アリスター・オーフレイム
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | アリステア・セース・オーフェレーム[1] (Alistair Cees Overeem) |
| 通称 | ザ・リーム ザ・デモリションマン ダッチ・サイクロン |
| 国籍 | |
| 誕生日 | 1980年5月17日(33歳) |
| 出身地 | ハウンズロー |
| 所属 | リングス・オランダ →ゴールデン・グローリー →エクストリーム・クートゥア →ブラックジリアンズ |
| 身長 | 195cm |
| 体重 | 116kg |
| 階級 | ヘビー級 |
| スタイル | キックボクシング |
| テーマ曲 | The Anthem 2004(Sensation) |
アリスター・オーフレイム(Alistair Overeem、男性、1980年5月17日 - )は、オランダの総合格闘家、キックボクサー。イングランド・ハウンズロー出身。アムステルダム在住。ブラックジリアンズ所属。元Strikeforce世界ヘビー級王者、元DREAMヘビー級暫定王者。K-1 WORLD GP 2010王者。
日本でのニックネームは「ダッチ・サイクロン」であり、PRIDE時代に笹原圭一が考案した[2]。日本国外では「デモリションマン」(「破壊者」の意)と呼ばれる。総合格闘家ヴァレンタイン・オーフレイムは実兄。日本における芸能活動のマネージメントはよしもとクリエイティブ・エージェンシーとなっている[3]。
目次 |
ファイトスタイル[編集]
破壊力とスピードを兼ね備えたストライカー。以前は大幅な減量のためにすぐにスタミナ切れを起こし、試合開始直後の数分間は攻撃的であるが、それを過ぎると途端に動きが悪くなることがあったがウェイトアップした現在では大幅に改善されてきている。また勝敗にかかわらず一本・KO決着が多く、長い手足を生かしたパンチと膝蹴りで多くのKOを奪い、得意の打撃を活かしてK-1ルールでも活躍している。リーチは207cm(約81.5インチ)。K-1ルールの試合ではMMAルールの試合と同じように相手を投げ飛ばす反則を犯すことが多くあり、特にピーター・アーツ戦では故意に投げ技を連発したことで一部のファンから批判を浴びた。運営側からは崩しであるとして問題はないとされていたが、業務停止処分中の角田信朗に代わってK-1特別競技統括プロデューサーを務めた石井和義から「アリスターの投げ技は反則」と明言された。また、膝蹴りを得意としているが、K-1ルールでは「首相撲からの膝蹴りは1回まで」と定められているため、エヴェルトン・テイシェイラ戦、ジャバット・ポトラック戦と2大会続けて首相撲に近い状態からの膝蹴りでKO勝ちしたことに対して、「アリスターの反則負けではないか」という抗議を受けている(一度手を離して首相撲をセットし直しているようにも見えるためか結果は覆らなかった)。その後K-1はそういったアリスターやシュルトの体格を生かした膝蹴りの対策としてなのか立ち技格闘技としては異例中の異例ともいえる『首相撲からの膝蹴りが完全に禁止』となったが、それをモノともせずにK-1王者となった。サブミッションの技術にも長けており、特に腕力と体格を活かしたフロントチョークを得意技とする。2005年1月にはアブダビコンバット欧州予選では全試合ギロチンチョークで一本勝ちし、優勝した[4](2005年5月の世界大会はPRIDE専念を理由に欠場した[5])。
来歴[編集]
1980年、ジャマイカ人の父とオランダ人の母の間にイングランド・ハウンズローに生まれる。父母が離婚したため、6歳の頃、母と兄ヴァレンタインと共にオランダのユトレヒト州アメルスフォールトに移住。幼少期から柔道、陸上競技、バスケットボールなどのスポーツを経験し、15歳のとき、兄の紹介で、クリス・ドールマンの下で総合格闘技のトレーニングを開始した[6]。
総合格闘技[編集]
1999年10月28日、リングスKOKトーナメントで初来日。コーチキン・ユーリに判定負け。
2000年にゴールデン・グローリーに加入。
2002年12月23日、PRIDE初参戦となったPRIDE.24でヴォルク・アターエフと対戦し、膝蹴りでKO勝ち。
2003年8月10日、PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦のミドル級GP1回戦でチャック・リデルと対戦し、序盤は圧倒していたが、スタミナ切れで逆転KO負け。
2005年にPRIDEミドル級グランプリに参戦。1回戦でビクトー・ベウフォートを、2回戦でイゴール・ボブチャンチンをいずれもフロントチョークで破るが、準決勝ではマウリシオ・ショーグンにパウンドでKOされてしまい決勝進出は逃してしまった。
2006年2月26日、PRIDE.31でセルゲイ・ハリトーノフと対戦し、試合開始直後にテイクダウンを奪取。ここでハリトーノフは受身を取り損ねて肩を脱臼。最後はグラウンドでの膝蹴りの連打でTKO勝利。
