マリアノ・リベラ
| ニューヨーク・ヤンキース #42 | |
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2007年7月27日
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1969年11月29日(42歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188cm 185 lb =約83.9kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1990年 ドラフト外 |
| 初出場 | 1995年5月23日 |
| 年俸 | 1,500万ドル[1](2009年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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マリアノ・リベラ(Mariano Rivera, 1969年11月29日 - )は、パナマ出身のプロ野球選手(投手)。MLBニューヨーク・ヤンキース所属。
メジャーを代表するクローザーの一人。敬虔なキリスト教徒として知られる。
背番号は42。この番号はジャッキー・ロビンソンの栄誉を称えメジャーリーグ全球団共通の永久欠番となっているが、この規則が制定された1997年以前から42番をつけている選手に関しては例外としてつけ続けることが認められている。現役選手の中で、この特例が適用されている選手はリベラのみであり、リベラはメジャーリーグ全球団で最後の背番号42である。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] プロ入り前
パナマ県パナマ市生まれ。父親は漁船の船長をしていたが、暮らしは決して裕福ではなかった。リベラが初めてのグローブを父に買ってもらったのは12歳の時である[2]。少年時代のリベラは友人とサッカーで遊ぶことも多く、野球は遊びとしてとらえており、プロになるという考えはなかった。高校卒業後は、父の船でイワシ漁やエビ漁の手伝いをしながら、アマチュアの野球チームでプレイしていた。
1988年当時、リベラのポジションはショートであったが、ある日チームの投手があまりに不調であったため、自ら志願し代役としてマウンドに立った。このことがきっかけで、彼は投手に転向することになった。投手として本格的な指導を受けたことがないにもかかわらず、140km/hの球を投げるリベラを目にしたヤンキースのスカウトは、将来性に期待し彼をトライアウトに招待することに決めた。偶然にもその一年前、ヤンキースの別のスカウトがショートとしてのリベラの獲得を見送っていたため、投手としての彼をスカウトすることになったという事実はヤンキースの編成部内に驚きをもたらした[3] 。母はプロ入りに反対であったものの、父の後押しを受けて1990年2月17日にドラフト外でヤンキースに入団[4]し、マイナーで先発投手として育成されるようになった。
[編集] メジャーデビュー
1995年5月23日のエンゼルス戦でメジャー初登板初先発するが、3.1回5失点と打ち込まれ、チームは0-10で敗戦を喫し、試合後にマイナーへ降格となった。当時のリベラは、打者にとっては打ちづらいスムーズな投球フォームこそ高く評価されていたが、最高球速が90mph(約144.8km/h)前後で変化球(チェンジアップとスライダー)もそこそこと、やや物足りない投手だった[5]。そのためデービッド・ウェルズ(タイガース=当時)とのトレード要員としてリストアップされたこともあったが、その直後に周囲の予想に反してリベラの球速が95mphに上がったため、交換要員リストからは外された。9月、スタミナの不安を理由にリリーフへ転向し、19試合のうち10試合に先発登板し、5勝3敗でメジャー1年目を終えた。
翌1996年は、抑えのジョン・ウェッテランドへ繋ぐ中継ぎとして61試合に登板して107.2回を投げ奪三振は130、防御率2.09を記録した。チームは15年ぶりにポストシーズンへ進出し、リベラは8試合に登板して自責点は1。18年ぶりのワールドチャンピオンに貢献した。中継ぎ投手として初のサイ・ヤング賞を、という声もあった程で[4]、その投票ではパット・ヘントゲン、アンディ・ペティットに次ぐ3位に入った[6]。
[編集] クローザーへ
1997年はウェッテランドがレンジャーズへ移籍したことに伴い、その後任としてクローザーに配置転換されたが、開幕後6回のセーブ機会中4回を失敗。一時は自信を喪失していたが、ジョー・トーリ監督とメル・ストットルマイヤー投手コーチから「ここにいる限りはクローザーはお前だよ(As long as you are here, you'll be the closer)」と励まされて立ち直った[7]。
今ではリベラの代名詞ともなっているカッターだが、これは偶然をきっかけに習得されたものであった。抑えを任されるようになって数ヶ月したある日、ブルペンでラミロ・メンドーサを相手に投げていた際、ストレートのつもりで投げたボールがメンドーサから見て右にスライドしていった。リベラによれば、メンドーサはこのことにかなり立腹したそうである。数日後、デトロイトでキャッチボールをした際にも、ボールが右にそれる癖は抜けないままだった。そこで2人で話し合って「試合で投げたらどうなるか試してみよう」ということになった[7] 。
抑えとしての初年度は最終的にリーグ2位の43セーブを記録した。しかしポストシーズンの地区シリーズ(インディアンス戦)第4戦では、サンディー・アロマー・ジュニアに同点となる本塁打を打たれ敗戦投手となり[8]、結局チームはこのシリーズで敗退した。
[編集] 1998年から2006年
翌1998年の春季キャンプ中、監督と投手コーチと何度も話し合い「プレーオフでの失敗を引きずるな」と言われ[7]、気持ちを切り替えてシーズンに臨んだ。4月5日に右脚の付け根を痛め15日間の故障者リスト入りとなるも[4]、36セーブに防御率1.91を記録。ポストシーズンは10試合に登板し無失点の活躍。チームは2年ぶりのワールドチャンピオンとなった。
