アーニー・バンクス

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アーニー・バンクス
Ernie Banks
Ernie Banks.JPG
アーニー・バンクス(2009年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 テキサス州ダラス
生年月日 1931年1月31日(83歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 遊撃手一塁手
プロ入り 1953年
初出場 1953年9月17日
最終出場 1971年9月26日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1977年
得票率 83.81%
選出方法 全米野球記者協会選出

アーニー・バンクスErnest "Ernie" Banks , 1931年1月31日 - )は、シカゴ・カブスに所属していたメジャーリーガー遊撃手一塁手)。1977年アメリカ野球殿堂入り。Mr. Cub (ミスター・カブ)といわれ、カブスの看板プレーヤーであった。バンクスがつけていた背番号14』は、シカゴ・カブスの永久欠番である。甥は1981年 - 1983年の3年間、レンジャーズでプレーした捕手、ボブ・ジョンソン

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1931年1月31日テキサス州ダラスで生まれ、少年時代はニグロリーグのダラス・グリーンモナークスやブラック・ジャイアンツで投手や捕手の経験がある父とキャッチボールをして育った[1]

高校時代のバンクスは当初バスケットボール陸上競技に興味を示し、さらに学校に通う傍ら、綿摘み農場でアルバイトをしていた[1]

プロ入り後[編集]

17歳の時にセミプロ球団アマリロ・コルツと1試合15ドルで契約[2][1]1950年ニグロリーグカンザスシティ・モナークスと月給300ドルで契約[3]。しかし、1951年から1953年にかけて兵役に就いたため出場することが出来なかったが、兵役から復帰した1953年にバンクスは打率.386、20本塁打を記録。シカゴ・ホワイトソックスと争奪戦となったが[3]、1953年9月8日、シカゴ・カブスと契約金2,000ドルで契約した[1][4]。9月17日にカブス球団史上初めての黒人選手としてメジャーデビューを果たし[1][4]、1956年に手の骨折で欠場するまで424試合連続試合出場を達成している。[2]

1954年ロイ・スモーリーに代わり遊撃手に定着し[2]、全154試合に出場した。打率.275、19本塁打、79打点を記録し、19本塁打は2007年トロイ・トゥロウィツキーに更新されるまでナ・リーグ遊撃手新人最多本塁打記録だった[5]ルーキー・オブ・ザ・イヤーの投票ではウォーリー・ムーンに次ぐ2位だった。

1955年にバットを軽量バットに変え[1]、リーグ3位の44本塁打を記録し、遊撃手としてのシーズン最多本塁打記録を樹立[3]。その内の5本は満塁本塁打でリーグ新記録となった[6]1958年にはリーグ最多の129打点・47本塁打を記録し、前年の遊撃手としてのシーズン最多本塁打記録を更新。同年、MVPを受賞しているが、チームは72勝82敗と負け越し、負け越したチームからのMVP選出は史上初(1931年にBBWAAによる表彰以降)。1959年もチームは74勝80敗で負け越したが、バンクスはリーグ初の2年連続でMVPを受賞。本塁打王をエディ・マシューズに譲ったものの、2年連続で打点王となった。

1955年から1960年にかけてメジャー最多の248本塁打と記録[2]。守備では1958年にリーグ最多の32失策を記録したが、1959年に失策数は11まで減らし、1960年にはゴールドグラブ賞を受賞した。その後は膝の故障に悩まされ、1961年6月23日には連続試合出場が717で途切れた[7]。 「メジャーリーグの遊撃手としてはやや守備範囲が狭いのでは?」との声も出てきており[8]1962年には一塁コンバートされた。

1966年レオ・ドローチャーがカブスの監督に就任してからは「併殺打の多い2割6分打者」と皮肉を言われるほどだった[1]

1965年9月2日に通算400本塁打を達成し、5年後の1970年5月12日にリグレー・フィールドで史上9人目の500本塁打を達成[9]1971年9月26日に現役を引退。

明るい性格から「ミスター・カブ」、「ミスター・サンシャイン」と呼ばれ、「レッツ・プレー・ツー」と選手を鼓舞し、野球を愛した[1][10]。バンクスは現在でも出場試合数2528、打数9421、塁打4706、などのカブスにおける球団記録を保持している[11]シカゴではマイケル・ジョーダンが登場するまで、最高のスポーツ選手だった[3]

バンクスがカブスに在籍中、チームは1度もワールドシリーズへ進出できず、低迷していた。そのため、どんなに個人が活躍してもチームが優勝できない事を、「アーニー・バンクス症候群(シンドローム)」と呼ばれるようになった。マイケル・ジョーダンも1991年にチームが優勝を果たすまで、そのように言われていた時期があった。

引退後[編集]

