バートロ・コローン

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バートロ・コローン
Bartolo Colon
ニューヨーク・メッツ #40
Bartolo Colón on April 29, 2012.jpg
2012年4月29日
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 プエルト・プラタ州アルタミラ
生年月日 1973年5月24日(40歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
265 lb =約120.2 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 アマチュア・フリーエージェントとしてクリーブランド・インディアンスと契約
初出場 1997年4月4日 アナハイム・エンゼルス
年俸 $3,000,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
WBC 2006年

バートロ・コローン(Bartolo Colón, 1973年5月24日 - )は、ドミニカ共和国プエルト・プラタ州アルタミラ出身のプロ野球選手投手)。右投右打。現在はMLBニューヨーク・メッツに所属。

経歴[編集]

1993年6月にクリーブランド・インディアンスに契約金30万ドルで入団。1997年4月4日にメジャーデビュー。その頃から本格派右腕として注目され[2]、黄金期のインディアンスにおいてエースとして活躍。1998年は6月にピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞するなど、前半戦は9勝4敗・防御率2.46を記録し、オールスターに選出され、勝ち投手となっている[3]。後半戦は5勝5敗、防御率5.65に終わった。

2002年シーズン途中にリー・スティーブンスブランドン・フィリップスグレイディ・サイズモアクリフ・リーの交換要員としてティム・ドリューと共にモントリオール・エクスポズへトレード移籍。同年、両リーグで10勝を挙げた。MLB史上、1945年ハンク・ボロウィーに次いで2人目の快挙となった[4]

2003年1月15日にシカゴ・ホワイトソックスへトレード移籍[4]。ホワイトソックスでは15勝13敗・防御率3.87と前年より悪化したが、自己最多・リーグ最多タイの9完投を記録。12月9日に4年総額5,100万ドルでアナハイム・エンゼルスに移籍[5]2004年は18勝するも防御率は5.01。

2005年は自己最多の21勝で防御率も3.48。しかし、シーズン最後の2ヶ月間は腰痛に苦しみ、途中降板の試合もあった[2]ニューヨーク・ヤンキースとのディビジョンシリーズ第5戦では2回途中で肩に激しい痛みが走り降板した[2]。その後、チームはリーグチャンピオンシップシリーズへ進出したが、このシリーズでは登板機会はなく、シカゴ・ホワイトソックスに1勝4敗で敗退。シーズン終了後にサイ・ヤング賞を受賞したが、ニューヨークではマリアノ・リベラの受賞を望む声が多く、「ESPN.com」の記者は防御率、奪三振、投球回などでコローンを上回る成績を残したヨハン・サンタナが獲得すべきという声もあった[2]

2006年は4月16日に右肩の回旋筋を痛め、6年振りの故障者リスト入り[6]。6月中旬に復帰後も右腕痛で7月下旬にシーズン絶望となるなど自己最低の成績に終わった。手術を検討されたが、筋肉強化のリハビリテーションなどで回復を図った[7]2007年シーズンも怪我のために防御率6点台の不振に終わった。2007年シーズン終了後フリーエージェントとなり、2008年2月25日にボストン・レッドソックスとマイナー契約[8]。開幕メジャー入りはならなかったが、5月21日に昇格しメジャー復帰を果たした。そして同日本拠地フェンウェイ・パークでのロイヤルズ戦にて先発登板をし、5回を被安打6四球2に抑えて勝利した。

ヤンキース時代(2011年)

2009年1月15日、シカゴ・ホワイトソックスと1年100万ドルで契約[9]

2011年1月26日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結ぶ。オープン戦では結果を残し、フレディ・ガルシアと共にロースター入りを果たした。

2012年は、アスレチックスに所属。東京での開幕第2試合(マリナーズ戦)に先発し、勝利投手となった。同年8月22日、MLBの薬物検査でテストステロンの陽性反応が出たため、50試合の出場停止処分を受けた[10]11月3日に1年300万ドルと出来高払いで再契約を結んだ。

2013年バイオジェネシス・スキャンダルで禁止薬物の購入が発覚したが、既に処分を受けていたために追加処分は科されなかった。10月31日にFAとなった。12月11日にニューヨーク・メッツと2年総額200万ドルで契約に合意したことを報道され[11]、12月14日に球団が発表した[12]

選手としての特徴[編集]

強靭な脚力を持ち味とし、捕手のような極端なショートアーマー(バックスイングの際に腕を完全には引かない動き)の腕の振りから投げる最速101mph(約163km/h)の二種類の速球を武器とし、フォーシームは非常に良く伸び、ツーシームはフォーシームほどの球速は出ないものの左打者の手元で食い込むように動いた[13]。他にもカーブのように大きく変化しプレート上を横切るスライダーサークルチェンジを投げる[13]。エンゼルス移籍後はシンカーや、1996年マリアノ・リベラから握りを教わったカット・ファスト・ボールを習得し、多彩な投球ができるようになった[2]

