アダム・ダン
| シカゴ・ホワイトソックス #32 | |
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1979年11月9日(32歳) |
| 身長 体重 |
6' 6" =約198.1cm 285 lb =約129.3kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投左打 |
| ポジション | 一塁手、外野手 |
| プロ入り | 1998年 MLBドラフト2巡目(全体50位)でシンシナティ・レッズから指名 |
| 初出場 | 2001年7月20日 マーリンズ戦 |
| 年俸 | $12,000,000(2010年)[1] |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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| 国際大会 | |
| 代表チーム | |
| WBC | 2009年 |
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この表について
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アダム・トロイ・ダン(Adam Troy Dunn, 1979年11月9日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身のプロ野球選手。一塁手兼外野手、右投左打。
2004年から2008年まで5年連続で40本塁打を放っていた唯一の選手であったが、2009年は38本塁打に終わり、記録は途切れた。2006年・2008年を除く3年間は、40本塁打・100得点・100打点・100四球という成績を残している。しかしその一方で三振が非常に多く、2004年から3年連続でナショナルリーグ最多三振を喫し、そのうち2004年の195三振は当時のMLBシーズン最多記録であった。
目次 |
[編集] 経歴
[編集] メジャーデビュー以前
高校時代は野球とアメリカンフットボールをプレイしていた。野球とフットボールの両方で大学やプロから注目される存在となり、特にフットボールではクォーターバックとして活躍し、3年間で4,792ヤードのパスを通し、44TDパスを記録した。高校生全体の中でも、マイケル・ヴィック、マット・ホリデーらと共に名の通ったQBであった[2]。野球では1998年のドラフト2巡目(全体50位)でレッズから指名され、またフットボールではカレッジフットボールの強豪テキサス大学オースティン校から奨学生のオファーを受けた。そこでこの年は、まず野球のマイナーリーグで7月末までプレイし、その後8月からはカレッジフットボールへ合流。しかし、翌1999年春、テキサス大学はダンより1学年下で前年にUSAトゥデイ最優秀オフェンス選手に選ばれていた新人QBクリス・シムズを先発QBとして起用し、ダンをタイトエンドにコンバートしようとしたため、ダンはフットボールを諦め、野球に専念することを発表した[3]。
2001年に、マイナーAA級・AAA級でシーズン途中まで計94試合に出場し打率.334・32本塁打を記録。7月8日にセーフコ・フィールドで行われたマイナーリーグのオールスター "フューチャーズゲーム" では、2階席にあるレストランを直撃する大本塁打を放った。前年にこの球場でそこまで打球を飛ばした選手はいない[4]。この活躍を受け7月半ばにメジャーに昇格する。
[編集] シンシナティ・レッズ
7月20日のマーリンズ戦でメジャーデビュー。8月には12本塁打を放ち、ナショナルリーグの月間本塁打新人記録を樹立した[5]。この年は66試合の出場で19本塁打を記録し、シーズン終了後の新人王投票では4位に入った。マーク・マグワイアは「ウチのアルバート(プホルス)とアダム(ダン)は特別な若者なのだ。彼らのパワーは、底知れないものがある」と語っている[4]。
2003年・2004年はいずれもタイトル獲得に近づいたシーズンとなったが、2003年は故障、2004年はシーズン終盤にエイドリアン・ベルトレ(ドジャース=当時)が本塁打を量産したため、タイトル獲得には至らなかった。その一方で2004年に記録した195三振は、1970年のボビー・ボンズを抜くメジャー新記録だった。そのほか、100得点・100打点・100四球の同時達成(球団史上2人目)や、犠飛なしで100打点(メジャー史上3人目)なども記録している[6]。
2005年も40本塁打・100得点・100打点・100四球を維持。2006年からは一塁手としてプレイする予定だったが、ウィリー・モー・ペーニャが開幕直前にトレードで移籍し、左翼手としてプレイすることになった[7]。この年、出塁率が.370を下回り、100得点・100打点も達成できないなど成績を落とした。
2007年は4年連続の40本塁打を達成するとともに、2年ぶりに100得点・100打点・100四球も記録。シーズン後半に三振を減らし、打者としての評価を上げた[8]。シーズン終了後の10月31日、レッズは1300万ドルの契約オプションを行使し、2008年もダンはレッズでプレイすることになった[9]。契約には6月15日までトレードできない条項を盛り込まれているが[10]、2008年のシーズン終了後にFAとなるため、チームの成績次第ではシーズン途中での他球団へのトレードの可能性も残されていた。
[編集] アリゾナ・ダイヤモンドバックス
レッズはエディンソン・ボルケスら若手の活躍もあったものの、7月終了時点で51勝58敗と低迷。そのため7月31日には年俸8,282,695ドルのケン・グリフィー・ジュニアをホワイトソックスへ放出。さらにチーム一の高給取りであるダンの放出へも動き出した。そこへ、アリゾナ・ダイヤモンドバックスが興味を示す。ダイヤモンドバックスは得点力を強化するためマーク・テシェイラ(ブレーブス→エンゼルス)の獲得を目指すも失敗していた[11]。両球団の交渉の末、ダンが3選手とのトレードでダイヤモンドバックスへ移籍することが8月11日に決定した[12]。
