プリンス・フィルダー
| デトロイト・タイガース #28 | |
|---|---|
ミルウォーキー・ブルワーズ時代(2010年)
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1984年5月9日(27歳) |
| 身長 体重 |
5' 11" =約180.3cm 275 lb =約124.7kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 一塁手 |
| プロ入り | 2002年 ドラフト1巡目 |
| 初出場 | 2005年6月13日 デビルレイズ戦 |
| 年俸 | $11,000,000(2010年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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プリンス・セミアン・フィルダー(Prince Semien Fielder, 1984年5月9日 - )は、アメリカ合衆国カリフォルニア州オンタリオ出身の野球選手。一塁手、右投左打。現在はメジャーリーグベースボールデトロイト・タイガースに所属している。
かつてア・リーグで2年連続本塁打王に輝き、1989年には阪神タイガースでもプレイしたセシル・フィルダーの息子。セシルはプリンスの代理人を務めていたが、セシルのギャンブル癖による多額の借金で家庭は崩壊[2]。さらにはドラフトのときに260万ドルの契約金から20万ドルを抜いていたことが発覚し[2]、現在では絶縁状態である[3]。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] アマチュア時代
5歳の時、父のセシルが阪神タイガースでプレーしていたこともあり、僅か1年だが日本に在住経験がある。このとき、父に連れられて球場によく出入りさせてもらっており、実際に試合前、打撃練習をさせてもらったこともある。初めて野球に触れたのがこの頃であるが、5歳と幼いながらもパワー溢れる打撃を見せ付け、当時の阪神コーチや球団関係者から「これが5歳児のバッティングか」「将来はプロ野球選手か」と賞賛の声を挙げられる[4]。2010年12月、MLBのアンバサダーとして21年ぶりに訪日した際、「将来は日本でもプレーしたい」と語っている[5]。
父・セシルから「右投手が多いから有利」と言われるままに左打ちを練習し、これが父のしてくれた最高の教えだと語っている[3][6]。
12歳の時にはタイガー・スタジアム(デトロイト・タイガースの当時のホーム球場)でも父親と一緒に打撃練習し、2階スタンドに打球を放り込むという親譲りのパワーヒッターぶりを見せたという伝説がある[7]。ただしこの伝説は本人が2007年にFOXスポーツのインタビューで否定した[8]。
[編集] ミルウォーキー・ブルワーズ時代
2002年のドラフトでミルウォーキー・ブルワーズから1巡目(全体7位)指名され入団。
3Aのナッシュビル・サウンズで開幕を迎え、6月13日、デビルレイズ戦で7番・指名打者としてメジャーデビューを果たす(結果は4打数無安打)。7月4日に3Aに降格したがブレイディ・クラークが故障者リスト入りとなったため8月17日に再昇格[9]。8月31日のパイレーツ戦で代打として登場し、ホセ・メサからこの年球団初となるサヨナラ本塁打を放った[9]。この年は39試合に出場し、打率.288・2本塁打・10打点を記録。シーズン終了後、球団はフィルダーの打撃を高く評価し、ライル・オーバーベイ一塁手をトロント・ブルージェイズへ放出した[10]。
2006年3月10日、アリゾナ州で行われたワールド・ベースボール・クラシック日本代表とブルワーズとの練習試合に出場。6回に杉内俊哉から本塁打を放っている。同年のレギュラーシーズンでは4月に打率.344・5本塁打・16打点を記録し月間最優秀新人に選出され、その後もフルシーズンレギュラーとして活躍した。出場試合数(157)・安打数(154)・複数安打試合(41)はチーム1位で、28本塁打は新人ではリーグ最多となった[11]。本塁打と打点(81)は球団新人記録となり、新人王の投票では7位に入った[11]。
2007年は開幕から本塁打を量産。5月には球団新記録となる月間13本塁打を記録し月間MVPを受賞[12]。6月17日のツインズ戦ではジョー・ネイサンから自身初のランニングホームランを記録[13]。オールスターゲームの投票ではケン・グリフィー・ジュニアに次ぐリーグ2位の2,706,020票を得て初選出・先発出場[13]。9月15日にはシーズン46本目の本塁打を放ち[14]、リッチー・セクソンとゴーマン・トーマスが持つ球団記録45本を更新[13]。その10日後の9月25日(カージナルス戦)にはシーズン50本目となる本塁打を打ち[14]、メジャーリーグ史上初となる親子でのシーズン50本塁打を記録。また、ウィリー・メイズの24歳137日を上回りメジャーリーグ史上最年少(23歳139日)でのシーズン50本塁打となった[13]。この年は本塁打王のタイトルとシルバースラッガー賞を獲得した。
