ドーピング
ドーピング(英: doping)は、スポーツなどの競技で好成績を挙げるために薬物を投与したり、その他の物理的方法を採ったりすること。オリンピック、競馬など全ての競技で使用が禁止され、違反行為となるものを指す。
ドーピングを試みる者は、短期的な「効果」が得られるその主作用にばかり着眼するが、短期から長期に及ぶ副作用が心身に悪影響を与えることが知られており[1]、単に競技の公平性を担保する目的のみならず、競技者等の安全も目的としてドーピングは禁止されている。
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[編集] 語源
「ドーピング (doping)」は、英語の dope(英語発音: /ˈdoup/ ドウプ)に由来する動名詞であるが「dope」の語源は諸説ある。最も一般的に知られている説は、南アフリカの原住民が儀式舞踊を演じる際に飲用していたとされる「dop」というアルコール飲料に由来するというものである[2]。なお、dop を「カフィール族という部族特有のもの」とする説[3]が広まっているが、これは俗説である。カフィール(Kaffir)とは、英国統治下の南アフリカにおいて英語に輸入された言葉で、現地の先住民(すなわち黒人)を指す蔑称・差別用語。かつて日本でも「アフリカ黒人」という意味で差別的に「カフィール族(または赤色人種)」と呼ぶことがあった[4]が、実際のところカフィール族という部族が存在しているわけではない。またアフガニスタン国境沿いの地域(カフィリスタン)に住む非ムスリムの少数民族(カフィール族 Kafir ※正式名称はヌリスタン族)とも全く無関係である。しかし、同じ名称が付けられているのは偶然ではなく、どちらもアラビア語で「異教徒」を意味する kāfir(كافر)に由来している[5]。
もう一つの説は、オランダ語で「濃いディッピングソース」を意味する doop に由来するというもの[6]。この単語が米語に輸入され、様々な変遷を辿った上で「競技上のパフォーマンスを向上する目的で作られた薬剤の調合」という現在の意味になったという。ちなみに、当初は「麻薬(曼陀羅華の種子と混ぜた煙草の煙)を用いて相手を朦朧とさせた上で盗みを働くこと」を意味するスラングであった。
[編集] 対象
[編集] 人間
ドーピング禁止薬物の中には、アルコールやカフェインのように、法律上服用が許容され、さらに、市販の医薬品のみならず通常の飲食物にさえ含有されているものも多い。また、ドーピング検査による禁止薬物の検出を隠蔽するため、別の薬品を使用することもドーピングとみなされている。(なおカフェインについては、2004・2005年禁止リストで禁止物質から除外され、監視プログラムに移行した。[3])
持久力を高めるエリスロポエチンなどのように、もともと体内に存在する物質であるため検査が難しいものも多い。
競技成績向上のために薬物を使用するのは最近の風潮というわけではなく、競技者は数世紀にわたって様々な薬物を使ってきている。
また、近年、ドーピング指定薬が多くなるなど一層の厳格化が進んでいるが、その中で一部の効果の高い風邪薬や解熱剤、市販の医薬品でさえ禁止薬物に指定されうるなど、選手の体調管理が非常に難しくなっているという問題もある。実際に、シドニー五輪では女子体操のアンドレーア・ラドゥカンから市販風邪薬にも含有される薬物が検出され、金メダルを剥奪される事態となった。この様な状態を指して、極論ではあるが、「スポーツ選手は人ごみに近づくことすらままならない」と揶揄する者もいる[誰?]。
また、ドーピング騒動が繰り返されることで競技全体の公正への信頼性に疑念を抱かれ、純粋にプレーする選手にすら冤罪や疑惑の可能性がつきまとうなどの弊害も出てきている。実例としては陸上競技の男子ハンマー投があり、オリンピックではアテネ、北京の2大会連続でメダル獲得選手にドーピング問題が発生したが、これを受けてのハンマー投競技関係者のコメントは、繰り上がりでメダルの対象になる選手がいる国の関係者ですら、喜びではなく、競技への信頼性が損なわれることを懸念する声が並ぶ状態となった。
[編集] 動物
