オーランド・セペダ

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オーランド・セペダ
Orlando Cepeda
Orlando Cepeda All Star Parade 2008.jpg
2008年
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ポンセ(現:プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区)
生年月日 1937年9月17日(76歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手
プロ入り 1955年
初出場 1958年4月15日
最終出場 1974年9月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1999年
選出方法 ベテランズ委員会選出

オーランド・セペダ(Orlando Manuel Cepeda Pennes、1937年9月17日 - )はメジャーリーグの元野球選手。ポジションは一塁手。右投げ右打ち。ラテンアメリカベーブ・ルースと呼ばれ、現役時代は「ブル」、「ベビーブル」のニックネームで呼ばれた。熱心な創価学会の信者であり、その関係で来日もしている。

メジャーリーガー時代[編集]

オーランド・セペダはプエルトリコで1937年に生まれた。父であるペドロ・セペダ(Pedro Cepeda)はプエルトリコやカリブ海の国々では伝説的なスラッガーであった。1955年、メジャーリーグのスカウトを受けて17歳で米本土に渡り、サンフランシスコ・ジャイアンツと契約。1958年、サンフランシスコ・ジャイアンツでデビューし、新人王を獲得。ジャイアンツ時代の1958年~1965年の間に1095試合に出場し、657得点を挙げてウィリー・メイズウィリー・マッコビーらと共に1960年代のジャイアンツを引っ張った。

1960年には日米野球で来日して日本のプロ野球とも親善試合を行った。1966年のシーズン途中にセントルイス・カージナルスに移籍し、その後は複数球団を転々とするが、その間の1967年にはナショナルリーグMVPを、1973年には最優秀指名打者賞を受賞している。1974年に現役を引退した。

通算オールスター出場9回。ワールドシリーズ出場3回を果たしている。

引退後[編集]

引退後のセペダの生涯は波乱に満ちたものだった。選手時代の後半からケガの治療でマリファナを常用し始め、引退後の1975年、マリファナの密輸に関与したとして逮捕された。そして、懲役5年の有罪判決を受け1978年フロリダ州のエグリン刑務所に収監された(ただし、この裁判の杜撰さが弁護士によって指摘され、結局10か月で仮出所する)。

親子二代にわたってプエルトリコの野球の英雄だっただけに、故郷での反発は激しく、この間のセペダにとっては正に針のムシロ的状況で、メジャーリーグでも彼を出入り禁止処分とする球団も存在した(この頃SGIに入会している)。

だが、かつての古巣・ジャイアンツが広報担当としてセペダに手をさしのべ、セペダもそれに応えて再起し、青少年への薬物乱用防止キャンペーンや刑務所の慰問、エイズ患者のスポーツ参加などに積極的に貢献した。

やがてその功が報われ、1993年にはプエルトリコの野球殿堂入りを果たし、そして1999年ベテランズ委員会の特別表彰により、「青少年の模範」としてアメリカ野球殿堂入りを果たし、同年、古巣ジャイアンツにおいてもセペダの在籍時の背番号30』が永久欠番に指定され、その功績を称えられた。2001年には21世紀最初のオールスターゲームの始球式を務める。

他にも2000年にはニューヨーク州から「勝利の人生」賞を受賞している。2006年には日本で潮出版社から「オーランド・セペダ自伝」が発刊された。

年譜[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1958 SF 148 644 603 88 188 38 4 25 309 96 15 11 0 9 29 7 3 84 18 .312 .342 .512 .854
1959 151 647 605 92 192 35 4 27 316 105 23 9 0 4 33 10 5 100 10 .317 .355 .522 .877
1960 151 615 569 81 169 36 3 24 283 96 15 6 0 4 34 9 8 91 11 .297 .343 .497 .840
1961 152 636 585 105 182 28 4 46 356 142 12 8 0 3 39 11 9 91 21 .311 .362 .609 .971
1962 162 676 625 105 191 26 1 35 324 114 10 4 1 7 37 8 6 97 16 .306 .347 .518 .865
1963 156 629 579 100 183 33 4 34 326 97 8 3 0 3 37 11 10 70 18 .316 .366 .563 .929
1964 142 587 529 75 161 27 2 31 285 97 9 4 0 7 43 7 8 83 13 .304 .361 .539 .900
1965 33 40 34 1 6 1 0 1 10 5 0 0 0 3 3 1 0 9 1 .176 .225 .294 .519
1966 19 54 49 5 14 2 0 3 25 15 0 1 0 0 4 2 1 11 0 .286 .352 .510 .862
STL 123 509 452 65 137 24 0 17 212 58 9 8 1 9 34 10 13 68 12 .303 .362 .469 .831
'66計 142 563 501 70 151 26 0 20 237 73 9 9 1 9 38 12 14 79 12 .301 .361 .473 .834
1967 151 644 563 91 183 37 0 25 295 111 11 2 0 7 62 23 12 75 16 .325 .399 .524 .923
1968 157 656 600 71 149 26 2 16 227 73 8 6 0 4 43 13 9 96 13 .248 .306 .378 .684
1969 ATL 154 636 573 74 147 28 2 22 245 88 12 5 0 3 55 10 5 76 12 .257 .325 .428 .753
1970 148 627 567 87 173 33 0 34 308 111 6 5 0 4 47 11 9 75 15 .305 .365 .543 .908
1971 71 276 250 31 69 10 1 14 123 44 3 6 0 4 22 7 0 29 12 .276 .330 .492 .822
1972 28 91 84 6 25 3 0 4 40 9 0 0 0 0 7 1 0 17 1 .298 .352 .476 .828
OAK 3 3 3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 .000
'72計 31 94 87 6 25 3 0 4 40 9 0 0 0 0 7 1 0 17 1 .287 .340 .460 .800
1973 BOS 142 608 550 51 159 25 0 20 244 86 0 2 2 3 50 13 3 81 24 .289 .350 .444 .794
1974 KC 33 117 107 3 23 5 0 1 31 18 1 0 0 0 9 0 1 16 5 .215 .282 .290 .572
通算成績:17年 2124 8695 7927 1131 2351 417 27 379 3959 1365 142 80 4 74 588 154 102 1169 218 .297 .350 .499 .849
  • 各年度の太字はリーグ最高

著書[編集]

出典[編集]

外部リンク[編集]