1952年の野球
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< 1952年 | 1952年のスポーツ
目次 |
[編集] 競技結果
[編集] 日本プロ野球
[編集] ペナントレース
| セントラル・リーグ | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 |
| 優勝 | 読売ジャイアンツ | 83 | 37 | 0 | .692 | - |
| 2位 | 大阪タイガース | 79 | 40 | 1 | .664 | 3.5 |
| 3位 | 名古屋ドラゴンズ | 75 | 43 | 2 | .636 | 7.0 |
| 4位 | 大洋ホエールズ | 58 | 62 | 0 | .483 | 25.0 |
| 5位 | 国鉄スワローズ | 50 | 70 | 0 | .417 | 33.0 |
| 6位 | 広島カープ | 37 | 80 | 3 | .316 | 44.5 |
| 7位 | 松竹ロビンス | 34 | 84 | 2 | .288 | 48.0 |
| パシフィック・リーグ | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 順位 | 球団 | 勝利 | 敗戦 | 引分 | 勝率 | ゲーム差 |
| 優勝 | 南海ホークス | 76 | 44 | 1 | .663 | - |
| 2位 | 毎日オリオンズ | 75 | 45 | 0 | .625 | 1.0 |
| 3位 | 西鉄ライオンズ | 67 | 52 | 1 | .563 | 8.5 |
| 4位 | 大映スターズ | 55 | 65 | 1 | .4583 | 21.0 |
| 5位 | 阪急ブレーブス | 49 | 58 | 1 | .4579 | 20.5 |
| 6位 | 東急フライヤーズ | 49 | 59 | 0 | .454 | 21.0 |
| 7位 | 近鉄パールス | 30 | 78 | 0 | .278 | 40.0 |
[編集] 日本シリーズ
詳細は「1952年の日本シリーズ」を参照
- 読売ジャイアンツ(4勝2敗)南海ホークス
[編集] 個人タイトル
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 選手 | 球団 | 成績 | 選手 | 球団 | 成績 |
| 最優秀選手 | 別所毅彦 | 巨人 | 柚木進 | 南海 | ||
| 最優秀新人 | 佐藤孝夫 | 国鉄 | 中西太 | 西鉄 | ||
| 首位打者 | 西沢道夫 | 名古屋 | .353 | 飯島滋弥 | 大映 | .336 |
| 本塁打王 | 杉山悟 | 名古屋 | 27本 | 深見安博 | 東急 | 25本 |
| 打点王 | 西沢道夫 | 名古屋 | 98点 | 飯田徳治 | 南海 | 86点 |
| 最多安打 | 与那嶺要 | 巨人 | 163本 | 飯田徳治 | 南海 | 153本 |
| 盗塁王 | 金山次郎 | 松竹 | 63個 | 木塚忠助 | 南海 | 55個 |
| 最優秀防御率 | 梶岡忠義 | 巨人 | 1.71 | 柚木進 | 南海 | 1.91 |
| 最多勝利 | 別所毅彦 | 巨人 | 33勝 | 野口正明 | 西鉄 | 23勝 |
| 最多奪三振 | 金田正一 | 国鉄 | 269個 | 柚木進 | 南海 | 104個 |
| 最高勝率 | 藤本英雄 | 巨人 | .727 | 柚木進 | 南海 | .731 |
[編集] ベストナイン
| セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | |||
|---|---|---|---|---|
| 守備位置 | 選手 | 球団 | 選手 | 球団 |
| 投手 | 別所毅彦 | 巨人 | 柚木進 | 南海 |
| 捕手 | 野口明 | 名古屋 | 土井垣武 | 毎日 |
| 一塁手 | 西沢道夫 | 名古屋 | 飯田徳治 | 南海 |
| 二塁手 | 千葉茂 | 巨人 | 岡本伊三美 | 南海 |
| 三塁手 | 藤村富美男 | 大阪 | 蔭山和夫 | 南海 |
| 遊撃手 | 平井三郎 | 巨人 | 木塚忠助 | 南海 |
| 外野手 | 与那嶺要 | 巨人 | 大下弘 | 西鉄 |
| 南村不可止 | 巨人 | 別当薫 | 毎日 | |
| 杉山悟 | 名古屋 | 飯島滋弥 | 大映 | |
[編集] オールスターゲーム
詳細は「1952年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
[編集] 高校野球
- 第24回選抜高等学校野球大会優勝:静岡商業(静岡県)
- 第34回全国高等学校野球選手権大会優勝:芦屋(兵庫県)
[編集] 大学野球
- 第1回全日本大学野球選手権大会優勝:慶應義塾大
[編集] 社会人野球
- 都市対抗野球大会優勝:全鐘紡
詳細は「第23回都市対抗野球大会」を参照
[編集] メジャーリーグ
詳細は「1952年のメジャーリーグベースボール」を参照
- ワールドシリーズ
- ニューヨーク・ヤンキース(ア・リーグ) (4勝3敗) ブルックリン・ドジャース(ナ・リーグ)