古代ローマの戦車競走の馬にアルコール発酵させた蜂蜜を与えたり、敵の馬に薬物を与えたりしたという。世界初のドーピング検査は1911年、オーストラリア競馬協会がロシアに依頼したもので競走馬の唾液にアルカロイドが検出されたという。当時は競走馬、競走犬で問題であった。1930年代からドーピング検査体制が整う。
現在は薬品によってはドーピングの対象となるかどうかについて国によって異なる判断がなされる場合もあるため、競走馬が海外遠征をした際に、遠征元の国では禁止されていない化学物質が遠征先の国で禁止薬物として検出され、処分が下されるケースもある。競走馬に対するドーピングの詳細については競走馬を参照されたい。
[編集] 禁止薬物
[編集] 人間
運動選手の間で用いられるドーピング薬剤で最も一般的なものは、アナボリックステロイドや以下の成分が主を占めており、これらの成分の他にも、市販の医薬品や処方箋でさえドーピング検査で引っかかる危険がある。[7]
IOC・FIFAはWADAに沿って以下が禁止事項とされている。
- アルコール
- クエン酸シルデナフィル
- テストステロン
- エリスロポエチン
- ホウタン:刺激性の赤い調合薬。鼻腔、口腔、陰茎に塗布
- 持続性エリスロポエチン受容体活性化剤
[編集] 競馬
詳細は「競走馬#競走馬のドーピング」を参照
[編集] 検査
現在のドーピング検査としては、競技後、上位に入賞した選手(あるいは出場の全選手)から尿や血液を採取して検査される(ビールをコップ1杯飲み、尿意を催したら採取するという方法が一般的。ビールには利尿作用がある)が、近年の遺伝子治療技術の発展により、新たな種類のドーピング「遺伝子ドーピング」につながるのではないかとの懸念が広がりつつある。この新種のドーピングは理論上、検出が非常に困難であり、長年にわたって不正利用が続けられる可能性がある。世界アンチ・ドーピング機構(WADA; World Anti-Doping Agency)は、遺伝子治療がドーピングの新たな手段となる前に、そのドーピング行為を発見するための研究を続けている。「遺伝子ドーピング」の場合、特殊な酵素やタンパク質、ホルモンを産出する遺伝物質を生体に導入する方法と、特殊な能力を秘めた遺伝子を生殖細胞系列に組み込むオプションがあるが、昨今問題視されているのは前者の「特殊な酵素やタンパク質、ホルモンを産出する遺伝物質を生体に導入する方法」である。
ドーピングは、あらゆる競技に対する、卑劣な不正行為とみなされている。筋力などの向上で不正に記録が塗り替えられるだけでなく、選手の健康に対する脅威にもなる。ドーピングの副作用である健康への害を起こす症状は、現役を引退するまで出ないことも多い。そしてドーピング行った選手や、それを黙認した関係者には何らかの権限を持つ機関によって、無期限の出場停止(永久追放)や罰金などの処分が科せられる。これは、不正使用であっても、処方薬さらには麻酔薬である場合、すなわち医学上の必要があってやむなく使用された場合であっても同様となる。
米ナショナルフットボールリーグ(NFL)と選手会は、来季からドーピング検査に関する基準を引き上げることに合意したと2007年1月24日に発表した。主な基準引き上げ点は、持久力のあるエリスロポエチン(EPO)を新たに検査対象に加える、シーズン中に毎週行われる検査の対象の人数が各チーム7人から10人に増やす、陽性反応を示した選手に対する罰則も強化し、出場停止期間中の年俸に加えて契約金の一部も剥奪する、などがある。
その一方、ドーピング検査は選手生命そのものを左右する重大な決定を行う資料として用いられるために、検査する側においてもこの正確さと公平性が厳しく問われる。検査する側、もしくはライバル選手と関係者が不正や工作を働く余地のないよう様々な手段が講じられている。例えば、尿検査の際は尿を採取するコップを複数の選択肢の中から選ぶ権利を被験者に与えるなどの手順が定められていると考えられる[4]。他にはもし禁止物質が検出されても、検体を分析機関に運搬する際に、運搬員が間違って検体を包んでいた袋を開封したといった些細な手続きの不備が判明した場合、被験者の利益を最優先し、検査結果を無効とし再検査を実施するなどの処置が講じられる[5]。
