ジョシュ・ハミルトン

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ジョシュ・ハミルトン
Josh Hamilton
ロサンゼルス・エンゼルス #32
Josh Hamilton on June 10, 2013.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ノースカロライナ州ローリー
生年月日 1981年5月21日(32歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1999年 MLBドラフト1巡目
初出場 2007年4月2日
年俸 $17,400,000(2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ジョシュ・ホルト・ハミルトンJosh Holt Hamilton , 1981年5月21日 - )は、アメリカ合衆国ノースカロライナ州ローリー出身のプロ野球選手外野手)。現在は、MLBロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに所属している。

麻薬中毒から立ち直った野球選手として知られている。

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

高校時代の1998年1999年と2年連続でノースカロライナ州の高校最優秀選手に選出され、1999年にはベースボール・アメリカ選出の高校の最優秀選手に選出された[2]。打撃ではアマチュア球界最高のバッターと言われ、投手としては96マイル(154.5km/h)[3]の速球を投げるため、スカウトからは5ツールに投手の能力を加え、「8つの能力を持つ選手」と言われた[4]

プロ入り後[編集]

1999年にドラフト1巡目(全米1位)でタンパベイ・デビルレイズに外野手として指名され、契約金は396万ドルで入団[3]。高校生野手としてのドラフト全米1位指名はアレックス・ロドリゲス以来だった。

2000年にはUSAトゥデイ・マイナーリーグ年間最優秀選手賞を受賞。

挫折[編集]

2001年のシーズン開幕前、両親と共に交通事故に遭う[5]。大きな期待を重圧に感じた結果、怪我の治療中にアルコールコカイン依存症に陥る[6]2002年7月には薬物使用が発覚し、MLBコミッショナーから25日間の出場禁止処分が下され、更生施設への入所を義務付けられた[6]

入れ墨を26か所に入れるなど行動の改善が見られず、2003年のスプリングトレーニングでも度重なる遅刻などの素行不良のためルー・ピネラ監督から「家に帰って、親元で心を入れ替えてこい」と命じられた[6]。しかし、効果はなく何度もドラッグ検査に引っかかり、2004年2月には2回目の出場停止処分を受けた[5]。事実上の球界追放となった[7]

2004年からの二年間は野球から完全に離れ、8度に渡り薬物更生施設への出入りを繰り返し、一時は自殺を考えるほどだった[6]。しかし、再起を志し2005年終わり頃にはアルコールや薬物の使用を絶つことに成功。2006年1月からトレーニングを再開し、数ヶ月後には独立リーグから契約の打診が来るようになった[7][3]

復帰[編集]

MLB機構は保有権がデビルレイズにあると判断し、週3回以上の尿検査を条件に現役復帰を認めた[7]2006年6月に出場禁止処分が解け、A級のハドソンバレー・レニゲイズで2002年以来となる公式戦復帰を果たしたが、膝の故障のため、15試合の出場に終わった。11月18日に40人ロースターから外れ[6]、AAA級ダーラム・ブルズへ降格した。

レッズ時代[編集]

2006年12月に行われたルール・ファイブ・ドラフト(メジャーの40人の選手登録枠に空きがあるチームのみ参加可能のドラフト)でシカゴ・カブスに指名され[8]、同日に金銭トレードによってシンシナティ・レッズに移籍した[8]

2007年2月22日にレッズと1年契約に合意。オープン戦で長打力を見せつけたハミルトンは、開幕ベンチ入りを果たし[6]、4月2日の開幕戦で代打で出場。プロ入り8年目にしてメジャーデビューを果たした。復活を称え場内の観客は20秒以上のスタンディングオベーションを行った[7]。4月は6本塁打・13打点を記録するなどの大活躍で、ナ・リーグ月間最優秀新人に選出される。ケガや胃の疾患のため90試合の出場にとどまり[6]打率.292・19本塁打・47打点の成績でシーズンを終えた。

レンジャーズ時代[編集]

2007年12月21日にエディンソン・ボルケスダニー・ヘレーラとの交換トレードでテキサス・レンジャーズに移籍した[8]

2008年2月15日にレンジャーズと1年契約に合意。開幕から好調で4月、5月と2か月連続で月間MVPを受賞。オールスターのファン投票でア・リーグ外野手部門最多の3,708,709票を得て、初出場を果たした。オールスター前日に行われたホームランダービーの第1ラウンドでボビー・アブレイユの24本の記録を破る28本を放った。決勝では3本で、5本を打ったミネソタ・ツインズジャスティン・モルノーが優勝したが、モルノーは「皆の記憶に残るのは、僕が勝ったことよりジョシュ・ハミルトンのことだろうね」と言うようにハミルトンが主役だった[9]。8月17日のレイズ戦では9回裏2アウト満塁の場面で敬遠された。満塁での敬遠はア・リーグ107年ぶりの出来事だった[10]。シーズンでは最終的に打率.304・32本塁打・130打点を記録、打点王に輝き、メジャーデビュー2年目にして初の個人タイトルを獲得した。

