カルロス・バイエガ

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カルロス・バイエガ
Carlos Baerga
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区サンフアン
生年月日 1968年11月4日(46歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 二塁手一塁手三塁手
プロ入り 1985年 アマチュア・フリーエージェントとしてサンディエゴ・パドレスと契約
初出場 MLB / 1990年4月14日
KBO / 2001年
最終出場 MLB / 2005年9月30日
KBO / 2001年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

カルロス・オベド・バイエガ・オルティスCarlos Obed Baerga Ortiz , 1968年11月4日 - )は、プエルトリコサンフアン出身の元プロ野球選手内野手)。右投両打。

インディアンス時代は、強打の二塁手として鳴らした。福音派キリスト教徒である。

経歴[編集]

幼少期はプエルトリコ・リーグのサントゥルーセ・クラバーズの選手になることを夢みていたバイエガは、16歳の時にサンディエゴ・パドレスと契約する。

マイナーリーグ時代は、打撃面では好成績を残す一方、二塁・三塁・遊撃守備では毎年30失策前後と不安が残っていた。1989年のオフには、強打者ジョー・カーターとのトレードサンディ・アロマー・ジュニアクリス・ジェームスと共にクリーブランド・インディアンスに移籍する。

インディアンス時代[編集]

1990年AAAで開幕をむかえたが、12試合で打率.380の成績で4月12日にメジャー初昇格、最も頼りになる代打となった[1]この年は三塁手・遊撃手として出場する。

1991年には三塁手・二塁手として158試合に出場しレギュラーの座をつかんだ。

1992年アルバート・ベルに次ぐチーム2位の20本塁打、105打点をあげ中軸選手に成長し、初めてオールスターに選出、オフに開催された日米野球MLB選抜として来日した。

1993年はチーム1位の打率.321、本塁打・打点は前年に引き続きベルに次ぐ2位で、初のシルバースラッガー賞にも選ばれた。また4月8日の対ニューヨーク・ヤンキース戦では、メジャー史上初の1イニング左右打席本塁打も記録している[2]。この記録は、他には2002年マーク・ベルホーン2012年ケンドリス・モラレスだけである。2年連続の200安打、20本塁打、100打点は、1922年ロジャース・ホーンスビー以来の記録となった[3]

1994年1994年から1995年のMLBストライキの影響で103試合の出場にとどまったが、19本塁打、80打点を記録。

1995年にはチームのア・リーグ中地区優勝に貢献、リーグチャンピオンシップシリーズでは打率.400と活躍したが、2勝4敗で敗れたアトランタ・ブレーブスとのワールドシリーズでは最終打者になった。好成績は残していたものの、しばしばベスト体重をオーバーし、練習中にも携帯電話を使うなど、首脳陣は問題視していた[1]

1996年のシーズン中にインディアンスの抑え投手ホセ・メサの妻と浮気をしているとの噂が流れた際、メサは「彼が(チームから)出て行くか、もしくは自分が出て行くかだ」と語り、後の放出に繋がった[3]

メッツ時代[編集]

1996年7月26日、ジェフ・ケントホセ・ビスカイーノとのトレードでアルバロ・エスピノーザと共にニューヨーク・メッツへ移籍する。メッツでは主に1・3番を打ったが[3]、移籍後の打率は、.193にとどまった。

1997年は、脇腹の怪我の影響で右打席には立たず[1]1998年も怪我の影響などで成績が残せず、シーズン終了後の10月28日には再契約を提示されず、フリーエージェントとなった。

現役晩年[編集]

1999年の1月にセントルイス・カージナルスと契約するが開幕前に解雇され、3月末にシンシナティ・レッズと契約する。開幕をAAAでむかえ、打率.290を記録していたが6月4日に解雇され、パドレスに移籍する。AAAでの調整後パドレスに昇格し、二塁・三塁の控え選手として出場していたが、8月16日に3年ぶりにインディアンスに移籍する。ファンに愛されていたバイエガはスタンディングオベーションでむかえられた[1]

2000年タンパベイ・デビルレイズと契約するものの、開幕前に契約が無効となり1シーズンプレーをしなかった。

2001年シアトル・マリナーズと契約するものの開幕前に解雇され、独立リーグであるアトランティックリーグロングアイランド・ダックス韓国プロ野球三星ライオンズでプレーした。この年は「インディアンスの偉大な選手100人」にも選ばれた[3]。シーズン後にはクラバーズを買収、選手兼監督となり幼少期の夢をかなえた。