[編集] できごと
- パ・リーグはこの年のみ、7チーム18回戦制によるリーグ戦を行い、終了時点での上位4球団による4回戦制のリーグ戦を行い、両方の成績を総合して順位を決めている。
[編集] 1月
[編集] 4月
- 4月1日 - GHQ、講和条約発効を前に神宮外苑の各競技場、メモリアルホールなどの接収を解除(1945年9月15日より接収)。
- 4月3日 - 川崎球場における初のプロ野球公式戦が開催される。
- 4月5日 - 前年、試合中に火災が起きた中日球場で、7カ月ぶりの試合となる名古屋対巨人戦が行われる[1]。
- 4月11日 - 東急フライヤーズの大下弘と西鉄ライオンズの深見安博、緒方俊明による1対2の交換トレードが成立[2]。
- 4月13日 - 阪急ブレーブスの東谷夏樹がパ・リーグ初のサイクル安打を達成[3]。
- 4月20日 - 東急の金城政夫が西鉄に移籍[2]。
- 4月25日 - 阪急は新外国人選手としてジミー・ニューベリー、ジョン・ブリットンを登録[3]。
- 4月27日 - 大映スターズの林義一が高崎市城南野球場で行われた阪急ブレーブス戦でノーヒットノーラン達成。
[編集] 5月
[編集] 6月
- 6月7日 - 南海ホークスは対東急戦で日本プロ野球初の毎回得点を記録し、18対4で勝利する[4]。
- 6月10日 - 南海ホークスが7日の対東急戦での20安打に続き、対近鉄パールズ戦(大阪)で11安打を記録し、日本プロ野球史上3度目の2試合連続毎回安打を記録。試合は7対0で南海が勝利[5]。また初回に得点した事で、前試合から10イニング連続得点の日本プロ野球記録も更新[4]。
- 6月19日 - 名古屋の服部受弘が対松竹戦(岐阜)で球団初の通算100勝を達成[6]。
- 6月29日 - 南海の野村克也が対阪急戦(大阪)で、3回二死の場面で安藤治久から19号本塁打を放ち、通算200本塁打を達成[7]。
[編集] 7月
- 7月16日 - 西鉄ライオンズ対毎日オリオンズ戦(平和台球場)で、毎日側の遅延行為により日没ノーゲームとなったことに怒った西鉄ファンがグラウンドに乱入する事件が発生。(平和台事件)
- 7月23日 - 南海の飯島滋弥が対毎日戦(伊東)で球団史上初の通算100本塁打を達成[8]。
- 7月26日 - 読売ジャイアンツの大友工が対松竹ロビンス戦(大阪球場)でノーヒットノーラン達成。
- 7月27日 - 平和台事件の責任を取り、毎日総監督の湯浅禎夫が解任、監督の若林忠志は二軍監督に降格、別当薫が選手兼任監督となる。
- 7月30日 - 南海の飯田徳治が対大映戦で通算100本塁打を達成[8]。
- 7月31日 - 名古屋の西沢道夫が対阪神戦(甲子園)で通算1000試合出場[6]。
[編集] 8月
- 8月8日 - 巨人は対広島戦に7対0で勝利し、日本プロ野球初の球団通算1000勝(518敗38分)達成[9]。
- 8月17日 - 名古屋の杉山悟が対阪神戦(甲子園)で通算100本塁打を達成[6]。
- 8月20日 - 名古屋の野口明が対松竹戦(中日)で球団初の通算1000本安打を達成[6]。
- 8月22日 - 第1回全日本大学野球選手権大会が開催される。
[編集] 10月
- 10月3日 - 巨人が対国鉄スワローズ戦(後楽園)に勝利して2年連続でセ・リーグ優勝する。
- 10月9日 - 南海がシ-ズン最終戦の対大映戦(大阪)に勝利して2年連続でパ・リーグ優勝する。同試合で、南海の堀井数男が球団初の通算1000本安打を達成[8]。
- 10月11日 - 東京六大学野球連盟実況をテレビ実験放送。
- 10月18日 - 日本シリーズ第6戦で巨人が南海に勝利し、4勝2敗で2年連続日本一達成。
[編集] 誕生
[編集] 1月
[編集] 2月
- 2月3日 - フレッド・リン
- 2月23日 - フレッド・クハウルア
[編集] 3月
[編集] 4月
[編集] 5月
[編集] 6月
[編集] 7月
[編集] 8月
[編集] 9月
[編集] 10月
[編集] 11月
[編集] 12月
[編集] 死去
[編集] 脚注
- ^ a b 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」51ページ
- ^ a b 日付は公示日。ベースボール・マガジン社刊「ライオンズ60年史―獅子の記憶ー「西鉄」から「埼玉西武」まで」116-117ページ
- ^ a b ベースボール・マガジン社刊「阪急ブレーブス黄金の歴史 永久保存版 よみがえる勇者の記憶 1936-1988」36ページ
- ^ a b 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」589ページ
- ^ 南海ホークス刊『南海ホークス四十年史』289ページ
- ^ a b c d 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」284ページ
- ^ ベースボールマガジン2012年1月号44-47ページ
- ^ a b c 南海ホークス刊『南海ホークス四十年史』362ページ
- ^ 日本文芸社刊「2000年優勝記念号巨人軍歴史新聞」23ページ
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