2009年は前年とは一転し、再び試練の年となった。オープン戦では、メジャーリーグ最多となる27打点を記録し[11]、引き続き素晴らしい活躍を見せるかに思われたが、脇腹や腹筋などを痛めて3度のDL入りを経験[11]。また、8月には、女性と体に生クリームを塗った写真がネット上に流出し[11]、謝罪会見を開く羽目になった。最終的には自己最少の89試合出場で、打率と本塁打も自己最少の数字に終わった。

復活を懸けて迎えた2010年は、4月5月の2ヵ月間こそ打率.281・9本塁打・27打点という数字だったが、6月に入ってエンジン全開となり、6月4日から6月30日にかけて23試合連続安打を記録。それ以外にも安打が出なかったのが6月3日だけ、3安打以上放った試合が8試合と打ちまくり、6月の月間成績は打率.454・9本塁打・31打点と、最初の2ヵ月間の数字を上回った。9月上旬から10月に入るまで故障で戦列を離れたが、最終的には.359という高打率を記録して、自身初の首位打者のタイトルを獲得した。また、故障の影響でわずかながら100に届いていなかった打点は、復帰後の10月2日エンゼルス戦で32号弾含む3打点を記録した事で、丁度100に到達した。ヤンキースとのリーグ優勝決定シリーズでは打率.350、4本塁打の活躍でレンジャーズのリーグ優勝に大きく貢献。11月23日、ア・リーグMVPに選出された[12]

2011年開幕前には総額2400万ドルの2年契約を結ぶ。4月に上腕骨を痛めて戦列を離れるが、翌月には復帰し、オールスターにも出場した。7月7日にレンジャーズボールパークで行われたオークランド・アスレチックス戦では、ハミルトンが観客席に投げ入れたボールを捕ろうとした男性ファンが誤って約6メートルの高さから転落、死亡するという悲劇が起きた[13]。ハミルトンはこの一件で大いに心を痛め、翌日の試合の欠場も考えるほどだったが、開始2時間前に出場を決断。試合後には改めて死亡したファンの家族に哀悼の意を表した[14]

2012年2月、断っていたはずの飲酒を行ったことが発覚。会見を開き「多くの人をがっかりさせてしまった」と謝罪した[15]。この問題はメディアに大きく取り上げられ、春季キャンプ中にも再度の釈明を行った[16]。開幕後は好調を維持し4月の月間MVPを獲得。5月8日のボルチモア・オリオールズ戦ではメジャー史上16人目となる1試合4本塁打を放ち、自己最多の一試合8打点、ア・リーグ新記録となる一試合18塁打の大活躍をみせた[17]。同年のオールスターゲームでは、ファン投票で史上最高となる11,073,744票の得票数を獲得し、選出された。シーズン途中までは本塁打王を独走していたが、後半戦に失速して無冠に終わった(この年の本塁打王はミゲル・カブレラ)。

また、チームもハミルトンの失速とともに終盤にアスレチックスの猛烈な追い上げを受ける。最後の最後の試合で並ばれるも、勝てばレンジャーズの地区優勝が決まる所まで来ていた。 しかし、同点で迎えた4回裏、2死1塁2塁の場面で平凡な外野フライをエラーしてしまい逆転を許すとそのままレンジャーズは敗戦。地区優勝を土壇場で逃し、アスレチックスに「大逆転」を許す結果となってしまい、ハミルトンは「V逸のA級戦犯」となってしまった。

それでも、自己最多となる43本塁打(リーグ2位)を放った。オフの10月29日にFAとなり、目玉選手の1人となった。

エンゼルス時代[編集]

シアトル・マリナーズフィラデルフィア・フィリーズなども獲得に乗り出したが、12月15日に5年総額1億2,500万ドルの大型契約でロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムに入団した[18]

2013年、前年に入団していたアルバート・プホルスと共に打線の核となる事を期待されていたが、打率が.100台後半~.200台前半を推移する低迷ぶりを見せ、オールスターゲームまでに89試合に出場し打率.224・14本塁打・39打点という低水準だった。オールスターゲーム明けからは、62試合の出場で打率.287・40打点を記録し、多少復調の兆しを見せたが、本塁打が7本だった為、シーズン151試合出場は自己2番目に多い数字だったにも関わらず、打率.250・21本塁打・79打点・OPS.739はいずれも規定打席に到達したシーズンとしては最低の成績であり、大きく期待を裏切ったシーズンとなった。

2014年は開幕ロースター入りした[19]が、4月8日のシアトル・マリナーズ戦で一塁にヘッドスライディングした際に、左手の親指を負傷。4月9日に15日間の故障者リスト入りした[20]

プレースタイル・人物[編集]

最高級の5ツールプレイヤーであり、現役有数の外野手[5]。打撃練習時のハミルトンはアダム・ダン以上の飛距離、アレックス・ロドリゲス以上の打球スピードと言われ、スウィングが速く、パワー、スキルもハイレベルである[5]。守備では肩が強く、足も速く、センターは上質でカルロス・ベルトランに迫力を足したような選手と言われる[5]

