デビッド・オルティーズ
| ボストン・レッドソックス #34 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | ドミニカ共和国サントドミンゴ |
| 生年月日 | 1975年11月18日(36歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193cm 230 lb =約104.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 指名打者 |
| プロ入り | 1992年 |
| 初出場 | 1997年9月2日 カブス戦 |
| 年俸 | 13,000,000ドル[2] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2006年・2009年 |
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この表について
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デビッド・アメリコ・オルティーズ・アリアス(David Americo Ortiz Arias、スペイン語読みではダビッド・アメリコ・オルティス・アリアスとなる、1975年11月18日 - )は、ドミニカ共和国サントドミンゴ出身のプロ野球選手(指名打者)。ボストン・レッドソックス所属。愛称はビッグ・パピ(Big Papi)。
名前のDavid Ortizは、本項でのデビッド・オルティーズという読み以外に、メディアによってそれぞれ「デービッド」「デーヴィッド」「デイヴィッド」、「オルティス」「オーティズ」「オティース」など、様々な読まれ方がある。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] アマチュア時代
1975年11月18日、サントドミンゴに生まれた。貧しい生活だったが、オルティーズは「よい家族に恵まれ、よい教育も受けさせてもらった」と述べている[3]。地元の高校を卒業後、1992年に17歳でシアトル・マリナーズと契約を結んだ。
[編集] ミネソタ・ツインズ時代
1996年9月にミネソタ・ツインズにトレードされる。ツインズ傘下(当時)AAA級ソルトレイクにいたころから「打球を遠くに飛ばすことにかけては右に出るものがいない左バッター」として注目されていた[4]。1997年9月2日にメジャーデビューするが、メジャーとマイナーの間を行き来するようになる。1999年にはAAA級ソルトレイク・ビーズで30本塁打を記録し、将来の大砲として期待されるようになった[5]。
2001年に右手首の手術をしたが、2002年にはメジャーで自身2度目のシーズン100試合以上出場を果たし、打率.272・20本塁打・75打点の成績を残したが、ツインズのチームカラーであるスモールボールにオルティーズは息苦しさを感じていた。打席での積極性を逆手に取られ厳しい速球を手元に投げられて打ち取られることが多く、故障も多かった。ツインズは12月16日にオルティーズを放出した[3]。その後、2003年1月22日にボストン・レッドソックスがオルティーズを獲得する。
[編集] ボストン・レッドソックス時代
移籍1年目の2003年から5番・指名打者に定着すると打率.288・31本塁打・101打点の成績を残し、同年のMVP投票で5位につけた。翌2004年には主に4番を打ち、139打点(リーグ2位)・打率3割1厘・41本塁打(リーグ2位)の活躍を見せた。3部門以外でも47二塁打・75四球・出塁率.380・長打率.603・150試合出場と抜群の強打を発揮している。5月には2年総額1,250万ドルで契約延長した[6]。マニー・ラミレスと「打率.300・40本塁打・100打点」コンビを形成したが、これは1931年のベーブ・ルースとルー・ゲーリッグのコンビ(ヤンキース)以来だった。
ポストシーズンではさらに勝負強さを発揮し、強く印象付けた[5]。2004年は、エンゼルスとのディビジョンシリーズ第3戦で10回に決勝本塁打を放つ。ヤンキースとのチャンピオンシップでは、0勝3敗と追い詰められた第4戦の12回にサヨナラ本塁打を、第5戦では8回まで2-4と敗勢濃厚な状況から逆転ののろしとなる本塁打を放ち、延長14回にサヨナラヒットを放つ。史上初の3連敗4連勝でヤンキースを破ったこのチャンピオンシップで、オルティーズはMVPに選出された。カージナルスとのワールドシリーズでも、第1戦第1打席に3点本塁打を放ってチームを勢いづけ、レッドソックス86年ぶりのワールドシリーズ制覇に大きく貢献した。この年のオフには日米野球MLB代表として訪日すると、渡辺俊介(千葉ロッテ)から推定飛距離160mの本塁打を放ち、日本のファンにもそのパワーを見せた。
