ジャスティン・モルノー
| ミネソタ・ツインズ #33 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | ブリティッシュコロンビア州ニューウエストミンスター |
| 生年月日 | 1981年5月15日(32歳) |
| 身長 体重 |
6' 4" =約193 cm 230 lb =約104.3 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 一塁手 |
| プロ入り | 1999年 MLBドラフト3巡目(全体89位)でミネソタ・ツインズから指名 |
| 初出場 | 2003年6月10日 ロッキーズ戦 |
| 年俸 | $14,000,000(2013年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2006年、2009年、2013年 |
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この表について
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ジャスティン・アーネスト・ジョージ・モルノー(Justin Ernest George Morneau, 1981年5月15日 - )は、カナダ・ブリティッシュコロンビア州ニューウエストミンスター出身の野球選手。ポジションは一塁手、右投左打。MLBミネソタ・ツインズに所属している。
1960年代前半に一生を風靡したミッキー・マントルとロジャー・マリスの "MM砲" にちなみ、チームメイトのジョー・マウアーとともに "新MM砲" と称されることがあるが、本人はこれに嫌悪感を示している[2][3]。
なお、日本のメディアでは、名前の表記を「モーノウ」とするところもある[4]。
目次 |
経歴[編集]
カナダ・ブリティッシュコロンビア州ニューウエストミンスターで生まれる。野球好きの父と元ソフトボールの投手だった母の影響で、2歳の時には既にバットを手に取るようになり、その頃から既に右投左打だった。高校時代はブリティッシュコロンビア・プレミア・ベースボール・リーグのノースデルタ・ブルージェイズで強打の捕手として活躍し[5]、ニューウエストミンスターの最優秀高校生アスリートに選ばれた。高校時代は野球以外にアイスホッケーもプレーしていた[6]。
1999年のドラフト3巡目(全体89位)で指名され、ミネソタ・ツインズへ入団。プロ入りを機に、捕手から一塁手へ転向した。同じカナダ人であるラリー・ウォーカーとマイナーリーグにいたころに知り合いになる。2003年にメジャー昇格を果たした時には、ウォーカーからサイン入りバットをプレゼントされ、6月10日のメジャーデビュー戦の最初の打席でモルノーはそのバットを使用した。それ以来、モルノーはウォーカーに野球についてのアドバイスを求めるようになった[7]。その年はツインズで40試合に出場し、106打数で4本塁打を放った。
続く2004年、開幕をマイナーリーグAAA級ロチェスターで迎えたモルノーは72試合に出場し、打率.306・22本塁打・63打点を記録。好成績が実って7月上旬にメジャーへ昇格した。7月末に、当時の正一塁手だったダグ・ミントケイビッチがレッドソックスへトレードされ、モルノーが一塁のレギュラーに定着。74試合で19本塁打・58打点という好成績を残した。もし162試合にフル出場していれば42本塁打・124打点となるペースであった。
2005年は、4月6日のマリナーズ戦でロン・ビローンから頭に直撃する死球を受け、脳震盪で故障者リスト入り。4月22日に復帰を果たしたが、6月には左肘も痛めた。これについて同僚のトリー・ハンターから「この時期、みんな多少の痛みをこらえてプレーしているのに」と批判されたり、首脳陣の意向で打順がなかなか固定されなかったりと、厳しいシーズンとなった[8]。最終的には141試合に出場したが、打率.239・22本塁打に終わった。
翌2006年も6月7日終了時点で打率.236と低迷し、一度はベンチへ下げられるものの、その後は広角に長打単打を打ち分ける持ち前のバッティングが復活し[3]、6月以降は打率.353・本塁打24・打点93を記録。8月7日には球団史上19年ぶりとなるシーズン30本塁打を達成し、通年成績を打率.321・本塁打34・打点130・OPS.934とした。130打点は1969年にハーモン・キルブルーが記録した140打点に次ぐ球団史上2位で、またカナダ出身の野球選手としては1997年のウォーカーに並ぶMLBタイ記録となった[9]。シーズン終了後には、アメリカンリーグMVPとシルバースラッガー賞(一塁手)に選出されている。
この活躍を受け、球団は4年総額2,400万ドルという条件で契約延長をオファー。モルノーは当初、これを受け入れるつもりでいたが、代理人から待つよう薦められたので単年契約を選択した[10]。年俸は38万5千ドルから450万ドルと11倍以上に大幅アップした。2007年は前半戦から本塁打を量産し、5月には月間MVPに選出された。オールスターゲームにも初選出され、試合前日のホームランダービーにも出場。オールスター後はペースが落ちたものの、最終的に31本塁打を放ち、前年に続き30本塁打・100打点を達成した。翌2008年1月25日、球団史上最高額となる6年総額8,000万ドルで契約を延長した[11]。
