ウェス・フェレル

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ウェス・フェレル
Wes Ferrell
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国 ノースカロライナ州
生年月日 1908年2月2日
没年月日 1976年12月9日(満68歳没)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1927年
初出場 1927年9月9日
最終出場 1941年5月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ウェス・フェレルWesley Cheek "Wes" Ferrell, 1908年2月2日 - 1976年12月9日)は、主に1930年代に活躍したアメリカメジャーリーグの野球選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ノースカロライナ州グリーンズボロ生まれ。右投げ右打ち。主にインディアンスとレッドソックスで活躍、1935年に最多勝利投手のタイトルを獲得した。打撃にも長けており、2007年現在の投手としての本塁打数のメジャーリーグ記録(38本)を持つ。

略歴[編集]

ノースカロライナの野球一家に生まれる。1927年にクリーブランド・インディアンスに入団し同年メジャーにもデビューする。フェレルは直球とカーブ、チェンジアップを得意とし、3年目の1929年に43試合に登板して21勝10敗、12の完投勝利を上げて頭角を現す。その後1932年まで4年連続で20勝と100奪三振以上を挙げ、1920年代後半のインディアンスの主力投手となった。またフェレルは投手ながら打力もあり、1931年4月29日セントルイス・ブラウンズ(現在のボルチモア・オリオールズ)を相手にノーヒットノーランを達成した試合では、自ら本塁打二塁打を含む4打点を挙げている。

1933年には第1回オールスターゲームのメンバーに選出されたが、肩の痛みのため出場しなかった。この年は怪我から11勝12敗の成績にとどまる。余談だが、兄リック・フェレルとウェスは、この年のある試合で対戦し、別々のチームに所属する兄弟が1試合で揃ってホームランを打つという、珍しい記録をもっている。ちなみに、兄リックはアメリカ野球殿堂入りした名捕手だが、長打力が乏しく、通算28本塁打でしかなく、投手である弟ウェスの方が10本多い。

翌1934年には、兄リックが在籍していたボストン・レッドソックスに移籍する。同年14勝5敗と復活したウェスは、翌1935年に25勝をあげアメリカンリーグの最多勝利投手のタイトルを獲得、同年の最優秀選手投票で2位となった。

レッドソックスには1937年途中まで在籍、その後ワシントン・セネタース(現在のミネソタ・ツインズ)ニューヨーク・ヤンキース等に在籍したが、1938年に15勝10敗の成績を挙げたあと、オフに腕の手術を受け、その後本格的な復帰はできないまま、1941年に33歳でメジャーリーグから引退した。

1976年フロリダ州サラソータで死去。2008年2月に、レッドソックスの球団殿堂入り選手となった。

通算成績[編集]

投手成績[編集]























防御率
374 323 2623.0 193 17 128 13 985 2845 132 1040 23 35 1177 4.04

獲得タイトル・記録[編集]

打撃成績[編集]

  • 通算成績:548試合、1176打数329安打、本塁打38、打点208、打率.280
  • 本塁打数38は、投手としての通算本塁打のメジャーリーグ記録(2007年現在)

出典・外部リンク[編集]