2008年は開幕から本塁打を放てずにいたが、4月17日のカージナルス戦で延長10回表に決勝となる2ラン本塁打を記録。本塁打50本塁打以上を記録した翌年の打者として最も遅い15試合目でシーズン初本塁打となり[15]、昨年より16本少ない34本塁打に終わった。フィラデルフィア・フィリーズとのディビジョンシリーズでは14打数1安打に終わり、チームも4連敗でシーズンを終えた。年俸調停権を得たフィルダーは、2009年の年俸として800万ドルを要求。これに対して球団側は650万ドルを提示していたが、2009年1月23日に2年総額1800万ドルで合意[16]。
は全162試合に4番打者として先発出場した[17]。5月3日の試合まで、打率が.250を超えない状態が続いたが、6月末時点で打率.307・20本塁打・74打点を記録。自身2度目となるオールスターゲーム出場を果たし、ホームランダービーではネルソン・クルーズを破り優勝。オールスター以降、1試合2本塁打、3試合連続本塁打をそれぞれ2度ずつ記録するなど本塁打を量産し、最終的に46本を記録。9月19日にシーズン127打点目を記録し、セシル・クーパーの球団記録を27年ぶりに更新し、最終的に141打点まで記録を伸ばし[18]、ライアン・ハワードと共にリーグ最多打点のタイトルを獲得した。
2010年は打率が自己最低の.261に低下し、本塁打も前年から14本減少したが、四球はリーグ最多の114個を記録した。翌年限りでFAとなるため、この年のシーズン途中から盛んにトレードの噂が出るようになったが[19]、最終的に2011年もブルワーズでプレーすることが決まった。ブルワーズはフィルダーの在籍している間に勝負をかけるべく、オフに多くの有望株と引き換えにザック・グレインキー、ショーン・マーカムを獲得する大型補強を行った[20]。
2011年7月12日に行われた第82回オールスターゲームに4番一塁手で出場。0-1とリードされている4回裏、左中間に逆転となるスリーランを打ちナ・リーグが5-1で勝利。フィルダーはMVPに選ばれた。シーズンでも打率.299、38本塁打、120打点、OPS.981を記録して地区優勝に大きく貢献したが、ブルワーズはリーグ優勝決定シリーズで敗退した。シーズン終了後FAとなったフィルダーには、ワシントン・ナショナルズ、テキサス・レンジャーズ、ボルチモア・オリオールズ、シアトル・マリナーズなどが興味を示していたが、代理人スコット・ボラスの要求額が高く、年が明けてもなかなか移籍先が決らなかった[21]。
[編集] デトロイト・タイガース時代
2012年1月24日、故障でシーズン絶望となったビクター・マルティネスの代役を探していたデトロイト・タイガースと歴代4位の大型契約となる9年総額2億1400万ドルで合意。タイガースは主砲のミゲル・カブレラとポジションが被るフィルダーの獲得には乗り出さないと思われていたため、契約成立のニュースは全米の野球関係者をあっと驚かせた[22]。
[編集] 選手としての特徴
広角に打ち分けるパワーヒッター。ただし周囲のそういう見方と異なり、本人は「トニー・グウィンやウェイド・ボッグスのようなライン際に打球を飛ばすアベレージヒッター型と自認している」とニューヨーク・タイムズに語っている[要出典]。
打席での構えがとても安定しており、左打者だが左投手を苦にしない[23]。相手投手の投球に対してうまく合わせることができ、打球を広角に打ち分けている[23]。ややアッパーカット気味のスウィングでもあり、そのために打球を上向きに、そして広角に本塁打を放つことができる。パワーヒッターとしてはバットコントロールと打席でのバランスに長け、内角球にうまく対応する[23]。
足の速さはメジャーリーグの平均よりかなり遅く、優れた走者ではない[23]。しかし、フィルダー自身は走るのを好み、時々相手捕手の隙をついて盗塁を試みる[23]。
その体質と体重のため、柔軟性と一塁周辺での俊敏性があまりなく、グラブさばきも柔らかさに欠けている[23]。各野手からの送球に対して、あまりにも早く手を伸ばす傾向があり、真正面からずれた送球には対応できずに固まってしまう[23]。また、中堅手より左の打球で打者が二塁へ向かう際の、中堅手もしくは左翼手からの送球のバックアップの位置取りに課題がある[23]。
身長約180cmとメジャーリーガーとしては小柄ながら、体重は120kg近くもあり、父親譲りの巨漢である(現役時代のセシルの体重も同じくらいであったが、身長はプリンスより高かった)。マイケル・ルイス著の『マネー・ボール』の中では、アスレチックスのスカウト陣から太りすぎとして酷評されていたシーンがある[24]。しかし、メジャー昇格後の活躍により見事アスレチックスのスカウトを見返した。
[編集] エピソード