しかし、その後のPRIDEではファブリシオ・ヴェウドゥム、アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ、ヒカルド・アローナ、マウリシオ・ショーグンとブラジル人総合格闘家相手に4連敗。
2007年6月23日、IT'S SHOWTIME(K-1 WORLD GP 2007 IN AMSTERDAMと同時開催)でMMAルールの試合を行ない、マイケル・ナープに変形ギロチンチョークで一本勝ち。
2007年9月17日、HERO'Sに初参戦。かつてPRIDEのリングで勝利したセルゲイ・ハリトーノフと再戦したが、TKO負け。
2007年11月16日、Strikeforceに参戦。ポール・ブエンテロに2R膝蹴りを腹に浴びせTKO勝利し、初代Strikeforce世界ヘビー級王座に就く。
2008年6月15日、DREAM初参戦となったDREAM.4でイ・テヒョンと対戦し、開始36秒左膝蹴りでKO勝ち。試合後のリング上でミルコ・クロコップとの対戦を要求した。
2008年7月21日、DREAM.5でマーク・ハントと対戦し、ハントの打撃を受けそのままダウン気味になぎ倒されるが、追撃に来たハントに対し下からV1アームロックを仕掛け一本勝ち。試合後のリング上で再度クロコップとの対戦を要求した。
2008年9月23日、DREAM.6でミルコ・クロコップと対戦。組みの状態からアリスターの膝蹴りが偶発的にミルコの下腹部へ入り試合が止まった。試合再開後も同じようにアリスターの膝蹴りがミルコの下腹部に再度入ったため、ミルコがこのアクシデントにより右の睾丸が体内に陥没してしまい手術を受けないといけないほどの重症を負い試合続行不可能となりノーコンテストとなった。
2009年10月25日、DREAM初のケージ開催となったDREAM.12のメインイベントでジェームス・トンプソンと対戦し、開始33秒フロントチョークで一本勝ち。試合後には「2010年4月にエメリヤーエンコ・ヒョードル選手と対戦したい」とコメントした[7]。
2009年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜のDREAM vs SRC 対抗戦で藤田和之と対戦し、左膝蹴りでKO勝ち。藤田はエプロンサイドから自力で起き上がれないほどのダメージであった。試合後の記者会見でエメリヤーエンコ・ヒョードルとの対戦を熱望した。
2010年5月15日、Strikeforce: Heavy ArtilleryのStrikeforce世界ヘビー級タイトルマッチでブレット・ロジャースと対戦し、マウントパンチでTKO勝ちを収め王座初防衛に成功した。
2010年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜で行なわれたDREAMヘビー級暫定王座決定戦でトッド・ダフィーと対戦し、KO勝ちで暫定王座を獲得した。
2011年6月18日、Strikeforce: Overeem vs. Werdumでファブリシオ・ヴェウドゥムと対戦。互いに相手の長所を潰し合う展開となるが、ファブリシオが試合中に足をひねるなど負傷し、その結果アリスターの打撃を嫌い自らオクタゴンに寝転がるシーンも目立ったためか判定勝ちを収めた。しかし、この試合後に大会を運営するズッファ社と自身が所属するゴールデン・グローリーが選手の契約形態をめぐり対立し、SFを解雇される。同時にアリスターが保持していたStrikeforce世界ヘビー級王座も剥奪となった。
2011年9月21日、ゴールデン・グローリーを離脱。エクストリーム・クートゥアを拠点とする。
2011年12月30日、UFC初戦となったUFC141でブロック・レスナーと対戦。レスナーの腹に得意の膝蹴りを連打、防戦一方のレスナーに左ミドルキックをクリーンヒットさせしゃがみこんだレスナーにパウンドを浴びせ1RTKO勝ち。UFC世界ヘビー級王座への挑戦権を獲得した。
2012年5月26日のUFC 146でジュニオール・ドス・サントスの持つ、UFC世界ヘビー級王座へ挑戦する予定だったが抜き打ちで行われた薬物検査で陽性となり、そのドーピング検査で筋肉・筋力増強・攻撃性や回復力の向上、痛み抑制、神経伝達スピードなどを高めるなどの効果があるステロイドホルモンの一種、テストステロンが規定値を大幅に超えた高濃度(常人の10倍以上)検出されたため挑戦権を剥奪された。(※後にアリスターの尿からは常人の14倍のテストステロンが検出されたことがNSACの代表、キース・カイザーの口から語られた。)これに対しアリスター側は医師の確認と了承を得て、「知らずにテストステロンが含まれていた抗炎症薬を注射した」と主張したが、NSACはその医師が曖昧な供述しかしない点や、アリスターが抜き打ち検査会場から逃げ出した点などから、不自然な部分の多いアリスター側の主張を退け、薬物検査日の3月27日にさかのぼり9ヶ月間の出場停止処分を課した[8]。
