マーク・マグワイア

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マーク・マグワイア
Mark McGwire
ロサンゼルス・ドジャース コーチ #25
Mark McGwire on April 20, 2013.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州ポモナ
生年月日 1963年10月1日(51歳)
身長
体重
6' 5" =約195.6 cm
250 lb =約113.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1984年 ドラフト1巡目で オークランド・アスレチックスから指名
初出場 1986年8月22日
最終出場 2001年10月7日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴

マーク・マグワイア(Mark David McGwire, 1963年10月1日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州ポモナ出身の元プロ野球選手。右投右打の内野手。現在はロサンゼルス・ドジャースの打撃コーチを務めている。別称はビッグマック (Big Mac)。

1998年サミー・ソーサシーズン最多本塁打記録争いを繰り広げて当時の新記録となる1シーズン70本塁打を放ち、通算583本塁打は引退当時歴代5位の実績。2010年1月12日セントルイス・カージナルスの打撃コーチ就任に際し、1998年含めて一時期アナボリックステロイドを使用していた事を告白した。

弟のダン・マグワイアは元NFLのQBで、シアトル・シーホークスマイアミ・ドルフィンズでプレーした。

1989年

経歴[編集]

南カリフォルニア大学から1984年のMLBドラフト1巡目(全体10位)でオークランド・アスレチックスに入団。1986年8月22日にメジャーデビューし、1987年には当時のMLBの新人の本塁打記録(38本)を上回る49本塁打を放ち、本塁打王を獲得すると共に、満票でア・リーグ新人王に選出された。

1996年から1999年まで4シーズン連続で50本塁打以上を放つ。その打球速度の凄まじさは、木田優夫曰く「マグワイアが打席に入るたびに、危険なので3塁コーチがフェンス際まで避難するほどだった」という。アスレチックス時代はチームメイトのホセ・カンセコと共に本塁打を量産し、バッシュ・ブラザーズと呼ばれた。1997年シーズン途中の7月31日にオークランド・アスレチックスからセントルイス・カージナルスに移籍する。この年のア・リーグ、ナ・リーグのHR王はそれぞれ54本のケン・グリフィー・ジュニア、49本のラリー・ウォーカーであるが、移籍前に34本、移籍後に24本の計58本を打ったマグワイアはHR王とは認定されない。

1998年にはサミー・ソーサとのシーズン最多本塁打記録争いを演じ、最終的に1シーズン70本の当時の新記録を達成し、ソーサと共にスポーツ・イラストレイテッド誌の「スポーツマン・オブ・ザ・イヤー」に選出される。同年にロジャー・マリスのシーズン61本塁打の記録を破る試合にマリスの一族を招待した。この年の70号本塁打ボールは翌年1月のオークションにて3,054,000ドルで販売され、オークションにおける史上最も高額な野球に関する取引としてギネス世界記録に認定された[1]

当時のマグワイアはランディー・バーンズ金メダルを剥奪されたアンドロステンジオンを使用していたが、MLBでは禁止されていなかったことと野球メディアもマグワイアを擁護する論調を展開したことから、記録に疑問を持つ人は少なかった。しかし道義的に良くないと追求されたため、翌年から薬物をやめた。チームメートだったホセ・カンセコはその著書『Juiced〜禁断の肉体改造〜』の中でマグワイアは本当は、既に当時から道義的に使用を問題視されていたアナボリックステロイドを使用しており、その隠蔽としてのリークであったと指摘している。

1999年も65本塁打を放ち、本塁打王となったが、2000年2001年はいずれも故障のため、出場試合は100を切り、2001年限りで引退した。ただし最後の2年も100に満たない出場試合数ながらも、30本前後の本塁打を放った。

国際遠征試合には否定的で、日米野球にも一度も参加しなかった。理由は「航空機などの事故にあって貴重な戦力を失ってしまったらどうするのだ」というものだった(ただし、大学時代に日米大学野球で来日して出場の経験あり。また、引退後にはロサンゼルス・ドジャースのコーチとしてMLB2014年シーズンのオーストラリアでの開幕戦に帯同していた)。

2005年3月のメジャーリーグベースボールのドーピング問題で米議会で証人喚問された際、薬物使用を問われ、「過去の自分の行為は現在のスキャンダルとは無関係なのでお答えできません」と涙まじりに議員に懇願した。法律上は当時の薬物疑惑は偽証罪に問われるかどうかの問題であるため黙秘権を行使すればバリー・ボンズのように法律上起訴されてしまうことはない。

