1990年の野球
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< 1990年 | 1990年のスポーツ
目次 |
競技結果 [編集]
日本プロ野球 [編集]
ペナントレース [編集]
| セントラル・リーグ | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 |
| 優勝 | 読売ジャイアンツ | 88 | 42 | 0 | .677 | - |
| 2位 | 広島東洋カープ | 66 | 64 | 2 | .508 | 22.0 |
| 3位 | 横浜大洋ホエールズ | 64 | 66 | 3 | .492 | 24.0 |
| 4位 | 中日ドラゴンズ | 62 | 68 | 1 | .477 | 26.0 |
| 5位 | ヤクルトスワローズ | 58 | 72 | 0 | .446 | 30.0 |
| 6位 | 阪神タイガース | 52 | 78 | 0 | .400 | 36.0 |
| パシフィック・リーグ | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 |
| 優勝 | 西武ライオンズ | 81 | 45 | 4 | .643 | - |
| 2位 | オリックス・ブレーブス | 69 | 57 | 4 | .548 | 12.0 |
| 3位 | 近鉄バファローズ | 67 | 60 | 3 | .528 | 14.5 |
| 4位 | 日本ハムファイターズ | 66 | 63 | 1 | .512 | 16.5 |
| 5位 | ロッテオリオンズ | 57 | 71 | 2 | .445 | 25.0 |
| 6位 | 福岡ダイエーホークス | 41 | 85 | 4 | .325 | 40.0 |
日本シリーズ [編集]
詳細は「1990年の日本シリーズ」を参照
- 西武ライオンズ(4勝0敗)読売ジャイアンツ
個人タイトル [編集]
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
| 最優秀選手 | 斎藤雅樹 | 巨人 | 野茂英雄 | 近鉄 | ||
| 最優秀新人 | 与田剛 | 中日 | 野茂英雄 | 近鉄 | ||
| 首位打者 | ジム・パチョレック | 大洋 | .326 | 西村徳文 | ロッテ | .338 |
| 本塁打王 | 落合博満 | 中日 | 34本 | オレステス・デストラーデ | 西武 | 42本 |
| 打点王 | 落合博満 | 中日 | 102点 | オレステス・デストラーデ | 西武 | 106点 |
| 石嶺和彦 | オリックス | |||||
| 最多安打 | ジム・パチョレック | 大洋 | 172本 | ジム・トレーバー | 近鉄 | 150本 |
| 盗塁王 | 緒方耕一 | 巨人 | 33個 | 秋山幸二 | 西武 | 51個 |
| 野村謙二郎 | 広島 | |||||
| 最高出塁率 | 落合博満 | 中日 | .416 | 清原和博 | 西武 | .454 |
| 最優秀防御率 | 斎藤雅樹 | 巨人 | 2.17 | 野茂英雄 | 近鉄 | 2.91 |
| 最多勝利 | 斎藤雅樹 | 巨人 | 20勝 | 渡辺久信 | 西武 | 18勝 |
| 野茂英雄 | 近鉄 | |||||
| 最多奪三振 | 木田優夫 | 巨人 | 182個 | 野茂英雄 | 近鉄 | 287個 |
| 最高勝率 | 斎藤雅樹 | 巨人 | .800 | 野茂英雄 | 近鉄 | .692 |
| 最優秀救援投手 | 与田剛 | 中日 | 35SP | 鹿取義隆 | 西武 | 27SP |
ベストナイン [編集]
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
|---|---|---|---|---|
| 守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
| 投手 | 斎藤雅樹 | 巨人 | 野茂英雄 | 近鉄 |
| 捕手 | 村田真一 | 巨人 | 伊東勤 | 西武 |
| 一塁手 | 落合博満 | 中日 | 清原和博 | 西武 |