2013年2月2日のUFC156ではアントニオ・シウバと対戦。タイトル挑戦権を賭けた戦いで、序盤を優勢に進めるも3Rで逆転KO負け。突飛した攻撃力とスタートダッシュの反面、守勢にまわると一方的に制圧されることとスタミナの無さを露呈してしまう。出場停止明けという大事な試合を落としてしまいヘビー級戦線から大きく後退した。
キックボクシング[編集]
2001年2月4日、K-1オランダ大会でエロル・パリスにKO負け。
2004年5月30日、一撃でグラウベ・フェイトーザと一撃キックルールで対戦し、右アッパーで1RKO負け。
2008年12月31日、Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜でバダ・ハリとK-1ルールで対戦し、膝蹴りからの左フックでダウンを奪い、最後は左フックで再度ダウンを奪いKO勝ち。
2009年3月28日、K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMAのスーパーファイトにて昨年の王者レミー・ボンヤスキーとK-1ルールで対戦。1R、2Rとプレッシャーをかけペースを握るも、3Rにダウンを奪われ判定負け。
2009年9月26日、K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16に推薦枠にて出場。ピーター・アーツと対戦し、アーツの攻撃をくらいながらも怯むことなくパワーで圧倒して判定勝ちで準々決勝進出。しかし、試合中に何度も反則の投げ技を連発したことに批判が起きた。
2009年12月5日、K-1 WORLD GP 2009 FINALに出場。この大会の開会式前にて、業務停止処分中の角田信朗に代わってK-1特別競技統括プロデューサーを務めた石井和義によるルール説明が行なわれ、「開幕戦でアリスター選手がやったような投げ技は反則です」と明言した。準々決勝でエヴェルトン・テイシェイラに左膝蹴りで1RKO勝ち。続く準決勝では昨年の大晦日に対戦したバダ・ハリと再戦。1Rに2度のダウンを奪われKO負け。大会後、谷川貞治イベントプロデューサーはテイシェイラ戦で掴んでから膝蹴りを2回繰り出しKOしたことについてテイシェイラ陣営から「首相撲からの膝蹴りを2回やったのだからアリスターの反則負けだ」という抗議を受けたことについて、「反則ギリギリだと思います。掴んだまま二回の攻撃はダメなんで、微妙です。」とコメントした[9]。その一方、角田信朗は自身のブログで「二発の膝の間に間違いなく首相撲状態は一瞬解除されてるんであれは反則ではありません」と見解を載せている[10]。
2010年4月3日、K-1 WORLD GP 2010 IN YOKOHAMAでジャバット・ポトラックと対戦し、右膝蹴りでKO勝ち。しかし、またしても首相撲からの膝蹴りだという抗議がポトラック陣営から寄せられたが、結果は覆らなかった。
2010年10月2日、K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16でベン・エドワーズと対戦。この大会から首相撲からの膝蹴りが完全に禁止となったが、パンチで3度のダウンを奪いKO勝ち。
2010年12月11日、K-1 WORLD GP 2010 FINALで準々決勝のタイロン・スポーン戦で序盤やや苦しんだものの、徐々にペースを掴んで判定勝ち。準決勝のグーカン・サキ戦はオーフレイムの左ミドルキックでサキが右肘を負傷、試合続行不可能となりKO勝ち。決勝のピーター・アーツでは開始1分でKO勝ちを収め優勝した。
人物・エピソード[編集]
- 身の丈ほどもある巨大な「木製のハンマー」を会見や試合の入場時に持参することも有名である。本人はハンマーについて「デモリッションマンとして何でも破壊する自分のキャラクターのイメージ」だと語っている[11]。
- DREAM.6でのミルコ戦の直後にリングに上がったバダ・ハリが「今日は抱き合ったりキスしたりするのしか見ていない。」と総合格闘技そのものを否定するような発言をし、更には観客に「本物の闘いが見たければK-1に来い」と発言したことについてアリスターは「俺はMMAファイターだが、K-1をリスペクトしているのに、なぜ奴にはMMAをリスペクトする気持ちが無いんだ!」と激怒した。その3か月後のDynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜にてK-1ルールでハリとの対戦が決定した際、アリスターは自身の公式サイトで「2009年早々にMMAルールで再戦することにも合意した」と発表した(DREAMの笹原圭一、K-1の谷川貞治、ハリ陣営はその契約を否定。)。そして大晦日の対戦ではアリスターがKO勝利を収めた。大会後にアリスターはハリについて「ハリ戦は作戦を立てていてそれが上手くハマった。