松田翔太 (野球)
| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | 大阪府箕面市 |
| 生年月日 | 1990年5月17日(21歳) |
| 身長 体重 |
181cm 69kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 2008年 育成選手ドラフト1位 |
| 年俸 | 350万円(2011年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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松田 翔太(まつだ しょうた、1990年5月17日 - )は、プロ野球選手(投手)。大阪府箕面市出身。
目次 |
[編集] 来歴
小3から北摂ドリームス小学部で本格的に野球を始め、箕面市立第二中学校では北摂ドリームスで投手として活躍。高校入学直前に一度は野球を辞めることを考えたが、石川県の金沢学院東高に野球留学することを決めた[1]。
高校時代は、1年夏からベンチ入りした。高校2年生だった2007年の高校野球石川県予選で、チームを創立初となるベスト4に導く活躍を見せた。また9連続奪三振を記録した。2008年の高校野球石川県予選はベスト8に終わったが、大会屈指の左腕として注目を集めた。
周囲からは大学進学を勧められたが、「夢だった世界に入りたい」という思いから、2008年9月15日に大野練習場で行われた入団テストを受験。合格には至らなかったがスカウト陣がセンスを惚れ込み、育成枠の候補としてあげられた(この時唯一合格したのが4位に指名された申成鉉)。他にもロッテ・日ハムの入団テストを受けていた。ちなみにロッテの入団テストには日生学園第三高の山林芳則と一緒に受けている。これらの経緯で、2008年10月30日のドラフト会議で広島東洋カープから育成選手として指名を受けた。
2009年シーズンは、二軍で10試合に登板するも防御率7.15、2010年シーズンは二軍で10試合に登板し防御率5.23であった。
2011年シーズンも二軍で16試合に登板し防御率4.09であった。同年10月13日に戦力外通告を受けた[2]。11月7日、自由契約公示された。なお、オフには12球団合同トライアウトを受けた。
2012年BCリーグの石川ミリオンスターズからドラフト指名を受け、2月27日入団発表された。 [3]
[編集] プレースタイル・人物
体のバランスが良く、肘の使い方が上手い。持ち味は、最速143kmの直球と「中学から打たれたことがない」というパームボールなどの多彩な変化球である。反面、四死球が多いなど制球力に課題を残している。
多彩な投法で投げることができる器用な投手で、オーバースロー、スリークォーター、サイドスローに加えて、左腕では珍しいアンダースローでの投球も行うことができる[4]。
俳優の松田翔太と同姓同名であるが「母が偶然つけたそうです。意識した訳ではない」と縁は無い。しかし「今は向こうの方が有名ですけどいつかは抜き返したい」と話している。
遠縁の親戚には、元プロボクサーで俳優の赤井英和、祖父は1965年の世界柔道選手権68kg以下級の金メダリスト・松田博文がいる。「ケンカは苦手です」と笑うが、マウンド上では声を張り上げるなどの闘志を見せている。
[編集] 詳細情報
[編集] 年度別投手成績
- 一軍公式戦出場なし
[編集] 背番号
- 123 (2009年 - 2011年)
[編集] 脚注
- ^ 中国新聞特集「輝け 新球場1期生」
- ^ “来季の選手契約について”. 広島東洋カープ (2011年10月13日). 2011年10月21日閲覧。
- ^ “ドラフト新入団選手のお知らせ”. 石川ミリオンスターズズ公式サイト (2012年2月27日). 2011年2月28日閲覧。
- ^ プロ野球トライアウト20111124 松田翔太-紺田 丈武 田中 吉本 - YouTubeでこれら全ての投法で投球していることが確認できる。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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