2008年は全163試合に出場。6月終了時点で打率.308・12本塁打を記録し、前年に続き2年連続でオールスターゲームに選出された。2年連続となるホームランダービーへの出場を打診されたモルノーは、前年の大会で意図的に本塁打を狙ったスウィングをしたことが後半戦の打撃に影響したと考え、出場に消極的だったが、大会前日の7月13日に参加を表明した[12]。結果、ダービーではジョシュ・ハミルトンを破り優勝、続く15日に行われた試合では延長15回にマイケル・ヤングの犠牲フライでサヨナラのホームを踏んだ。しかし後半戦に入り、月間打率が7月.360→8月.282→9月.243、同OPSも7月1.181→8月.839→9月.696と、シーズンが進むにつれて打撃が不調に陥っていく。主砲として3・4月から9月まで毎月20打点以上を挙げるなど、ある程度の役割は果たしたが、チームはホワイトソックスとのワンゲーム・プレーオフで敗れ、ポストシーズン進出を逃した。個人成績でも、打点王のタイトルにあと1打点及ばなかった。
2009年はワールド・ベースボール・クラシック・カナダ代表の一員としてモルノーは打率.444を記録したが[13]、2連敗で第1ラウンド敗退。レギュラーシーズンでは、連続試合出場継続中としてはライアン・ハワードに次ぐ記録だったが、6月21日のアストロズ戦を欠場したため319試合で途切れた[14]。前半戦は打率.341・20本塁打・69打点に対し、後半戦は打率.210・10本塁打・31打点と低迷。8月には内耳の感染症によるめまいで6試合を欠場した[15]。9月には腰の疲労骨折で全治3か月と診断されたため、9月12日の試合を最後にシーズンを終えた[16]。
2010年は開幕から好調でオールスターの一塁手部門にもファン投票で選出されていたが、7月7日の試合で脳震盪を起こし、以後の試合を全て欠場。シーズン終盤になっても後遺症から回復せず、プレーオフにも出場できなかった。
2011年は開幕から4番を務めたが、脳震盪の後遺症により満足なプレーができず、2004年以降では最低の出場試合数、成績に終わった。
2012年は3年ぶりに規定打席到達を果たしたが、本塁打数は20本に満たず、完全復活とは言い難い成績だった。
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2003 | MIN | 40 | 115 | 106 | 14 | 24 | 4 | 0 | 4 | 40 | 16 | 0 | 0 | 0 | 0 | 9 | 1 | 0 | 30 | 4 | .226 | .287 | .377 | .664 |
| 2004 | 74 | 312 | 280 | 39 | 76 | 17 | 0 | 19 | 150 | 58 | 0 | 0 | 0 | 2 | 28 | 8 | 2 | 54 | 4 | .271 | .340 | .536 | .876 | |
| 2005 | 141 | 543 | 490 | 62 | 117 | 23 | 4 | 22 | 214 | 79 | 0 | 2 | 0 | 5 | 44 | 8 | 4 | 94 | 12 | .239 | .304 | .437 | .741 | |
| 2006 | 157 | 661 | 592 | 97 | 190 | 37 | 1 | 34 | 331 | 131 | 3 | 3 | 0 | 11 | 53 | 9 | 5 | 93 | 10 | .321 | .375 | .559 | .934 | |
| 2007 | 157 | 668 | 590 | 84 | 160 | 31 | 3 | 31 | 290 | 111 | 1 | 1 | 0 | 9 | 64 | 11 | 5 | 91 | 17 | .271 | .343 | .492 | .835 | |
| 2008 | 163 | 712 | 623 | 97 | 187 | 47 | 4 | 23 | 311 | 129 | 0 | 1 | 0 | 10 | 76 | 16 | 3 | 85 | 20 | .300 | .374 | .499 | .873 | |
| 2009 | 135 | 590 | 508 | 85 | 139 | 31 | 1 | 30 | 262 | 100 | 0 | 0 | 0 | 7 | 72 | 12 | 3 | 86 | 12 | .274 | .363 | .516 | .878 | |
| 2010 | 81 | 348 | 296 | 53 | 102 | 25 | 1 | 18 | 183 | 56 | 0 | 0 | 0 | 2 | 50 | 7 | 0 | 62 | 6 | .345 | .437 | .618 | 1.055 | |
| 2011 | 69 | 288 | 264 | 19 | 60 | 16 | 0 | 4 | 88 | 30 | 0 | 0 | 0 | 2 | 19 | 1 | 3 | 44 | 8 | .227 | .285 | .333 | .618 | |
