レジー・ジャクソン

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レジー・ジャクソン
Reggie Jackson
Reggie Jackson.JPG
レジー・ジャクソン(2007年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 アメリカ合衆国の旗 ペンシルベニア州
生年月日 1946年5月18日(65歳)
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 外野手
プロ入り 1966年 ドラフト1巡目
初出場 1967年6月9日
最終出場 1987年10月4日
経歴(括弧内は在籍年)
Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg 殿堂表彰者Empty Star.svg Empty Star.svg Empty Star.svg
選出年 1993年
得票率 93.62%
選出方法 BBWAA[1]選出
1977年、ヤンキース入団会見時のジャクソン

レジー・ジャクソンReginald Martinez "Reggie" Jackson, 1946年5月18日 - )はアメリカ合衆国ペンシルベニア州出身の野球選手外野手)である。ワールドシリーズにおいて安打、本塁打を量産したことからミスター・オクトーバーMr. October)として知られる。1993年アメリカ野球殿堂入り。父親はニグロリーグでプレーした。

目次

[編集] 来歴・人物

1966年にカンザスシティ・アスレチックス(現在のオークランド・アスレチックス)よりドラフト指名を受け入団。1968年のシーズンからレギュラーに定着し、1972年から1974年にかけてのアスレチックスの3年連続ワールドシリーズ制覇に貢献。1973年にはシーズンMVPとワールドシリーズMVPを獲得した。

1976年ボルチモア・オリオールズでプレー、1977年ニューヨーク・ヤンキースに移籍。ここでも1977年、1978年のワールドシリーズ制覇を経験したが、真骨頂は1977年のワールドシリーズ第6戦。ジャクソンは3打席連続本塁打、それもすべて初球打ちという離れ業でヤンキースに久々のワールドチャンピオンをもたらし、名実ともにミスター・オクトーバーの称号を得た(第5戦最終打席にも本塁打を放っているので、通算ではワールドシリーズ史上初の4打席連続ホームラン)。

1982年、カリフォルニア・エンゼルス(現在のロサンゼルス・エンゼルス)に移籍、そして現役最後のシーズンとなった1987年は古巣アスレチックスでプレーした。

通算本塁打563本、1702打点とスラッガーとして文句のない実績であったが三振も多く、通算の三振数は2597でこれは今もメジャーリーグ歴代1位である。

アスレチックス時代にはチャーリー・フィンリーオーナー、ヤンキース時代にはビリー・マーチン監督や主将で捕手のサーマン・マンソン(いずれも故人)とグラウンド内外で対立するなどトラブルメーカーという側面もあったが、ある審判は「若い頃の彼(レジー)に「大打者は審判の判定に文句をつけないものだ」と言ったところ、彼は引退するまで審判の判定に一言もクレームをつけなかった。彼のマナーは最高だ」と褒め称えていた。また、ファンの求めるサインには試合前でも可能な限り快く応じた。

1993年にはアメリカ野球殿堂入りを果たし、まず同年にヤンキースでの背番号44が、続いて2003年にアスレチックスでの背番号9が、永久欠番に指定された。現在はヤンキースで特別アドバイザーを務めており、春のスプリング・キャンプで松井秀喜らにアドバイスをするなど後進の指導を行っている。