1999年、レギュラーシーズンはリーグ1位の45セーブ、ポストシーズンは8試合に登板し無失点。2000年、リーグ4位の36セーブ。2001年2月には4年総額3,999万ドルで契約延長した[9]。この年、1986年にデイブ・リゲッティが記録した球団記録の1シーズン46セーブを塗り替える50セーブを記録。
2002年は右肩の故障で3度の故障者リスト入りを経験[10]し、46試合の登板で28セーブとクローザー定着後最低の成績に終わったが、5月9日に通算225セーブ目を挙げ、デイブ・リゲッティの持つ球団通算セーブ記録を更新した[11]。
2003年は股関節の故障で開幕を故障者リスト入りで迎え、シーズン初登板は4月30日[12]と出遅れたが、その後は故障者リスト入りすることもなく64試合に登板し、防御率1.66で40セーブを記録。ボストン・レッドソックスとのリーグチャンピオンシップシリーズではMVPに選出される。この年のポストシーズンでリベラは16イニングを1失点(1自責点)だった。
2004年開幕前の3月23日に2005年から2年総額2,100万ドル、3年目はオプションの契約を結んだ[13]。この年、53セーブで最多セーブのタイトルを獲得。ディビジョンシリーズでヤンキースがツインズを破った直後、リベラの義弟であるビクター・ダリオ・アビラとその息子がプールに落ちてきた送電線による感電事故で亡くなったという訃報が届いた。リベラはすぐさま母国パナマへ帰国し、葬儀に参加[14]。自家用飛行機で引き返し、ニュージャージー州の空港へ降り立ち、ニューヨーク市警察のパトカーの先導でヤンキー・スタジアムについた[15]。レッドソックスとのアメリカンリーグ・チャンピオンシップ第1戦に登板。セーブを挙げている。
2005年は43セーブと前年より10セーブ減少したが、自己最高の防御率1.38を記録するなど投球内容が良かったため、サイ・ヤング賞の最有力候補と目された[16]。しかし、投票数でバートロ・コローンに次ぐ2位に終わった[17]。2006年7月16日のホワイトソックス戦で史上4人目の400セーブを達成。
[編集] 2007年から現在
2007年はかつてない不調に見舞われ、クローザーになって初めて防御率が3点台を記録。シーズン終盤は徐々に復調し、シーズン奪三率は4年ぶりに9を上回った。シーズン終了後の11月には2008年から3年4,500万ドルで契約延長した。リリーフ投手として契約総額はB.J.ライアンの5年4,700万ドルを下回ったものの、年平均1,500万ドルはビリー・ワグナーの1,075万ドルを上回る史上最高額となった[18]。
2008年、肩の痛みを抱えながら投げ続け[19]、WHIP、被OPSで自己最高を記録した。4月27日のインディアンス戦で史上3人目の通算450セーブを達成。9月15日のホワイトソックス戦で通算479セーブを記録し、リー・スミスを抜いて歴代2位のセーブを記録[20]。シーズン終了後の10月7日に肩の手術を受けた[21]。
2009年6月28日のニューヨーク・メッツ戦で、トレバー・ホフマンに次いでMLB史上2人目の通算500セーブを達成した[22]。またこの試合では9回表にフランシスコ・ロドリゲスから押し出し四球を選び、自身初の打点も記録した[22]。46度のセーブが記録される機会で失敗は二回のみのリーグ最高のセーブ成功率で、44セーブを記録し、地区優勝・世界一に貢献した。
2009年シーズン終了時のリベラの持つポストシーズン通算39セーブは、従来の記録を大幅に塗り替えるMLB記録となっている。更にポストシーズン通算の防御率は1点台を下回っている[23]。
2011年5月25日のトロント・ブルージェイズ戦で、MLB史上初となる同一球団での通算1000試合登板を達成した。
9月13日のシアトル・マリナーズ戦で9回から登板、トレバー・ホフマンに次いでMLB史上2人目の通算600セーブを達成した(イチローの盗塁失敗により試合終了)。 9月19日のミネソタ・ツインズ戦で通算602セーブ目を挙げ、トレバー・ホフマンの601セーブを抜いて、メジャー最多記録となった。
[編集] 選手としての特徴
- 「95mph(約152.9km/h)で8インチ(約20.3cm)落ちる」[24]「バットをへし折る電動ノコギリ」[25]ともいわれるカッターを武器にする。カッターしか投げないという、MLB史上を見ても極めて稀な「1球種で成功したピッチャー」である。
- 手元で鋭く変化するので、打者としては非常に打ちにくい[26]。
- 4つのコーナー全てに投げ分けるコントロールも持ち、真ん中に投げることはほとんどない[26]。
- 力みのないモーションで投げるため、腕の故障などとは無縁である。1種類の球種しか投げないので、腕に負担もかかっていない[26]。
- 足さばきがうまく、守備力も優れている[26]。
- ポストシーズンに非常に強く、通算最多セーブ数と通算最優秀防御率の記録を保持している。
[編集] 年度別投手成績
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1995 | NYY | 19 | 10 | 0 | 0 | 0 | 5 | 3 | 0 | -- | .625 | 301 | 67.0 | 71 | 11 | 30 | 0 | 2 | 51 | 0 | 1 | 43 | 41 | 5.51 | 1.51 |
| 1996 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 8 | 3 | 5 | -- | .727 | 425 | 107.2 | 73 | 1 | 34 | 3 | 2 | 130 | 1 | 0 | 25 | 25 | 2.09 | 0.99 | |
| 1997 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 4 | 43 | -- | .600 | 301 | 71.2 | 65 | 5 | 20 | 6 | 0 | 68 | 2 | 0 | 17 | 15 | 1.88 | 1.19 | |
| 1998 | 54 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 0 | 36 | -- | 1.000 | 246 | 61.1 | 48 | 3 | 17 | 1 | 1 | 36 | 0 | 0 | 13 | 13 | 1.91 | 1.06 | |