俺たちはハリを過小評価していたわけじゃないよ。彼はイージーなレベルのファイターじゃない。バダ・ハリは良い選手だと思うよ。俺のように常にKOを狙うファイターだし、それは観客も望んでいるしね。」とハリの実力を認めている一方で、「ただし団体とハリのマネージャーが彼のことをダメにしている。バダ・ハリは最近5試合は毎回のようにダウンしていて、K-1 WORLD GP決勝で3試合も戦ってから3週間しか経っていないのに俺と戦わされたんだから、ハリのマネージャーもバカだったと思うよ。それにバッドボーイのイメージが先行しすぎている。ピーター・グラハムとの乱闘、K-1 WORLD GP 2008 FINALでのレミー・ボンヤスキーへの反則の踏みつけ行為、MMAファイターをバカにした態度。おかげで誰もがさいたまスーパーアリーナで彼がKOされたのを喜んでいた。試合数の多さも問題だしダウンの数も多い」と指摘し、「ハリと彼のマネージャーはMMAルールで再戦する約束を守ろうとしないのも良くない」とコメントしている[12]。
- 2009年のK-1本格参戦時に前年にバダ・ハリにK-1ルールで勝ったことに加えて「K-1は素晴らしいスポーツだが、MMAこそが最強だ。MMAに比べたらK-1は楽だ」と語ったことから「K-1史上最強の外敵」と言われた[13]。しかし次第に「K-1のことは好きだし、K-1の選手としてここ(K-1 WORLD GP 2009 FINALの前日会見)にいる」(2009年12月)[14]、「K-1に対して本気になれた。K-1が好きだね。俺はK-1選手であり、MMAの選手でもある」(2010年4月)と語るなどK-1にも愛着を持つようになった。
- K-1 WORLD GP 2008 FINAL決勝戦でのレミー・ボンヤスキーvsバダ・ハリ戦で、レミーが足を掴まれ倒されたところにハリの反則の踏みつけ攻撃を受け、ダメージの回復のためのインターバルが取られたものの、レミーがダブルヴィジョンを訴えて反則勝ちによって優勝した件について、アリスターは「レミーは『フライング・ジェントルマン』って名乗っているみたいだけど、『フライング・アクター』にした方がいい。バダとの決勝戦の演技は、最高だった。彼も、あそこで立ち上がってバダをKOしていれば、真のヒーローだったのにね。写真で判断しても演技としか思えない。反則はいけないことだけど、あの場面で、あの演技はないだろう。過去にもレミーはステファン・レコやボブ・サップと闘った時も、同じような演技をしたよね。疑われても仕方がないよ」と語っており、レミーの戦い方についても「亀のようにガードを固めてローキックをペチンペチンと蹴るレミーのような戦い方は地味で、ファンも盛り上がらないし、アグレッシブじゃないからイライラする。バダがレミーに対して怒りを感じる気持ちも理解できるね」とコメントしている[15]。レミーとの対戦を控えたK-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMAの前日会見ではレミーの演技に対する皮肉を込めてオスカー像のレプリカをレミーにプレゼントするパフォーマンスを見せた[16]。
- 2009年4月、兄のヴァレンタイン・オーフレイムと共にオランダのダンスクラブに遊びに出かけた際、兄のヴァレンタインが小銭を持っていなかったためトイレのチップをトイレウーマンに払えず、口論の末にセキュリティガードに無理やり強制退場させられた。その際セキュリティガードがヴァレンタインの頭を懐中電灯で殴打した上に3人がかりで襲い掛かったため、兄を助けようとしたアリスターによってセキュリティガード5人が病院送りとなった。オーフレイム兄弟は逮捕されたが、セキュリティガード側に問題があったため、5人のうちの1人はダンスクラブを解雇され、オーフレイム兄弟はすぐに釈放された。しかし、この際にアリスターは拳を負傷し、その傷口からバイ菌が入ってしまい、手を切断する寸前の状態にまで悪化したため、6月と8月に予定していたStrikeforce世界ヘビー級王座の防衛戦をキャンセルすることになった[17]。この事件を始めとして、ストリートファイトの経験も非常に多い。
- 2010年10月2日、K-1でのPVにて、エメリヤーエンコ・ヒョードルとの対戦については「ヒョードルは(ファブリシオ・ヴェウドゥムに)負けた後でさえ俺との戦いを拒み続けた」と再三に渡り対戦をオファーしているのにもかかわらず、拒否されていることが明らかになった。そのため「だからもう奴に興味は無い」とコメントした。
戦績[編集]
総合格闘技[編集]
| 総合格闘技 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 48 試合 | (T)KO | 一本 | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 |
| 36 勝 | 14 | 19 | 3 | 0 | 0 | 1 |
