トロイ・トゥロウィツキー

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トロイ・トゥロウィツキー
Troy Tulowitzki
コロラド・ロッキーズ #2
TroyTulowitzki01.JPG
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 カリフォルニア州サンタクララ
生年月日 1984年10月10日(29歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手
プロ入り 2005年 ドラフト1巡目(全体7位)でコロラド・ロッキーズから指名
初出場 2006年8月30日 ニューヨーク・メッツ
年俸 $10,000,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

トロイ・トレバー・トゥロウィツキー(Troy Trevor Tulowitzki, 1984年10月10日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタクララ出身の野球選手。ポジションは、遊撃手。右投右打。現在はMLBコロラド・ロッキーズに所属している。背番号2

攻守に優れた実力を持つ遊撃手であり、2010年2011年にはナショナルリーグシルバースラッガー賞ゴールドグラブ賞をダブル受賞した[2]

経歴[編集]

アマチュア時代[編集]

カリフォルニア州サンタクララで誕生。父が子供の名前の頭文字を全て "T" で統一することにこだわったらしく、Troy Trevor と名付けられた自分だけでなく、兄や姉も "T" から始まる名前になっている[3]。子供のころから野球に親しみ、当時からポジションは遊撃手。父によれば「小学生のころから息子は、三塁にフライが上がれば走って行って取るし、二塁手へのゴロも取りに行っていた」ようで、そのためコーチから「お子さんに自分の守備位置にいるように教えてください」と注意されたという[4]。同じ遊撃手のデレク・ジーターノマー・ガルシアパーラに憧れていたほか、カル・リプケンが同州オークランドに遠征してきたときにはなるべくチェックしていた[5]

同州サニーベールFremont High School に進学後は野球だけでなくバスケットボールでも好成績を残す[6]。しかしトゥロウィツキーは「バスケがいいなと考えたこともあった。でも、父さんが野球をやっていたし、父さんもメジャーリーガーをめざしていたからね。父さんの夢を追うつもりで」野球を選ぶことにした[3]カリフォルニア州立大学ロングビーチ校では、憧れのガルシアパーラと同じ背番号5を身につけ[5]、正遊撃手に定着。後に入学してくるエバン・ロンゴリアとはポジションが重なっていたが、トゥロウィツキーは正遊撃手の座を守り、ロンゴリアが三塁手コンバートされた。在学中の活躍から、同じ大学出身で2004年アメリカンリーグ新人王を受賞したボビー・クロスビーと比較されるようになる[7][8]

ドラフトからメジャー昇格まで[編集]

2005年にコロラド・ロッキーズからドラフト1巡目(全体7位)指名を受け、プロ入り。トゥロウィツキー自身は当初、1巡目・全体3位指名権を持つシアトル・マリナーズからの指名を予想していた[9]。しかし当時のマリナーズは、本拠地球場セーフコ・フィールドの特性に合う強打の左打者を欲していたことや、遊撃にはマイケル・モースアダム・ジョーンズなど有望株が控えていたことなどから、トゥロウィツキーではなくジェフ・クレメントを指名している[10]

契約後はAdv-A級モデストで22試合に出場し、打率.266・4本塁打を記録してプロ1年目を終える。わずか22試合の出場ながらトゥロウィツキーは守備を中心に高く評価され、シーズン終了後に『ベースボール・アメリカ』が発表した若手有望株ランキングでは、ロッキーズ傘下の2位に入った[11]。続く2006年はAA級タルサでシーズン開幕を迎え、夏場にはマイナーリーグのオールスター "フューチャーズゲーム" に選出される活躍を見せる。104試合で打率.291・13本塁打・61打点という成績を残したトゥロウィツキーは、8月30日にAAA級コロラドスプリングスを飛び越してメジャーへ昇格。同日のメッツ戦に7番・遊撃として先発出場し[12]、マイナー経験126試合という球団史上最速でのメジャーデビューを果たした[13]。9月4日のパドレス戦ではウッディ・ウィリアムズからメジャー初本塁打を放つなど[14]、25試合に出場してシーズンを終えた1年目を、トゥロウィツキーは「初めてコールアップされた頃はやっぱり打席で戸惑っていた」「やっぱりメジャーの壁は厚いなって思った」と振り返っている[3]