| 二塁手 | 高木豊 | 大洋 | 大石第二朗 | 近鉄 |
| 三塁手 | バンスロー | 中日 | 松永浩美 | オリックス |
| 遊撃手 | 池山隆寛 | ヤクルト | 田中幸雄 | 日本ハム |
| 外野手 | ジム・パチョレック | 大洋 | 西村徳文 | ロッテ |
| 広沢克己 | ヤクルト | 石嶺和彦 | オリックス | |
| 原辰徳 | 巨人 | 秋山幸二 | 西武 | |
| 指名打者 | オレステス・デストラーデ | 西武 | ||
高校野球 [編集]
- 第72回全国高等学校野球選手権大会決勝(阪神甲子園球場・8月21日)
メジャーリーグ [編集]
詳細は「1990年のメジャーリーグベースボール」を参照
- ワールドシリーズ:シンシナティ・レッズ(ナショナルリーグ) (4勝0敗) オークランド・アスレチックス(アメリカンリーグ)
韓国プロ野球 [編集]
できごと [編集]
1月 [編集]
2月 [編集]
3月 [編集]
4月 [編集]
- 4月4日 - 第62回選抜高等学校野球大会決勝が阪神甲子園球場で行われ近大附属が新田に5-2で勝ち初優勝。準優勝の新田は、初出場で決勝まで駒を進めた。
- 4月7日 - 読売ジャイアンツの篠塚利夫が東京ドームの開幕戦でヤクルトの内藤尚行から疑惑の本塁打を放つ。この年から導入された審判4人制の弊害と言われた。(篠塚選手の打球を本塁打と判定した大里晴信審判は同年限りで退職。)
- 4月25日 - 日本ハムファイターズの柴田保光が対近鉄バファローズ戦(東京ドーム)でノーヒットノーランを達成。
- 4月29日 - 近鉄の野茂英雄が対オリックス・ブレーブス戦(阪急西宮球場)で1試合17奪三振の日本プロ野球タイ記録(当時)を樹立し、プロ初勝利を挙げる。
5月 [編集]
- 5月17日 - オリックス対ダイエーホークス戦で、ダイエーがオリックスに対し日本プロ野球2度目となる毎回四球13を記録[1]。その他16安打で16対3で試合に勝利する[2]。
- 5月20日 - 1987年のパ・リーグ新人王を争った近鉄の阿波野秀幸と日本ハムの西崎幸広がそれぞれ対ロッテオリオンズ戦と対ダイエー戦に勝利し、共に通算50勝を達成する。
- 5月23日 - 巨人が対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤ球場)に勝利し、日本プロ野球史上初の球団3000勝を達成。
6月 [編集]
- 6月2日 - 巨人対広島東洋カープ戦で巨人のウォーレン・クロマティが広島の金石昭人が投げた敬遠球を打ち返しサヨナラヒット。
- 6月6日 - 近鉄のラルフ・ブライアントが対日本ハム(東京ドーム)戦で角盈男から東京ドーム天井スピーカー直撃の認定ホームランを打つ。
- 6月11日 - 【MLB】ノーラン・ライアンが史上最多、最年長の通算6度目、43歳でのノーヒットノーラン達成。
- 6月17日 - 近鉄のラルフ・ブライアントが通算100号本塁打達成。246試合目での達成は当時の日本プロ野球最速記録[3]。。
- 6月23日 - ロッテ監督の金田正一が対西武ライオンズ戦でボークの判定を巡り猛抗議。退場処分を受け、30日間の出場停止処分を受ける。また金田から暴行を受けた球審の高木敏昭はシーズン途中で辞職。
7月 [編集]
- 7月13日 - ノーラン・ライアンが通算300勝を達成。
8月 [編集]
- 8月13日 - オリックスが翌年から本拠地を神戸(グリーンスタジアム神戸)に移転すると発表。
- 8月21日 - 大島康徳(日本ハム)が史上25人目の通算2000本安打を達成。
- 8月31日 - 阪神の猪俣隆は対広島戦で4打数無安打に終わり、セ・リーグ新記録となる75打席連続無安打。試合は延長10回を猪俣が完封して阪神が勝利[4]。
- 8月31日 - 【MLB】ケン・グリフィー・シニアがケン・グリフィー・ジュニアが在籍しているシアトル・マリナーズに移籍し、史上初の親子チームメイトに。9月14日には親子で連続本塁打を記録。
9月 [編集]
- 9月3日 - 【MLB】デーブ・スティーブがノーヒットノーランを達成。それまでに、9回2死のいわゆる「あと一人」で3回ノーヒットノーランを逃していた。
- 9月8日 - 巨人が東京ドームのヤクルト戦に勝ち、セ・リーグ史上最短でリーグ優勝達成。