- 2009年9月、フィルダーは、サンフランシスコ・ジャイアンツ戦でサヨナラ本塁打を放ち、本塁に生還する際にジャンプをし、その着地の衝撃でホームで待つチームメイトを一斉に仰向けにひっくり返らせるというパフォーマンスを行った。これが「ホームランですでに打ちのめされた相手に追い打ちをかける傲慢な行為」とみなされ、約半年後となる2010年3月のオープン戦でジャイアンツのバリー・ジトから報復死球を受けた[25][26]。
[編集] 獲得タイトル・表彰・記録
- 本塁打王 1回:2007年(50本)
- 打点王 1回:2009年(141打点)
- ハンク・アーロン賞 1回:2007年
- MLBオールスターゲーム選出 3回:2007年、2009年、2011年(2011年にMVP)
- シルバースラッガー賞 2回:2007年、2011年
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2005 | MIL | 39 | 62 | 59 | 2 | 17 | 4 | 0 | 2 | 27 | 10 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 17 | 0 | .288 | .306 | .458 | .764 |
| 2006 | 157 | 648 | 569 | 82 | 154 | 35 | 1 | 28 | 275 | 81 | 7 | 2 | 0 | 8 | 59 | 5 | 12 | 125 | 18 | .271 | .347 | .483 | .830 | |
| 2007 | 158 | 681 | 573 | 109 | 165 | 35 | 2 | 50 | 354 | 119 | 2 | 2 | 0 | 4 | 90 | 21 | 14 | 121 | 9 | .288 | .395 | .618* | 1.013 | |
| 2008 | 159 | 694 | 588 | 86 | 162 | 30 | 2 | 34 | 298 | 102 | 3 | 2 | 0 | 10 | 84 | 19 | 12 | 134 | 12 | .276 | .372 | .507 | .879 | |
| 2009 | 162 | 719 | 591 | 103 | 177 | 35 | 3 | 46 | 356 | 141 | 2 | 3 | 0 | 9 | 110 | 21 | 9 | 138 | 14 | .299 | .412 | .602 | 1.014 | |
| 2010 | 161 | 714 | 578 | 94 | 151 | 25 | 0 | 32 | 272 | 83 | 1 | 0 | 0 | 1 | 114 | 17 | 21 | 138 | 12 | .261 | .401 | .471 | .871 | |
| 2011 | 162 | 692 | 569 | 95 | 170 | 36 | 1 | 38 | 322 | 120 | 1 | 1 | 0 | 6 | 107 | 32 | 10 | 106 | 17 | .299 | .415 | .566 | .981 | |
| 通算:7年 | 998 | 4210 | 3527 | 571 | 996 | 200 | 9 | 230 | 1904 | 656 | 16 | 10 | 0 | 39 | 566 | 115 | 78 | 779 | 81 | .282 | .390 | .540 | .930 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
*2007年は規定打席到達者の中ではリーグ最高長打率であるが、規定打席に10打席不足しているライアン・ブラウンの不足分を凡打と仮定しても.620であり、フィルダーを上回る。
[編集] 脚注
- ^ “Milwaukee Brewers 2010 Player Salaries and Team Payroll” (英語). ESPN.com. 2010年10月15日閲覧。
- ^ a b 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、337頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ a b 安部寛子「MLB TALK SHOW プリンス・フィルダー [ブルワーズ]」『スラッガー』2006年9月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-8、67-69頁
- ^ 1989年当時のスポーツ紙各紙(大阪版)、2010年12月16日付日刊スポーツ1面(大阪版)。
- ^ 「日本でプレーするのは楽しそう」ブルワーズのフィルダーが都内の中学校を訪問 - スポーツナビ、2010年12月15日閲覧。