[編集] タイトル・表彰・記録

[編集] 年度別打撃成績

















































O
P
S
1967 KCA
OAK
35 135 118 13 21 4 4 1 36 6 1 1 1 1 10 0 5 46 1 .178 .269 .305 0.574
1968 154 614 553 82 138 13 6 29 250 74 14 4 4 2 50 5 5 171 3 .250 .316 .452 0.768
1969 152 677 549 123 151 36 3 47 334 118 13 5 1 1 114 20 12 142 8 .275 .410 .608 1.018
1970 149 514 426 57 101 21 2 23 195 66 26 17 2 3 75 11 8 135 10 .237 .359 .458 0.817
1971 150 642 567 87 157 29 3 32 288 80 16 10 0 6 63 5 6 161 7 .277 .352 .508 0.860
1972 135 572 499 72 132 25 2 25 236 75 9 8 4 2 59 7 8 125 5 .265 .350 .473 0.823
1973 151 629 539 99 158 28 2 32 286 117 22 8 0 7 76 11 7 111 13 .293 .383 .531 0.914
1974 148 604 506 90 146 25 1 29 260 93 25 5 0 8 86 20 4 105 8 .289 .391 .514 0.905
1975 157 669 593 91 150 39 3 36 303 104 17 8 0 6 67 5 3 133 10 .253 .329 .511 0.840
1976 BAL 134 558 498 84 138 27 2 27 250 91 28 7 0 2 54 7 4 108 17 .277 .351 .502 0.853
1977 NYY 146 606 525 93 150 39 2 32 289 110 17 3 0 4 74 4 3 129 3 .286 .375 .550 0.925
1978 139 581 511 82 140 13 5 27 244 97 14 11 0 3 58 2 9 133 8 .274 .356 .477 0.833
1979 131 537 465 78 138 24 2 29 253 89 9 8 0 5 65 3 2 107 17 .297 .382 .544 0.926
1980 143 601 514 94 154 22 4 41 307 111 1 2 0 2 83 15 2 122 7 .300 .398 .597 0.995
1981 94 382 334 33 79 17 1 15 143 54 0 3 0 1 46 2 1 82 8 .237 .330 .428 0.758
1982 CAL 153 621 530 92 146 17 1 39 282 101 4 5 0 4 85 12 2 156 10 .275 .375 .532 0.907
1983 116 458 397 43 77 14 1 14 135 49 0 2 0 5 52 5 4 140 5 .194 .290 .340 0.630
1984 143 584 525 67 117 17 2 25 213 81 8 4 1 0 55 7 3 141 10 .223 .300 .406 0.706
1985 143 541 460 64 116 27 0 27 224 85 1 2 0 2 78 12 1 138 16 .252 .360 .487 0.847
1986 132 517 419 65 101 12 2 18 171 58 1 1 0 3 92 11 3 115 14 .241 .379 .408 0.787
1987 OAK 115 374 336 42 74 14 1 15 135 43 2 1 0 1 33 0 4 97 3 .220 .297 .402 0.699
通算:21年 2820 11416 9864 1551 2584 463 49 563 4834 1702 228 115 13 68 1375 194 96 2597 183 .262 .356 .490 0.846
  • 太字はリーグ1位。赤太字はメジャー歴代1位。

[編集] エピソード

豪快な性格と歯に衣着せぬ物言いから、常に周囲との問題を引き起こした。ボルチモア・オリオールズからヤンキース入団直後に当時の主将マンソンと対立したり、当時のヤンキース監督マーチン、オーナーのジョージ・スタインブレナーとの関係は度々メディアに取り上げられた。

特にマーチンとは犬猿の仲であり、1977年6月18日レッドソックス戦では全米テレビ中継の真っ只中で掴み合いをしている。ただ反面、審判に対するマナーは良く抗議するときは必ず下を向き睨みつけたりすることはしなかったという。

かつて中継ぎで登板した江夏豊とオープン戦で対戦し、センター前にヒットを打ったことがある。試合前に江夏は「自分は日本で反逆児と呼ばれていた。アメリカで反逆児と呼ばれているレジー・ジャクソンから三振を取るのが目標だ」と語っており、それを知っていたレジーは試合後にヒットを打ったバットを江夏にプレゼントした。(江夏はその試合で2失点し、開幕前に解雇された為メジャー挑戦はそこで終わる)

[編集] 発言

  • ジャッキー・ロビンソン以降、一番重要な黒人野球選手はレジー・ジャクソンだ。間違いない」
  • 「ワールドシリーズが好きじゃない唯一の理由は、自分のプレーが見られないことだ」
  • 「俺に死ぬほど惚れてみろ。俺を殺したいほど憎んでみろ。どの道お前らは俺から離れられないのさ」
  • (オールスターに対して)「プレーしに行くんじゃない。注目されるために行くんだ」
  • (ヤンキース入団に対して)「スターになるためにニューヨークに来たんじゃない。もともとスターなのさ」
  • 「このチーム(ヤンキース)をカクテルとすれば、俺はそれを混ぜるストローだ。サーマン・マンソン?あいつは下手にしかかき回せない」

[編集] 映画でのレジー

映画『裸の銃を持つ男』(1988年)に出演し、洗脳されて英国のエリザベス女王を銃で狙撃する(未遂に終わる)という怪演を見せた。マコーレー・カルキン主演の『リッチー・リッチ』(1995年)、『ベースケットボール』(1998年)などにも出演している。また出演はしていないが、『殺したいほどアイ・ラブ・ユー』(1990年、映画の舞台はニューヨーク)では殺し屋が標的の家でレジーのサインバットを発見し興奮の余りレジー・コールを始めるシーンがあり、いかにニューヨーカー達にレジーが愛されているかをうかがわせている。

[編集] 余談

日本のテレビアニメ侍ジャイアンツ』で、日米ワールドシリーズで巨人軍と対戦するアスレチックスに、レジーをモデルにした“ロジー・ジャックス”という主砲がおり、主人公の番場蛮の魔球と対戦した。

[編集] 外部リンク

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