斉藤秀光

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斉藤秀光
横浜ベイスターズ No.56
基本情報
国籍 日本
出身地 神奈川県横浜市南区
生年月日 1975年4月18日(33歳)
身長
体重
182cm
78kg
選手情報
投球・打席 右投右打
守備位置 二塁手三塁手遊撃手一塁手
プロ入り 1993年 3位
初出場 1996年4月6日
年俸 1000万円
経歴
Template  ウィキプロジェクト 野球選手

斉藤 秀光さいとう ひでみつ1975年4月18日-)は、横浜市南区出身の横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手内野手)。右投げ右打ち。愛称は「ヒデミツ」「丸見え」「マダー」。

目次

[編集] 来歴・人物

横浜商科大学高等学校から1993年ドラフト会議オリックス・ブルーウェーブから3位で指名され入団(同期には平井正史(現・中日)。守備力を評価された一方で、打撃成績は良くなかったため、スイッチヒッターに挑戦したり守備固めとしての起用や打順が回ってくると代打を送られることも多かった(2000年までは出場試合数に比べて打席数が極端に少ない)。

2002年塩谷和彦との交換トレード阪神へ移籍。2003年には二軍で打率.341を記録してウエスタン・リーグ首位打者のタイトルを獲得し、打撃面でも成長。オフに葛城育郎牧野塁(現・楽天)との交換トレードで谷中真二(現・西武)と共に再びオリックスに移籍。古巣に復帰した2004年には自己最多となる104試合に出場、以前では考えられなかった5番打者としての出場もあった。2005年には分配ドラフトで楽天に入団。さらに翌2006年シーズン途中には松本輝との交換トレードでソフトバンクに移籍。

2007年オープン戦から好調で、松中信彦の守備固めや川崎宗則のケガなどでチャンスをつかみ、内野の4ポジションすべてで出場した。しかし怪我の影響もあってシーズンではノーヒットに終わる。10月6日に球団から戦力外通告を受けて退団。第1回の合同トライアウトを受験後、斉藤の地元である横浜に守備力を見込まれ入団となった。

内野ならどこでも守れる卓越した守備力を誇り、楽天時代は衰えを見せる事無く引退した酒井忠晴と双璧であった。

中学生の息子がおり、親子でプレーするのが夢だという。

2008年開幕現在で、NPBのみで5球団を渡り歩いたのは現役最多。なお歴代最多は後藤修の8球団である。

[編集] 通算成績(2007年終了時まで)

年度 所属 試合 打数 得点 安打 本塁打 打点 盗塁 三振 四球 死球 犠打 犠飛 打率
1994年 オリックス 一軍試合出場無し
1995年 一軍試合出場無し
1996年 28 11 1 2 0 0 0 5 0 0 0 0 .182
1997年 一軍試合出場無し
1998年 6 2 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .000
1999年 41 12 2 1 0 0 0 3 3 0 1 0 .083
2000年 58 22 5 2 0 2 2 9 3 0 0 0 .091
2001年 一軍試合出場無し
2002年 阪神 14 41 6 8 1 4 0 15 2 0 1 0 .195
2003年 4 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000
2004年 オリックス 104 233 33 59 4 26 6 52 35 4 11 1 .253
2005年 楽天 55 90 8 21 1 8 2 28 2 0 1 0 .283
2006年 ソフトバンク 4 8 0 1 0 0 0 3 0 0 1 0 .125
2007年 21 13 2 0 0 1 0 5 1 0 0 1 .000
通算 335 433 57 94 6 41 10 120 46 4 16 2 .217

[編集] タイトル・表彰

  • 初出場:1996年4月6日 ロッテ戦(千葉マリン)
  • 初安打:1996年4月14日 西武戦(神戸)
  • 初本塁打:2002年5月23日 巨人戦(甲子園)

[編集] 背番号

[編集] 関連項目

オリックス・ブルーウェーブ(現・オリックス・バファローズ)
1993年ドラフト指名選手
1位:平井正史 / 2位:三輪隆 / 3位:斉藤秀光 / 4位:福留宏紀