オーブリー・ハフ

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オーブリー・ハフ
Aubrey Huff
ボルチモア・オリオールズでの現役時代
(2009年6月29日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オハイオ州マリオン
生年月日 (1976-12-20) 1976年12月20日(47歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
235 lb =約106.6 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 一塁手三塁手右翼手左翼手指名打者
プロ入り 1998年 MLBドラフト5巡目
初出場 2000年8月2日
最終出場 2012年10月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

オーブリー・ルイス・ハフAubrey Lewis Huff, 1976年12月20日 - )は、アメリカ合衆国オハイオ州マリオン出身(テキサス州育ち)の元プロ野球選手一塁手三塁手外野手指名打者)。右投左打。

経歴[編集]

プロ入りとデビルレイズ時代[編集]

1998年MLBドラフト5巡目でタンパベイ・デビルレイズから指名され入団。

2000年にはインターナショナルリーグの最優秀新人選手に選出され[1]、同年8月2日にはメジャーデビューを果たした。

2002年はリーグ7位となる打率.313を記録。

2003年には全162試合に出場し、打率.311・34本塁打・107打点の成績でチーム三冠を達成。

2005年は4月18日に通算100本塁打を達成し、フレッド・マグリフの球団最多記録を更新[2]。しかし、6月末の時点で打率.252、5本塁打、38打点と不振に陥ってしまった。7月に入ると第4週にはプレイヤー・オブ・ザ・ウィークを受賞するなど、月間で打率.320、8本塁打、25打点と復調。だが、8月以降は打率.244と再び不振に陥ってしまい、ルー・ピネラ監督(当時)が「ウチの打線はオーブリー次第。彼が乗ってこないとチームも勢いが出ない[3]」と語ったように、チームも2年ぶりの最下位に終わってしまう。また、トレード期限間際には、当時レッドソックスの主砲だったマニー・ラミレスが絡んだ三角トレードでレッドソックスへ移籍するという噂も浮上するなど、低調なシーズンとなった[3]

2006年は開幕直後に故障し5月に復帰したものの、5月終了時点で打率.176・2本塁打と不調に陥ってしまった。

アストロズ時代[編集]

2006年7月12日にミッチ・タルボットベン・ゾブリストとのトレードで、強打の外野手を求めていたヒューストン・アストロズへ移籍。初のナ・リーグ在籍となるアストロズ移籍後は、8月9日に自己ベストとなる1試合6打点を挙げた。シーズン通算では打率は前年より良かったが、21本塁打・66打点と前年より悪化。デビルレイズでは三塁手を務めたものの、アストロズでは主に外野手としてプレー。外野手のほかに三塁手・一塁手も務め、移籍後の68試合で13本塁打を放った。

オリオールズ時代[編集]

2007年1月3日に3年2000万ドルでボルチモア・オリオールズへ移籍した[4]。ハフ獲得に際して当時の球団副社長だったマイク・フラナガンは、「彼こそがこのオフの間、探し続けていたタイプの打者だ。」と語っている[5]。また、ハフ自身も、「正直言って、これまで自分の在籍した中では一番のラインナップだと思っている。素晴らしい球場、素晴らしいファンがいる。デビルレイズ時代に何度も来たけど、月曜日のナイトゲームですら3万人入っていた。正直言って、これまでこんな歴史のあるチームでプレーしたことなんてないよ。」と新天地への期待について語っている[5]

2007年は15本塁打と4年連続で減少。一塁や三塁の守備では捕球に難があり[6]指名打者としての出場が増え、自己最多の78試合に指名打者として出場。6月29日にはサイクル安打を記録した。

2008年、指名打者としての出場がさらに増え、98試合に指名打者として出場。5月終了時点で打率.244だったが、6月から8月にかけて3割を上回る月間打率を記録し、打率.304・32本塁打・108打点の成績でシーズンを終え、5年ぶりに3割・30本塁打・100打点を達成。オフにシルバースラッガー賞(指名打者)とエドガー・マルティネス賞を初受賞。

タイガース時代[編集]

2009年8月17日、マイナー1選手とのトレードでデトロイト・タイガースに移籍した。

ジャイアンツ時代[編集]

2009年シーズン終了後にサンフランシスコ・ジャイアンツに移籍。

2010年は打率.290・26本塁打・86打点でチーム内三冠を達成。さらに自身初のポストシーズン進出を果たした。

2014年1月4日に現役引退を表明。

選手としての特徴[編集]