- ^ 2010年12月16日付日刊スポーツ1面(大阪版)には、試合前の横浜スタジアムで阪神のユニフォーム姿の父・セシルに指導を仰ぎながら左打席で打撃練習に取り組んでいた5歳当時のプリンスの写真が掲載されている。
- ^ 『白夜ムック277 野球小僧 世界野球選手名鑑2007』、白夜書房、2007年、ISBN 978-4-86191-246-7、257頁。
- ^ “NL MVP close • The Great Lakes Report - FOX Sports Blogs” (英語). 2008年5月27日閲覧。
- ^ a b “Prince Fielder 2005 Career Highlights” (英語). 2008年5月27日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、359頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ a b “Prince Fielder 2006 Career Highlights” (英語). 2008年5月27日閲覧。
- ^ ENCINA, EDUARDO A. (2007年6月10日). “NL is learning to fear Fielder” (英語). St. Petersburg Times. 2010年4月16日閲覧。
- ^ a b c d “Prince Fielder 2007 Career Highlights” (英語). 2008年5月27日閲覧。
- ^ a b “Prince Fielder Home Run Log (Batting) - Baseball-Reference PI” (英語). 2008年5月27日閲覧。
- ^ Wallner, Jeff (2008年4月18日). “Fielder credits Dillon's bat for dinger 2007 home run leader hits first with borrowed wood” (英語). MLB.com. 2009年1月26日閲覧。
- ^ McCalvy, Adam (2008年4月18日). “Brewers ink Fielder to two-year deal Slugger reportedly set to earn $18 million through 2010” (英語). MLB.com. 2009年1月26日閲覧。
- ^ “Prince Fielder 2009 Batting Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2010年4月17日閲覧。
- ^ Associated Press (2009年7月11日). “Fielder gets 127th RBI as Brewers win fourth straight” (英語). ESPN.com. 2010年4月16日閲覧。
- ^ Fletcher, Jeff(2010-07-09). Brewers Put Prince Fielder, Corey Hart, Rickie Weeks on Table. Aol news(英語). 2012年1月25日閲覧
- ^ Witrado, Anthony(2010-12-20). Keeping Fielder, adding Marcum opened door for Greinke. JSonline(英語). 2012年1月25日閲覧
- ^ Talty, John(2012-01-24). Prince Fielder Rumors: Nationals Remain Favorites; Rangers Still a Factor. ibtimes.com(英語). 2012年1月25日閲覧
- ^ Beck, Jason(2012-01-24). Prince, Tigers reach nine-year deal. MLB.com(英語). 2012年1月25日閲覧
- ^ a b c d e f g h 「ビッグ・ダディの息子」『月刊スラッガー』2006年8月号 34~37頁
- ^ 『マネー・ボール』、マイケル・ルイス著、中山宥訳、ランダムハウス講談社、2006年、ISBN 4-270-10028-1、169頁
- ^ Gabe Lacques(2010-03-04),Barry Zito makes Prince Fielder pay, kind of, for home-run celebration,USATODAY.com(英語),2010年9月17日閲覧
- ^ OP戦なのにフィールダーに“報復死球” MLB暗黙の掟,ZAKZAK,2010年9月17日閲覧
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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