ボビー・グリッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ボビー・グリッチ
Bobby Grich
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州マスケゴン
生年月日 1949年1月15日(65歳)
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手
プロ入り 1967年 ドラフト1巡目
初出場 1970年6月29日
最終出場 1986年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ボビー・グリッチRobert Anthony Grich:ロバート・アンソニー・グリッチ 1949年1月15日 - )は、MLBの右投右打の二塁手アメリカ合衆国ミシガン州マスケゴン出身。

略歴[編集]

1967年6月6日に、ドラフト1巡目でボルチモア・オリオールズから指名を受け、プロ入り。プロ4年目となる1970年6月29日ワシントン・セネタース戦で、メジャーデビューを果たした。デビュー戦でグリッチは「2番・セカンド」で先発出場。メジャー初打席はケイシー・コックスとの対戦となったが、凡打に終わった。第2打席もコックスと対戦。四球を選んで出塁した。第3打席もコックスと対戦したが、再び凡打。第4打席ではジム・シェレンバックと対戦したが、ここでも凡打に終わり、デビュー戦でヒットを放つ事は出来なかった。1970年は最終的に30試合に出場。20安打打率.211に終わったが、20安打中3本が三塁打など、起伏に富んだシーズンとなった。

1971年はわずか7試合の出場に留まったが、打率.300、出塁率.400を記録。更にメジャー初本塁打も放つなど、1970年と比べても十分に収穫のあったシーズンとなった。そして、1972年に遂にレギュラーに抜擢され、133試合に出場。主にセカンドとショートを交互にこなしながら、内野の全ポジションで試合に出場した。結果は上々で、12本塁打、13盗塁とパワーとスピードを同時に発揮。オールスターゲームには、いきなりファン投票で選出され、「6番・ショート」で試合にも出場した(対戦投手:第1打席から順番にボブ・ギブソンドン・サットンビル・ストーンマンタグ・マグロー。対戦結果:第1打席から順番に三振、凡打、三振、凡打)。更にMVP投票でも14位に入り(1位は148試合に出場し、打率.308、37本塁打、113打点、19盗塁を記録したシカゴ・ホワイトソックスディック・アレン一塁手)、グリッチにとっては大飛躍の年となった。

1973年は成績が更に向上。全162試合に出場し、主要打撃部門こそ伸びなかったものの、大きな収穫となる100四球以上を記録。出塁率が大幅に向上し、MVP投票でも2年連続20位以内となる19位に入った。1974年は打撃面でも飛躍。オールスターゲーム出場、MVP投票9位ランクインなど、例年通りの活躍を見せた。1975年には成績が低下したが、1976年には自身3度目となるオールスターゲームにも選出された。シーズンオフの11月6日、グリッチは自身初のFAとなり、11月24日カリフォルニア・エンゼルスと契約を結んだ。

オリオールズで好成績を残してエンゼルスに入団したグリッチだったが、初めの2年間は本塁打、盗塁共に1ケタに留まり、大きく期待を裏切る形となってしまった。しかし、三十路を迎えたグリッチは1979年に復活。復活と言うよりむしろ、更に飛躍を遂げたと言えるシーズンとなった。盗塁こそ1つで、以前のような走力はなくなってしまったものの、自身4度目となるオールスターゲームに選出。いずれも自己ベストとなる打率.294、30本塁打、101打点を記録、MVP投票でも自己ベストとなる8位にランクインした。しかし、1979年はいくら何でも出来過ぎだったようで、1980年には成績が低下。50日間に及ぶストライキのあった1981年には、わずか100試合出場で打率.304、22本塁打を記録し本塁打王トニー・アーマスドワイト・エバンスエディ・マレーも22本塁打)にも輝いたが、それ以降のシーズンでは大爆発する事もなく、1986年10月2日の試合を最後に引退した。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1970 BAL 30 104 95 11 20 1 3 0 27 8 1 1 0 0 9 0 0 21 2 .211 .279 .284 .563
1971 7 35 30 7 9 0 0 1 12 6 1 0 0 0 5 0 0 8 0 .300 .400 .400 .800
1972 133 528 460 66 128 21 3 12 191 50 13 6 3 5 53 3 7 96 8 .278 .358 .415 .773
1973 162 700 581 82 146 29 7 12 225 50 17 9 3 2 107 3 7 91 7 .251 .373 .387 .760
1974 160 707 582 92 153 29 6 19 251 82 17 11 7 8 90 6 20 117 15 .263 .376 .431 .807
1975 150 655 524 81 136 26 4 13 209 57 14 10 9 7 107 4 8 88 9 .260 .389 .399 .788
1976 144 615 518 93 138 31 4 13 216 54 14 6 7 1 86 1 3 99 8 .266 .373 .417 .790
1977 CAL 52 225 181 24 44 6 0 7 71 23 6 6 3 3 37 4 1 40 5 .243 .369 .392 .761
1978 144 591 487 68 122 16 2 6 160 42 4 3 19 3 75 1 7 83 6 .251 .357 .329 .686
1979 153 609 534 78 157 30 5 30 287 101 1 0 12 2 59 10 2 84 14 .294 .365 .537 .902
1980 150 596 498 60 135 22 2 14 203 62 3 7 5 5 84 2 4 108 16 .271 .377 .408 .785
1981 100 404 352 56 107 14 2 22 191 61 2 4 5 3 40 4 4 71 5 .304 .378 .543 .921
1982 145 605 506 74 132 28 5 19 227 65 3 3 6 3 82 3 8 109 13 .261 .371 .449 .820
1983 120 477 387 65 113 17 0 16 178 62 2 4 4 3 76 2 7 62 11 .292 .414 .460 .874
1984 116 432 363 60 93 15 1 18 164 58 2 5 6 4 57 3 2 70 11 .256 .357 .452 .809
1985 144 571 479 74 116 17 3 13 178 53 3 5 8 0 81 3 3 77 18 .242 .355 .372 .727
1986 98 366 313 42 84 18 0 9 129 30 1 3 10 1 39 1 3 54 9 .268 .354 .412 .766
通算:17年 2008 8220 6890 1033 1833 320 47 224 2919 864 104 83 107 50 1087 50 86 1278 157 .266 .371 .424 .795
  • 各年度の太字はリーグ最高

外部リンク[編集]