[編集] 日本におけるドーピング問題
日本におけるドーピング問題は、近年まであまり問題視されることはなかったが、同時に禁止薬物についての認識が薄いという問題もあった。1984年のロサンゼルスオリンピックでは、男子バレーボール選手が風邪薬として服用した漢方薬に禁止薬物の成分(興奮剤)が含まれていたことが検査で発覚した。このときはトレーナーが薬を手配し本人にその認識が全くなかったことからトレーナーには処分が下されたが、選手本人は免除されている。
日本においては1985年の神戸ユニバーシアードが契機となり、国内に初のドーピング検査機関が設けられた(現在は三菱化学メディエンスが唯一検査業務を担っている)。ドーピング問題はこれまでの所、さほど深刻なものとなってはいないが、それでもドーピングで出場停止を課される選手が散発的に出ている。
[編集] 国内競技における規制の進展
これまでドーピング検査が行われてこなかった大相撲では2009年よりドーピング検査が導入される予定で、その前段階として2008年9月に力士会においてドーピング検査を行っている(その際、一部力士から薬物反応が検出されている)。
かつて、プロ野球では試合前に飲酒して出場したようなケース(今井雄太郎など)があったが、現在は試合前の飲酒は規制対象となっている。またSUPER GTにおいては夏場の車内温度が60度以上にも達するためにドライバーの多くがレース前に脱水症防止策として点滴を行っていたが、これも2008年以降はドーピングの対象となり禁止されている。
最近はジュニア期からドーピング意識を持ってもらう目的も含め、全国高等学校総合体育大会でもドーピング検査が行なわれている。
[編集] IOCにおけるドーピングへの対応
第1種ブラックリスト
次のような行為を犯したものに対しては記録およびメダル等を剥奪し、IOCの第1種ブラックリストに登録され、登録された選手および関係者は永久追放処分とし、理由を問わず生涯除外されない。
- ドーピング検査を組織的に不正操作もしくは替え玉行為またはそれらの疑惑が発覚し、再検査を拒否し続けた場合(開催国からの国外逃亡も含む)。
- 意図的に組織ぐるみで行われていたと確証があった場合。
- 過去にドーピングの前科があり、常習犯と認定された場合。
- その他IOCの審査により第1種ブラックリストに登録した方が適切だと認定された場合。
第2種ブラックリスト
IOCの第2種ブラックリストの登録はドーピング検査で陽性反応または検査拒否を犯したものに対しては記録およびメダル等を剥奪し、IOCの第1種ブラックリストの対象外であることを条件に、登録された選手および関係者は無期限の出場停止、期限付きの出場停止、懲役刑または罰金刑、追加処分保留などがあり、処分完了後は除外される。但し懲役刑または罰金刑に関してはIOCの審査により第2種ブラックリストに登録される可能性がある。
[編集] ドーピングの法的問題
覚せい剤などの違法薬物の使用や、医師等の処方が必要な管理薬物の不正入手などによる場合はむろん例外であるが、一般に医師等により処方された薬物を自分自身に投与することは、たとえそれが本来の目的外の使用であり、結果として健康に良くない行為であったとしても個人の自由の範疇にあるかぎり違法性を問うことは難しい(愚行権)。しかし現実にはプロスポーツやオリンピックなどの公的大会では、選手が自己の意思により正当な手続きを経たものであったとしても、ドーピングはその行為をもって大会参加や入賞資格の剥奪理由とされ、あるいは解雇の対象とされる。この場合、他者危害の原則(他人に危害を加えない限り自己のことは自己で決定する権利を持つ)を逸脱した(かのように見える)ドーピング規制が現実の財産権の侵害(解雇など)や名誉の毀損(タイトル剥奪など)をもたらすことになり、このばあいドーピング規制の倫理的・法的根拠が問題となる。