引退後カブスのコーチを務め、アメリカ野球殿堂入り資格1年目の1977年に得票率83.81%で選出を果たし、1982年8月22日に自身の背番号『14』がカブス史上初の永久欠番に指定された[12][13]1999年メジャーリーグベースボール・オールセンチュリー・チームでは遊撃手として選出された。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
1953 CHC 10 39 35 3 11 1 1 2 20 6 0 0 0 -- 4 -- 0 5 0 .314 .385 .571 .956
1954 154 649 593 70 163 19 7 19 253 79 6 10 5 4 40 -- 7 50 11 .275 .326 .427 .753
1955 154 646 596 98 176 29 9 44 355 117 9 3 0 3 45 6 2 72 16 .295 .345 .596 .941
1956 139 593 538 82 160 25 8 28 285 85 6 9 0 3 52 18 0 62 7 .297 .358 .530 .887
1957 156 674 594 113 169 34 6 43 344 102 8 4 2 5 70 11 3 85 12 .285 .360 .579 .939
1958 154 682 617 119 193 23 11 47 379 129 4 4 1 8 52 12 4 87 14 .313 .366 614 .980
1959 155 671 589 97 179 25 6 45 351 143 2 4 2 9 64 20 7 72 18 .304 .374 .596 .970
1960 156 678 597 94 162 32 7 41 331 117 1 3 0 6 71 28 4 69 14 .271 .350 .554 .904
1961 138 573 511 75 142 22 4 29 259 80 1 2 0 6 54 21 2 75 11 .278 .346 .507 .852
1962 154 657 610 87 164 20 6 37 307 104 5 1 0 10 30 3 7 71 19 .269 .306 .503 .809
1963 130 484 432 41 98 20 1 18 174 64 0 3 1 8 39 16 7 73 7 .227 .292 .403 .695
1964 157 637 591 67 156 29 6 23 266 95 1 2 1 6 36 11 3 84 16 .264 .307 .450 .757
1965 163 680 612 79 162 25 3 28 277 106 3 5 0 7 55 19 6 64 16 .265 .328 .453 .781
1966 141 554 511 52 139 23 7 15 221 75 0 1 4 5 29 10 5 59 15 .272 .315 .432 .747
1967 151 615 573 68 158 26 4 23 261 95 2 2 8 4 27 8 3 93 20 .276 .310 .455 .765
1968 150 595 552 71 136 27 0 32 259 83 2 0 9 2 27 4 5 67 12 .246 .287 .469 .756
1969 155 629 565 60 143 19 2 23 235 106 0 0 8 7 42 7 7 101 15 .253 .309 .416 .725
1970 72 247 222 25 56 6 2 12 102 44 0 0 1 3 20 3 1 33 5 .252 .313 .459 .772
1971 39 92 83 4 16 2 0 3 27 6 0 0 3 0 6 1 0 14 1 .193 .247 .325 .572
通算:19年 2528 10395 9421 1305 2583 407 90 512 4706 1636 50 53 45 96 763 198 70 1236 229 .274 .330 .500 .830
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h 芝山幹朗 『「ミスターカブの笑顔の影には」月刊メジャー・リーグ11月号』 ベースボール・マガジン社2007年、92-93項。
  2. ^ a b c d The Ballplayers - Ernie Banks” (英語). BaseballLibrary.com. 2008年10月1日閲覧。
  3. ^ a b c d 藤澤文洋 『メジャーリーグ・スーパースター名鑑』 研究社2003年、120 - 123頁。ISBN 4-327-37689-2
  4. ^ a b Ernie Banks Statistics” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年2月27日閲覧。
  5. ^ Tulowitzki etches name in record books” (英語). MLB.com. 2008年2月27日閲覧。
  6. ^ Grand Slams Single Season National League Leaders” (英語). Baseball Almanac. 2008年10月1日閲覧。
  7. ^ Ernie Banks from the Chronology” (英語). BaseballLibrary.com. 2009年6月6日閲覧。
  8. ^ 伊東一雄. メジャー・リーグ紳士録. ベースボール・マガジン社. p. 26-27. 
  9. ^ Ernie Banks Home Run Log (Batting)” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年2月27日閲覧。
  10. ^ National Baseball Hall of Fame and Museum: Hall of Famer detail” (英語). baseballhalloffame.org. 2008年2月27日閲覧。
  11. ^ Chicago Cubs Batting Leaders” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年2月27日閲覧。
  12. ^ Ernie Banks Biography, Bio, Profile, pictures, photos from Netglimse.com” (英語). Netglimse.com. 2008年2月27日閲覧。
  13. ^ The Official Site of The Chicago Cubs: History: Cubs Retired Numbers” (英語). MLB.com. 2008年2月22日閲覧。

外部リンク[編集]