新人としてワールドシリーズ進出[編集]

2007年、トゥロウィツキーはスプリングトレーニングでクリント・バームスと正遊撃手の座を争う。結果、守備力は両者とも遜色なかったため、オープン戦の打撃成績が良かったトゥロウィツキーのほうがレギュラーを勝ち取った[15]。4月2日のシーズン開幕戦に7番・遊撃として先発出場したトゥロウィツキーは、その後も攻守に奮闘。特に守備は、守備機会数・刺殺補殺併殺処理数・守備率などの指標で軒並みメジャー最高の数値を残し[4]、またプラス・マイナス・システムという指標でも全遊撃手中最高の+35を記録、憧れのジーターよりおよそ70個も多くアウトを取ったという結果が算出された[16]。一方の打撃では、4月中には打率が1割台に低迷した時期もあったが、次第に調子を上げていく。9月10日には20号本塁打を放ち、アーニー・バンクス1954年に記録したナショナルリーグ新人遊撃手による最多記録を更新[17]。シーズン終盤には、二遊間コンビを組む松井稼頭央が1番打者、トゥロウィツキーが2番打者として起用されるようになり、これとほぼ同時期からロッキーズの快進撃が始まった。

2007年、トゥロウィツキーは新人ながらワールドシリーズ出場を果たす

チームは9月16日から11連勝を記録するなど同月を20勝8敗の好成績で終え、レギュラーシーズン162試合終了時点で89勝73敗と、ワイルドカード争いでパドレスと並んだ。この結果、ロッキーズとパドレスでポストシーズン進出をかけたワンゲーム・プレイオフが10月1日に開催。この試合でトゥロウィツキーは、まず初回裏・無死二塁での第1打席に内野安打を放ち、チャンスを広げ先制点につなげる。4-5と1点ビハインドで迎えた5回裏には、先頭打者として二塁打で出塁、続くマット・ホリデイの適時打で同点のホームを踏んだ。そして2点を追う延長13回裏・無死二塁の場面では、相手クローザーのトレバー・ホフマンから適時二塁打を放ち1点差に詰め寄ると、続くホリデイの適時三塁打でまたも生還し同点に。この後ジェイミー・キャロル犠牲フライでロッキーズがサヨナラ勝利を収め、12年ぶりのポストシーズン進出を決めた[18]。トゥロウィツキーはこの試合で7打数4安打1打点。この試合の結果はレギュラーシーズンの成績に入るため、トゥロウィツキーのこの年の成績は155試合で打率.291・24本塁打・99打点・OPS.838となった。

その後チームはフィリーズとの地区シリーズを3勝0敗で、ダイヤモンドバックスとのリーグ優勝決定戦を4勝0敗で、それぞれ制して球団史上初のワールドシリーズ進出を果たす。だがメジャー最高勝率のレッドソックスと対戦した同シリーズでは、ロッキーズはなす術なく0勝4敗で敗退。トゥロウィツキーも初めてのポストシーズンで打率.195・OPS.608と、レギュラーシーズンからかけ離れた不本意な成績に終わった。

シーズン終了後には主要アワードの受賞者が発表され、新人王ライアン・ブラウンが、ゴールドグラブ賞(遊撃手部門)はジミー・ロリンズが、それぞれ受賞。いずれの賞もトゥロウィツキーは有力候補だったが、受賞を逃した。新人王投票では受賞者のブラウンと2位トゥロウィツキーの獲得ポイント差はわずか2で、1980年に導入された形式下での投票では史上最も僅差であった[19]。これについては落胆の素振りを見せなかったトゥロウィツキーだが、メジャー最高の守備成績を残しながら受賞できなかったゴールドグラブ賞については「守備には凄くプライドを持っているから(受賞できなかったことは)少し残念だった」と悔しさをにじませた[4]。それでもこの活躍に球団は2008年1月23日、トゥロウィツキーに6年3,100万ドル(7年目の2014年は1,500万ドルの球団オプション)の長期契約を与えた。メジャー経験2年以下の選手としては史上最高額となる契約である[20]

