1975年の野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

< 1975年 | 1975年のスポーツ

1975年の野球(1975ねんのやきゅう)では、1975年野球における動向をまとめる。

できごと[編集]

1月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

  • 5月3日 - 広島を退団したルーツが帰国。広島は新監督として古葉竹識守備走塁コーチの昇格を発表。
  • 5月3日 - 阪急の米田哲也が対太平洋戦でNPB史上2人目の通算900試合登板
  • 5月5日 - 阪神の池辺巌が対広島戦でNPB史上89人目の通算1000安打
  • 5月5日 - 南海が対ロッテ戦(大阪)で1回の島野育夫の単打の1安打のみで1対0で勝利 [9]
  • 5月6日 - 巨人の末次利光が対ヤクルト戦でNPB史上180人目の通算1000試合出場
  • 5月8日 - 広島の外木場義郎が対大洋戦でNPB史上45人目の通算2000投球回
  • 5月11日 - 阪急対南海戦(阪急西宮球場)で南海の門田博光がNPB史上82人目の通算100本塁打。試合は阪急が毎回得点の15対4で勝利[10][11]
  • 5月11日 - ロッテの有藤通世が対日本ハム戦でNPB史上40人目の通算150本塁打
  • 5月13日 - 南海の野村克也が対ロッテ戦でNPB史上初の通算2500安打
  • 5月13日 - ヤクルトの松岡弘が対巨人戦でNPB史上79人目の通算1500投球回
  • 5月14日 - 阪急の福本豊が対太平洋戦でNPB史上5人目の通算450盗塁
  • 5月17日 - 太平洋の基満男が対南海戦でNPB史上181人目の通算1000試合出場
  • 5月17日 - 巨人の堀内恒夫が対阪神戦でNPB史上28人目の通算150勝
  • 5月17日 - 沖縄の本土復帰後初となるプロ野球公式戦大洋対広島戦(那覇市営奥武山野球場)で、広島のリッチー・シェーンが、4回に右打席で間柴富裕、8回に左打席で奥江英幸からそれぞれ本塁打を放ち、日本プロ野球史上初の左右打席本塁打を記録[12]
  • 5月18日 - 日本ハムの張本勲が対阪急戦でNPB史上5人目の通算4000塁打
  • 5月18日 - ヤクルトのロジャーが対中日戦(中日)でセ・リーグ史上通算15000本塁打[13]
  • 5月20日 - 巨人の柴田勲が対ヤクルト戦でNPB史上48人目の通算1500試合出場
  • 5月21日 - 大洋の江尻亮が対中日戦でNPB史上90人目の通算1000安打
  • 5月22日 - 南海の野村克也が対日本ハム戦でNPB史上2人目の通算600本塁打
  • 5月24日 - 中日対巨人戦(中日)で、初回表に巨人の高田繁、同裏に中日のローン・ウッズがそれぞれ先頭打者本塁打。初回に両チームの先頭打者本塁打はNPB史上7度目[14]
  • 5月25日 - 広島の若生智男が対大洋戦でNPB史上13人目の通算600試合登板
  • 5月31日 - 南海の野村克也が対日本ハム戦でNPB史上2人目の通算100死球