2005年には148打点で打点王を獲得し、メジャーで最もチャンスに強い打者と評されるようになった[7]。翌2006年4月10日に4年総額5,200万ドルで契約延長し[6]、この年は自己最多・球団新記録の54本塁打を放ち本塁打王と打点王の2冠に輝き、ハンク・アーロン賞を受賞。2年連続でMVPの有力な候補となったが、守備で貢献しない指名打者であることが影響したとされ[5]、投票結果は2005年はアレックス・ロドリゲスに次ぐ2位で、2006年は3位に終わった。
2007年はひざの状態が悪く[8]、本塁打・打点ともに前年よりも少なく、フェンウェイ・パークでは4月22日から7月13日にかけて本塁打を放てずにいた[9]。打率.332はリーグ5位、88長打・111四球・出塁率.445はリーグ最高だった。ポストシーズンでは打率3割7分3本塁打10打点で3年ぶりのワールドシリーズ制覇に貢献した。 また、最優秀指名打者賞(エドガー・マルティネス賞)を史上初の5年連続受賞した。2003年の移籍以降、オルティーズは5年連続でMVP投票5位以内に入っている。その信頼できる打棒と愛想の良さから、ボストンでは絶大な人気を誇っている。
2008年は故障もあって平凡な成績に終わった。6月にアメリカ市民権を取得している[1]。
2009年は開幕から絶不調で、第1号ホームランが出たのは5月20日だった。あまりにも深刻な打撃不振により、年齢詐称疑惑も浮上した[10]。それでも最終的に本塁打・打点は去年より増えたが、打率は規定打席に到達したシーズンでは自己最低の成績に終わった。
2010年は前年同様4月は本塁打1本とスランプに陥るも、5月には10本塁打を放ち月間MVPを受賞。オールスター前日のホームラン・ダービーでは第2ラウンドで13本塁打を放ち、ハンリー・ラミレスとの決勝ラウンドでも11本塁打を放ち優勝した。最終的に自身のキャリアを通じて最多となる145三振を喫したが、大きな故障もなく2年連続で規定打席に到達。リーグ2位の対右投手OPS1.059を記録し、3年ぶりの30本塁打と100打点を記録した。
[編集] 選手としての特徴
爆発的なパワーを生かし、アッパースイングで低目のボールをすくい上げてスタンドに叩き込むローボールヒッター。2004~2006年は3年連続で40本塁打、130打点以上を記録し、同僚のマニー・ラミレスと共に驚異的なコンビとして活躍した。基本的には引っ張って強い打球を放つことが多いが、流し打ってグリーンモンスターに当て二塁打を稼ぐ技術を持ち[11]、また三振は多いが四球も多く選ぶことができ、高い出塁率を誇る。2008,2009年は大きく成績を落としたが、2010年には復調し、2011年には往時のような成績を残している。
特に勝敗がかかるチャンスや土壇場で強く、レギュラーシーズンとポストシーズン通算で13本のサヨナラ本塁打を含む、20本のサヨナラ打を放っている(13サヨナラ本塁打はミッキー・マントルに次いで歴代2位)[12]。2004年は上述したポストシーズンの神がかり的な活躍を、また2006年は5回もサヨナラゲームを演出した。特に7月24日のフィラデルフィア・フィリーズ戦では延長10回裏にトム・ゴードンからサヨナラ2ランを、2日後の7月26日(25日は試合無し)には延長12回裏に同じフィリーズのクレイ・コンドリーから再びサヨナラヒットを放ち、2試合連続サヨナラ打でフィリーズのファンを落胆させた。
2006年シーズンの成績を各状況ごとに分類すると、以下のようになる[13]。
| 状況 | 打数 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 出塁率 | 長打率 | OPS |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 通算 | 558 | .287 | 54 | 137 | .413 | .636 | 1.049 |
| 同点時 | 175 | .337 | 20 | 49 | .443 | .749 | 1.192 |
| 満塁時 | 14 | .357 | 2 | 20 | .375 | .929 | 1.304 |
| 7回以降のチャンス[14] | 86 | .314 | 11 | 29 | .443 | .756 | 1.199 |
[編集] 薬物問題
2009年7月30日、ニューヨーク・タイムズ紙は、オルティーズがマニー・ラミレスと共に2003年のドーピング検査で陽性反応を示していたと報じた。同日、オルティスは声明を発表し、「大リーグ選手会に確認したら、自らが陽性だったことが分かった」と報道内容を認めた。また、「それを知り、驚いている。どの薬物に違反したかを調べたい」とも述べた[15]。