不振からの脱却[編集]

2008年のスプリングトレーニングでは、球場クラブハウス内のトゥロウィツキーのロッカーが部屋の中央に配置された。前年に実質1年目を終えたばかりの若手がこうした扱いを受けるのは異例で、トゥロウィツキーが既にチームの中心選手となったことを表していた[21]。4月1日のシーズン開幕戦には2番・遊撃で先発し、第1打席での二塁打を含む4打数3安打と順調な滑り出しを見せる[22]。だがこの年、トゥロウィツキーは2年目のジンクスに苦しむこととなる。翌2日から4試合連続無安打で、そこから打率1割台と低迷。29日のジャイアンツ戦では1回裏の守備中に左大腿四頭筋を痛めて途中退場し[23]、翌日から故障者リストに入った。さらに、7週間の欠場を経て6月20日に復帰するも、7月4日の試合では苛立ちからバットを叩きつけ、その破片で右手を16針縫う怪我を負ったため故障者リストに戻る羽目に[24]。前半戦は39試合で打率.166・OPS.544という成績に終わる。後半戦は「自分でもよくなっていると思う」と語るように打率.327・OPS.858と復調したが、守備でも「おかしな動きをして足を悪くさせられない」とプレイが抑え気味になるなど、この年は本来の調子からは程遠い状態の1年だった[25]

このシーズンを74勝88敗と負け越したロッキーズは閉幕後の11月、3選手とのトレードで主砲ホリデイを放出。これにより2009年、トゥロウィツキーは監督のクリント・ハードルから、ホリデイの後継となるチームリーダーの役割を求められる[26]。2009年は、ダイヤモンドバックスとの開幕戦でブランドン・ウェブから、翌日の試合ではダン・ヘイレンから、それぞれソロ本塁打を放つという出だし[27]。ただこの年もシーズン序盤は前年同様に打撃不振で、5月27日の段階で打率は.227、OPSは.712であった。この時点で18勝28敗の地区最下位だったロッキーズは29日、ハードルを解任しジム・トレーシーを後任に据える。6月に入り、チームは月間21勝7敗と好転。トゥロウィツキーも、技術面では打撃コーチのドン・ベイラーの指導で前屈みになっていた上体を起こすようフォームを変え、また精神面でも傘下マイナーのメンタルコーチから助言を受けたことなどがきっかけで、調子が上向きになった[28]。6月以降は毎月、月間打率.290以上・月間OPS1.000以上という好調を維持し、最終的にはシーズン打率・OPS・本塁打で自己最高を記録。トレーシーが監督に就任後、74勝42敗のハイペースで勝ち進んだロッキーズは2年ぶりにワイルドカードを獲得しポストシーズンに進んだ。

地区シリーズでロッキーズは、2年前と同じくフィリーズと対戦するが、1勝3敗で敗退し2度目のリーグ優勝はならず。結果的に最終戦となった第4戦では、1点ビハインドの9回裏二死一・二塁という一打逆転サヨナラの場面でトゥロウィツキーに打順が回ってくるが、ブラッド・リッジの前に空振り三振に倒れゲームセット[29]。これによりロッキーズの2009年シーズンが終わった。シーズン終了後のリーグMVP投票では、トゥロウィツキーは5位に[30]。また私生活では、高校時代より付き合っていた恋人のダニルと11月に結婚した[31]

2010年以降[編集]

打席に立つトゥロウィツキー(2010年)

2010年は、6月に死球を手首に受けた事で故障者リスト入りしたため、122試合の出場にとどまった[32]。しかし、シーズンでは打率.315・27本塁打・95打点・11盗塁という成績を残し、打率と打点は前年の数字を上回った。圧巻だったの9月の活躍であり、9月3日からの15試合で14本塁打・31打点という成績を記録[33]。また、9月15日サンディエゴ・パドレス戦では1試合で7打点を記録し、スポーツ・イラストレイテッド誌から「地球上の生物とは思えない」と評された[33]。最終的に9月は、15本塁打・40打点・30得点・長打率.800を記録し[33]、2度の週間MVPと月間MVPを獲得した[33]。また、打点を量産した事からシルバースラッガー賞に輝き[32]、守備面でも自身初のゴールドグラブ賞を受賞した。