| 12 敗 | 7 | 2 | 3 | 0 | ||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| × | アントニオ・シウバ | 3R 0:25 TKO(右ストレート) | UFC 156 | 2013年2月2日 |
| ○ | ブロック・レスナー | 1R 2:26 TKO(左ミドルキック→パウンド) | UFC 141: Lesnar vs. Alistair | 2011年12月30日 |
| ○ | ファブリシオ・ヴェウドゥム | 5分3R終了 判定3-0 | Strikeforce: Overeem vs. Werdum 【ワールドグランプリ ヘビー級トーナメント 準々決勝】 |
2011年6月18日 |
| ○ | トッド・ダフィー | 1R 0:19 KO(左膝蹴り→右フック) | Dynamite!! 〜勇気のチカラ2010〜 【DREAMヘビー級暫定王座決定戦】 |
2010年12月31日 |
| ○ | ブレット・ロジャース | 1R 3:40 TKO(マウントパンチ) | Strikeforce: Heavy Artillery 【Strikeforce世界ヘビー級タイトルマッチ】 |
2010年5月15日 |
| ○ | 藤田和之 | 1R 1:15 KO(左膝蹴り) | Dynamite!! 〜勇気のチカラ2009〜 | 2009年12月31日 |
| ○ | ジェームス・トンプソン | 1R 0:33 フロントチョーク | DREAM.12 | 2009年10月25日 |
| ○ | トニー・シルヴェスター | 1R 1:23 フロントチョーク | GLORY 11: A Decade of Fights | 2009年10月17日 |
| ○ | ゲーリー・グッドリッジ | 1R 1:47 チキンウィングアームロック | GLORY 10: The Battle of Arnhem | 2008年11月9日 |
| - | ミルコ・クロコップ | 1R 6:09 ノーコンテスト(ローブロー) | DREAM.6 ミドル級グランプリ2008 決勝戦 【ヘビー級ワンマッチ】 |
2008年9月23日 |
| ○ | マーク・ハント | 1R 1:11 V1アームロック | DREAM.5 ライト級グランプリ2008 決勝戦 【ヘビー級ワンマッチ】 |
2008年7月21日 |
| ○ | イ・テヒョン | 1R 0:36 KO(左膝蹴り) | DREAM.4 ミドル級グランプリ2008 2nd Round 【ヘビー級ワンマッチ】 |
2008年6月15日 |
| ○ | ポール・ブエンテロ | 2R 3:42 TKO(膝蹴り) | Strikeforce: Four Men Enter, One Man Survives 【Strikeforce世界ヘビー級王座決定戦】 |
2007年11月16日 |
| × | セルゲイ・ハリトーノフ | 1R 4:21 TKO(スタンドパンチ連打) | HERO'S 2007 〜ミドル級世界王者決定トーナメント決勝戦〜 【ヘビー級ワンマッチ】 |
2007年9月17日 |
| ○ | マイケル・ナープ | 1R 3:29 変形ギロチンチョーク | It's Showtime(K-1 WORLD GP 2006 in AMSTERDAM) | 2007年6月23日 |
| × | マウリシオ・ショーグン | 1R 3:27 TKO(パウンド) | PRIDE.33 "THE SECOND COMING" | 2007年2月24日 |
| × | ヒカルド・アローナ | 1R 4:28 ギブアップ(バックマウントからのパンチ) | PRIDE 無差別級グランプリ 2006 決勝戦 【ワンマッチ】 |
2006年9月10日 |
| × | アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ | 2R 2:13 TKO(タオル投入) | PRIDE 無差別級グランプリ 2006 2nd ROUND 【ワンマッチ】 |
2006年7月1日 |
| ○ | ビクトー・ベウフォート | 5分3R終了 判定3-0 | Strikeforce: Revenge | 2006年6月9日 |
| × | ファブリシオ・ヴェウドゥム | 2R 3:43 チキンウィングアームロック | PRIDE 無差別級グランプリ 2006 開幕戦 【無差別級GP 1回戦】 |
2006年5月5日 |
| ○ | サンジン・カドゥンク | 1R 1:42 腕ひしぎ十字固め | WCFC - No Guts No Glory | 2006年3月18日 |
| ○ | セルゲイ・ハリトーノフ | 1R 5:13 TKO(グラウンドでの膝蹴り) | PRIDE.31 Dreamers | 2006年2月26日 |