自身の禁止薬物陽性反応が発覚する前は、ドーピングに強く反対する立場を取っていた。2009年2月には、薬物検査で運動能力向上薬の陽性反応が検出された選手に対して、1年間の出場停止処分を科すことを求めていた[16]。
[編集] 獲得タイトル・表彰・記録
- 本塁打王 1回:2006年
- 打点王 2回:2005年、2006年
- シルバースラッガー賞 4回:2004年 - 2007年
- ハンク・アーロン賞 1回:2005年
- ※2010年シーズン終了時現在、ほぼ指名打者専任の選手でハンク・アーロン賞を受賞したのはオルティーズのみである。
- エドガー・マルティネス賞 5回:2003年 - 2007年
- ※5回の受賞は、この賞が最優秀指名打者賞から改称する所以となったエドガー・マルティネスに並び、史上最多タイ。5年連続は史上初。
- アメリカンリーグチャンピオンシップシリーズMVP 1回:2004年
- MLBオールスターゲーム選出 7回:2004年 - 2008年、2010年 、2011年
- 2006 ワールド・ベースボール・クラシック・ドミニカ共和国代表
- 2009 ワールド・ベースボール・クラシック・ドミニカ共和国代表
- ロベルト・クレメンテ賞:2011年
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1997 | MIN | 15 | 51 | 49 | 10 | 16 | 3 | 0 | 1 | 22 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 0 | 19 | 1 | .327 | .353 | .449 | .802 |
| 1998 | 86 | 326 | 278 | 47 | 77 | 20 | 0 | 9 | 124 | 46 | 1 | 0 | 0 | 4 | 39 | 3 | 5 | 72 | 8 | .277 | .371 | .446 | .817 | |
| 1999 | 10 | 25 | 20 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 5 | 0 | 0 | 12 | 2 | .000 | .200 | .000 | .200 | |
| 2000 | 130 | 478 | 415 | 59 | 117 | 36 | 1 | 10 | 185 | 63 | 1 | 0 | 0 | 6 | 57 | 2 | 0 | 81 | 13 | .282 | .364 | .446 | .810 | |
| 2001 | 89 | 347 | 303 | 46 | 71 | 17 | 1 | 18 | 144 | 48 | 1 | 0 | 1 | 2 | 40 | 8 | 1 | 68 | 6 | .234 | .324 | .475 | .799 | |
| 2002 | 125 | 466 | 412 | 52 | 112 | 32 | 1 | 20 | 206 | 75 | 1 | 2 | 0 | 8 | 43 | 0 | 3 | 87 | 5 | .272 | .339 | .500 | .839 | |
| 2003 | BOS | 128 | 509 | 448 | 79 | 129 | 39 | 2 | 31 | 265 | 101 | 0 | 0 | 0 | 2 | 58 | 8 | 1 | 83 | 9 | .288 | .369 | .592 | .961 |
| 2004 | 150 | 669 | 582 | 94 | 175 | 47 | 3 | 41 | 351 | 139 | 0 | 0 | 0 | 8 | 75 | 8 | 4 | 133 | 12 | .301 | .380 | .603 | .983 | |
| 2005 | 159 | 713 | 601 | 119 | 180 | 40 | 1 | 47 | 363 | 148 | 1 | 0 | 0 | 9 | 102 | 9 | 1 | 124 | 13 | .300 | .397 | .604 | 1.001 | |
| 2006 | 151 | 686 | 558 | 115 | 160 | 29 | 2 | 54 | 355 | 137 | 1 | 0 | 0 | 5 | 119 | 23 | 4 | 117 | 12 | .287 | .413 | .636 | 1.049 | |
| 2007 | 149 | 667 | 549 | 116 | 182 | 52 | 1 | 35 | 341 | 117 | 3 | 1 | 0 | 3 | 111 | 12 | 4 | 103 | 16 | .332 | .445 | .621 | 1.066 | |
| 2008 | 109 | 491 | 416 | 74 | 110 | 30 | 1 | 23 | 211 | 89 | 1 | 0 | 1 | 3 | 70 | 12 | 1 | 74 | 11 | .264 | .369 | .507 | .876 | |
