アルフレド・デスパイネ

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アルフレド・デスパイネ
Alfredo Despaigne
千葉ロッテマリーンズ #54
Alfredo Despaigne on March 9, 2013 (2).jpg
2013年WBC
基本情報
国籍 キューバの旗 キューバ
出身地 サンティアゴ・デ・クーバ州パルマ・ソリアーノ
生年月日 1986年6月17日(28歳)
身長
体重
175 cm
104 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
初出場 NPB / 2014年7月29日
年俸 2億5,000万円+出来高(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ
五輪 2008年
WBC 2009年2013年
オリンピック
男子 野球
2008 野球
映像外部リンク
2009年WBCの対南アフリカ共和国戦
逆方向へ流し打った本塁打(MLB.comによる動画)
映像外部リンク
2013年WBCの対日本戦
リードを広げる3点本塁打(MLB.comによる動画)

アルフレド・デスパイネ・ロドリゲスAlfredo Despaigne Rodriguez , 1986年6月17日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属する、キューバ野球選手外野手)。右投右打。

経歴[編集]

キューバ時代[編集]

キューバの名門体育大学マニュエル・ファハルド国立体育大学卒業。2004年台湾で開かれたAAA世界野球選手権大会決勝で日本を破って優勝した時のメンバーで4番打者だった。その年に国内リーグデビューし、新人王の次点に輝く。キューバ代表には2007年より参加し、同年11月に台湾で行われたワールドカップよりA代表に入った。2008年北京オリンピックでは準決勝戦でアメリカ合衆国代表スティーブン・ストラスバーグから本塁打を打つなど、9試合で3本塁打12打点の活躍。2009年第2回WBCではキューバ代表に選出された。2月には長女が誕生[1]

また、2008 - 2009シーズンでは国内リーグでのシーズン本塁打記録(前年アレクセイ・ベルが記録した31本)を上回る32本塁打を放った。続く2009 - 2010シーズンには、初の首位打者(.404)と本塁打王(31本)の二冠、打点もリーグ2位を記録した。国際大会でも2010年世界大学野球選手権東京開催)では決勝戦(対アメリカ合衆国戦)の2本塁打4打点の活躍でMVPを獲得。また、インターコンチネンタル杯ではラミレスからZETTのグローブとバットをもらって「なんてすばらしいバットなんだ」と大喜びしている。[2]2010 - 2011シーズンは途中の公用や足の故障の影響もあり、前年を下回る数字で無冠に終わった。2011 - 2012シーズンは36本塁打(前年の国内リーグシーズン本塁打記録33本を更新)・105打点とともに自己最高を記録して本塁打王と打点王の二冠に輝き、革命後の国内リーグではウィルフレッド・サンチェスオマール・リナレスに並ぶ最多タイとなる3度目のMVPを獲得した。

2013年第3回WBCキューバ代表に選出。福岡ラウンドでMVPを受賞し、大会最多タイの3本塁打と2位タイの9打点を記録した。

キューバ国外移籍解禁後[編集]

メキシカンリーグ時代[編集]

2013年6月22日にメキシカンリーグカンペチェ・パイレーツに期間限定で移籍することがキューバ野球連盟から承認される。33試合の出場で打率.338、8本塁打、24打点、OPS.928の成績を残す。国内リーグの2013 - 2014年シーズンは途中からアビスパス・デ・サンティアーゴ・デ・クーバに所属した。

2014年もメキシカンリーグで開幕からプレーし20試合で打率.346、5本塁打、15打点、OPS1.010の成績を残していたが、5月15日に偽造されたドミニカ共和国のパスポートで選手登録されていたことが発覚し出場停止処分を受け帰国。デスパイネ本人はこの問題について帰国後のインタビューで「何も知らなかったし、いまだに何が起こっているのか、本当の事がわからない」と述べている[3]

千葉ロッテ時代[編集]

2014年7月15日には千葉ロッテマリーンズと契約することが発表され[4]、7月24日に入団会見を行った[5]。背番号は49[5]。 キューバへの帰国後、キューバでは、「最強スラッガーの帰還」と彼のキューバへの凱旋は大きく報道された。[6] オフの、12月8日に、2015年シーズンの契約に合意された事が発表された。[7]

プレースタイル[編集]

長所は高い身体能力とパワー。特にパワーは、歴代キューバ選手の中でも屈指のレベル。体はさほど大きくないが国内リーグ時代から本塁打を量産しており、2012年までに3度の本塁打王に輝いている。守備位置はAAA選手権では中堅手だったが、2014年現在は左翼手が多い。守備に関してはあまりうまい方ではなく、ショートゴロの後逸をさらに後逸してランニングホームランを許すなど、ロッテ移籍後はDHでの起用が主である。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2004-2005 GRA 83 339 320 58 100 17 5 10 15 41 4 3 3 1 12 0 3 61 6 .313 .491 .833
2005-2006 86 381 344 66 112 22 3 15 185 72 3 5 0 5 25 6 7 35 2 .326 .378 .538 .916
2006-2007 89 389 336 60 108 20 3 16 182 66 7 5 1 1 44 12 7 26 6 .321 .410 .542 .951
2007-2008 88 389 321 75 117 33 4 24 230 78 14 6 0 0 53 19 15 46 4 .364 .476 .717 1.192
2008-2009 90 405 328 73 123 25 2 32 248 97 16 6 0 5 61 15 11 45 8 .375 .481 .756 1.238
2009-2010 87 376 317 79 128 37 0 31 258 97 7 3 0 3 40 11 16 34 8 .404 .489 .814 1.303
2010-2011 67 303 261 56 93 7 0 27 181 74 1 2 0 2 33 6 7 42 10 .356 .439 .693 1.132
2011-2012 87 447 344 87 112 19 0 36 239 105 4 2 0 1 91 27 11 47 15 .326 .479 .695 1.174
2012-2013 GRA/PRI 79 342 262 52 100 19 0 17 170 50 2 1 0 1 71 26 8 44 8 .382 .523 .649 1.172
2013-2014 GRA/SCU 59 253 190 35 59 8 1 12 105 41 0 1 0 2 55 24 6 26 5 .311 .474 .553 1.027
2014 ロッテ 45 182 161 26 50 13 1 12 101 33 0 0 0 3 16 1 2 36 6 .311 .374 .627 1.001
CNS:10年  815 3624 3023 641 1052 207 18 220 1955 721 58 34 4 21 485 146 91 406 72 .348 .450 .647 1.096
NPB:1年 45 182 161 26 50 13 1 12 101 33 0 0 0 3 16 1 2 36 6 .311 .374 .627 1.001
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はそのシーズンにおけるリーグ最高、赤太字はキューバ国内リーグにおける歴代最高。
  • キューバで通常用いられる個人通算成績はプレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない
  • 2012 - 2013シーズンと2013 - 2014シーズンは所属チームが第一ラウンドで敗退したため、後半戦の第二ラウンドは別チームでプレー

記録[編集]

NPB

表彰[編集]

キューバ代表

背番号[編集]

  • 49 (2014年)
  • 54 (2015年 - )

脚注[編集]

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外部リンク[編集]