フランシスコ・リリアーノ

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フランシスコ・リリアーノ
Francisco Liriano
ピッツバーグ・パイレーツ #47
Francisco Liriano on April 18, 2008.jpg
ミネソタ・ツインズ時代(2008)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サン・クリストバル州サン・クリストバル
生年月日 1983年10月26日(30歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2000年 アマチュア・フリーエージェントとしてサンフランシスコ・ジャイアンツと契約
初出場 2005年9月5日
年俸 $1,000,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
WBC 2006年

フランシスコ・カシージャス・リリアーノ(Francisco Casillas Liriano, 1983年10月26日 - )は、ドミニカ共和国出身のプロ野球選手投手)。MLBピッツバーグ・パイレーツに所属している。左投左打。

経歴[編集]

2000年9月サンフランシスコ・ジャイアンツと契約。2003年11月にジョー・ネイサンブーフ・ボンサーと共にA.J.ピアジンスキーとのトレードでツインズに移籍。この年、肩の故障で5試合にしか登板できなかったが、スカウトが「リスクを負う価値はある」と強く勧めての獲得だった[2]2005年には「USA TODAY」紙が選ぶマイナー・リーグ最優秀選手に選出された。メジャーでもトップクラスと評された高速スライダーを投げ、ヨハン・サンタナに続いてメジャーを代表する左腕になると言われた[2]

2005年9月5日メジャーデビューを果たした。同年、23.2回を投げ、33三振を記録。2006年WBCドミニカ共和国代表にも選出。レギュラーシーズン開幕当初はセットアップだったが、好投と先発投手陣の不振で5月19日からカイル・ローシュに代わり先発ローテーションに定着[3]。新人離れした圧倒的な投球を披露し、6月22日のアストロズ戦では復帰後初登板であるロジャー・クレメンスにも投げ勝った。それと機を一にして低迷していたチームも快進撃を開始。7月8日に10勝に到達し、その時点で防御率、WHIP、奪三振率はリーグ1位だった[3]オールスターは選出されず、ロン・ガーデンハイアー監督は「彼の投球を見せないのは国家の損失、いや世界の損失だ」と嘆かせたが[3]、開催2日前にホセ・コントレラスの故障で急遽代替選手として選出。本人はドミニカ共和国に一時帰郷していたため前日にその知らせを受け取り、開宴のわずか4時間前に現地ピッツバーグに到着した。

しかし、昨年メジャー昇格を果たし「マイナーには絶対に戻るものか」と誓い、故障者リスト入りする前から長い間、ヒジの痛みを隠してプレイしていたが[4]、左ヒジの炎症が悪化し8月8日故障者リスト入り。9月13日アスレチックス戦で一旦復帰したが、わずか28球で再び左ヒジの炎症が再発し故障者リスト入りし、MRI検査を含めた精密検査を受けた[4]新人王投票では第3位となったが、オフにトミー・ジョン手術を受け、2007年はリハビリのため全休。

2008年4月13日に2年ぶりにメジャー復帰を果たしたが、3戦全敗で防御率は11.32。4月25日にマイナーへ降格した。マイナーでの再調整を経て、8月1日にリバン・ヘルナンデス戦力外通告とし、リリアーノをメジャー昇格[5]。8月3日のインディアンス戦で2006年7月23日以来の勝利を記録し、この勝利から6連勝を記録。復帰後の成績は防御率2.74・6勝1敗・60三振を記録。

2009年は開幕から先発ローテーション入り。しかし開幕から4連敗したこともあり、投球内容も振るわず、シーズン終盤には中継ぎに降格、5勝13敗で防御率5.80に終わった。

2010年はクローザーのジョー・ネイサンが開幕前にトミー・ジョン手術を受け、全休。一時はネイサンの代替クローザーに打診されたが、先発ローテション入り。前半戦は6勝7敗だったが、オールスター明けから8連勝し、14勝10敗、防御率3.62、自己最多の201奪三振の好成績でア・リーグのカムバック賞に表彰された。

2011年は開幕から不安定な投球が続いたが、5月3日に敵地USセルラー・フィールドで行われたシカゴ・ホワイトソックス戦で史上270人目となるノーヒットノーランを達成[6]。投球内容はは打者30人に123球を投げて2三振、6与四球と荒れていたが、3併殺に打ち取り、味方の攻守に助けられての快挙となった。なお、リリアーノ自身はメジャー95試合目の先発で初完投・初完封となった。ツインズでの達成者は1999年9月11日アナハイム・エンゼルス戦で達成したエリック・ミルトン以来となった。

2012年も開幕から不安定な投球が続き、チームも2年連続で最下位に沈み、7月28日にマイナー2選手との交換で先発投手補強と地区優勝を狙うシカゴ・ホワイトソックスへトレードされた。

2013年は、ピッツバーグ・パイレーツに2年1275万ドルで移籍した。

獲得タイトル・表彰[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2005 MIN 6 4 0 0 0 1 2 0 0 .333 93 23.2 19 4 7 0 0 33 0 0 15 15 5.70 1.10
2006 28 16 0 0 0 12 3 1 1 .800 473 121.0 89 9 32 0 1 144 9 1 31 29 2.16 1.00
2008 14 14 0 0 0 6 4 0 0 .600 329 76.0 74 7 32 1 1 67 3 0 40 33 3.91 1.39
2009 29 24 0 0 0 5 13 0 0 .278 609 136.2 147 21 65 0 6 122 5 1 93 88 5.80 1.55
2010 31 31 0 0 0 14 10 0 0 .583 806 191.2 184 9 58 0 10 201 10 1 77 77 3.62 1.26
2011 26 24 1 1 0 9 10 0 0 .474 591 134.1 125 14 75 1 7 112 9 0 81 76 5.09 1.49
2012 22 17 0 0 0 3 10 0 1 .231 440 100.0 89 12 55 4 4 109 6 1 63 59 5.31 1.44
CWS 12 11 0 0 0 3 2 0 0 .600 253 56.2 54 7 32 1 3 58 5 0 34 34 5.40 1.52
'12計 34 28 0 0 0 6 12 0 1 .333 693 156.2 143 19 87 5 7 167 11 1 97 93 5.34 1.47
2013 PIT 26 26 2 0 0 16 8 0 0 .667 666 161.0 134 9 63 0 0 163 7 2 54 54 3.02 1.23
通算:8年 194 167 3 1 0 69 62 1 2 .527 4260 1001.0 915 92 419 7 32 1009 54 6 488 465 4.18 1.33
  • 2013年度シーズン終了時

脚注[編集]

  1. ^ Francisco Liriano Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2013年9月15日閲覧。
  2. ^ a b 大冨真一郎「アメリカンリーグの新人王候補たち」『月刊メジャー・リーグ』2006年5月号、ベースボールマガジン社、2006年、雑誌 08625-3、40項
  3. ^ a b c 「スラッガーが選ぶ前半戦Good&Badアウォード」『スラッガー』2006年9月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-8、34頁
  4. ^ a b 阿部寛子「30チーム・レポート&全選手シーズン最終成績 ミネソタ・ツインズ 28球で終わった復帰登板」『スラッガー』2006年11月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-8、76頁
  5. ^ Nystrom, Thor (2008年8月1日). “Twins recall Liriano from Triple-A Hernandez, Monroe designated for assignment in move” (英語). MLB.com. 2009年1月13日閲覧。
  6. ^ Liriano-no! Francisco holds White Sox hitless” (英語). MLB.com (2011年5月3日). 2011年5月4日閲覧。

外部リンク[編集]