ハンリー・ラミレス
| ロサンゼルス・ドジャース #13 | |
|---|---|
2013年4月20日
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | サマナ州サマナ |
| 生年月日 | 1983年12月23日(29歳) |
| 身長 体重 |
6' 3" =約190.5 cm 230 lb =約104.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 遊撃手、三塁手 |
| プロ入り | 2000年 アマチュアFA |
| 初出場 | 2005年9月20日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2009年、2013年 |
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この表について
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ハンリー・ラミレス(Hanley Ramírez , 1983年12月23日 - )は、ドミニカ共和国サマナ州サマナ出身のプロ野球選手(内野手)。現在は、MLBのロサンゼルス・ドジャースに所属している。
目次 |
経歴 [編集]
プロ入り前 [編集]
4歳で野球を始める[1]。本人によると、少年時代は「野球のことばかり考えている子供だったよ。毎日、学校に行って、昼12時になるのをずっと待っていた。12時になったら授業が終わり、フィールドに行って野球ができるんだ(笑)それだけが楽しみだったんだ」という[2]。2000年の高校卒業時、当初は大学へ進学して医学を学ぼうと考えていたが、野球の実力を評価されてボストン・レッドソックスとアマチュア・フリーエージェントで契約を結んだ[1]。
レッドソックス時代 [編集]
2002年から2004年までの3年間のマイナー生活で278試合に出場し、打率.308・59二塁打・21本塁打・141打点・73盗塁という成績を残す。特に2004年、8月1日に昇格したAA級ポートランドでは、32試合の出場で打率.310・7二塁打・2三塁打・5本塁打・15打点・12盗塁を記録。長打率.512・出塁率.360という好成績だった。「5ツールプレイヤー」という評価も出てくるようになる[1]。
シーズン終了後、ベースボール・アメリカ誌による有望株ランキングにおいて、ラミレスはレッドソックス内のNo.1に2年連続で選出される[3]。同じ遊撃手でダスティン・ペドロイアもランキング7位に入っていたが、翌2005年にポートランドで2人がチームメイトとなったとき、ラミレスが遊撃に留まり、ペドロイアは二塁手にコンバートされている。この年ラミレスはシーズンの大半をポートランドで過ごしたが、打率.271・6本塁打・52打点という平凡な成績に終わった。9月19日にはメジャー初昇格を果たし、翌9月20日のデビルレイズ戦でメジャーデビュー。メジャーでの出場はデビュー戦と10月2日の2試合にとどまり、打撃成績は2打数無安打2三振だった。
シーズン終了後、緊縮財政のフロリダ・マーリンズがトレードによる主力の放出を敢行。その中で、若き先発投手ジョシュ・ベケットの獲得を目指すレッドソックスもマーリンズにトレードを打診した。マーリンズは交換相手にラミレスを要求。ラミレスは確かに期待の若手ではあるが、マイナー時代にトレーナーを罵るなど精神面の未熟さから何度かトラブルを起こしており[1]、また遊撃手の経験もあるペドロイアがマイナーで順調に育っていたことから[4]、レッドソックスは放出を決断する。
2005年11月24日、マーリンズからベケット、マイク・ローウェル、ギレルモ・モタの3選手がレッドソックスへ、レッドソックスからラミレスやアニバル・サンチェスら4選手がマーリンズへ移籍するトレードが成立した[5]。
マーリンズ時代 [編集]
2006年、マーリンズは前述の通り主力を大量放出していたため、ラミレスはレギュラーの座を勝ち取って開幕を迎えた。開幕戦から1番・遊撃に定着し、4月・5月と2か月連続で月間打率.300・出塁率.370を超える活躍で、足を生かして得点や盗塁を稼ぐ。6月こそ月間打率.190と低迷したが、7月以降は14本塁打を放ち、9月にはメジャー最多の43安打を記録するなど復調[6]。この年、ラミレスは最終的に185安打(リーグ10位)・46二塁打(同7位)・119得点(同5位)・51盗塁(同3位)という成績を残した。このうち安打・得点・二塁打は球団新人記録を更新するものだった[7]。シーズン終了後にはナショナルリーグ新人王に選出された。