高校の恩師であるClay Counsil氏とは、高校時代に「オールスターのホームランダービーに出たら、バッティングピッチャーを務めてくれ」と約束を交わしており、2008年のオールスターでのホームランダービーで、その約束を果たした。Clay Counsil氏は、ハミルトンが麻薬中毒になった際に、再び野球に向かい合うように手助けをした人物であり、彼の球を受けたハミルトンは28本の本塁打を放ち、ホームランダービー新記録という最高の形で応えた[21]

映画化[編集]

2012年6月22日ケイシー・アフレックが監督・脚本でハミルトンの人生を題材にした映画を制作することが明らかになった[22]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 CIN 90 337 298 52 87 17 2 19 165 47 3 3 0 2 33 4 4 65 6 .292 .368 .554 .922
2008 TEX 156 704 624 98 190 35 5 32 331 130 9 1 0 9 64 9 7 126 8 .304 .371 .530 .901
2009 89 365 336 43 90 19 2 10 143 54 8 3 0 4 24 2 1 79 5 .268 .315 .426 .741
2010 133 571 518 95 186 40 3 32 328 100 8 1 1 4 43 5 5 95 11 .359 .411 .633 1.044
2011 121 538 487 80 145 31 5 25 261 94 8 1 0 10 39 13 2 93 8 .298 .346 .536 .882
2012 148 636 562 103 160 31 2 43 324 128 7 4 0 9 60 13 5 162 9 .285 .354 .577 .930
2013 LAA 151 636 576 73 144 32 5 21 249 79 4 0 0 9 47 4 4 158 16 .250 .307 .432 .739
通算:7年 888 3787 3401 544 1002 205 24 182 1801 632 47 13 1 47 310 50 28 778 63 .295 .354 .530 .883
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル・記録・表彰[編集]

背番号[編集]

  • 33(2007年)
  • 32(2008年 - )

脚注[編集]

  1. ^ Josh Hamilton Contract, Salaries, and Transactions” (英語). Spotrac.com. 2013年10月16日閲覧。
  2. ^ Josh Hamilton: Biography and Career Highlights” (英語). MLB.com. 2008年7月29日閲覧。
  3. ^ a b c Josh Hamilton Biography” (英語). JockBio. 2008年12月29日閲覧。
  4. ^ 「アマチュア・ドラフト指名選手の横顔と実力」『月刊メジャー・リーグ』1999年8月号、ベースボールマガジン社、1999年、雑誌 08625-8、56項。
  5. ^ a b c d e 杉浦大介「ジョシュ・ハミルトン [レンジャーズ] 2つの奇跡」『スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-9、32 - 35 項
  6. ^ a b c d e f g 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2008』 廣済堂出版、2008年、242項。ISBN 978-4-331-51300-2
  7. ^ a b c d ナガオ勝司 「人物クローズアップ ジョシュ・ハミルトン [レンジャーズ] 「絶望からの生還劇」はさらに大輪の花へ」『メジャー・リーグ記録集計号 ザ・スタッツブック 2008』、ベースボールマガジン社、2008年、雑誌 20449-11/20、77 - 79項。
  8. ^ a b c Josh Hamilton Statistics” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年12月29日閲覧。
  9. ^ 「第79回 オールスター・ゲーム」『スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-9、57項
  10. ^ 出野哲也「MVPの栄冠を手にするにはだれか? 両リーグの候補者たちのセールス&ウィークポイントポイントを徹底検証! File:23 ジョシュ・ハミルトン [#32 OF]」『スラッガー』2008年12月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-12、16項。
  11. ^ a b c 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、211項。ISBN 978-4-331-51439-9
  12. ^ T.R. Sullivan(2010-11-23), Hamilton deemed to be AL's Most Valuable, MLB.com(英語), 2010年11月24日
  13. ^ アスレチックス戦左翼席から観客落下死亡スポニチ、2011年7月8日
  14. ^ 傷心ハミルトン、転落死ファンに“手向け”の1安打スポニチ、2011年7月10日
  15. ^ 飲酒認め、謝罪…レ軍主砲ハミルトン「弱さが出た」スポニチ、2012年2月5日
  16. ^ レンジャーズ・ハミルトン、飲酒問題語るサンスポ、2012年2月25日
  17. ^ ダル同僚ハミルトンが4発!あわや6打席連続の大当たりスポニチ、2012年5月10日
  18. ^ Angels To Sign Josh Hamilton MLBTradeRumors.com
  19. ^ Angels announce 2014 Opening Day roster”. MLB.com Angels Press Release (2014年3月30日). 2014年4月10日閲覧。
  20. ^ Alden Gonzalez (2014年4月9日). “Hamilton expected to have thumb surgery”. MLB.com. 2014年4月10日閲覧。
  21. ^ GET SPORTS、2011年9月5日放送分より
  22. ^ Josh Hamilton story may be made into movie

外部リンク[編集]