加藤尚武は3つの面からドーピング規制を説明する。第一は競技ルールの点で、ドーピング自身は自己危害の範疇でありその使用が法律上禁止されていなくても、スポーツのルールとして禁止することを妨げるものではない。第二は選手の健康を現実に損なうことである。第三はドーピングが個人の自由と権利を損なうことである。勝利と名誉のために副作用を受けても良いという選手がいたとしても、それは近代社会が保障しようとする自由や権利を逸脱している。ドーピングしないで真面目に練習に励み、競技に挑んでいる他の選手の正当な自由と権利を踏みにじり、規則を破ってまで求めようとする身勝手な「自由」と「権利」は受け入れられるものではなく、否定し排除されるべきものである。特に第三点については「みなドーピングを使えば良い」「ドーピング使用者と不使用者を区別すればよい」なるドーピング容認論がありえるとし、そのうえで第一第二の危険性を考慮したうえでも「使ったもの勝ち」の不公平が重大であり「正直者が損をする」ことがないように倫理命法として「ドーピングの禁止を徹底することによって正直者が損をする不公正を防ぐべきだ」は正当性をもつとする[8]。
米国では2004年にアナボリックステロイド禁止法が制定され、ドーピング使用が違法化された[9]。
[編集] ドーピング事件
スポーツと薬物とのかかわりは紀元前からのものである。古代オリンピックにもあぶった牛の骨髄のエキスを飲む、コカの葉を噛むなど、天然由来の薬物を摂取した選手たちの記録が残っている。
- 近代スポーツ史上初めて報告されたドーピングの事例は、1865年にアムステルダムの運河水泳におけるオランダの競泳選手による覚醒剤の使用である。
- 1886年ボルドー-パリ間の600km自転車レースでイギリスの選手がオーナーから投与のトリメチルの過剰摂取により死亡、近代スポーツ初の死者となった。その他にも19世紀後半にはヨーロッパの自転車選手が痛みや疲労の抑制のためにカフェインやエーテル付き砂糖といった薬物を使用していた。
- 1904年のセントルイスオリンピックのマラソンではアメリカのトーマス・ヒックスが優勝し、ゴール後そのまま倒れた。数時間かけて介抱され意識が戻ったが、ヒックスは疲労防止のために興奮剤入りのブランデーを飲んでいた。ただし、当時はルール違反ではなかったため現在も公式の金メダリストとされている。
- 1960年のローマオリンピックにおいては自転車のロードレース競技でデンマークのヌット・エネマルク・イェンセン(en:Knud Enemark Jensen)が急死する事件が発生し、調査の結果興奮剤を服用していたことが判明する。
- 1967年、ツール・ド・フランスに参戦中のトム・シンプソン(イギリスナショナルチーム)がモン・ヴァントゥ直前で倒れて急死。体内からアンフェタミン、利尿剤、アルコールなどが検出され、限界を超えた走りをしたためと確認された。
- 1972年、ミュンヘンオリンピック・競泳でリック・デモント(アメリカ)が400m自由形に出場し優勝したものの、検査でエフェドリンが検出されてメダル剥奪となった(ドーピング検査による金メダル剥奪の第1号選手)。デモントは喘息の持病があり、チームドクターらが「エフェドリンは喘息治療上欠かせない薬物であり、競技における不正の意図はない」と訴えたが、IOCはこれを退けた(医療目的の薬物を使用したことによる、初のドーピング)。
- 1976年のインスブルックオリンピックの70m級ジャンプで金メダルを獲得したハンス=ゲオルク・アッシェンバッハが、1988年の西ドイツ亡命後、テストステロンとプロビオナートを五輪当時服用していたこと、1983年以降はチームドクターとしてナショナルチームやジュニアチームに服用させていたことを証言した。
- 1988年、ソウルオリンピック100mで当時の世界新記録を出したベン・ジョンソンがドーピング禁止薬物の検出により失格となり世界中に衝撃を与えた。
- 陸上女子におけるフローレンス・ジョイナー、マリタ・コッホ、中国の馬軍団(王軍霞ら)などの驚異的な世界記録はドーピングによるものではないかという疑惑は現在でもつきまとっている(ただし再検証は困難であるため、記録は抹消されていない)。
- 1980年代の旧ソ連や東ドイツなどの東側諸国において「ドーピングが国家レベルで組織的に行われていた」とする証言が多数存在している[10]。その残滓とも思われる世界記録は今でも多く破られずに残っている。