| × | マウリシオ・ショーグン | 1R 6:42 TKO(パウンド) | PRIDE GRANDPRIX 2005 決勝戦 【ミドル級GP 準決勝】 |
2005年8月28日 |
| ○ | イゴール・ボブチャンチン | 1R 1:20 フロントチョーク | PRIDE GRANDPRIX 2005 2nd ROUND 【ミドル級GP 2回戦】 |
2005年6月26日 |
| ○ | ビクトー・ベウフォート | 1R 9:36 フロントチョーク | PRIDE GRANDPRIX 2005 開幕戦 【ミドル級GP 1回戦】 |
2005年4月23日 |
| × | アントニオ・ホジェリオ・ノゲイラ | 3R(10分/5分/5分)終了 判定0-3 | PRIDE.29 SURVIVAL | 2005年2月20日 |
| ○ | 金原弘光 | 2R 3:52 TKO(カット) | PRIDE.28 | 2004年10月31日 |
| ○ | ロドニー・ファベイラス | 1R ギロチンチョーク | 2 Hot 2 Handle | 2004年10月10日 |
| ○ | 橋本友彦 | 1R 0:36 TKO(左膝蹴り) | INOKI BOM-BA-YE 2003 | 2003年12月31日 |
| × | チャック・リデル | 1R 3:09 KO(左フック) | PRIDE GRANDPRIX 2003 開幕戦 【ミドル級GP 1回戦】 |
2003年8月10日 |
| ○ | マイク・"バットマン"・ベンチッチ | 1R 3:44 TKO(パウンド) | PRIDE.26 REBORN | 2003年6月8日 |
| ○ | アーロン・ブリンク | 1R 0:53 チョークスリーパー | 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 6 | 2003年3月16日 |
| ○ | ヴォルク・アターエフ | 2R 4:59 KO(膝蹴り) | PRIDE.24 | 2002年12月23日 |
| ○ | デイブ・ベイダー | 2R TKO(ドクターストップ) | 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 5 【決勝】 |
2002年10月13日 |
| ○ | モイス・リンボン | 1R 1:03 チョークスリーパー | 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 5 【1回戦】 |
2002年10月13日 |
| ○ | 今村雄介 | 1R 0:44 TKO(パウンド) | THE BEST Vol.2 | 2002年7月20日 |
| ○ | ヴェッサ・ヴオリ | 1R 2:15 TKO(パンチ連打) | 2 Hot 2 Handle - Germany | 2002年5月26日 |
| ○ | セルゲイ・カズノフスキー | 1R 3:37 アームロック | M-1 MFC - Russia vs the World 3 | 2002年4月26日 |
| ○ | ローマン・ゼンツォフ | 1R V1アームロック | 2 Hot 2 Handle - Simply the Best 4 | 2002年3月17日 |
| ○ | スタスナシック | 1R 0:53 TKO(膝蹴り) | 2 Hot 2 Handle - Simply The Best 2 | 2001年3月18日 |
| ○ | ウラジミール・チャントゥーリア | 1R 1:06 チョークスリーパー | リングス KING OF KINGS 2000 GRAND FINAL 【スペシャルマッチ】 |
2001年2月24日 |
| ○ | ピーター・フェルスキューレン | 1R 1:06 アームロック | It's Showtime - Christmas Edition | 2000年12月12日 |
| × | ボビー・ホフマン | 1R 9:39 KO(右フック) | リングス MILLENNIUM COMBINE II | 2000年6月15日 |
| × | コーチキン・ユーリ | 5分2R終了 判定 | リングス・ロシア | 2000年5月20日 |
| ○ | 滑川康仁 | 1R 0:45 腕ひしぎ十字固め | リングス MILLENNIUM COMBINE | 2000年4月20日 |
| ○ | カン・サヒンバス | 1R 2:21 KO(膝蹴り) | 2 Hot 2 Handle | 2000年3月5日 |
| ○ | クリス・ワッツ | 1R 3:58 TKO(3ダウン:右膝蹴り) | リングス・オランダ There Can Only Be One Champion | 2000年2月6日 |
