プログレッシブ・フィールド
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| プログレッシブ・フィールド Progressive Field |
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|---|---|
| 施設データ | |
| 所在地 | 2401 Ontario Street Cleveland, Ohio 44115 |
| 起工 | 1992年1月 |
| 開場 | 1994年4月4日 |
| 所有者 | Cuyahoga County |
| グラウンド | 天然芝(Kentucky Blue Grass) |
| 照明 | 照明灯 - 19基 |
| 建設費 | 1億7500万ドル (インディアンス:9100万ドル、 Cuyahoga County:8400万ドル) |
| 設計者 | HOK Sport |
| 建設者 | Gateway Economic Development Corporation |
| 旧称 | |
| ジェイコブス・フィールド(1994年 - 2007年) | |
| 使用チーム • 開催試合 | |
| クリーブランド・インディアンス(MLB)(1994年 - 現在) | |
| 収容能力 | |
| 43,863人 | |
| グラウンドデータ | |
| 球場規模 | 左翼 - 325 ft (約99.1 m) 左中間 - 370 ft (約112.8 m) 中堅 - 405 ft (約123.4 m) 右中間 - 375 ft (約114.3 m) 右翼 - 325 ft (約99.1 m) |
| フェンス | 左翼 - 19 ft (約5.8 m) その他 - 8 ft (約2.4 m) |
プログレッシブ・フィールド(Progressive Field)は、アメリカ合衆国のオハイオ州クリーブランドにある野球場。旧称ジェイコブス・フィールド(Jacobs Field)。MLBクリーブランド・インディアンスのホーム球場である。
クリーブランドは1832年のオハイオ・エリー運河の開通によって重厚長大産業を中心とした工業都市として発展し、1920年代には全米5大都市の1つ[1]として隆盛を極めた。しかし1960年代から1970年代にかけて鉄鋼業をはじめとする重工業が衰退、「湖畔の失敗」と呼ばれた。郊外へ流出した地元住民、そして観光客を呼び戻すべく、1980年代にダウンタウン再開発が始まった。その一環として1994年、クリーブランドのシンボルであるターミナル・タワー(タワー・シティ・センター)に隣接する一等地に、野球専用球場ジェイコブス・フィールドとNBAクリーブランド・キャバリアーズの本拠地ガンド・アリーナ(現クイックン・ローンズ・アリーナ)からなるスポーツ複合施設、ゲートウェイ・スポーツコンプレックスが建設された。
前本拠地ミュニシパル・スタジアムに対するファンの評判は最悪だった。そのため1990年5月に行われた住民投票で、以後15年間タバコとアルコール類に特別税をかけることが承認され、球場建築費の一部に充てられた。なお、当初の計画はドーム球場だったが、これは住民投票で否決されている。
工業都市クリーブランドらしく、白い壁と鉄骨を組み合わせた外観、煙突を連想させるような角張ったデザインの照明灯など、他の新古典主義の球場とは一線を画したデザインが目をひく。
目次 |
[編集] フィールドの特徴
- 全体的には投手有利の球場。日光が投球を見えにくくすることもある。ただし、気候が温暖になってくるにつれて右翼方向へ風が吹くようになるので、左打者は長打が多くなる。
- ホームプレートは前球場ミュニシパル・スタジアムのものを使っている。
[編集] スタジアム名の由来
旧球場名は1986年に球団を買収した当時のオーナーであるジェイコブス兄弟の名前から。
当初は「インディアンス・パーク」が予定されていたが、オーナーがオハイオ州とクリーブランド市にかけあい、強引に「ジェイコブス・フィールド」に変更させた。オーナー側は20年間で1390万ドルの出費を余儀なくされた。
命名権はジェイコブス兄弟が球団を現オーナーのラリー・ドーランに売却したことに伴い2006年末で消滅[2]したが、2007年シーズンまで名称はジェイコブス・フィールドのままであった。
2008年1月11日にクリーブランド郊外に本社を置く自動車保険会社、プログレッシブ社(Progressive Corporation)と2023年までの16年間年平均360万ドルの命名権契約を結び、2008年シーズンから球場名をプログレッシブ・フィールドとすることが発表された。[3][4]
[編集] 主要な出来事
- 1994年4月4日、マリナーズ戦で開場(インディアンス 4 - 3 マリナーズ)。クリントン大統領が始球式を行った。
- 1995年6月12日から2001年4月4日まで、455試合連続入場券売り切れの記録を作った。これを記念してインディアンスは背番号455をファンのための永久欠番に制定している。
- 1997年7月8日、オールスターゲーム開催(ア 3 - 1 ナ)。
- 2000年9月25日、1試合目と2試合目で対戦相手が違う変則ダブルヘッダーが1951年以来49年ぶりに行われた(1試合目:インディアンス 9 - 2 ホワイトソックス、2試合目:ツインズ 4 - 3 インディアンス)。
- ワールドシリーズ開催:1995年、1997年
[編集] 註
- ^ 1920年当時のクリーブランドの人口は796,841人で、ニューヨーク(5,620,048人)、シカゴ(2,701,705人)、フィラデルフィア(1,823,779人)、デトロイト(993,678人)に次いで全米第5位であった。
- ^ http://pqasb.pqarchiver.com/plaindealer/access/1041625261.html?FMT=ABS
- ^ http://cleveland.indians.mlb.com/news/press_releases/press_release.jsp?ymd=20080111&content_id=2343728&vkey=pr_cle&fext=.jsp&c_id=cle
- ^ http://cleveland.indians.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20080111&content_id=2343558&vkey=news_cle&fext=.jsp&c_id=cle
[編集] 外部リンク
| 前本拠地: ミュニシパル・スタジアム 1932 - 1993 |
クリーブランド・インディアンスの本拠地 1994 - 現在 |
次本拠地: n/a - |
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