堂林翔太

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堂林 翔太
広島東洋カープ #7
2012.07.03 堂林翔太.jpg
2012年7月3日、松山中央公園野球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県豊田市
生年月日 1991年8月17日(23歳)
身長
体重
183 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手外野手一塁手
プロ入り 2009年 ドラフト2位
初出場 2012年3月30日
年俸 2,000万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

堂林 翔太(どうばやし しょうた、1991年8月17日 - )は、愛知県豊田市出身の広島東洋カープに所属するプロ野球選手

中京大中京高校時代の2009年に投手として第91回全国高等学校野球選手権大会で優勝。広島への入団を機に内野手へ転向。2014年からは内野手登録のままで外野手として公式戦に出場することもある。

経歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

小学校2年時に「豊田リトル」で野球を始める。

中学時代は「豊田シニア」に所属し、投手遊撃手だった。宮城県で開催された国際大会で名古屋北シニアの補強選手として出場し、この時、東北選抜との試合で菊池雄星(現・西武)と対戦している。中京大中京高校に進学すると1年春から投手としてベンチ入り。1年秋から2年夏までは打力を買われて一塁手のレギュラーになる。 2年春には選抜大会に出場するも試合出場はなし。

2009年8月12日 全国高校選手権大会(阪神甲子園球場) 中京大中京 堂林翔太投手

2年夏は愛知大会で敗退。新チームとなった秋からエースで4番を任され、東海大会を全4試合完投するなど安定した投球で優勝しセンバツの切符を手にする。3年春の選抜大会では準々決勝で報徳学園に9回までリードしながら敗れベスト8。打撃では打率.584、4打点を記録した。

3年夏の甲子園ではエース兼4番として投打でチームを牽引し、打率.522、12打点、1大会通算最多タイとなる6二塁打を記録。当時は多彩なテクニックに加え、強じんな足腰とバネ、冷静なプレイスタイルを持っていながら心を持たず勝利のみを追求していたため、「ベースボールサイボーグ」の異名をとった。日本文理高校との決勝では右中間に先制2ランホームランを放つなど、同校の史上最多7度目となる夏の甲子園優勝に大きく貢献したが、途中で降板して右翼手に回り、優勝投手にはなれなかった。「最後まで投げたかったんですけど…、ホント済みませんでした。」と、試合終了後の優勝インタビューでは敗戦したかのように、悔し涙を流し声を詰まらせながら謝罪をした。高校通算13本塁打。

高校の2学年先輩に阪神タイガース伊藤隼太、1学年先輩にフィギュアスケート浅田真央、1学年後輩に後にカープのチームメイトとなる磯村嘉孝アーセナルFC宮市亮SKE48梅本まどかがいる。

2009年10月29日に行われたプロ野球ドラフト会議では、広島東洋カープから内野手として2位指名を受け、契約金7000万円、年俸700万円(金額は推定)で入団[1]

球団からは三塁手及び一塁手として育成されている。背番号は、ニューヨーク・ヤンキースアレックス・ロドリゲスのような選手になって欲しいという期待[2]から「13」を与えられた。カープで背番号13を付けた野手は、1964年ロナルド大森(内野手)以来、43年ぶりの事だった[3]

プロ入り後[編集]

