シュテファン・シューマッハー
|
||||
|---|---|---|---|---|
| 個人情報 | ||||
| 本名 | シュテファン・シューマッハー Stefan Schumacher |
|||
| 生年月日 | 1981年7月21日(30歳) | |||
| 国籍 | ||||
| チーム情報 | ||||
| 分野 | ロードレース | |||
| 役割 | 選手 | |||
| プロ所属チーム | ||||
|
2002–2003
2004 2005 2006-2008 2010- |
チーム・テレコム チーム・ラモンタ シマノ・メモリーコーポ ゲロルシュタイナー ミケ ミケ・グエルチョッティ |
|||
| 主要レース勝利 | ||||
| ツール・ド・フランス 区間通算1勝 エネコツアー 2006 ツール・ド・ポローニュ 2006 アムステルゴールドレース 2007 |
||||
| 最終更新日 2009年1月7日 |
||||
シュテファン・シューマッハー(Stefan Schumacher、1981年7月21日- )は、ドイツ・バーデン=ヴュルテンベルク州北部のグロスベットリンゲン出身の自転車競技選手。愛称は「シューミ」
目次 |
[編集] 来歴
2002年にチームテレコムと契約を結んでプロ入り。ゲロルシュタイナーに移籍した2006年は大活躍の年となり、ジロ・デ・イタリアで区間2勝。また、エネコ・ツアー、ツール・ド・ポローニュで総合優勝を果たし、UCIプロツアーでは10位と健闘した。
2007年は、アムステルゴールドレース優勝、バイエルン一周総合優勝、世界選手権個人ロード3位等の実績を残す。
2008年のツール・ド・フランス第4ステージと第20ステージの個人タイムトライアルで勝利。なお第4ステージの終了時点では総合1位となりマイヨ・ジョーヌを手に入れた。その後、2ステージマイヨ・ジョーヌをキープする活躍を見せたが、第6ステージのゴール直前で落車のアクシデントに見舞われた為(救済措置などは取られなかった)2日間でマイヨ・ジョーヌを手放した。
2009年からはクイック・ステップに移籍する事が決定していたが、下述のドーピング問題が発覚した。
[編集] ドーピング問題
2008年10月6日付のBBCニュースによると、同年のツール・ド・フランスにおける血液サンプルから、CERA(持続性エリスロポエチン受容体活性化剤=Continuous Erythropoietin Receptor Activator)の陽性反応が発覚[1]。これを受け、ドイツ自転車競技連盟は2年間の出場停止処分を科した。加えて2009年4月29日には、北京オリンピックにおけるドーピング再検査のAサンプルにおいてもCERA陽性が判明した[2]。なお、2008年までチームメイトだったダヴィデ・レベッリンにも同様の陽性反応が出ている[3]。
また、直接の処分は受けていないが、過去にシューマッハーは下記の事例によりその疑いを持たれたことがあった[4]。
2007年10月7日、飲酒運転事故を起こして運転免許剥奪処分を受けた際、アンフェタミンが検出された。但しアンフェタミンについてはレース中以外では検査対象薬物の対象とはされないため、ドーピングという形では処分を受けなかった。なお、2005年にも禁止薬物に指定されているカチンの陽性反応が出たが、花粉アレルギー対策として使用されたものとして、こちらもドーピングの処分を免れている。
2010年、イタリアのプロコンチネンタルチーム、ミケ・グエルチョッティと契約。
[編集] エピソード
F1選手のミハエル・シューマッハとは無関係だが、2008年のツール・ド・フランスで活躍し注目を集めた際、インタビューでは何度も「ミハエル・シューマッハと親戚か?」聞かれたため「ミハエルのことでは無く、もっと自分の事を聞いて欲しい」と不満を漏らした。