| 2009 | 150 | 627 | 541 | 77 | 129 | 35 | 1 | 28 | 250 | 99 | 0 | 2 | 0 | 7 | 74 | 5 | 5 | 134 | 9 | .238 | .332 | .462 | .794 | |
| 2010 | 145 | 606 | 518 | 86 | 140 | 36 | 1 | 32 | 274 | 102 | 0 | 1 | 0 | 4 | 82 | 14 | 2 | 145 | 12 | .270 | .370 | .529 | .899 | |
| 2011 | 146 | 605 | 525 | 84 | 162 | 40 | 1 | 29 | 291 | 96 | 1 | 1 | 0 | 1 | 78 | 12 | 1 | 83 | 24 | .309 | .398 | .554 | .952 | |
| 通算:15年 | 1742 | 7266 | 6215 | 1059 | 1760 | 456 | 16 | 378 | 3382 | 1266 | 11 | 7 | 2 | 62 | 955 | 116 | 32 | 1335 | 153 | .283 | .378 | .544 | .922 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 脚注
- ^ a b David Ortiz becomes US citizen The Boston Globe(2008/06/11)
- ^ “Boston Red Sox Salaries - 2010”. ESPN. 2010年6月23日閲覧。
- ^ a b Tyler Kepner / New York Times 「宿命ライバル球団の「顔」 デレク・ジーター [ヤンキース] vs デビッド・オティース [レッドソックス] 「真の勝者」」 木村愛訳、『月刊スラッガー』102号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-10、6-11頁。
- ^ 梅田香子 「ヤンキースはなぜ敗れたのか? 梅田香子の『松井秀喜 メジャー交友録 2004』 VOL.19 」 『スポーツナビ』、2004年。
- ^ a b c ナガオ勝司 「ア・リーグ2冠王 ビック・パピの本質/オティーズ[レッドソックス]」『月刊メジャー・リーグ』2006年11月号、ベースボールマガジン社、2006年、雑誌 08625-11、16 - 20項。
- ^ a b Associated Press (2006年4月11日). “Ortiz nabs four-year extension” (英語). ESPN.com. 2009年1月27日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2006』 廣済堂出版、2006年、48項。ISBN 978-4-331-51146-6。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、44項。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ “David Ortiz Home Run Log” (英語). Baseball-Reference.com. 2009年1月27日閲覧。
- ^ オルティスに年齢詐称疑惑…絶不調のRソックス主砲 ZAKZAK(2009/06/09)
- ^ 現役スカウト部長による“本物”のスカウティング・レポート『月刊スラッガー』2005年1月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-1、36-39頁。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、75項。ISBN 978-4-331-51518-1。
- ^ David Ortiz 2006 Batting Splits Baseball Reference.com
- ^ 7回以降で同点か1点勝ち越しの状態、もしくはビハインド分の点を取ることができる走者を塁上に置いた状態を指す。
- ^ 大リーグ:オルティス、陽性反応認める 03年に検査 毎日新聞(2009/07/31),2009年7月31日閲覧
- ^ オーティス 薬物使用選手に出場停止を求める AFPBB News(2009/02/17),2009年7月31日閲覧
[編集] 外部リンク
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