グレン・ブラッグス
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| 基本情報 | |
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| 国籍 | |
| 出身地 | |
| 生年月日 | 1962年10月17日(46歳) |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| 守備位置 | 外野手 |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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グレン・エリック・ブラッグス(Glenn Erick Braggs , 1962年10月17日 - )は、プロ野球選手。1993年から1996年まで日本のプロ野球・横浜ベイスターズに在籍。ポジションは外野手。
目次 |
[編集] 略歴
- 1984年 - ハワイ大学を経て、ミルウォーキー・ブルワーズからドラフト2巡目で指名を受け入団。
- 1986年 - ブルワーズでメジャー初昇格。
- 1990年 - シーズン途中でシンシナティ・レッズへ移籍。控えの外野手として同年のナショナルリーグレギュラーシーズン及びワールドシリーズ制覇に貢献。
- 1993年 - ロバート・ローズと共に横浜ベイスターズに入団。6月2日から7月15日にかけて、29試合連続でヒットを放ち、バナザード(南海)が記録した外国人の連続安打記録を更新する。高橋慶彦(広島)が記録した33試合連続安打の日本新記録も期待されたが、神宮球場のクラブハウスで右手小指を骨折し、後半戦を欠場。
- 1994年 - リーグ2位となる35本塁打(1位は中日ドラゴンズ・大豊泰昭の38本)を放ち、横浜の4番として活躍。
- 1996年 - 死球による怪我などが原因で不振に陥り、この年限りで現役を引退。
[編集] エピソード
- スイングが豪快。そのため、スイングしたバットが背中に当たりバットの方が折れるほど。ネクストバッターズサークルでは直径2~3mはあろうかという鉄の棒を軽々と振り回し、ボールが芯に当たればピンポン球のように外野スタンドに消えていった。横浜スタジアムで場外ホームランも記録している。
- 飛び抜けた長打力に隠れがちだが、外野の守備も秀逸だった。
- 日本人では考えられない筋肉隆々の体格であり、彫刻のような身体をしていた。1993年にともにプレーした高木豊は、ブラッグスと一緒に風呂に入るのが楽しみだったと語っている。また、その顔は投手、相手選手に威圧感を与え、古田敦也はマスクを被っていて上を向いたら「鼻の穴に500円玉が入りそう」と思ったそうである。古田はキャッチャーとして構えていて、息を吸っている音が聞こえてくるのが怖かったという。
- 片手だけで硬球を8個持つことができるほどの大きな手をしているのも自慢。
- 野球に取り組む姿は非常に真面目であり、内野ゴロを放って一塁にヘッドスライディングをする事も度々あった。春のキャンプにおいても、大抵の外国人選手が途中から参加するのが当時は普通だったが、ブラッグスはほぼ毎年初日から参加していた。また、敬虔なクリスチャンであり、阪神大震災の際には多額の義援金を寄付している。
- 日頃が非常に真面目な分、一旦怒らせると手の付けられない選手としても有名であり、さまざまな意味でプロ野球珍プレー好プレーの常連だった。三振をすると膝でバットを真っ二つに折ったり、1993年6月27日の対中日戦で津野広志から受けた死球に激昂し、津野に詰め寄り退場処分。また、1994年6月22日には与田剛からの体を背ける内角球に激昂し、与田を殴りつけ退場となった。1995年の対阪神戦ではハーフスウィングの判定を不服として審判に詰め寄り、暴言を吐いたため退場処分となった。同僚のローズとのタッグは最強だったと、斎藤隆が同番組で語っている。
- また、打撃が振るわないときはチームメイトに対しても不機嫌さを露骨に見せる一面もあり、外野キャッチボールの際むきになって投げるあまり、チームメイトの万永貴司がそのボールを非常に怖がりイップスになってしまったとの証言がある。
- 夫人はR&Bグループアン・ヴォーグのメンバー、シンディ・ヘロン(w:Cindy_Herron) 。アン・ヴォーグはアメリカではヒットチャートに何度か登場し、グラミー賞にもノミネートされた有名なグループであり、シンディもメジャー時代に国歌斉唱をしたことがある。結婚当時は二人とも絶頂期であり、「レッズの4番とアン・ヴォーグのメンバー」というビッグ・カップルは、当時アメリカでも話題になった。引退後のブラッグスは、シンディのマネージャーのような仕事をしている。
[編集] 日本での生涯成績