2003年2008年には打率.300、本塁打30本、打点100打点を同時に達成している。スイングスピードが速く、ボールをアッパーカットで捉えず、ストライクゾーンに長くバットを保つスイングをする[7]。打席での我慢強さがあり、パワーのある打球をフィールドのあらゆる所へ飛ばすことができる[7]。また、塁上にランナーがいる時は、状況に応じた打撃ができる[7]

守備は一塁手のほか、右翼手左翼手三塁手も守れる。一塁手や三塁手よりも、右翼手を守る時のほうがいい動きをする[7]。しかし、守備範囲も狭い[7]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000 TB 39 129 122 12 35 7 0 4 54 14 0 0 0 1 5 1 1 18 6 .287 .318 .443 .760
2001 111 434 411 42 102 25 1 8 153 45 1 3 0 0 23 2 0 72 18 .248 .288 .372 .660
2002 113 494 454 67 142 25 0 23 236 59 4 1 0 2 37 7 1 55 17 .313 .364 .520 .884
2003 162 706 636 91 198 47 3 34 353 107 2 3 0 9 53 17 8 80 19 .311 .367 .555 .922
2004 157 667 600 92 178 27 2 29 296 104 5 1 0 5 56 6 6 74 9 .297 .360 .493 .853
2005 154 636 575 70 150 26 2 22 246 92 8 7 0 7 49 13 5 88 12 .261 .321 .428 .749
2006 63 256 230 26 65 15 1 8 106 28 0 0 0 2 24 3 0 25 4 .283 .348 .461 .809
HOU 68 261 224 31 56 10 1 13 107 38 0 0 0 4 26 3 7 39 7 .250 .341 .478 .819
'06計 131 517 454 57 121 25 2 21 213 66 0 0 0 6 50 6 7 64 11 .267 .344 .469 .813
2007 BAL 151 603 550 68 154 34 5 15 243 72 1 1 0 4 48 2 1 87 13 .280 .337 .442 .778
2008 154 661 598 96 182 48 2 32 330 108 4 0 0 7 53 7 3 89 9 .304 .360 .552 .912
2009 110 480 430 51 109 24 1 13 174 72 0 6 0 5 41 7 4 74 12 .253 .321 .405 .725
DET 40 117 106 8 20 6 0 2 32 13 0 0 0 0 10 0 1 13 3 .189 .265 .302 .567
'09計 150 597 536 59 129 30 1 15 206 85 0 6 0 5 51 7 5 87 15 .241 .310 .384 .694
2010 SF 157 668 569 100 165 35 5 26 288 86 7 0 0 7 83 5 9 91 17 .290 .385 .506 .891
2011 150 579 521 45 128 27 1 12 193 59 5 3 0 9 47 6 2 90 11 .246 .306 .370 .676
2012 52 95 78 7 15 4 0 1 22 7 0 0 0 1 16 1 0 12 3 .192 .326 .282 .608
通算:13年 1681 6786 6104 806 1699 360 24 242 2833 904 37 25 0 63 571 80 48 907 160 .278 .342 .464 .806
  • 2012年度シーズン終了時

表彰[編集]

記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Aubrey Huff Awards” (英語). The Baseball Cube. 2009年8月8日閲覧。
  2. ^ NEW YORK (AP) (2005年4月18日). “A-Rod, Martinez both drive in six runs” (英語). ESPN.com. 2009年8月8日閲覧。
  3. ^ a b 「低迷した主砲がオフに放出か」『月刊スラッガー』2005年12月号 日本スポーツ企画出版社 73頁
  4. ^ Fordin, Spencer (2007年1月3日). “Huff, O's finalize three-year, $20M deal” (英語). MLB.com. 2009年8月8日閲覧。
  5. ^ a b 「ハフこそが探し続けてきた打者だ」『月刊スラッガー』2007年3月号 日本スポーツ企画出版社 79頁
  6. ^ 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』廣済堂出版、2008年、93頁頁。ISBN 978-4-331-51300-2 
  7. ^ a b c d e 「2004年日本開幕戦観戦ガイドブック」『月刊スラッガー』2004年4月号付録 日本スポーツ企画出版社 6頁

関連項目[編集]

外部リンク[編集]