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

  • 8月1日 - ロッテの成田文男が対阪急戦でNPB史上29人目の通算150勝
  • 8月5日 - 巨人の王貞治が対大洋戦でNPB史上初の通算1500得点
  • 8月5日 - ロッテの鈴木皖武が対南海戦でNPB史上32人目の通算500試合登板
  • 8月8日 - 大洋のジョン・シピンが対中日戦でNPB史上84人目の通算100本塁打
  • 8月10日 - ロッテの金田留広が対近鉄戦でNPB史上81人目の通算1500投球回
  • 8月14日 - 阪神の安仁屋宗八が対巨人戦でNPB史上65人目の通算100勝
  • 8月16日 - 巨人の王貞治が対大洋戦でNPB史上2人目の通算4500塁打
  • 8月17日 - 近鉄の鈴木啓示が対阪急戦でNPB史上9人目の通算2000奪三振
  • 8月17日 - 太平洋対ロッテ戦(平和台)で、初回表に太平洋のドン・ビュフォード、同裏にロッテの弘田澄男がそれぞれ先頭打者本塁打。初回に両チームの先頭打者本塁打はNPB史上8度目[14]
  • 8月19日 - 阪急の大熊忠義が対近鉄戦でNPB史上183人目の通算1000試合出場
  • 8月20日 - 阪急の米田哲也が対広島戦でNPB史上2人目の通算5000投球回
  • 8月21日 - 大洋の松原誠が対ヤクルト戦でNPB史上49人目の通算2000試合出場
  • 8月26日 - 大洋は対阪神戦の3回に球団タイ記録の8打席連続安打[16]
  • 8月27日 - 太平洋の江藤慎一が対日本ハム戦でNPB史上10人目の通算100本塁打
  • 8月28日 - 日本ハムの東田正義が対太平洋戦でNPB史上85人目の通算100本塁打
  • 8月31日 - 阪急の足立光宏が対近鉄戦でNPB史上14人目の通算600試合登板

9月[編集]

  • 9月3日 - 阪神の池田祥浩が対ヤクルト戦でNPB史上184人目の通算1000試合出場
  • 9月4日 - 巨人の土井正三が対大洋戦でNPB史上93人目の通算1000安打
  • 9月6日 - 太平洋の江藤慎一が対近鉄戦でNPB史上9人目の通算2000安打
  • 9月10日 - 広島市民球場の広島対中日戦で試合終了後ファンが球場に乱入し、翌11日の試合が中止となる。
  • 9月14日 - 広島のリッチー・シェーンがユダヤ教信者懺悔の日という宗教的理由でこの日の対巨人戦(広島)を欠場[17]
  • 9月15日 - ウエスタン・リーグは南海が13年ぶりにリーグ優勝達成[18]
  • 9月18日 - 太平洋の基満男が対阪急戦でNPB史上94人目の通算1000安打
  • 9月21日 - 近鉄が阪急とのダブルヘッダー第2試合(西宮)に勝利し、球団史上初の後期優勝達成[19]。なおこのダブルヘッダーで阪急の福本豊がNPB史上2人目の通算500盗塁。
  • 9月24日 - 巨人の王貞治が対中日戦でNPB史上8人目の通算350二塁打
  • 9月25日 - ロッテの村田兆治が対南海戦でNPB史上174人目の通算1000投球回

10月[編集]

  • 10月1日 - 1973年に倒産した「株式会社中日スタヂアム」に代わり「株式会社ナゴヤ球場」が設立、球場名も「中日球場」から「ナゴヤ球場」に改称。
  • 10月4日 - 近鉄の清俊彦が対日本ハム戦でNPB史上66人目の通算100勝
  • 10月10日 - 5位の大洋が勝ったため、巨人の球団創設以来初となる最下位が決定。
  • 10月10日 - パ・リーグの シーズン公式戦全日程終了[2]
  • 10月11日 - ヤクルトの大杉勝男が対広島戦でNPB史上9人目の通算250本塁打
  • 10月11日 - 阪神の安仁屋宗八が対巨人戦でNPB史上33人目の通算500試合登板
  • 10月15日 - 広島が対巨人戦(後楽園)に4対0で勝利し、球団創設以来26年目で初のセ・リーグ優勝[20]
  • 10月19日 - 広島はこの日の対中日戦(広島)で全日程を終了、シーズン観客動員数が初めて100万人を突破(120万人)[21]。この試合の3回表、首位打者争いで山本浩二を追う中日の井上弘昭に対し、広島バッテリーが無死満塁の場面で敬遠。
  • 10月20日 - パリーグのプレーオフは前期優勝の阪急が後期優勝の近鉄を3勝1敗で破り、3年ぶりのパ・リーグ制覇。
  • 10月21日 - セ・リーグのシーズン公式戦全日程終了[22]。シーズン観客動員数が初めて900万人を突破し、1試合あたりの平均観客動員数が初めて2万人を越える[23]
  • 10月23日 - 広島の外木場義郎が沢村賞に選出される[24]
  • 10月24日 - 日本ハムは大沢啓二の監督就任を発表[25]
  • 10月28日 - 巨人は杉下茂が1軍投手コーチに就任したと発表[26]