その後、母国ドミニカ共和国で行われたウィンターリーグで左肩を負傷したが[8]、翌2007年も開幕から出場し続け、打率.332(リーグ2位)・212安打(同2位)・48二塁打(同3位)125得点(同2位)・51盗塁(同3位)と前年以上の記録を残した。29本塁打・長打率.562と長打力もアップし、塁打数は球団タイ記録、得点は新記録を樹立[9]。史上2人しか達成していない2つの記録――「30本塁打・50盗塁」と「50二塁打・50盗塁」――まであと一歩のところまで迫った[10]。
マーリンズは2007年のシーズン終了後、エースのドントレル・ウィリスと主砲のミゲル・カブレラを放出。これにより、ラミレスにチームリーダーとしての役割が期待されるようになる[2]。2008年のシーズン開幕前には、1番打者にキャメロン・メイビンを抜擢し、長打力を生かすためにラミレスを3番打者として起用するという構想もあったが[11]、結局メイビンは開幕をマイナーで迎え、ラミレスは主に1番・遊撃で出場することになる。5月16日に6年総額7,000万ドルの球団史上最高額で契約を延長[12]。
7月にはファン投票選出でオールスターゲーム初出場を果たした。レギュラーシーズンでは、前年にあと本塁打1本まで迫っていた30本塁打・30盗塁を達成。遊撃手としては史上4人目の達成となった[13]。また前年に比べ打率は3分以上下がったが、四球を40増やし出塁率を上昇させた。シーズン終了後にはシルバースラッガー賞を初受賞した。
2009年は、同年の目標として春に開催される第2回WBCでのドミニカ共和国代表の優勝とマーリンズのポストシーズン進出の2つに定め、オフシーズンも母国で練習に励んだ[14]。同国代表入りしたラミレスは、3月7日の大会初戦・オランダ戦に3番・遊撃として先発出場。しかし1回表の守備で、1点を先制されなお二死二・三塁の場面でシャーノル・アドリアーナの打球を捕球したあと一塁へ送球エラーを犯し、さらに2点を与えると、これがそのまま決勝点となりチームは2-3で敗北した。翌日のパナマ戦では遊撃のポジションをホセ・レイエスに譲り、自身は代打で1打席起用されるのみとなった。そして10日、勝てば2次ラウンド進出、負ければ1次ラウンド敗退となるオランダとの再戦に、3番・指名打者として先発出場。1回表の第1打席でトム・ストイフバーゲンから安打を放つ。しかし続く4番のデビッド・オルティーズが三振してこの回を無得点で終えたドミニカ共和国打線は、その後もオランダ投手陣の前に沈黙する。ラミレスもその後5打席は凡退し、うち3本が左翼方向へ引っ張ったフライアウトという荒い打撃が目立った。チームは延長11回表に1点を先制するが、その裏に2失策で2点を失いサヨナラ負け。優勝候補と言われていたドミニカ共和国が1次リーグで敗退する波乱となった。
シーズンでは、3番打者として起用され、7月にはファン投票選出でオールスターゲームに2年連続出場を果たした。9月6日のワシントン・ナショナルズ戦でメジャ-通算100本塁打を達成した。レギュラーシーズンでは自己最多の106打点を稼いだ。打率.342を記録し自身初の首位打者のタイトルを獲得した。
2010年は、レギュラー定着後自己最低となる142試合の出場に終わったが、打率.300・21本塁打・76打点・32盗塁という成績をマーク。その他も多くの部門で成績が低下したが、それでも4年連続で打率.300・20本塁打・25盗塁(盗塁のみ5年連続)以上の成績をマークした。しかし、チーム内で以下のトラブルを起こし、問題となった[15]。
2010年の不祥事 [編集]
この出来事の発端となったのは、5月17日の試合でのラミレス自身のプレイだった。この試合でラミレスは、捕球しようとしたポテンヒットを足に当てた。その打球はレフトポール方向に転がっていったのだが、ラミレスがそれを全力で追いかけなかった為、ランナー2人が生還した。このプレイに怒ったフレディ・ゴンザレス監督(当時)は、懲罰としてラミレスをベンチに下げた。この怠慢なプレイに関してラミレスから謝罪がなかった為、追加的な制裁措置としてゴンザレス監督は翌日の試合を欠場させた。この制裁措置に対して、ラミレスが、自身はハムストリングを痛めて無理に出場しており、それがどういう事なのかはメジャーリーグでの試合出場経験がないゴンザレス監督には分からない、という旨の発言をした。更に、自分抜きでも、チーム(マーリンズ)が自分が出場している時のように試合出来る事を望む、とも発言した[16]。このチームメイトを見下したかのような態度をメディアから非難された為、最終的にはラミレスが監督のみならずチームメイトに対しても謝罪を行う、という形で事態は収束した。
ドジャースへ移籍 [編集]
マーリンズは2011年オフにラミレスとポジションの重複するホセ・レイエスをFAで獲得。この年に自己最低の成績を残していたラミレスは2012年から三塁手にコンバートされる。同年7月25日、救援投手のランディ・チョートとともにネイサン・イオバルディほか1選手とのトレードでロサンゼルス・ドジャースへ移籍した。
2013年は、第3回WBCで前回大会に続きドミニカ共和国代表に選出され、同国初となる優勝に貢献した。しかし、決勝のプエルトリコ戦で負傷した右手親指の手術のため、シーズンでは出遅れることとなった[17]。