2011年、シルバースラッガー賞とゴールドグラブ賞を2年連続で獲得した。

2012年は、左足内転筋の負傷の影響で、47試合に留まった。


年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 COL 25 108 96 15 23 2 0 1 28 6 3 0 1 0 10 3 1 25 1 .240 .318 .292 .609
2007 155 682 609 104 177 33 5 24 292 99 7 6 5 2 57 3 9 130 14 .291 .359 .479 .838
2008 101 421 377 48 99 24 2 8 151 46 1 6 2 2 38 5 2 56 16 .263 .332 .401 .732
2009 151 628 543 101 161 25 9 32 300 92 20 11 0 9 73 4 3 112 20 .297 .377 .552 .930
2010 122 529 470 89 148 32 3 27 267 95 11 2 1 5 48 4 5 78 17 .315 .381 .568 .949
2011 143 606 537 81 162 36 2 30 292 105 9 3 1 5 59 12 4 79 16 .302 .372 .544 .916
2012 47 203 181 33 52 8 2 8 88 27 2 2 0 1 19 1 2 19 7 .287 .360 .486 .846
2013 126 512 446 72 139 27 0 25 241 82 1 0 0 5 57 5 4 85 9 .312 .391 .540 .931
通算:8年 870 3689 3259 543 961 187 23 155 1659 552 54 30 10 29 361 37 30 584 100 .295 .367 .509 .877
  • 2013年度シーズン終了時

獲得タイトル・表彰[編集]

