1948年の野球

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競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 南海ホークス 87 49 4 .640 -
2位 読売ジャイアンツ 83 55 2 .601 5.0
3位 大阪タイガース 70 66 4 .515 17.0
4位 阪急ブレーブス 66 68 6 .493 20.0
5位 急映フライヤーズ 59 70 11 .457 24.5
6位 大陽ロビンス 61 74 5 .452 25.5
7位 金星スターズ 60 73 7 .451 25.5
8位 中日ドラゴンズ 52 83 5 .385 34.5


個人タイトル[編集]

タイトル 選手 球団 成績
最優秀選手 山本一人 南海  
首位打者 青田昇 巨人 .306
本塁打王 青田昇
川上哲治
巨人 25本
打点王 藤村富美男 大阪 108点
最多安打 青田昇 巨人 174本
盗塁王 河西俊雄 南海 66個
最優秀防御率 中尾碩志 巨人 1.84
最多勝利 中尾碩志
川崎徳次
巨人 27勝
最多奪三振 中尾碩志 巨人 187個
最高勝率 別所昭 南海 .722

ベストナイン[編集]

守備位置 選手 球団
投手 別所昭
真田重男
中尾碩志
南海
巨人
大陽
捕手 土井垣武 大阪
一塁手 川上哲治 巨人
二塁手 千葉茂 巨人
三塁手 藤村富美男 大阪
遊撃手 木塚忠助 南海
外野手 青田昇 巨人
別当薫 大阪
坪内道則 金星

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]


できごと[編集]

  • 日本プロ野球においてフランチャイズ制が暫定導入される。

1月[編集]

2月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

  • 5月1日 - 巨人の中尾碩志が対阪急戦で日本プロ野球通算100勝、史上5人目[2]
  • 5月16日 -巨人の の川上哲治が対金星スターズ戦(仙台)の1回に2ラン本塁打と3ラン本塁打を放ち、日本プロ野球新記録の1イニング5打点[3]。1イニング2本塁打は日本プロ野球初[4]
  • 5月28日 - 巨人の川崎徳次が対中日ドラゴンズ戦で、日本プロ野球通算1000投球回、史上26人目[2]
  • 5月28日 - 阪急の天保義夫が対南海戦で日本プロ野球通算1000投球回、史上27人目[2]
  • 5月29日 - 巨人の川崎徳次が対中日戦で、9回裏無死一塁の場面で登板、中日の杉山悟への初球を逆転サヨナラ2ラン本塁打されサヨナラ負け。日本プロ野球史上初の1球による敗戦を記録、スコアは13対12。

6月[編集]

7月[編集]

  • 7月5日 - 中日の山本尚敏が対阪急戦の8回に代走で登場した際と、その後打者一巡で打席が回り、安打を放ち出塁した際にそれぞれ二盗を記録、1イニング2度の二盗は日本プロ野球史上初。この試合で阪急の森弘太郎が日本プロ野球通算1500投球回、史上7人目[2]
  • 7月10日 - 巨人は対太陽戦で6月27日の対急映戦から球団新記録の9試合連続2桁安打[2]
  • 7月19日 - 急映の白木義一郎が対巨人戦で日本プロ野球通算1000投球回、史上28人目[2]

8月[編集]

9月[編集]

  • 9月3日 - 阪急の野口二郎が対太陽戦で日本プロ野球通算200勝、史上3人目[2]
  • 9月6日 - 大陽ロビンス真田重男が対大阪戦(甲子園球場)においてノーヒットノーラン達成。
  • 9月5日 - 巨人は対南海戦(後楽園)で9月2日の対中日戦から球団タイ記録の4試合連続完封勝利と、8月29日対阪急戦の6回からこの日の9回まで球団新記録の40イニング無失点[2]
  • 9月12日 - 金星スターズ坪内道則が対南海戦で日本プロ野球史上初の通算1000試合出場、1リーグ時代では唯一[2]
  • 9月25日 - 阪神の御園生崇男が対金星戦で日本プロ野球通算1500投球回、史上8人目[2]
  • 9月28日 - 金星の坪内道則が対阪急戦で日本プロ野球史上初の通算1000本安打[2]

10月[編集]

  • 10月2日 - 大阪の藤村富美男が対金星戦(甲子園)において、日本プロ野球史上初のサイクル安打を達成[8]
  • 10月15日 - 太陽の真田重蔵が対巨人戦で日本プロ野球通算1500投球回、史上9人目[2]
  • 10月16日 - 巨人がこの日の対太陽戦(大須)で球団記録(2012年現在)の1試合27安打と、最多得点の26点、14日からの同カード3連戦の合計で56安打で連続3試合安打の最多球団記録(2012年現在)。7本塁打は当時の球団新記録。試合は26対5で巨人が勝利[2]
  • 10月19日 - 巨人の中尾碩志が対金星戦で日本プロ野球通算1000奪三振、史上3人目[2]

11月[編集]

12月[編集]

  • 12月2日 - 中日球場が開場。
  • 12月21日 - 急映フライヤーズから大映が分離し、大映は金星スターズと合併し、名称は「大映スターズ」に。急映フライヤーズは名称を前年までの東急フライヤーズに戻す[1]

誕生[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」47ページ
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 各種記録達成者一覧セ・リーグ公式サイト
  3. ^ 川上はこの年10月6日の対大陽ロビンス戦でも1イニング5打点を記録
  4. ^ 講談社刊 宇佐美徹也著「日本プロ野球記録大鑑」410ページ
  5. ^ この時投げた若林が1940年8月11日に、対西日本戦で森弘太郎と157球試合を行っているが、公式記録においては戦前の記録は除外されている為。
  6. ^ ベースボールマガジン2011年11月号63-64ページ
  7. ^ 無安打無得点試合 (ノーヒットノーラン)NPB公式サイト
  8. ^ 達成当時は記録として認識されていなかった(詳細はサイクル安打参照)