ダイヤモンドバックスでダンは43試合に出場、本塁打は8本とペースがレッズ時代より鈍ったが、移籍後の出塁率は移籍前より4分2厘上昇して.415を記録している。ただ、ダイヤモンドバックスはダン加入後も22勝22敗と勝ち星を伸ばすことができず、2年連続のポストシーズン進出を逃すことになった。
[編集] ワシントン・ナショナルズ
2009年2月11日に2年総額2,000万ドルでワシントン・ナショナルズへ移籍[13]。同年の第2回ワールド・ベースボール・クラシックには、ブラッド・ホープの故障辞退に伴いアメリカ合衆国代表に追加招集された。WBC本戦では打撃好調で3本塁打を放ったが、終盤では失策を連発した。
シーズンでは4番を務め、5月26日のメッツ戦で通算1,000本安打を達成。7月4日のブレーブス戦では史上123人目となる通算300本塁打を達成。20代での達成は史上13人目となった[14]。トレードデッドラインの7月31日を前にダンのトレードの噂に対し、マイク・リゾーGMはトレードを否定し[15]、ダンは結局トレードされずに残留。シーズン通算で38本塁打と、連続シーズン40本塁打以上が5年で途切れたが、打率は自己最高の.267を記録した。
[編集] シカゴ・ホワイトソックス
2010年シーズン終了後にFAでシカゴ・ホワイトソックスに移籍。
[編集] 特徴
アッパースイングの豪快なバッティングが持ち味。本格的にメジャーに定着した2002年からの7年間の平均三振は約168.7個。2004年には当時のメジャー最多記録(現在は6位)[16]となる195個もの三振を喫している。2006年の194三振も歴代7位である。
このように一見すると確実性が低いが、闇雲に振り回すのではなく、多くの四球を選ぶ優れた選球眼を持ちあわせている。三振の多さは振り回すからというよりボールをじっくり見るために不利なカウントに追い込まれやすいからという要因が大きい。四球の多さから、打率が.250を切っても出塁率は.370以上の水準を維持している。そのため、時には2番を打つこともある。
大柄な体格の割りに俊足で、メジャー2年目には19盗塁を記録、その後も毎年盗塁を決めている。守備に関しては失策が多く、動きも余り良くない。プラス・マイナス・システムでは、ダンの数値は-29とメジャーの全左翼手中ワースト2位の数字となっている。
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2001 | CIN | 66 | 286 | 244 | 54 | 64 | 18 | 1 | 19 | 141 | 43 | 4 | 2 | 0 | 0 | 38 | 2 | 4 | 74 | 4 | .262 | .371 | .578 | .949 |
| 2002 | 158 | 676 | 535 | 84 | 133 | 28 | 2 | 26 | 243 | 71 | 19 | 9 | 1 | 3 | 128 | 13 | 9 | 170 | 8 | .249 | .400 | .454 | .854 | |
| 2003 | 116 | 469 | 381 | 70 | 82 | 12 | 1 | 27 | 177 | 57 | 8 | 2 | 0 | 4 | 74 | 8 | 10 | 126 | 4 | .215 | .354 | .465 | .819 | |
| 2004 | 161 | 681 | 568 | 105 | 151 | 34 | 0 | 46 | 323 | 102 | 6 | 1 | 0 | 0 | 108 | 11 | 5 | 195 | 8 | .266 | .388 | .569 | .957 | |
| 2005 | 160 | 671 | 543 | 107 | 134 | 35 | 2 | 40 | 293 | 101 | 4 | 2 | 0 | 2 | 114 | 14 | 12 | 168 | 6 | .247 | .387 | .540 | .927 | |
| 2006 | 160 | 683 | 561 | 99 | 131 | 24 | 0 | 40 | 275 | 92 | 7 | 0 | 1 | 3 | 112 | 12 | 6 | 194 | 8 | .234 | .365 | .490 | .855 | |
| 2007 | 152 | 632 | 522 | 101 | 138 | 27 | 2 | 40 | 289 | 106 | 9 | 2 | 0 | 4 | 101 | 8 | 5 | 165 | 12 | .264 | .386 | .554 | .940 | |
| 2008 | 114 | 464 | 373 | 58 | 87 | 14 | 0 | 32 | 197 | 74 | 1 | 1 | 0 | 5 | 80 | 6 | 6 | 120 | 4 | .233 | .373 | .528 | .901 | |
| ARI | 44 | 187 | 144 | 21 | 35 | 9 | 0 | 8 | 68 | 26 | 1 | 0 | 0 | 0 | 42 | 7 | 1 | 44 | 3 | .243 | .417 | .472 | .889 | |
| '08計 | 158 | 651 | 517 | 79 | 122 | 23 | 0 | 40 | 265 | 100 | 2 | 1 | 0 | 5 | 122 | 13 | 7 | 164 | 7 | .236 | .386 | .513 | .899 | |
| 2009 | WSH | 159 | 668 | 546 | 81 | 146 | 29 | 0 | 38 | 289 | 105 | 0 | 1 | 0 | 2 | 116 | 16 | 4 | 177 | 8 | .267 | .398 | .529 | .928 |