- 1998年、ツール・ド・フランスで広範囲なドーピング疑惑が噴出した。ここで問題となった通称EPO(エリスロポイエチン)と呼ばれるドーピングを行うと、赤血球の生成を促進することで赤血球が増加し、血液の酸素運搬能力が向上させて持久力を上げることが可能だが、血液が濃くなり過ぎることで人体に重篤な障害を引き起こす可能性があり、ヘマトクリット(血液中に占める血球の容積率)の許容値を規定することで規制しようとの動きが活発になった。
- 長野オリンピックのスノーボードの試合で金メダルを獲得したロス・レバグリアティ (w:en:Ross Rebagliati)がドーピング検査の結果大麻の陽性反応が出たため、メダルが剥奪されかける騒ぎがあった。ただし、オリンピックの時点では、すでに大麻を吸っていなかったことなどから、最終的に処分は取り消されている。
- 2004年のアテネオリンピックでも、24人がドーピングを行っていたとされる。その中には出場辞退したギリシャの2選手、ハンマー投で渦中のアドリアン・アヌシュ(ハンガリー)や砲丸投のイリーナ・コルジャネンコ(ロシア、1999年の世界室内陸上選手権でも前科あり)なども含まれている。
- EPOドーピング問題は古くからサッカー界でも知られており、ヨーロッパの有力クラブチームなどで組織ぐるみで行われていたとも噂されている。1954年のワールドカップで優勝した西ドイツや、1966年のワールドカップでイングランド大会で旋風を巻き起こした北朝鮮の選手に対して、EPOドーピング使用の疑惑を訴えるジャーナリストも多い。1994年に1994 FIFAワールドカップで当時アルゼンチン代表だったディエゴ・マラドーナが、ドーピング検査でエフェドリンが検出され、無期限の出場停止で大会から追放された。最近では、2004年にアーセナルのアーセン・ベンゲル監督が所属している外国人選手の中に、以前所属していたクラブでドーピングをしていた可能性のある選手がいると発言し、世界中に波紋を広げた。
- メジャーリーグではバリー・ボンズやマーク・マグワイア、サミー・ソーサなどが、筋肉増強系の薬物を使って筋力を向上させ、ホームランの量産などに繋げたという疑惑がある。
- プロボクシングではフランソワ・ボタやジェームズ・トニーなどが試合後のドーピング検査をパスできずに世界タイトルを剥奪されている。
- 2005年12月13日、スポーツ仲裁裁判所(CAS、Court of Arbitration for Sport)は陸上男子100メートルで米の元世界記録保持者ティム・モンゴメリ(30)に対し、2005年6月から2年間の資格停止とすると発表した。併せて、2001年3月以降の成績は全て抹消されることになり、2002年9月にマークした9秒78の世界記録(当時)も無効になった。
- 2006年2月9日、フランスの競馬統括機関であるシュヴァルフランセが、同年1月29日に行われた同国最大の競馬の競走、アメリカ賞に出走し1位に入線したフランス所属のジャグドベルウから禁止薬物のトルフェナム酸が検出されたと発表。調査の結果として競走馬関係者の故意でも過失でもなかったことが判明したが(飼料の製造中の事故による混入だった)、規程により失格となった(正確にはドーピングではない)。同事件はフランスやスウェーデンなどで大きく報じられた(詳細はJAIR海外競馬速報を参照)。
- 2006年3月17日、国際野球連盟(IBAF)は、国別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で準決勝に進出した韓国代表の朴明桓投手にドーピング検査で陽性反応が出たと発表した。WBC初めての違反者となった朴明桓は、登録枠30人から除外されることになった。
- 2006年4月28日、マイナーリーグ3Aノーフォークに所属する入来祐作投手が薬物検査に引っ掛かり、50試合の出場停止処分を科された。使用薬物はステロイドホルモン。
- 2006年5月、オペラシオン・プエルトにより、自転車ロードレースで大規模なドーピング事件が発覚。この事件によりヤン・ウルリッヒが引退、イヴァン・バッソが長期出場停止となるなど多くの選手に影響が及んだ。またこの事件の余波は2007年も続き、同年ツール・ド・フランス出場中のミカエル・ラスムッセンがチームから追放処分を受けるなど、ロードレース界におけるドーピング問題の根の深さが明らかになった。