| 1999 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 3 | 45 | 0 | .571 | 268 | 69.0 | 43 | 2 | 18 | 3 | 3 | 52 | 2 | 1 | 15 | 14 | 1.83 | 0.88 | |
| 2000 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 4 | 36 | 0 | .636 | 311 | 75.2 | 58 | 4 | 25 | 3 | 0 | 58 | 2 | 0 | 26 | 24 | 2.85 | 1.10 | |
| 2001 | 71 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 6 | 50 | 0 | .400 | 310 | 80.2 | 61 | 5 | 12 | 2 | 1 | 83 | 1 | 0 | 24 | 21 | 2.34 | 0.91 | |
| 2002 | 45 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 4 | 28 | 2 | .200 | 187 | 46.0 | 35 | 3 | 11 | 2 | 2 | 41 | 1 | 1 | 16 | 14 | 2.74 | 1.00 | |
| 2003 | 64 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 2 | 40 | 0 | .714 | 277 | 70.2 | 61 | 3 | 10 | 1 | 4 | 63 | 0 | 0 | 15 | 13 | 1.66 | 1.01 | |
| 2004 | 74 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 2 | 53 | 0 | .667 | 316 | 78.2 | 65 | 3 | 20 | 3 | 5 | 66 | 0 | 0 | 17 | 17 | 1.94 | 1.08 | |
| 2005 | 71 | 0 | 0 | 0 | 0 | 7 | 4 | 43 | 0 | .636 | 306 | 78.1 | 50 | 2 | 18 | 0 | 4 | 80 | 0 | 0 | 18 | 12 | 1.38 | 0.87 | |
| 2006 | 63 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 5 | 34 | 0 | .500 | 293 | 75.0 | 61 | 3 | 11 | 4 | 5 | 55 | 0 | 0 | 16 | 15 | 1.80 | 0.96 | |
| 2007 | 67 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 4 | 30 | 0 | .429 | 295 | 71.1 | 68 | 4 | 12 | 2 | 6 | 74 | 1 | 0 | 25 | 25 | 3.15 | 1.12 | |
| 2008 | 64 | 0 | 0 | 0 | 0 | 6 | 5 | 39 | 0 | .545 | 259 | 70.2 | 41 | 4 | 6 | 0 | 2 | 77 | 1 | 0 | 11 | 11 | 1.40 | 0.67 | |
| 2009 | 66 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 44 | 0 | .500 | 257 | 66.1 | 48 | 7 | 12 | 1 | 1 | 72 | 1 | 0 | 14 | 13 | 1.76 | 0.91 | |
| 2010 | 61 | 0 | 0 | 0 | 0 | 3 | 3 | 33 | 0 | .500 | 230 | 60.0 | 39 | 2 | 11 | 3 | 5 | 45 | 0 | 0 | 14 | 12 | 1.80 | 0.83 | |
| 2011 | 64 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 44 | 0 | .333 | 233 | 61.1 | 47 | 3 | 8 | 2 | 2 | 60 | 1 | 0 | 13 | 13 | 1.91 | 0.90 | |
| 通算:17年 | 1042 | 10 | 0 | 0 | 0 | 75 | 57 | 603 | 2 | .568 | 4815 | 1211.1 | 934 | 65 | 275 | 36 | 45 | 1111 | 13 | 3 | 322 | 298 | 2.21 | 1.00 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はMLB歴代最高。
[編集] 獲得タイトル・表彰
- 最多セーブ 3回:1999年(45セーブ)、2001年(50セーブ)、2004年(53セーブ)
- MLBオールスターゲーム選出 11回:1997年、1999年 - 2002年、2004年 - 2006年、2008年 - 2011年(2010年と2011年は欠場)
- ワールドシリーズMVP 1回:1999年
[編集] 脚注
- ^ “MLB Salaries” (英語). CBSSports.com. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Hermoso, Rafael (1998年8月31日). “Where Rivera goes for relief takes hat off to Panama”. Daily News. 2010年9月24日閲覧。
- ^ Curry, Jack (2009年7月5日). “Scout saw effortless ability in young Mariano Rivera”. New York Times. 2010年9月24日閲覧。
