アドリアン・アヌシュ

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Flag of Hungary.svg この項目では、印欧語族風の表記法に従い、名前を名姓順で表記していますが、ハンガリー語圏の慣習に従いアンヌシュ・アドリアーンと表記することもあります。
アドリアン・アヌシュ Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム アンヌシュ・ジョルト・アドリアーン
国籍 ハンガリーの旗 ハンガリー
種目 ハンマー投
生年月日 1973年6月28日(41歳)
生誕地 ハンガリーセゲド
身長 194cm
体重 102kg
自己ベスト ハンマー投 : 84m19cm(2003年)
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アドリアン・アヌシュアンヌシュ・ジョルト・アドリアーンAnnus Zsolt Adrián[1], 1973年6月28日 - )は、ハンガリーセゲド出身のハンマー投選手。

経歴[編集]

父親のアンヌシュ・ゲーザ (Annus Géza) からコーチを受け、1989年にソンバトヘイへ移住する。1996年アトランタ五輪でオリンピックに初出場。2000年シドニー五輪にも出場した(アトランタ、シドニーではともに予選落ち)。2003年世界陸上選手権ではハンマー投の銀メダルを獲得した。

2004年アテネ五輪のハンマー投競技で「83.19m」の記録で金メダルを獲得。競技後の尿検査の結果は陰性だったが、アヌシュと同じコーチに指導を受ける円盤投げの選手がドーピング監査において尿検体のすり替えを行っていたことが判明した。よって、国際オリンピック委員会 (IOC) はアヌシュに対しても再検査を決定した[2]。しかし、アヌシュがこれを拒否し続けたため、競技直後に採取した尿と以前に採取していた尿との比較を実施し、別人のものであると判定[2]。IOCは規定違反と認定し、2位だった日本室伏広治に繰り上げで金メダルを授与する決定した[2]。その後も、アヌシュは金メダル返還を拒否し続け、室伏を非難する声明まで発表した。後日“真実の金メダル”が室伏に届けられ、アヌシュは現役を引退し、IOC第1種ブラックリストに登録された。

一連のスキャンダルから3年後、アヌシュは2007年から競技生活に復帰した。しかし2008年北京五輪の出場は、IOCの第1種ブラックリストに登録されている為、拒否された。

2012年1月、クイズ・タレント名鑑に出演した際に北京オリンピック出場を拒否された2008年には既に引退していたことが判明した。

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ ハンガリーの人名は姓・名の順に表記されるため、正式にはアンヌシュ・ジョルト・アドリアーン
  2. ^ a b c 「オリンピックに賭けるスポーツビジネスの夢 - アスリートを支えるミズノ、二人三脚の闘い」『日経スペシャル ガイアの夜明け 終わりなき挑戦』 テレビ東京報道局、日本経済新聞出版社〈日経ビジネス人文庫〉、2005年11月1日、第8刷 (2007-06-11)、338、339ページ。ISBN 978-4-532-19321-8

外部リンク[編集]