662 | 147.2 | 145 | 14 | 89 | 2 | 2 | 76 | 12 | 0 | 85 | 82 | 5.00 | 1.58 |
| 2005 | 29 | 29 | 0 | 0 | 0 | 10 | 13 | 0 | 0 | .435 | 716 | 161.1 | 144 | 14 | 87 | 2 | 11 | 157 | 9 | 1 | 92 | 81 | 4.52 | 1.43 | |
| 2006 | 26 | 26 | 2 | 1 | 0 | 9 | 10 | 0 | 0 | .474 | 662 | 148.0 | 130 | 11 | 104 | 1 | 5 | 157 | 17 | 1 | 82 | 78 | 4.74 | 1.58 | |
| 2007 | 34 | 34 | 1 | 0 | 0 | 9 | 18 | 0 | 0 | .333 | 922 | 204.1 | 207 | 25 | 108 | 6 | 15 | 166 | 7 | 2 | 133 | 126 | 5.55 | 1.54 | |
| 2008 | 30 | 30 | 2 | 0 | 1 | 8 | 10 | 0 | 0 | .444 | 821 | 180.0 | 199 | 24 | 90 | 5 | 18 | 95 | 15 | 2 | 109 | 105 | 5.25 | 1.61 | |
| 2009 | WSH | 9 | 8 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | .000 | 207 | 40.0 | 48 | 4 | 35 | 1 | 2 | 16 | 10 | 0 | 39 | 26 | 5.85 | 2.08 |
| ARI | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | .000 | 51 | 11.0 | 11 | 0 | 7 | 0 | 2 | 7 | 1 | 0 | 8 | 8 | 6.55 | 1.64 | |
| '09計 | 15 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 0 | 0 | .000 | 258 | 51.0 | 59 | 4 | 42 | 1 | 4 | 23 | 11 | 0 | 47 | 34 | 6.00 | 1.98 | |
| 通算:6年 | 162 | 155 | 6 | 2 | 1 | 48 | 65 | 1 | 0 | .425 | 4041 | 892.1 | 884 | 92 | 520 | 17 | 55 | 674 | 71 | 6 | 548 | 506 | 5.10 | 1.57 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
記録 [編集]
- NPB
- 初登板・初先発・初勝利:2013年4月4日、対阪神タイガース3回戦(京セラドーム大阪)、7回無失点
- 初奪三振:同上、2回裏にブルックス・コンラッドから空振り三振
背番号 [編集]
- 35 (2004年 - 2007年)
- 40 (2008年)
- 45 (2009年)
- 56 (2009年)
- 70 (2013年 - )
脚注 [編集]
- ^ 「各球団マンスリー・レポート ボルティモア・オリオールズ 高打率モーラ&パルメイロ534号 不安の投手陣に新星カブレラ登場」 『月刊メジャー・リーグ』2004年7月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌08625-7、50頁。
- ^ 菊地靖 「今季開幕、気になるやつら」 『NumberWeb』、2006年4月3日。2008年2月27日閲覧。
- ^ 田尻賢誉 「30チーム・レポート&全選手シーズン最終成績 ボルティモア・オリオールズ/BAL ブレイクは来年に持ち越し」 『月刊スラッガー』2006年12月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-12、72頁。
- ^ 李啓充 「ダニエル・カブレラ 映画『メジャーリーグ』式ノーコン矯正」 『NumberWeb』、2007年4月18日。2008年2月27日閲覧。
- ^ a b c d 杉浦大介 「目覚めよ、未完の大器 ダニエル・カブレラ改造計画」 『月刊スラッガー』2007年7月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-7、45-47頁。
- ^ 田尻賢誉 「2007通信簿 FILE:207~500 ボルティモア・オリオールズ」 『月刊スラッガー』2007年12月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-12、82頁。
- ^ 新外国人選手獲得のお知らせ中日ドラゴンズ公式ウェブサイト、2012年12月14日。
- ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、74頁。ISBN 4-331-51146-4。
- ^ a b LINDY'S, Special to FOXSports.com, "Preview 2008: Baltimore Orioles," FOX Sports on MSN, February 26, 2008. 2008年2月27日閲覧。
- ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、58頁。ISBN 4-331-51093-X。
- ^ [1]
- ^ 『月刊スラッガー』2006年4月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-4、23頁。
- ^ 『月刊スラッガー』2006年12月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-12、72頁。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、313頁。ISBN 978-4-331-51370-5。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、87頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
関連項目 [編集]
外部リンク [編集]
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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