- 2006年10月19日、フランスの競馬統括機関であるフランスギャロは同年10月1日にフランスのロンシャン競馬場にて行われた競馬の第85回凱旋門賞において、3着に入線した競走馬ディープインパクトの馬体から禁止薬物であるイプラトロピウムが検出されたと発表した、その後フランスギャロは同年11月16日に同馬に失格の裁定を下した。(詳細はディープインパクト禁止薬物検出事件を参照)。しかし、レース当時、日本の法律上ではこの薬物は禁止薬物には指定されておらず、海外でもアメリカやイギリス・アイルランドも指定されていなかった(後に指定された)ため、フランスが厳しかったのではとの意見もある。
- 2007年5月8日、Jリーグ・川崎フロンターレに所属する我那覇和樹選手が静脈注射を行い、Jリーグドーピング委員会が我那覇の健康状態に対し、当該静脈注射が緊急かつ合理的な医療行為とは認められないものであり、ドーピング禁止規定に抵触することから、6試合の出場停止処分を科した。しかし、実際は点滴にビタミンB1を追加していただけであり(疲労回復目的の所謂ニンニク注射とも異なり、医療目的の範囲で投与されたにすぎなかった)、全てのJクラブのチームドクターから連盟に質問状を出される事態となった。その後、CASで我那覇の無罪は認められ、Jリーグは謝罪したが、我那覇は潔白を証明する為に大きな精神的負担・経済的負担を余儀なくされた。
- 2007年8月10日、プロ野球・福岡ソフトバンクホークスのリック・ガトームソン投手がドーピング(薬物使用)検査で陽性反応を示したため、この日から20日間の出場停止処分と、ソフトバンク球団に制裁金750万円を科した。日本のプロ野球でドーピング違反が発覚したのは初めて。原因は約2年前から服用している発毛剤に禁止薬物である「フィナステリド」が含まれていたものであり、2007年2月のキャンプで服用していることを球団側に伝えていたため、本人への処分は比較的軽くなり、球団側への処分は重くなった。(なお、フィナステリドについては2009年より禁止薬物から除外されている)
- 2007年12月14日、2006年3月にメジャーリーグのバド・セリグコミッショナーから選手のドーピングに関する調査責任者の就任任命を受け調査を進めていた、ジョージ・J・ミッチェル元上院議員による調査報告書(ミッチェル・リポート)が発表され、その中でロジャー・クレメンス、バリー・ボンズ、ゲイリー・シェフィールド、ミゲル・テハダ、エリック・ガニエといった有名選手の疑惑が取り上げられた(メジャー・リーグ薬物使用疑惑)。同報告書には日本プロ野球でもプレーしたアレックス・カブレラ、ジェフ・ウィリアムス、アダム・リグスらの疑惑も記載されている。
- 2008年5月26日、プロ野球・読売ジャイアンツのルイス・ゴンザレス選手が同年4月30日の対広島東洋カープ戦終了後に行われたドーピング(薬物使用)検査で禁止薬物の一つである「グリーニー」(興奮剤でクロベンゾレックス製剤。体内でアンフェタミンやパラヒドロキシアンフェタミンを生成する。名は緑色の錠剤であることにちなむ)が検出されたため、5月26日から一年間の出場停止処分が科され、これを受けて巨人はゴンザレスを解雇処分とした。ゴンザレスの働きでチームの勝利につながった試合もあったため、球界全体を揺るがす騒動になった。なお、日本のプロ野球においてドーピングにより解雇処分となったのはこれが初めてとなる。
- 2009年10月22日、プロ野球・中日ドラゴンズの吉見一起投手に対し、日本プロ野球組織医事委員会が反ドーピング規定に抵触する可能性があるとして、東京都内で本人に事実確認をし、23日に球団にカルテなどの資料の提出を求め、詳細に検討する意向を示した。これは中日新聞が同年10月22日付で、吉見がインタビューで、「今年7月途中から、登板前後にナゴヤドーム内の医務室で30分程度の時間をかけ、点滴を受けていた。」と答えた『吉見 決戦に備えニンニク注射』という記事を掲載したことによるものであり、即日NPB側が事実確認に乗り出したものである。[11]。この一件はクライマックスシリーズ直前の、しかもWBCにおける原監督と落合監督の因縁の対決ともあり、マスコミは大々的に報道した。その後同席した球団代表が「問題ないと思っている。正当な医療行為だと証明する。」と発表。24日、NPB側が調査の結果、「医学的に正当な治療行為の範ちゅうにある。複数回行われていたが、日常的に行われていたわけではない」と違反はなかったとの判断を示した。[12]