11月[編集]

12月[編集]

  • 12月16日 - 太平洋はオーナーの中村長芳と選手兼監督の江藤慎一が福岡市内のホテルで記者会見し、レオ・ドローチャーを新監督として招聘し、江藤を選手兼任打撃コーチにすると発表した[31]
  • 12月25日 - 巨人は前監督で専務取締役・企画担当の川上哲治が球団に辞表を提出して受理したと発表、川上は巨人を退団[32]
  • 12月27日 - 太平洋は江藤慎一が球団に対して自由契約にしてほしいと申し出、中村オーナーはこれを認め、江藤は退団することに[33]

競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 広島東洋カープ 72 47 11 .605 -
2位 中日ドラゴンズ 69 53 8 .566 4.5
3位 阪神タイガース 68 55 7 .553 6.0
4位 ヤクルトスワローズ 57 64 9 .471 16.0
5位 大洋ホエールズ 51 69 10 .425 21.5
6位 読売ジャイアンツ 47 76 7 .382 27.0
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 前・後
優勝 阪急ブレーブス 64 59 7 .520 1・6
2位 近鉄バファローズ 71 50 9 .587 3・1
3位 太平洋クラブライオンズ 58 62 10 .483 2・4
4位 ロッテオリオンズ 59 65 6 .476 6・2
5位 南海ホークス 57 65 8 .467 5・3
6位 日本ハムファイターズ 55 63 12 .466 4・4
  • 年間勝率順位では、総合優勝の阪急ブレーブスが2位・総合2位の近鉄バファローズが首位となるが、1・2位はプレーオフの結果により決定。また、後期に於ける太平洋クラブライオンズと日本ハムファイターズは同率の4位であり、総合順位では太平洋クラブライオンズが3位・日本ハムファイターズが最下位となる。

パシフィック・リーグプレーオフ[編集]

阪急ブレーブス(3勝1敗)近鉄バファローズ

日本シリーズ[編集]

阪急ブレーブス(4勝2分)広島東洋カープ

  • 年間勝率2位の球団が日本一となるのは、この年の阪急ブレーブスが初めてである。

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 山本浩二 広島   加藤秀司 阪急  
最優秀新人 該当者なし 山口高志 阪急  
首位打者 山本浩二 広島 .319 白仁天 太平洋 .319
本塁打王 田淵幸一 阪神 43本 土井正博 太平洋 34本
打点王 王貞治 巨人 96点 加藤秀司 阪急 97点
最多安打 井上弘昭 中日 149本 弘田澄男 ロッテ 148本
盗塁王 大下剛史 広島 44個 福本豊 阪急 63個
最多出塁数(セ)
最高出塁率(パ)
王貞治 巨人 236個 小川亨 近鉄 .394
最優秀防御率 安仁屋宗八 阪神 1.91 村田兆治 ロッテ 2.20
最多勝利 外木場義郎 広島 20勝 東尾修 太平洋 23勝
最多奪三振 外木場義郎 広島 193個 東尾修 太平洋 154個
最高勝率 星野仙一 中日 .773 鈴木啓示 近鉄 .786
最多セーブ投手 鈴木孝政 中日 21S 村田兆治 ロッテ 13S