選手としての特徴 [編集]
「アレックス・ロドリゲスに次いでメジャーで2番目のオールラウンドプレイヤー」との声もある[18]、屈指の万能選手。守備面では2006年26失策・2007年24失策と荒さが残るものの、守備範囲の広さや強肩も持ち合わせている[19]。打撃・走塁面ではメジャートップクラスの成績を残している。
詳細情報 [編集]
年度別打撃成績 [編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | BOS | 2 | 2 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | .000 | .000 | .000 | .000 |
| 2006 | FLA | 158 | 700 | 633 | 119 | 185 | 46 | 11 | 17 | 304 | 59 | 51 | 15 | 5 | 2 | 56 | 0 | 4 | 128 | 7 | .292 | .353 | .480 | .833 |
| 2007 | 154 | 706 | 639 | 125 | 212 | 48 | 6 | 29 | 359 | 81 | 51 | 14 | 4 | 4 | 52 | 3 | 7 | 95 | 10 | .332 | .386 | .562 | .948 | |
| 2008 | 153 | 693 | 589 | 125 | 177 | 34 | 4 | 33 | 318 | 67 | 35 | 12 | 0 | 4 | 92 | 9 | 8 | 122 | 5 | .301 | .400 | .540 | .940 | |
| 2009 | 151 | 652 | 576 | 101 | 197 | 42 | 1 | 24 | 313 | 106 | 27 | 8 | 1 | 5 | 61 | 14 | 9 | 101 | 9 | .342 | .410 | .543 | .954 | |
| 2010 | 142 | 619 | 543 | 92 | 163 | 28 | 2 | 21 | 258 | 76 | 32 | 10 | 0 | 5 | 64 | 12 | 7 | 93 | 14 | .300 | .378 | .475 | .853 | |
| 2011 | 92 | 385 | 338 | 55 | 82 | 16 | 0 | 10 | 128 | 45 | 20 | 10 | 1 | 0 | 44 | 3 | 2 | 66 | 6 | .243 | .333 | .379 | .712 | |
| 2012 | 93 | 395 | 353 | 49 | 87 | 18 | 2 | 14 | 151 | 48 | 14 | 4 | 0 | 2 | 37 | 1 | 3 | 72 | 11 | .246 | .322 | .428 | .749 | |
| LAD | 64 | 272 | 251 | 30 | 68 | 11 | 2 | 10 | 113 | 44 | 7 | 3 | 0 | 1 | 17 | 3 | 3 | 60 | 6 | .271 | .324 | .450 | .774 | |
| '12計 | 157 | 667 | 604 | 79 | 155 | 29 | 4 | 24 | 264 | 92 | 21 | 7 | 0 | 3 | 54 | 4 | 6 | 132 | 17 | .257 | .322 | .437 | .759 | |
| 通算:8年 | 1009 | 4424 | 3924 | 696 | 1171 | 243 | 28 | 158 | 1944 | 526 | 237 | 76 | 11 | 23 | 423 | 45 | 43 | 739 | 68 | .298 | .371 | .495 | .866 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
獲得タイトル・表彰 [編集]
- 首位打者 1回:2009年
- ナ・リーグ新人王:2006年
- シルバースラッガー賞 2回:2008年、2009年
- MLBオールスターゲーム選出 3回:2008年、2009年、2010年
背番号 [編集]
- 60 (2005年)
- 2 (2006年 - 2012年)
- 13 (2012年 - )
脚注 [編集]
- ^ a b c d Stan Grossfeld, Globe Staff, "Rising star / Future is bright for Hanley Ramirez: But will his arrival be in Boston?," The Boston Globe, December 17, 2004. 2008年9月20日閲覧。