記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Troy Tulowitzki Contract, Salaries, and Transactions” (英語). Spotrac.com. 2013年10月24日閲覧。
  2. ^ Thomas Harding / MLB.com, "CarGo, Tulo team up again, win Silver Sluggers / Rox duo earns offensive award day after nabbing Gold Gloves," ColoradoRockies.com, November 11, 2010. 2010年11月17日閲覧。
  3. ^ a b c 阿部寛子 「連載企画 MLB TALK SHOW トロイ・トゥロウィツキ[ロッキーズ]」 『月刊スラッガー』2008年2月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-2、67-69頁。
  4. ^ a b c 大冨真一郎 「新カリスマ誕生の予感/T・トゥロウィツキー[ロッキーズ]」 『月刊メジャー・リーグ』2008年4月号、ベースボール・マガジン社、2008年、雑誌08625-4、44-46頁。
  5. ^ a b Troy E. Renck, "Shortstop on way to stardom / Tulowitzki already has look of leader," The Denver Post, April 2, 2007. 2008年9月9日閲覧。
  6. ^ "Biography and Career Highlights," ColoradoRockies.com. 2008年9月9日閲覧。
  7. ^ Will Kimmey, "Tulowitzki upholding Dirtbag SS tradition," ESPN.com, May 19, 2005. 2009年11月18日閲覧。
  8. ^ 大冨真一郎 「話題追跡◎ドラフト指名注目選手の実力」 『月刊メジャー・リーグ』2005年8月号、ベースボール・マガジン社、2005年、雑誌08625-8、53-55頁。
  9. ^ 出野哲也 「連載企画 ファイブ・ライジングスターズ 超豊作だった2005年のドラフトを振り返る」 『月刊スラッガー』2008年10月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-10、72-73頁。
  10. ^ Jim Street / MLB.com, "Mariners take Clement at No. 3 / Heavy-hitting Southern Cal catcher is team's top selection," Mariners.com, June 7, 2005. 2009年10月16日閲覧。
  11. ^ Tracy Ringolsby, "Top Ten Prospects: Colorado Rockies" Baseball America, December 12, 2005. 2010年11月17日閲覧。
  12. ^ "Aug 30, 2006, Mets at Rockies Box Score and Play by Play," Baseball-Reference.com. 2010年11月17日閲覧。
  13. ^ 田尻賢誉 「MLB30チーム最新レポート 全選手個人成績 コロラド・ロッキーズ/COL 最速デビューの大物登場」 『月刊スラッガー』2006年11月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-11、85頁。
  14. ^ "Sep 4, 2006, Rockies at Padres Box Score and Play by Play," Baseball-Reference.com. 2010年11月17日閲覧。
  15. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Notes: Tulowitzki gets starting nod / Rockies give standout rookie long-awaited news," MLB.com, March 23, 2007. 2010年11月17日閲覧。
  16. ^ "2007 Plus/Minus Leaders," Fielding Bible. 2010年11月17日閲覧。
  17. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulowitzki etches name in record books / Sets mark for NL rookie shortstops with 20th home run," ColoradoRockies.com, September 11, 2007. 2010年11月17日閲覧。
  18. ^ "Oct 1, 2007, Padres at Rockies Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2010年11月17日閲覧。
  19. ^ Adam McCalvy / MLB.com, "Braun named NL Rookie of the Year / Brewers third baseman edges Colorado's Tulowitzki," MLB.com, November 12, 2007. 2010年11月17日閲覧。
  20. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulowitzki signs big deal with Rockies / Colorado gives young shortstop unprecedented extension," MLB.com, January 23, 2008. 2010年11月17日閲覧。
  21. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulowitzki looking to build on '07 / Shortstop inspired by last year's World Series berth," MLB.com, March 19, 2008. 2011年4月9日閲覧。
  22. ^ "Apr 1, 2008, Rockies at Cardinals Box Score and Play by Play," Baseball-Reference.com. 2011年4月9日閲覧。
  23. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulowitzki possibly headed for DL / Shortstop returning to Denver for tests on strained left quad," ColoradoRockies.com, April 30, 2008. 2011年4月9日閲覧。
  24. ^ Associated Press, "Tulowitzki placed on 15-day DL after cutting hand smashing bat," ESPN.com, July 5, 2008. 2011年4月9日閲覧。
  25. ^ 出野哲也 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 コロラド・ロッキーズ/COL 一転してすべてが裏目に出たシーズン」 『月刊スラッガー』2008年11月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-11、87頁。
  26. ^ Jonah Freedman, "SI's 2009 MLB Scouting Reports," SI.com, March 31, 2009. 2011年4月9日閲覧。
  27. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulowitzki more relaxed at the plate / Rockies' young shortstop off to great start this season," ColoradoRockies.com, April 9, 2009. 2011年4月9日閲覧。
  28. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulowitzki taking lessons to heart / Slugger searches for and finds keys to hitting success," ColoradoRockies.com, September 1, 2009. 2011年4月9日閲覧。
  29. ^ "Oct 12, 2009, Phillies at Rockies Play by Play and Box Score," Baseball-Reference.com. 2011年4月9日閲覧。
  30. ^ Steve Gilbert / MLB.com, "Tulo finishes fifth in NL MVP race / He was sixth shortstop in league history to hit 30 homers," ColoradoRockies.com, November 24, 2009. 2011年4月9日閲覧。
  31. ^ Troy E. Renck, "Rockies' star Tulowitzki armed with better sense of priorities," The Denver Post, February 3, 2010. 2011年4月9日閲覧。
  32. ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、頁。ISBN 978-4-331-51518-1
  33. ^ a b c d 「MVPは誰の手に」『月刊スラッガー』2010年12月号、日本スポーツ企画出版社、2010年、雑誌15509-12、21頁
  34. ^ AP, "Tulowitzki records Rockies' 2nd unassisted triple play," ESPN.com, April 29, 2007. 2009年11月18日閲覧。
  35. ^ Associated Press, "Tulowitzki hits for cycle, drives in 7 in Rockies' win," ESPN.com, August 10, 2009. 2009年11月18日閲覧。
  36. ^ Thomas Harding / MLB.com, "Tulo hits for fifth cycle in Rockies history / Shortstop goes 5-for-5 with seven RBIs, just misses slam," MLB.com, August 11, 2009. 2009年11月18日閲覧。

外部リンク[編集]