| 2012 | 134 | 570 | 505 | 63 | 135 | 26 | 2 | 19 | 222 | 77 | 1 | 0 | 0 | 10 | 49 | 8 | 6 | 102 | 19 | .267 | .333 | .440 | .773 | |
| 通算:10年 | 1151 | 4807 | 4254 | 613 | 1190 | 257 | 16 | 204 | 2091 | 786 | 5 | 7 | 0 | 58 | 464 | 81 | 31 | 741 | 112 | .280 | .31 | .492 | .842 | |
- 2012年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
獲得タイトル・表彰[編集]
- アメリカンリーグMVP 1回:2006年
- シルバースラッガー賞 2回:2006年、2008年
- MLBオールスターゲーム選出 4回:2007年 - 2010年
脚注[編集]
- ^ “Justin Morneau Stats, News, Pictures, Bio, Videos” (英語). ESPN.com. 2011年11月17日閲覧。
- ^ David Zingler, "The reluctant "M"," Minnesota Public Radio, May 21, 2005. 2009年9月3日閲覧。
- ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、116頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ 「MLB=ブレーブス、テシェイラと1年契約で合意」 ロイター、2008年1月20日。 2010年11月1日閲覧
- ^ Matthew Sekeres(2010-06-01),Canadian catching on ,The Globe and Mail(英語),2010年9月12日閲覧
- ^ JockBio: Justin Morneau Biography
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、152頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ 阿部寛子 「ジャスティン・モアノ[ツインズ]大器の開花」 『月刊スラッガー』2006年11月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-11、35-37頁。
- ^ "Justin Morneau: Biography and Career Highlights," twinsbaseball.com. 2008年3月17日閲覧。
- ^ Jeff Passan / Yahoo! Sports 「大物FAの時代は終わった!? 若手有望株を囲い込め!」 『月刊スラッガー』2008年8月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-8、10-15頁。
- ^ Kelly Thesier / MLB.com, "Morneau, Cuddyer ink multiyear deals / First baseman gets six-year deal, outfielder three years," twinsbaseball.com, January 25, 2008. 2008年3月17日閲覧。
- ^ 津川晋一 「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 ミネソタ・ツインズ/MIN HRダービーに消極的だった理由」 『月刊スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-9、78頁。
- ^ “World Baseball Classic: Statistics” (英語). worldbaseballclassic.com. 2010年8月15日閲覧。
- ^ Associated Press (2009年6月21日). “Keppinger, Astros help Rodriguez to first win in over a month” (英語). ESPN.com. 2010年8月15日閲覧。
- ^ Mason, Tyler (2009年8月24日). “Morneau back in lineup on Monday” (英語). MLB.com. 2010年8月15日閲覧。
- ^ Mason, Tyler (2009年9月14日). “Morneau's season ends with back injury” (英語). MLB.com. 2010年8月15日閲覧。
外部リンク[編集]
- Justin Morneau.com
- Justin Morneau - MySpace
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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