| × | コーチキン・ユーリ | 5分2R終了 判定0-2 | リングス ワールドメガバトルオープントーナメントKING of KINGS 【トーナメントAブロック1回戦】 |
1999年10月28日 |
| ○ | リカルド・フィエート | 1R ギロチンチョーク | It's Showtime | 1999年10月24日 |
キックボクシング[編集]
| キックボクシング 戦績 | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 14試合 | (T)KO | 判定 | その他 | 引き分け | 無効試合 | |
| 10勝 | 7 | 3 | 0 | 0 | 0 | |
| 4敗 | 3 | 1 | 0 | |||
| 勝敗 | 対戦相手 | 試合結果 | イベント名 | 開催年月日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 1R 1:07 KO(パンチ連打) | K-1 WORLD GP 2010 FINAL 【WORLD GP 決勝】 |
2010年12月11日 |
| ○ | グーカン・サキ | 1R 2:33 KO(左ミドルキック) | K-1 WORLD GP 2010 FINAL 【WORLD GP 準決勝】 |
2010年12月11日 |
| ○ | タイロン・スポーン | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2010 FINAL 【WORLD GP 準々決勝】 |
2010年12月11日 |
| ○ | ベン・エドワーズ | 1R 2:08 KO(パンチ連打) | K-1 WORLD GP 2010 IN SEOUL FINAL16 【1回戦】 |
2010年10月2日 |
| ○ | ジャバット・ポトラック | 1R 2:40 KO(右膝蹴り) | K-1 WORLD GP 2010 IN YOKOHAMA 【スーパーファイト】 |
2010年4月3日 |
| × | バダ・ハリ | 1R 2:14 KO(左ハイキック) | K-1 WORLD GP 2009 FINAL 【準決勝】 |
2009年12月5日 |
| ○ | エヴェルトン・テイシェイラ | 1R 1:06 KO(左膝蹴り) | K-1 WORLD GP 2009 FINAL 【準々決勝】 |
2009年12月5日 |
| ○ | ピーター・アーツ | 3R終了 判定3-0 | K-1 WORLD GP 2009 IN SEOUL FINAL16 【1回戦】 |
2009年9月26日 |
| × | レミー・ボンヤスキー | 3R終了 判定0-3 | K-1 WORLD GP 2009 IN YOKOHAMA 【スーパーファイト】 |
2009年3月28日 |
| ○ | バダ・ハリ | 1R 2:02 KO(左フック) | Dynamite!! 〜勇気のチカラ2008〜【K-1ルール】 | 2008年12月31日 |
| ○ | ユルゲン・ドルチ | 1R 0:55 TKO | Ultimate Glory 3 Upside Down 【ムエタイルール】 |
2007年5月20日 |
| × | グラウベ・フェイトーザ | 1R 2:13 KO(右アッパー) | 一撃 〜極真 vs K-1 全面対抗戦〜 【一撃キックルール】 |
2004年5月30日 |
| × | エロル・パリス | 3R TKO(レフェリーストップ) | K-1 World Grand Prix 2001 Preliminary Holland 【1回戦】 |
2001年2月4日 |
| ○ | ポール・ホーディージュック | 3R終了 判定 | Thaiboxing Event from Veenendaal | 1999年3月14日 |
ドーピング[編集]
2008年頃からの急激で異常な筋肉の発達ぶりから、格闘技ファンからはドーピングを指摘されている。前述のレミー・ボンヤスキー戦の前日会見において、アリスターのパフォーマンスの直後にはレミーから直接「君は筋肉を作るためにずいぶんドラッグを飲んでいるようだが、ここで僕はアンチ・ドーピングを主張させてもらうよ」と挑発された。これに対しアリスターは「オランダはドラッグにリベラルな国なんだ」と笑顔で応じた。また、インタビューでステロイド、ドーピングの使用疑惑について聞かれた時には「俺は2006年頃まで93kg級で戦うために厳しい減量をしていた。2007年からは本格的にヘビー級に転向したことによって減量苦から解放されたし、体重を気にせず筋力トレーニングに励むことが出来るようになったから一気に筋肉が付いただけだ」とコメントしている。また、ヘビー級専念後は一日8食という驚異的な量の食生活をしており、「3時間おきに食事をして、その合間に練習と睡眠をとっていることが俺の肉体の秘訣だ」と語っている。