| 2010 | 158 | 648 | 558 | 85 | 145 | 36 | 2 | 38 | 299 | 103 | 0 | 1 | 0 | 4 | 77 | 10 | 9 | 199 | 10 | .260 | .356 | .536 | .892 | |
| 2011 | CWS | 122 | 496 | 415 | 36 | 66 | 16 | 0 | 11 | 115 | 42 | 0 | 1 | 0 | 2 | 75 | 0 | 4 | 177 | 10 | .159 | .292 | .277 | .569 |
| 通算:11年 | 1570 | 6561 | 5390 | 901 | 1312 | 282 | 10 | 365 | 2709 | 922 | 59 | 22 | 2 | 29 | 1065 | 107 | 75 | 1809 | 85 | .243 | .374 | .503 | .877 | |
- 2011年度シーズン終了時
- 各年度の太字はリーグ最高
[編集] 獲得タイトル・記録
- MLBオールスターゲーム選出 1回:2002年
[編集] 脚注
- ^ “Adam Dunn Stats, News, Photos” (英語). ESPN.com. 2009年1月12日閲覧。
- ^ 阿部寛子 「マット・ホリデイ[アスレチックス #5]今を生きる」『月刊スラッガー』2009年7月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-7、23頁。
- ^ Adam Dunn: hitting his stride as a big league slugger: young left-handed swinging outfielder developing into one of game's most threatening batsmen
- ^ a b 加藤和彦 「アダム・ダン[レッズ]&ジョール・ピネイロ[マリナーズ]」 『月刊メジャー・リーグ』2002年3月号、ベースボール・マガジン社、2002年、雑誌08625-3、30-31頁。
- ^ Wallner, Jeff (2003年4月9日). “15 Minutes with Adam Dunn” (英語). MLB.com. 2010年8月3日閲覧。
- ^ "2004 Career Highlights," dbacks.com. 2008年9月8日閲覧。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版、2007年、347頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
- ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、377頁。ISBN 978-4-331-51300-2。
- ^ Associated Press (2007年10月31日). “Reds bring Dunn back for another season” (英語). ESPN.com. 2009年2月13日閲覧。
- ^ Sheldon, Mark (2007年11月5日). “Mailbag: Could trades be coming? Beat reporter Mark Sheldon answers Reds fans' questions” (英語). MLB.com. 2009年2月13日閲覧。
- ^ ESPN.com news services, "D-backs get Dunn from Reds for three prospects," ESPN.com, August 11, 2008. 2008年9月8日閲覧。
- ^ Steve Gilbert / MLB.com, "Dunn deal: D-backs acquire slugger / Outfielder tied for Major League lead with 32 homers," dbacks.com, August 11, 2008. 2008年8月12日閲覧。
- ^ Ladson, Bill (2009年2月11日). “Nats sign Dunn to two-year, $20M deal Veteran left-handed slugger reunited with general manager Bowden” (英語). MLB.com. 2009年2月13日閲覧。
- ^ {{Cite web|last=Ladson|first=Bill|date=July 4, 2009|url=http://washington.nationals.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20090704&content_id=5690550&vkey=news_was&fext=.jsp&c_id=was%7Ctitle=Dunn reaches milestone with 300th homer|work=MLB.com|language=英語|accessdate=8月3日|accessyear=2010年}}
- ^ Dittmeier, Bobbie (2009年7月8日). “Rizzo: Dunn will not be traded” (英語). MLB.com. 2010年8月3日閲覧。
- ^ 現在の最多記録は、ダイヤモンドバックスのチームメイトであるマーク・レイノルズが2009年に記録した223三振である。
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 MLB、ESPN、Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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