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 外木場義郎 広島 鈴木啓示 近鉄
捕手 田淵幸一 阪神 野村克也 南海
一塁手 王貞治 巨人 加藤秀司 阪急
二塁手 大下剛史 広島 B.マルカーノ 阪急
三塁手 衣笠祥雄 広島 有藤通世 ロッテ
遊撃手 三村敏之 広島 大橋穣 阪急
外野手 井上弘昭 中日 佐々木恭介 近鉄
山本浩二 広島 白仁天 太平洋
ロジャー.R ヤクルト 弘田澄男 ロッテ
指名打者 長池徳二 阪急

オールスターゲーム[編集]

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

出典[編集]

  1. ^ 南海ホークス刊『南海ホークス四十年史』76ページ
  2. ^ a b c d 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」82ページ
  3. ^ 大修館書店刊「近代体育スポ-ツ年表1800-1907」243ページ
  4. ^ パシフィック・リーグ略史(1949年~2000年)パ・リーグ公式サイト
  5. ^ [1]セ・リーグ公式サイト
  6. ^ a b 記録メモ(個人打者編)パ・リーグ公式サイト
  7. ^ チームヒストリーロッテ球団公式サイト
  8. ^ 読売新聞1975年4月30日夕刊6面「広島ルーツ監督退団」
  9. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」319ページ
  10. ^ 阪急の9回裏の攻撃は無し
  11. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」589ページ
  12. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」426ページ
  13. ^ a b 球団のあゆみ1970年代ヤクルト球団公式サイト
  14. ^ a b 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」480ページ
  15. ^ 【6月17日】1975年(昭50) 阪急前期優勝!その日に米田哲也が通したわがまま スポーツニッポン 2010年月17日
  16. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」306ページ
  17. ^ 【9月14日】1975年(昭50) 本日安息日 優勝目前でも試合に出なかったシェーン スポーツニッポン 2012年9月14日
  18. ^ 南海ホークス刊「南海ホークス四十年史」225ページ
  19. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」135ページ
  20. ^ 読売新聞1975年10月16日17面「広島、26年目の初優勝 ホプキンス"祝砲"3ラン 外木場-金城、巨人を完封」読売新聞縮刷版1975年10月p505
  21. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」1086ページ
  22. ^ 読売新聞1975年10月21日15面「波乱のセ、全試合終わる 山本浩初の首位打者 最多勝に外木場 盗塁王大下」読売新聞縮刷版1975年10月p693
  23. ^ 読売新聞1975年10月22日15面「広島は倍増 セ・リーグ入場者数」読売新聞縮刷版1975年10月p693
  24. ^ 読売新聞1975年10月24日17面「外木場(広島)初の『沢村賞』 V1に大きく貢献」読売新聞縮刷版1975年10月p761
  25. ^ 読売新聞1975年10月24日17面「ハム新監督に大沢氏(ロッテ元監督)に」読売新聞縮刷版1975年10月p797
  26. ^ 読売新聞1975年10月28日「『投手の長所生かす』 杉下氏の巨人入団発表」読売新聞縮刷版1975年10月p891
  27. ^ 読売新聞1975年11月3日15面「阪急、40年目の”日本一” 中沢、今度は逆転2ラン 山口高4連投、反撃絶つ」読売新聞縮刷版1975年11月p77
  28. ^ ベースボール・マガジン社刊「プロ野球ドラフト全史 2012最新版」44ページ
  29. ^ 読売新聞1975年11月26日19面「張本の巨人入りを発表 『見返り』に高橋一と富田」読売新聞縮刷版1975年11月p805
  30. ^ 読売新聞1975年11月27日17面「今度は太平洋と 加藤初(投手)伊原(内野手)巨人へ 関本、玉井と交換」読売新聞縮刷版1975年11月p839
  31. ^ 毎日新聞1975年12月17日15面「太平洋の新監督にドローチャー(元大リーグ監督)招く 江藤はコーチに格下げ」縮刷版p477
  32. ^ 毎日新聞1975年12月26日11面「"巨人生活に別れ" 川上哲治氏 今後は少年野球道に専念」
  33. ^ 毎日新聞1975年11面「太平洋 江藤去る」縮刷版pp755