なお、日本の格闘技大会ではアメリカの格闘技大会などと違って団体から独立した中立的なコミッションが存在しないため、ドーピング検査の甘さが指摘されており、アリスターはStrikeforce世界ヘビー級王者でありながら急激に筋肉が発達した2008年以降はアメリカの大会に出場していないため、ドーピング疑惑が深まっていた。2010年5月のStrikeforceで3年ぶりのアメリカでの試合となったが、大会開催地のミズーリ州アスレチック・コミッションは大会出場選手全員に薬物検査を義務付けてはおらず、出場選手の中からランダムで選ばれた選手だけが検査を受け、陽性反応が出た場合にのみ公表することになっているため、疑惑は晴れないまま終わった。また、アリスターはこの試合の1か月前に日本での試合では体重121.3kgだったが、この試合では減量が必要ないヘビー級契約にもかかわらず体重が114.7kgと減っており筋肉も萎んでいた[18]ため、検査を回避するためにこの時だけドーピングを止めたという疑惑が上がった。その後、UFC 146の抜き打ち薬物検査にてアリスターの尿サンプルから常人の14倍もの高濃度のテストステロンが検出されてドーピングが発覚した[19]。
獲得タイトル[編集]
- 2 Hot 2 Handle 優勝(2002年)
- アブダビコンバット欧州予選 優勝(2005年)
- 初代Strikeforce世界ヘビー級王座(2007年)
- K-1 WORLD GP 2010 優勝(2010年)
- DREAMヘビー級暫定王座(2010年)
入場テーマ曲[編集]
- Man on fire End theme(リサ・ジェラルド) - イントロの部分を使用。
- I Gotta Feeling(ブラック・アイド・ピーズ) - 2009年に使用。
- The Champ is here(ジェイダキス) - Strikeforceで使用。
脚注[編集]
- ^ (現地での発音に近いもの)
- ^ 坂の上の不毛地帯 DREAMイベントプロデューサー 笹原圭一オフィシャルブログ 2009年12月2日
- ^ 【ニュース】K-1王者アリスター、よしもとと独占契約!お笑い挑戦にも意欲満々 格闘技ウェブマガジンGBR 2010年12月24日
- ^ [アブダビコンバット] 1.22 欧州予選:アリスターが-99kg級優勝 BoutReview 2005年1月24日
- ^ アリスター、PRIDE GP専念のため欠場 BoutReview 2005年4月25日
- ^ アリスター・オーフレイム公式サイト 2010年2月16日閲覧
- ^ DREAM.12 第9試合 スポーツナビ 2009年10月26日
- ^ オーフレイム9カ月出場停止 nikkansuports.com 2012年4月26日
- ^ K-1 WORLD GP 2009 FINAL 谷川貞治イベントプロデューサーのコメント K-1公式サイト 2009年12月5日
- ^ シュルト優勝 角田信朗オフィシャルブログ 2009年12月6日
- ^ MMA THE BEST Vol.2 第6試合 スポーツナビ
- ^ Rogue Magazine スポーツナビ
- ^ “【K-1】4・3アリスターがシュルト戦拒否の真相、アル中から立ち直ったイグナショフ”. 格闘技ウェブマガジン GBR (2010年3月6日). 2010年7月13日閲覧。
- ^ “【K-1】12・5一触即発!激しい舌戦!前日会見は超ピリピリムード”. 格闘技ウェブマガジン GBR (2009年12月4日). 2010年7月13日閲覧。
- ^ アリスターが毒舌「タニカワをイラッとさせる」 K-1公式サイト 2009年3月9日
- ^ 絶対王者が緊急参戦!!シュルトのK-1愛を見よ K-1公式サイト 2009年3月26日
- ^ The Overeem Brothers Street Brawl MMA cube
- ^ 【Strikeforce】公開計量、微笑みのホジャー・グレイシー MMAPLANET 2010年5月15日
- ^ Alistair Overeem’s positive for PEDs infuriates Dana White; it’s time the UFC stepped up testing YAHOO!SPORTS 2012年4月4日
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- UFC 選手データ
- DREAM 選手データ
- K-1 選手データ
- PRIDE 選手データ
- HERO'S 選手データ - Internet Archive
- SHERDOG 選手データ
|
|||||||||||
| 前王者 王座新設 |
初代Strikeforce世界ヘビー級王者 2007年11月16日 - 現在 |
次王者 N/A |
| 前王者 N/A |
DREAMヘビー級暫定王者 2010年12月31日 - 現在 |
次王者 N/A |