| 年度 | 所属チーム | 背番号 | 試合 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 塁打 | 打点 | 盗塁 | 盗塁死 | 犠打 | 犠飛 | 四死球 | 三振 | 併殺 | 失策 | 打率 |
| 1993 | 横浜 | 44 | 72 | 264 | 61 | 91 | 10 | 2 | 19 | 162 | 41 | 2 | 2 | 0 | 1 | 44 | 46 | 5 | 3 | .345 |
| 1994 | 122 | 448 | 84 | 141 | 25 | 1 | 35 | 273 | 91 | 1 | 0 | 0 | 6 | 80 | 83 | 14 | 5 | .315 | ||
| 1995 | 110 | 407 | 75 | 111 | 23 | 0 | 24 | 206 | 72 | 4 | 1 | 0 | 1 | 72 | 102 | 8 | 3 | .273 | ||
| 1996 | 100 | 356 | 55 | 100 | 20 | 1 | 13 | 161 | 56 | 6 | 1 | 0 | 5 | 50 | 72 | 19 | 1 | .291 | ||
| 通算 | 404 | 1475 | 275 | 443 | 78 | 4 | 91 | 802 | 260 | 13 | 4 | 0 | 13 | 246 | 72 | 46 | 12 | .300 |
[編集] 個人記録・タイトル・表彰
[編集] 年度別打撃成績
| 年 度 |
チ 丨 ム |
試 合 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
四 球 |
三 振 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
塁 打 |
犠 打 |
犠 飛 |
敬 遠 |
死 球 |
併 殺 打 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1986 | MIL | 58 | 215 | 19 | 51 | 8 | 2 | 4 | 18 | 1 | 1 | 11 | 47 | .237 | .274 | .349 | 75 | 2 | 3 | 0 | 1 | 6 | 0.623 |
| 1987 | MIL | 132 | 505 | 67 | 136 | 28 | 7 | 13 | 77 | 12 | 5 | 47 | 96 | .269 | .332 | .430 | 217 | 2 | 7 | 7 | 4 | 20 | 0.762 |
| 1988 | MIL | 72 | 272 | 30 | 71 | 14 | 0 | 10 | 42 | 6 | 4 | 14 | 60 | .261 | .307 | .423 | 115 | 1 | 2 | 0 | 5 | 6 | 0.730 |
| 1989 | MIL | 144 | 514 | 77 | 127 | 12 | 3 | 15 | 66 | 17 | 5 | 42 | 111 | .247 | .305 | .370 | 190 | 3 | 7 | 4 | 4 | 13 | 0.675 |
| 1990 | ※1 | 109 | 314 | 39 | 88 | 14 | 1 | 9 | 41 | 8 | 7 | 38 | 64 | .280 | .365 | .417 | 131 | 0 | 4 | 3 | 6 | 4 | 0.782 |
| 1991 | CIN | 85 | 250 | 36 | 65 | 10 | 0 | 11 | 39 | 11 | 3 | 23 | 46 | .260 | .323 | .432 | 108 | 0 | 4 | 3 | 2 | 4 | 0.755 |
| 1992 | CIN | 92 | 266 | 40 | 63 | 16 | 3 | 8 | 38 | 3 | 1 | 36 | 48 | .237 | .330 | .410 | 109 | 1 | 2 | 5 | 2 | 10 | 0.740 |
| 通算 | 7年 | 692 | 2336 | 308 | 601 | 102 | 16 | 70 | 321 | 58 | 26 | 211 | 472 | .257 | .322 | .405 | 945 | 9 | 29 | 22 | 24 | 63 | 0.727 |
- ※1=ミルウォーキー・ブリュワーズ→シンシナティ・レッズ
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 選手の通算成績と情報 Baseball-Reference、Fangraphs、The Baseball Cube
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