試合の後半になるにつれて球の威力が増す傾向がある一方で、対戦打者のレベルに合わせて投げてしまう[13]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1997 CLE 19 17 1 0 0 4 7 0 -- .364 427 94.0 107 12 45 1 3 66 5 0 66 59 5.65 1.62
1998 31 31 6 2 0 14 9 0 -- .609 883 204.0 205 15 79 5 3 158 4 0 91 84 3.71 1.39
1999 32 32 1 1 1 18 5 0 0 .783 858 205.0 185 24 76 5 7 161 4 0 97 90 3.95 1.27
2000 30 30 2 1 0 15 8 0 0 .652 807 188.0 163 21 98 4 4 212 4 0 86 81 3.88 1.39
2001 34 34 1 0 0 14 12 0 0 .538 947 222.1 220 26 90 2 2 201 4 1 106 101 4.09 1.39
2002 16 16 4 2 0 10 4 0 0 .714 467 116.1 104 11 31 1 2 75 3 0 37 33 2.55 1.16
MON 17 17 4 1 0 10 4 0 0 .714 499 117.0 115 9 39 4 0 74 1 0 48 43 3.31 1.32
'02計 33 33 8 3 0 20 8 0 0 .714 966 233.1 219 20 70 5 2 149 4 0 85 76 2.93 1.24
2003 CWS 34 34 9 0 1 15 13 0 0 .536 984 242.0 223 30 67 3 5 173 8 3 107 104 3.87 1.20
2004 ANA
LAA
34 34 0 0 0 18 12 0 0 .600 897 208.1 215 38 71 1 3 158 1 0 122 116 5.01 1.37
2005 33 33 2 0 2 21 8 0 0 .724 906 222.2 215 26 43 0 3 157 2 1 93 86 3.48 1.16
2006 10 10 1 1 0 1 5 0 0 .167 251 56.1 71 11 11 0 3 31 1 0 39 32 5.11 1.46
2007 19 18 0 0 0 6 8 0 1 .429 453 99.1 132 15 29 1 5 76 1 0 74 70 6.34 1.62
2008 BOS 7 7 0 0 0 4 2 0 0 .667 173 39.0 44 5 10 0 2 27 0 0 23 17 3.92 1.38
2009 CWS 12 12 0 0 0 3 6 0 0 .333 276 62.1 69 13 21 3 2 38 1 0 42 29 4.19 1.44
2011 NYY 29 26 1 1 1 8 10 0 0 .444 694 164.1 172 21 40 3 3 135 0 0 85 73 4.00 1.29
2012 OAK 24 24 0 0 0 10 9 0 0 .526 636 152.1 161 17 23 3 1 91 0 0 62 58 3.43 1.21
2013 30 30 3 3 0 18 6 0 0 .750 769 190.1 193 14 29 0 0 117 1 0 60 56 2.65 1.17
通算:16年 411 405 35 12 5 189 128 0 1 .596 10927 2583.2 2594 308 802 36 48 1950 40 5 1238 1132 3.94 1.31
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更

獲得タイトル・記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Bartolo Colon Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2011年12月24日閲覧。
  2. ^ a b c d e 水次祥子「サイ・ヤング賞 バートロ・コロン[エンゼルス] 満身創痍の栄光」『月刊メジャー・リーグ』2006年1月号、ベースボールマガジン社、2006年、雑誌 08625-1、9頁 - 13頁。
  3. ^ July 7, 1998 All-Star Game at Coors Field Play by Play and Box Score” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年7月18日閲覧。
  4. ^ a b Sox acquire Bartolo Colon” (英語). MLB.com (2003年1月15日). 2009年12月29日閲覧。
  5. ^ Associated Press (2003年12月10日). “Right-hander gets four-year, $51M deal” (英語). ESPN.com. 2009年12月29日閲覧。
  6. ^ Scarr, Mike (2006年4月19日). “Angels place Colon on 15-day DL” (英語). MLB.com. 2009年12月29日閲覧。
  7. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、201頁。ISBN 978-4-331-51213-5
  8. ^ Browne, Ian (2008年2月25日). “Sox insure rotation with talented Colon” (英語). MLB.com. 2009年12月29日閲覧。
  9. ^ White Sox Agree to Terms on One-Year Contract with Pitcher Bartolo Colon” (英語). MLB.com (2009年1月15日). 2009年12月29日閲覧。
  10. ^ アスレチックスのコロンに50試合の出場停止処分”. AFPBB News (2012年8月23日). 2012年9月8日閲覧。
  11. ^ Mets agree to two-year deal with Colon MLB.com
  12. ^ Mets sign Bartolo Colon to a two-year contract MLB.com
  13. ^ a b c スカウティング・レポート『月刊スラッガー』2004年6月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-6、6-9頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]