- ^ a b c 水次祥子「抑えの役割を誰よりも愛する ワールドシリーズMVP マリアーノ・リベラ[ヤンキース]」『月刊メジャー・リーグ』1999年12月号、ベースボールマガジン社、1999年、雑誌 08625-12、36 - 38項。
- ^ 大冨真一郎「帝国の礎/リベラ[ヤンキース]」 『月刊メジャー・リーグ』2006年7月号、ベースボール・マガジン社、2006年、雑誌08625-7、14-17頁。
- ^ Baseball Awards Voting for 1996 - Baseball-Reference.com 2008年1月21日閲覧.
- ^ a b c Mel Antonen, "Yanks' Rivera continues to learn," USATODAY.com, October 9, 2006.
- ^ “October 5, 1997 American League Division Series (ALDS) Game 4 at Jacobs Field Box Score and Play by Play” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年8月11日閲覧。
- ^ Olney, Buster (2001年2月17日). “Yanks and Rivera Agree on $39.99 Million Deal” (英語). The New York Times. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Kepner, Tyler (2002年8月20日). “Rivera Is Out With Injury For 3rd Time” (英語). The New York Times. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Kepner, Tyler (2002年5月10日). “Rivera Sets a Yankee Record With His 225th Save, but Not Without a Scare” (英語). The New York Times. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Kepner, Tyler (2003年5月1日). “Mondesi's Slam and Rivera's Debut Frame Victory” (英語). The New York Times. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Associated Press (2004年3月23日). “Deal includes $10.5M team option for 2007” (英語). ESPN.com. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Associated Press (2004年10月11日). “Rivera says he will be back for Game 1” (英語). ESPN.com. 2009年10月15日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』 廣済堂出版、2005年、39頁。ISBN 978-4-331-51093-3。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、24頁。ISBN 978-4-331-51146-6。
- ^ Baseball Awards Voting for 2005 - Baseball-Reference.com 2008年1月21日閲覧.
- ^ ESPN.com news services (2007年11月20日). “Rivera becomes highest paid closer with Yankees' deal” (英語). ESPN.com. 2009年10月15日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2009』 廣済堂出版、2009年、70頁。ISBN 978-4-331-51370-5。
- ^ Associated Press (2008年9月15日). “New York begins probable final week at Yankee Stadium with win over ChiSox” (英語). ESPN.com. 2009年10月15日閲覧。
- ^ Associated Press (2008年10月7日). “Yanks' Rivera has shoulder surgery” (英語). MLB.com. 2009年10月15日閲覧。
- ^ a b “Rivera takes place in history with No. 500 Yankees' closer just second player to hit saves milestone”. MLB.com (2009年6月29日). 2009年6月29日閲覧。
- ^ “All-time and Single-Season Playoffs Pitching Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2009年11月15日閲覧。
- ^ "It's hard enough to hit a guy throwing 95mph. But to hit a guy 95 with eight inches of cut?" - Chipper Jones, 2003 topps Baseball Card #67 Mariano Rivera
- ^ 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』P34 ISBN 9784331512135
- ^ a b c d 『SLUGGER』2004年No.11
[編集] 外部リンク
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