- 9月10日 - オリックスの門田博光がメジャーリーグでも前例の無い、日本プロ野球初の40歳代でシーズン30本塁打を記録[5]。
- 9月11日 - 試合開始直前の午後5時50分、ナゴヤ球場バックスクリーン右後方左翼寄りの照明灯下の清掃用置場で火災。試合開始が23分遅れる。
- 9月11日 - 連続無安打のセ・リーグ記録を更新していた阪神の猪俣隆が対ヤクルト戦でプロ入り80打席目で初安打を記録[6]。
- 9月26日 - オリックス対ダイエー戦(阪急西宮球場)でダイエーの広永益隆が山沖之彦から日本プロ野球通算6万号ホームランを記録。
10月 [編集]
- 10月5日 - オリックスが、翌年から球団名を「ブルーウェーブ」に変更し、上田利治監督の勇退と土井正三新監督の就任を発表。
- 10月13日 - ロッテの村田兆治投手が現役引退。同日の引退試合で若林忠志(1949年)以来2人目となる40歳代での2桁勝利を記録。
- 10月24日 - 日本シリーズは西武が4連勝で巨人に勝利し、2年ぶり日本一達成。
- この年はワールドシリーズがシンシナティ・レッズの4連勝で、韓国シリーズもLGツインズの4連勝で終わっており、日米韓全てのシリーズがチャンピオンチームの4連勝で終わっている。
11月 [編集]
- 11月1日 - 日米野球の最終戦(第8戦)において、MLBオールスターはチャック・フィンリーとランディ・ジョンソンによる継投でノーヒットノーランを達成。対戦成績は日本の4勝3敗1分と勝ち越している[7]。
12月 [編集]
誕生 [編集]
- 1月16日 - 豊島明好
- 1月28日 - 西村優希
- 1月29日 - 谷内田敦士
- 2月22日 - 中田祥多
- 2月23日 - 藤井翼
- 3月17日 - 池田健
- 4月18日 - 吉田真史
- 4月28日 - 橋本到
- 4月30日 - 怜王
- 5月17日 - 松田翔太
- 5月18日 - 立岡宗一郎
- 5月18日 - 藤井宏政
- 5月18日 - 二保旭
- 5月27日 - 井藤真吾
- 6月5日 - 有馬翔
- 6月6日 - 山本徹矢
- 6月8日 - 中川大志
- 6月9日 - 大田泰示
- 6月17日 - 中村悠平
- 7月19日 - 日高亮
- 7月21日 - 中田廉
- 7月31日 - 赤川克紀
- 8月4日 - 高島祥平
- 8月11日 - 小熊凌祐
- 8月11日 - 宮本武文
- 9月7日 - 田中崇博
- 9月24日 - 齋藤圭祐
- 9月29日 - 八木亮祐
- 10月4日 - 土屋健二
- 10月18日 - 辛島航
- 10月19日 - 申成鉉
- 10月19日 - 陳冠宇
- 11月1日 - 杉山晃紀
- 11月10日 - 西勇輝
- 11月12日 - 浅村栄斗
- 12月18日 - 甲斐拓哉
- 12月23日 - 猪本健太郎
死去 [編集]
- 2月10日 - トニー・ソレイタ(*1947年)
- 4月12日 - 三輪裕章(*1921年)
- 4月17日 - 南村侑広(*1917年)
- 5月23日 - 林清一(*1915年)
- 10月2日 - 渡辺博之(*1921年)
- 10月10日 - 濃人渉(*1915年)
- 11月3日 - 筒井修(*1917年)
- 11月13日 - ボビー・マルカーノ(*1951年)
- 12月27日 - 菊矢吉男(*1915年)
脚注 [編集]
- ^ ただし9回裏の攻撃はなく8イニング
- ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」623ページ
- ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」696ページ
- ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」295ページ
- ^ 大修館書店刊「近代体育スポ-ツ年表1800-1907」272ページ
- ^ 日外アソシエイツ刊「日本スポーツ事典トピックス1964-2005」63ページ
- ^ ベースボールマガジン2012年11月号74ページ
- ^ 週刊ベースボール2011年12月12日36ページ
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