メジャーからの引退を決意していたが、12月にボストン・レッドソックスと契約し、2002年は控えの二塁手・指名打者として出場した。

2003年アリゾナ・ダイヤモンドバックスと契約し、控えの一塁・二塁手として好成績を残し、翌年まで在籍する。

2005年ワシントン・ナショナルズに在籍した。

引退後[編集]

現在は、ESPNのスペイン語放送の解説者をしている。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1990 CLE 108 338 312 46 81 17 2 7 123 47 0 2 1 5 16 2 4 57 4 .260 .300 .394 .694
1991 158 654 593 80 171 28 2 11 236 69 3 2 4 3 48 5 6 74 12 .288 .346 .398 .744
1992 161 716 657 92 205 32 1 20 299 105 10 2 2 9 35 10 13 76 15 .312 .354 .455 .809
1993 154 680 624 105 200 28 6 21 303 114 15 4 3 13 34 7 6 68 17 .321 .355 .486 .841
1994 103 469 442 81 139 32 2 19 232 80 8 2 3 8 10 1 6 45 10 .314 .333 .525 .858
1995 135 600 557 87 175 28 2 15 252 90 11 2 0 5 35 6 3 31 15 .314 .355 .452 .807
1996 100 453 424 54 113 25 0 10 168 55 1 1 2 4 16 0 7 25 15 .267 .302 .396 .698
NYM 26 91 83 5 16 3 0 2 25 11 0 0 0 1 5 0 2 2 8 .193 .253 .301 .554
'96計 126 544 507 59 129 28 0 12 193 66 1 1 2 5 21 0 9 27 23 .254 .293 .381 .674
1997 133 498 467 53 131 25 1 9 185 52 2 6 3 5 20 1 3 54 13 .281 .311 .396 .707
1998 147 551 511 46 136 27 1 7 186 53 0 1 3 7 24 6 6 55 21 .266 .303 .364 .667
1999 SD 33 89 80 6 20 1 0 2 27 5 1 0 1 0 6 0 2 14 2 .250 .318 .338 .656
CLE 22 63 57 4 13 0 0 1 16 5 1 1 1 1 4 1 0 10 3 .228 .274 .281 .555
'99計 55 152 137 10 33 1 0 3 43 10 2 1 2 1 10 1 2 24 5 .241 .300 .314 .614
2001 三星 39 131 120 18 33 3 2 4 52 17 0 0 0 1 6 1 4 12 5 .275 .328 .433 .761
2002 BOS 73 194 182 17 52 11 0 2 69 19 6 0 1 2 7 1 2 20 6 .286 .316 .379 .695
2003 ARI 105 231 207 31 71 13 0 4 96 39 1 1 1 3 18 1 2 20 6 .343 .396 .464 .860
2004 79 94 85 6 20 2 0 2 28 11 0 0 0 0 6 0 3 12 7 .235 .309 .329 .638
2005 WSH 93 174 158 18 40 7 0 2 53 19 0 0 1 0 7 0 8 17 4 .253 .318 .335 .653
MLB:14年 1630 5895 5439 731 1583 279 17 134 2298 774 59 24 26 66 291 41 73 580 158 .291 .332 .423 .755
KBO:1年 39 131 120 18 33 3 2 4 52 17 0 0 0 1 6 1 4 12 5 .275 .328 .433 .761

記録・タイトル・表彰[編集]

  • オールスター選出:3回 (1992年、1993年、1995年)
  • シルバースラッガー賞:2回 (1993年、1994年)
  • ア・リーグ最多単打(152本): (1992年)
  • シーズン200安打:2回 (1992年、1993年)
  • 1イニング左右両打席本塁打(1992年)

背番号[編集]

  • 9(1990年 - 1996年、1999年)※クリーブランド・インディアンス時代
  • 6(1996年)※ニューヨーク・メッツ時代
  • 8(1997年 - 1998年)※ニューヨーク・メッツ時代
  • 1(1999年)※サンディエゴ・パドレス時代
  • 10(2002年)※ボストン・レッドソックス時代
  • 3(2003年 - 2004年)※アリゾナ・ダイヤモンドバックス時代
  • 5(2005年)※ワシントン・ナショナルズ時代

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d The Ballplayers - Carlos Baerga” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年3月18日閲覧。
  2. ^ April 8, 1993 New York Yankees at Cleveland Indians Box Score and Play by Play” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年3月18日閲覧。
  3. ^ a b c d Carlos Baerga” (英語). BR Bullpen. 2008年3月18日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]