- ^ a b 杉浦大介 「ハンリー・ラミレス[マーリンズ]若き超攻撃型遊撃手の素顔」 『月刊スラッガー』2008年8月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-8、16-17頁。
- ^ Jim Callis, "Top Ten Prospects: Boston Red Sox," Baseball America, November 10, 2004. 2008年9月20日閲覧。
- ^ Tyler Kepner / New York Times 「レッドソックス黄金時代到来? "カウボーイ・アップ"、"イディオッツ"、そして――」 木村愛訳、『月刊スラッガー』2006年8月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-8、18-21頁。
- ^ ESPN.com news services, "Red Sox complete deal for Beckett, Lowell," ESPN.com, November 25, 2005. 2009年6月2日閲覧。
- ^ "Hanley Ramirez 2006 Batting Splits," Baseball-Reference.com. 2008年5月30日閲覧。
- ^ "2006 Career Highlights," floridamarlins.com. 2008年5月30日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、294頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ "2007 Career Highlights," floridamarlins.com. 2008年5月30日閲覧。
- ^ 30本塁打・50盗塁はエリック・デービス(1987年、37本塁打・50盗塁)とバリー・ボンズ(1990年、33本塁打・52盗塁)が、50二塁打・50盗塁はトリス・スピーカー(1912年、53二塁打・52盗塁)とクレイグ・ビジオ(1998年、51二塁打・50盗塁)が、それぞれ達成している。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、310頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ Joe Frisaro / MLB.com, "Details of Hanley's contract revealed / Star shortstop's extension to be richest deal in Marlins history," MLB.com, May 16, 2008. 2008年5月30日閲覧。
- ^ Joe Frisaro / MLB.com, "Up for Aaron honor, Hanley among elite / Marlins shortstop 33rd Major League player to join 30-30 club," floridamarlins.com, September 22, 2008. 2008年10月1日閲覧。
- ^ David Venn / MLB.com, "Hanley has faith in Marlins' direction / In the long run, shortstop says offseason moves will pay off," MLB.com, January 30, 2009. 2009年6月2日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、290頁。ISBN 978-4-331-51518-1。
- ^ Hanley Ramirez of Florida Marlins rips skipper Fredi Gonzalez after benching ESPN
- ^ “ラミレスが手術 WBCドミニカ共和国Vに貢献”. スポニチ Sponichi Annex (2013年3月22日). 2013年4月27日閲覧。
- ^ Jayson Stark, "Don't forget about these remarkable performances," ESPN.com, August 16, 2007. 2007年12月15日閲覧。
- ^ Lindy's, "Preview 2008: Florida Marlins," FOX Sports on MSN, March 4, 2008. 2008年3月8日閲覧。
外部リンク [編集]
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