ルー・ピネラ
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | フロリダ州タンパ |
| 生年月日 | 1943年8月28日(69歳) |
| 身長 体重 |
6' 2" =約188 cm 198 lb =約89.8 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 外野手 |
| プロ入り | 1962年 |
| 初出場 | 1964年9月4日 |
| 最終出場 | 1984年6月16日 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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ルー・ピネラ(Louis Victor "Lou" Piniella, 1943年8月28日 - )はMLBの元野球選手、監督。アメリカ合衆国・フロリダ州タンパ出身。ニックネームは"Sweet Lou"(スウィート・ルー)。
[編集] 経歴
現役時代は外野手として活躍し、カンザスシティ・ロイヤルズで新人王を獲得後、ニューヨーク・ヤンキースに移籍。折しも数々の灰汁の強い名選手が在籍する「ブロンクス・ズー」といわれた1970年代黄金期で、ピネラ自身もワールドチャンピオンに貢献した。
引退後はニューヨーク・ヤンキースのほか、シンシナティ・レッズやシアトル・マリナーズで監督を務め、2003年から2005年までフロリダ州に本拠地を置くタンパベイ・デビルレイズの監督を務めた。イチローや佐々木主浩などの日本人プレーヤーと縁が深い。
2007年より3年総額1,000万ドルの契約でシカゴ・カブスの監督に就任した。現役時代と同じく背番号14を着けたかったが、永久欠番となっていたため、14を逆にした41番を着用することとなった。
2007年6月2日のブレーブス戦にて三塁盗塁を試みた走者がアウトと判定された事を不服とし、帽子を主審に投げ捨てる、ホームベースを砂で隠した上に手で大きなホームベースを描く、三塁ベースを投げ飛ばす等の抗議を行い、[要出典]4試合の出場停止処分を受けた。
2010年8月22日、母親の看病に専念したいという理由でカブス監督を退任。翌2011年はサンフランシスコ・ジャイアンツでスペシャルアシスタントを務めた。
[編集] 獲得タイトル
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
- 監督の通算成績と情報 Baseball-reference.com
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