しかしながら、ここで黙秘したことで1990年代後半の本塁打量産はドーピングによるものであったことが世間一般の見方では確実視されてしまうことになる。ドーピングが大きな問題になる前は殿堂入り投票の資格を得る2007年で、確実に殿堂入りすると見られていたが、この影響で評価は急落。545票の記者投票のうち、23.5%の128票しか集めることが出来ず、以後も風当たりは厳しいため殿堂入りは困難と見られている。マグワイア自身は、殿堂入りに関して「私には入所する資格がない」「私はまちがったことをした。一生、罪を背負って生きていくしかない」と語っている[2]

2010年1月12日、古巣カージナルスの打撃コーチ就任するにあたり「愚かな過ちだった。絶対にステロイドに手を出さなければよかったし、心から謝罪する。使わずに好成績の年もあれば使っても駄目な年もあったが、ともかくやるべきではなかった」と、ステロイドを使用していたと認める声明を出した。声明によると1989年のシーズンオフから使用を始め、1993年に故障してからは本塁打記録を更新した1998年シーズンを含めて早期回復と再発防止を目的にステロイドを使用したとされ、インタビューでは記録目的ではないと答えている。

2012年11月7日、ロサンゼルス・ドジャースの打撃コーチに就任した[3]

選手としての特徴[編集]

彼は多くの面でベーブ・ルースと比較され、1990年代のルースと称された。元投手であり、体格にも恵まれ、9.42打席に1本の割合で本塁打を量産する面がルースと似ているとされた。

彼は低めの投球をゴルフの要領ですくい上げて本塁打を打つことを得意とした。その分インコース高めのボールに弱く、三振数と四球数が共に3桁に達することも少なくなかった。

詳細情報[編集]

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1986 OAK 18 58 53 10 10 1 0 3 20 9 0 1 0 0 4 0 1 18 0 .189 .259 .377 .636
1987 151 641 557 97 161 28 4 49 344 118 1 1 0 8 71 8 5 131 6 .289 .370 .618 .988
1988 155 635 550 87 143 22 1 32 263 99 0 0 1 4 76 4 4 117 15 .260 .352 .478 .830
1989 143 587 490 74 113 17 0 33 229 95 1 1 0 11 83 5 3 94 23 .231 .339 .467 .806
1990 156 650 523 87 123 16 0 39 256 108 2 1 1 9 110 9 7 116 13 .235 .370 .489 .859
1991 154 585 483 62 97 22 0 22 185 75 2 1 1 5 93 3 3 116 13 .201 .330 .383 .713
1992 139 571 467 87 125 22 0 42 273 104 0 1 0 9 90 12 5 105 10 .268 .385 .585 .970
1993 27 107 84 16 28 6 0 9 61 24 0 1 0 1 21 5 1 19 0 .333 .467 .726 1.193
1994 47 172 135 26 34 3 0 9 64 25 0 0 0 0 37 3 0 40 3 .252 .413 .474 .887
1995 104 422 317 75 87 13 0 39 217 90 1 1 0 6 88 5 11 77 9 .274 .441 .685 1.126
1996 130 548 423 104 132 21 0 52 309 113 0 0 0 1 116 16 8 112 14 .312 .467 .730 1.197
1997 105 433 366 48 104 24 0 34 230 81 1 0 0 5 58 8 4 98 9 .284 .383 .628 1.011
STL 51 224 174 38 44 3 0 24 119 42 2 0 0 2 43 8 5 61 0 .253 .411 .684 1.095
'97計 156 657 540 86 148 27 0 58 349 123 3 0 0 7 101 16 9 159 9 .274 .393 .646 1.039
1998 155 681 509 130 152 21 0 70 383 147 1 0 0 4 162 28 6 155 8 .299 .470 .752 1.222
1999 153 661 521 118 145 21 1 65 363 147 0 0 0 5 133 21 2 141 12 .278 .424 .697 1.121
2000 89 321 236 60 72 8 0 32 176 73 1 0 0 2 76 12 7 78 5 .305 .483 .746 1.229
2001 97 364 299 48 56 4 0 29 147 64 0 0 0 6 56 3 3 118 7 .187 .316 .492 .808
通算:16年 1874 7660 6187 1167 1626 252 6 583 3639 1414 12 8 3 78 1317 150 75 1596 147 .263 .394 .588 .982
  • 太字はリーグ1位。

脚注[編集]

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  1. ^ Most expensive baseball sold at auction” (英語). Guinness World Records. 2014年3月6日閲覧。
  2. ^ 芝山幹郎. “ステロイドと殿堂。~野球の名誉を汚した男たち~”. Number Web. 2013年1月13日閲覧。
  3. ^ http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121109-00000213-ism-base

関連項目[編集]

外部リンク[編集]