[編集] 脚注
- ^ 愛甲猛は、1995年から引退までの約5年間、ホルモン剤の「アンドロステンディオン」を使ったという経験を次のとおり述べている(週刊新潮2009年7月23日号)。
- 「薬を使ったトレーニングの効果」として、「とにかくすべての力、体力、持久力、精力が異常に強くなり…」と、副作用に関して「引退(2000年)の2年前から激しい動悸が起きるようになって、量を減らして…」、「引退から3カ月ばかり経ったころ、…(病院で)『静脈血栓』と診断され、即入院を言い渡された…」
- ^ Verroken Baillière’s (2000) Clin Endocrinol Metab; 14: 1–23. cited by A. J. Higgins (2006) From ancient Greece to modern Athens: 3000 years of doping in competition horses Journal of Veterinary Pharmacology and Therapeutics V 29 I s1 Pg 4-8.
- ^ 『新・ドーピングってなに?』(日本水泳連盟、1996)など他多数
- ^ 大杉栄『奴隷根性論』他
- ^ かつてアラブの交易商人たちが非ムスリムであるアフリカ黒人を「異教徒」と呼んだことに由来する(Wikipedia英語版 Kafir の項目より)。
- ^ Barnhart (2003) In Chambers Dictionary of Etymology. ChambersHarrap, Edinburgh. ited by A. J. Higgins (2006) From ancient Greece to modern Athens: 3000 years of doping in competition horses Journal of Veterinary Pharmacology and Therapeutics V 29 I s1 Pg 4-8.
- ^ 蛋白質同化性ステロイド(筋肉増強剤)(Anabolic Steroids)
- ^ 「合意形成とルールの倫理学」加藤尚武(2002年)P.88~。直接はここから引用[1]
- ^ Anabolic Steroid Control Act of 2004[2]
- ^ ドーピングが厳しく検査されるようになる前と後では、メダル獲得数に明らかに差が見られる。ただし、ドーピングに対する規制強化が謳われた時期は偶然にもソ連崩壊や東欧の民主化が進展しており、これに伴い国内が混乱していたこと、急激な資本主義化により国家レベルによる選手の育成が図られなくなったことに留意する必要がある。
- ^ 疑惑の最多勝投手中日吉見のドーピングを親会社中日新聞が堂々と記事に Pop Up 2009年10月23日付
- ^ NPB、中日・吉見に違反なしの判断下す サンケイスポーツ 2009年10月24日付
[編集] 参考文献
- カール‐ハインリッヒ ベッテ、ウヴェ シマンク 木村真知子 訳 『ドーピングの社会学―近代競技スポーツの臨界点』 不昧堂出版 ISBN 4829304057
- 高橋正人、河野俊彦、立木幸敏 『ドーピング』スポーツの底辺に広がる恐怖の薬物 ブルーバックス 講談社 ISBN 4062572990
- 北浦伸一 「バルクアップⅠードーピングマニュアル」ナユタ ISBN 9784990363802 ブログhttp://pump.mo-blog.jp/asuran/
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク