ブラッド・エルドレッド

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ブラッド・エルドレッド
Brad Eldred
広島東洋カープ #55
HC-Brad-Eldred20131012.jpg
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州フォートローダーデール
生年月日 1980年7月12日(34歳)
身長
体重
196 cm
122 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 一塁手左翼手
プロ入り 2002年 MLBドラフト6巡目(全体163位)でピッツバーグ・パイレーツから指名
初出場 MLB / 2005年7月22日
NPB / 2012年7月10日
年俸 5,000万円(2014年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブラッドリー・ロス・エルドレッドBradley Ross "Brad" Eldred , 1980年7月12日 - )は、広島東洋カープに所属するプロ野球選手内野手外野手)。

経歴[編集]

パイレーツ時代[編集]

2002年MLBドラフトで、ピッツバーグ・パイレーツから6巡目(全体163位)で指名を受け、6月5日に入団。

2005年7月22日コロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビュー。4番・一塁手でスタメン起用され、5打数1安打2三振だった。この年は55試合に出場し、12本塁打、OPS.737を記録した。

2006年は開幕から第1週目の時点で怪我をしてしまいメジャー昇格は出来なかった。

2007年は再びメジャーに昇格し、19試合に出場したが打率.109と低迷した。オフの12月12日にFAとなった。

ホワイトソックス傘下時代[編集]

2008年1月5日、シカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んだ。この年はAAAシャーロット・ナイツで35本塁打と100打点の好成績を残したが、.244と低打率でメジャー昇格はなく、オフの11月3日にFAとなった。

ナショナルズ傘下時代[編集]

2008年11月20日にワシントン・ナショナルズと契約した。

2009年はAAA級シラキュース・チーフスでプレー。106試合に出場し17本塁打59打点6盗塁、打率.269だった。この年もメジャーには昇格出来なかった。オフの11月9日にFAとなった。

ロッキーズ時代[編集]

2010年3月2日にコロラド・ロッキーズとマイナー契約を結ぶ。AAA級コロラドスプリングス・スカイソックスでプレーした。7月7日にトッド・ヘルトンが故障者リスト入りしたため、3年ぶりにメジャー昇格を果たす。11試合に出場した。11月6日にFAとなった。

SFジャイアンツ傘下時代[編集]

2011年1月14日にサンフランシスコ・ジャイアンツとマイナー契約を結ぶ。AAA級フレズノ・グリズリーズでプレー。112試合に出場し、23本塁打57打点9盗塁、打率.278だった。11月2日にFAとなった。

DETタイガース時代[編集]

2012年1月21日にデトロイト・タイガースとマイナー契約を結ぶ。4月26日に長年フランチャイズ・プレイヤーとして君臨していたブランドン・インジが放出されたため、2年ぶりにメジャー昇格を果たす。5試合出場したが、故障者リスト入りし、6月19日に放出された。

広島時代[編集]

2012年6月21日広島東洋カープが獲得を発表[1]。65試合に出場し、途中加入ながらチーム内2位の11本塁打を放った。

2013年4月20日、本拠地マツダスタジアムで開催された対巨人第5回戦で菅野智之から死球を右手に受け、試合途中で退場。広島市内の病院で右手首の斜筋骨折と診断され、翌4月21日付で一軍選手登録を抹消されるも6月5日付で復帰した。ところが、今度は極度の不振に陥り、7月6日に再び登録を抹消される。その後8月31日にミゲル・ソコロビッチと入れ替わりで再度一軍昇格すると、9月7日のDeNA戦で2打席連続の本塁打を放った。初のクライマックスシリーズ進出がかかった9月25日の対中日ドラゴンズ戦では8回表に浅尾拓也から決勝点となる2ランホームランを放ち、チーム16年ぶりのAクラス入り決定に貢献した。契約任期満了に伴い今期限りでの退団が決定的だったが、終盤の大活躍や前述の通りチーム初のCS進出を決める決勝ホームランを放ったことから一転し、11月28日に残留が決まった[2]

2014年は開幕から好調を維持し、チーム快進撃の立役者となっている。3月と4月は27試合で8本塁打、23打点、打率3割7分3厘という見事な成績で、3・4月の月間MVPに選出された[3]一方、7月14日の対DeNA13回戦では、延長11回裏の第6打席での空振り三振で1試合5三振の日本タイ記録に並ぶと、続く12回裏の第7打席でも三振を喫し、参考記録ながら1試合6三振の日本記録を樹立した[4][5]。2014年マツダオールスターゲーム第1戦では本塁打含む2本の適時打、3安打4打点の活躍でMVPに選出されたが、その後、極度の大不振で2014年8月14日ライネル・ロサリオとの入れ替わりでついに今季初の2軍落ちとなってしまった。

人物・エピソード[編集]

2013年10月13日のCSファーストステージの阪神戦では本職ではないレフトの守備につき、2回に藤井彰人が打ったレフトへの大きな飛球を背走しながらジャンプして好捕、飛び出していた一塁走者の坂克彦も中継プレーで刺して併殺し、先行され阪神に傾きかけたゲームの流れを断ち切るというビッグプレーを見せた[6]

先述の通り2013年での退団が濃厚だったが、野村謙二郎監督が強く要望して残留が決まった為[7]、監督を「ケニー(Kenjiro→Kenny)」と呼んで慕っている。2014年は開幕から好調を維持しているが、本人は「ケニーのアドバイスのおかげ」と監督に感謝している[8]。野村監督はエルドレッドが打撃不振に陥ると、英語で「自分から仕掛けすぎているよ。相手はあなたを怖がっているんですよ」と声をかけ、その度に自信を取り戻させている。その象徴的な試合となったのが、2014年5月18日の巨人戦である。エルドレッドは初回の凡退後、野村監督から「力が入りすぎている」とベンチで助言を受けた。すると3回に巨人先発クリス・セドンをKOする14号2ラン、6回1死満塁の場面でも高々と左中間席に打球を運ぶ人生初の満塁ホームランを放つなど、5打数3安打6打点と大活躍した。「通訳を介さずコミュニケーションを取ってくれるのはうれしい」と監督に信頼を寄せている[9]

2014年は、同じくチームの主砲であるキラ・カアイフエがファーストしか守れない為、本来の守備位置のファーストではないレフトで先発出場している。守備固めでキラが試合後半に交代した際は、エルドレッドがファーストを守る。従って、試合前の守備練習では外野と内野の守備練習を両方こなさなければならないが、主砲でありながらも毎日守備練習も真面目に行う助っ人の人格を野村監督は非常に高く評価している。また、不振で二軍落ちした際にも決して腐らずに練習に取り組む姿勢も監督やコーチから評価されている[6]

大の釣り好きであり、アメリカでは釣り専用の船を所有している。広島移籍当初は、野球に集中するために行っていなかったが、来日3年目を迎え日本生活に慣れてきたこともあり、2014年からは広島県内で釣りスポットを探している[10]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 PIT 55 208 190 23 42 9 0 12 87 27 1 1 0 2 13 0 3 77 5 .221 .279 .458 .737
2007 19 47 46 3 5 1 0 2 12 3 0 0 0 0 1 1 0 16 1 .109 .128 .261 .389
2010 COL 11 27 24 4 6 1 0 1 10 3 0 0 0 0 2 0 1 10 0 .250 .333 .417 .750
2012 DET 5 17 16 1 3 1 1 0 6 1 0 0 0 0 1 0 0 6 0 .188 .235 .375 .610
広島 65 251 225 22 59 10 0 11 102 35 0 0 0 3 20 1 3 67 3 .262 .327 .453 .780
2013 66 260 235 24 58 11 0 13 108 32 3 0 0 1 20 1 4 73 6 .247 .315 .460 .775
MLB:4年 90 299 276 31 56 12 1 15 115 34 1 1 0 2 17 1 4 109 6 .203 .258 .417 .674
NPB:2年 131 511 460 46 117 21 0 24 210 67 3 0 0 4 40 2 7 140 9 .254 .320 .456 .776
  • 2013年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]


一塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2012 63 514 30 5 43 .991 -
2013 44 388 15 3 37 .993 27 40 1 2 0 .953
通算 107 902 45 8 80 .991 27 40 1 2 0 .953

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

初記録(NPB)
  • 初出場・初先発出場:2012年7月10日、対読売ジャイアンツ10回戦(京セラドーム大阪)、7番・一塁手で先発出場
  • 初打席:同上、1回表に内海哲也から右飛
  • 初安打:同上、4回表に内海哲也から左中間フェンス直撃二塁打
  • 初打点:2012年7月28日、対読売ジャイアンツ14回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、5回裏に内海哲也から左中間適時二塁打
  • 初本塁打:2012年8月4日、対阪神タイガース12回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、2回裏に安藤優也から左中間へ先制ソロ ※次の打席でも本塁打
  • 初盗塁:2013年4月7日、対阪神タイガース2回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、1回裏に二盗(投手:岩田稔、捕手:藤井彰人
その他の記録(NPB)
  • オールスターゲーム出場:1回 (2014年
  • 1試合6三振:2014年7月14日、対横浜DeNAベイスターズ13回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島) ※参考記録(延長12回)

背番号[編集]

  • 35 (2005年、2007年)
  • 40 (2010年)
  • 34 (2012年)
  • 55 (2012年6月21日 - )

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]