2010年 - 2011年
一軍での出場はなし。二軍で野手としての経験を積む。
2012年
春季キャンプ中から監督の野村謙二郎にマンツーマンで打撃指導を受け[4]、3月30日の中日ドラゴンズとの開幕戦に「7番・三塁手」として一軍初出場し、8回に初安打を記録した[5]。4月24日の対阪神タイガース戦で8回にランディ・メッセンジャーからプロ初本塁打を甲子園のバックスクリーン右に放った[6]オールスターゲームでは、最後の1人を決める投票「SKYACTIV TECHNOLOGY プラスワン ドリーム投票」で選出され[7]、6打席無安打ながら全3試合に出場、第2戦では「1番・三塁手」で先発出場を果たした。7月25日のヤクルト戦で石川雅規からプロ入り初の二桁本塁打となる10号本塁打を放つ。高卒3年目での二桁本塁打は球団では江藤智前田智徳以来3人目[8]。全試合出場を果たすものの、両リーグワーストの29失策、150三振、得点圏打率.192と課題が残った。150三振は広島の球団最多記録(今までの最多三振はアンディ・シーツの139三振)を更新するもので、シーズン終了後にマツダスタジアム内で三振に倒れる堂林の姿を集めた写真展が開かれた[9]。オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[10]代表入りした[11]。ここでは、代打で出場し三塁打を放った[12]。契約更改では、1000万円増の1700万円で更改し、野村が現役時代につけていた背番号「7」へ変更。
2013年
6月23日、この日まで打率.218と低迷していたが、対東京ヤクルトスワローズ戦(マツダ)で、3対4で迎えた9回1死二塁の場面でヤクルトの山本哲哉からプロ入り初のサヨナラ本塁打を放つ[13]。8月20日の対中日戦(長良川球場)の2回裏の第1打席で死球を受け途中交代[14]、その後8月23日に左手第3中手骨骨折と診断され、同日に登録抹消されている。
2014年
キャンプから外野手、更には高校でも守っていた一塁手に挑戦した。しかし5月9日のヤクルト戦で右手薬指を骨折するなど[15]前年同様打撃の調子が上がらずレギュラー確保には至らなかった。かねてより交際宣言していたTBSアナウンサー枡田絵理奈と結婚することが11月5日にわかった[16]。12月25日に枡田との婚姻届を提出[17]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 広島 144 554 488 60 118 25 4 14 193 45 5 2 5 3 44 2 14 150 8 .242 .321 .395 .718
2013 105 410 364 36 79 14 0 6 111 41 10 2 5 1 33 0 7 96 10 .217 .294 .305 .599
2014 93 330 284 37 70 12 1 8 108 28 1 1 5 3 32 0 6 87 3 .246 .332 .380 .713
通算:3年 342 1294 1136 133 267 51 5 28 412 114 16 5 15 7 109 2 27 333 21 .235 .315 .363 .679
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]

一塁 三塁 外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2012 - 143 76 278 29 17 .924 -
2013 - 105 68 210 19 18 .936 -
2014 9 21 2 0 4 1.000 34 23 61 4 5 .955 47 61 0 4 0 .938
通算 9 21 2 0 4 1.000 282 167 549 52 40 .932 47 61 0 4 0 .938
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

初記録
その他記録

背番号[編集]

  • 13 (2010年 - 2012年)
  • 7 (2013年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ コイ、2選手と仮契約 堂林と武内”. 中国新聞 (2009年11月8日). 2012年8月22日閲覧。
  2. ^ “A・ロッド”堂林がV弾!背番号に込められた思い開花”. スポーツニッポン (2012年4月25日). 2012年5月13日閲覧。
  3. ^ 広島東洋カープ 背番号13 - 背番号Maniax
  4. ^ ““鯉のプリンス”堂林、初の開幕1軍”. デイリースポーツ. (2012年3月26日). http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2012/03/27/0004918366.shtml 2012年3月27日閲覧。 
  5. ^ “堂林がプロ初安打!スタメン抜てき応えた”. デイリースポーツ. (2012年3月31日). http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2012/03/31/0004930387.shtml 2012年3月31日閲覧。 
  6. ^ “堂林1号!甲子園優勝投手が甲子園で!”. デイリースポーツ. (2012年4月25日). http://www.daily.co.jp/newsflash/2012/04/25/0005000871.shtml 2012年4月26日閲覧。 
  7. ^ “堂林カープ野手史上最年少で初球宴!”. デイリースポーツ. (2012年7月12日). http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2012/07/12/0005206557.shtml 2012年7月13日閲覧。 
  8. ^ “堂林10号同点弾!江藤、前田智に並ぶ”. デイリースポーツ. (2012年7月26日). http://www.daily.co.jp/baseball/carp/2012/07/26/0005242423.shtml 2012年7月28日閲覧。 
  9. ^ “堂林選手の三振写真展始まる”. 中国新聞. (2012年10月25日). http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201210250009.html 2012年11月3日閲覧。 
  10. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  11. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  12. ^ “堂林、侍初安打が特大三塁打!浩二監督も絶賛”. スポーツ報知. (2012年11月19日). http://hochi.yomiuri.co.jp/feature/baseball/20081016-4822204/news/20121119-OHT1T00023.htm 2013年2月21日閲覧。 
  13. ^ 堂林 プロ初のサヨナラ本塁打「すごく気持ちよかったです」スポーツニッポン2013年6月23日配信
  14. ^ 堂林 死球で途中交代 左手の打撲、骨に異常なしスポーツニッポン2013年8月20日配信
  15. ^ 広島堂林が右手薬指骨折プレーまで7週間 日刊スポーツ2014年5月10日配信
  16. ^ 「年内結婚へ 番組で生報告」 ORICON STYLE 2014年11月6日閲覧
  17. ^ 広島堂林、TBS枡田アナが婚姻届提出 日刊スポーツ 2014年12月25日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]